通り悪魔

通り悪魔

疲れのあまり魔が差した扉間と、隙に付け込んだ男と、お怒りの兄

 疲れから魔が差した。という言い訳はよく聞くが、まさか自分がそうなるとは思ってもみなかった。里のこと、兄者のこと、マダラのこと。自分が考えるべきことが山積みになり、思考の余裕が無くなっていたのは間違いない。今からでも、付き合ってくれた男に帰っていいと言うべきだ、と立ち上がる。

「扉間様」

「貴様だけでも帰る気はないか」

「えっ、私は足手まといでしょうか」

「オレの戯言に付き合って里から抜ける、なぞしなくて良いということだ」

そもそもの発端は、ツーマンセルの長期任務の帰りに扉間が里に帰りたくない、とぼやいたことだ。軽口でもあり、紛れもない本音であったそれを聞いた部下がでは逃げましょうか、と言った。部下の言葉に正気に返った扉間は冗談だ、と返そうとした。が、このまま里に帰った後のことが頭に浮かび、何とも言えなくなりその言葉は苦笑に変わった。

マダラは自分と仲良くする気はない。兄者はマダラと仲良くしたい。マダラは兄者だけは信用している。その二者間に挟まる邪魔な自分。接待が得意でない兄者やマダラに代わって接待してきた。が、ここ最近兄より自分が火影の方が良かったのでは、と遠回し、或いは直接的に言う者が増えてきた。主な理由は、兄がマダラを御せていないのと里の政治に殆ど自分が関わっていること。端的に言えば、お主に代わっても今と大して変わらぬのだから代わった方が良かろう、だ。里のため、兄のために働いてきたが、自分のやってきたことが役に立っているのか分からない。むしろ、現状混乱をもたらしている気がしてならなかった。

「私の方から提案したんですから」

「だが」

「……私だけが里に戻って無事で済むと本当に思われますか?」

「オレの所為にすればよい。実際そうだからな」

「私に貴方を犠牲にせよ、と?」

「先に巻き込んだのはオレだからな。責任は取らねばなるまい」

「では、私を側に置いてください。扉間様だけ帰るなどしないでください」

「いや、オレは帰れんし、帰らん」

任務期間も含めて一月以上里に戻っていないが、特に問題があったという噂は聞いていない。つまり、邪魔者が消えてめでたしめでたしとなったのだ。帰る必要などない。

 


 




 追手が来ない。その事実は扉間を悩ませた。計画的な里抜けではないが、それなりの地位についていた忍二人が突然消息を絶ったとなれば、上層部では問題になるはずである。何か行動を起こしたとき一番恐ろしいのは何も反応がないことだ。木の葉の里から離れ、火の国からも離れた以上、情報の鮮度と正確性は著しく落ちている。そこから現在の里の様子を測るというのは扉間と云えども簡単ではない。追手が来ているのに気が付いていないのか、何かの思惑で追手を出さぬとなったのか。

「扉間様」

「様は付けなくていいと言っただろう。それで、どうした?」

「そろそろ宿に戻りませんか」

「……いや、貴様だけ泊まると良い」

変化で幾らでも顔は誤魔化せるが、何処で足が付くか分からない以上泊まるという行為を扉間は避けていた。目立つ見目は他人の空似と押し通せない。いっそ顔を焼いてしまうのも手だな、と自らの顔を触る。そういえば、ここ最近面を被ったままで化粧をしていない。

「また私だけですか」

「すまん。情報収集を頼む」

なにか言いたそうな男を宥め、扉間が村を後にする。先に山で見つけた御堂で身体を休めようと、来た道を戻っていく。里から離れたときは、まだ蝉が泣いていたのに気候の違いもあってか雪が降っている。

「寒いな」

パキリ、と足元の枝が鳴る。珍しく音の出るものを踏んでしまい、疲れているのかと自嘲する。恥も外聞もないことを言えば、扉間は今の状況に一種の安寧を感じていた。兄者のことが好きなのは変わらない。里が大事であることも。けれども、里に居るのが苦しいときが増えていた。

「……つまらん感傷だな」

雪の所為だろう、と首を振り扉間が御堂の中に足を踏み入れる。珍しい、真数の千手観音が扉間を迎え入れた。

 

 

 

 

 

 

 耳慣れた足音で扉間は目を覚ました。急激に頭が冷える。何故、という疑問と、どうやってという疑問が頭を駆け巡る。不幸中の幸いなのは扉間一人であることだろうか。

「扉間。鬼事は終わりだぞ」

「……火影様が、抜け忍如きに何か御用でも?」

「男と駆け落ちした弟を連れ戻しにな」

会話になっているようで、微妙に噛み合わないのは気のせいだろうか。殺しに来たのなら甘んじて受ける気であったし、男だけでも赦してやれないか交渉するつもりであった。が、早々に話が通じる状態でないことを夜目の効く瞳によって理解してしまった。

「っ、兄者、何を」

「確認だが?」

「はっ?あっ、痛い、兄者」

組み敷かれ、着物の上から肩を噛まれる。痛みと動揺で大人しくなった扉間の着物の併せ目に柱間の手が潜り込む。開けて露になった白い肌を柱間がなぞる。

「ひっ、何、いや、」

「お前を誑かした男に操立てでもしたか?」

「っ、あっ」

そもそも肌を許したことなどない、と言おうにも好きに這いまわる柱間の手がそれを阻む。端から扉間がなんて言うかなど興味がないのだろう。

「まぁ、お前が誰を想っていようが、オレの好きにするが」

「はっ、ん、あにじゃ、いやだ、あっ、きょうだいで、こんな」

「聞こえんな。勝手に男を咥え込むような者の願いなど」

「ふっ、あっ、ああっ」

「オレしか分からんようにしてやるからな」

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