『逆光』

『逆光』


〜オレンジの町港からしばらく行った沖合。

奇妙な縁で知り合った四人組は、今日も海を漂っていた〜


「………」

「おい、こいつはどうしたんだ?」

先日仲間になったゾロが問いかける。

原因は分かっている。私だ。

多分今はの私は過去あまり例を見ないほどに腹が立っている。

言葉にならない恨みをぶつぶつと呟く私の手の中には、

修繕中の傷の入った麦わら帽子がある。

「バギーのやつが帽子思いきり傷つけやがったからなァ…。」

「もう最低!信じらんないあの赤っ鼻!」

「こりゃ相当キレてるわね……」

つい最近一時手を組んだ海賊専門泥棒ナミも思わず嘆息している。

だが仕方ないだろう。

先日オレンジの町で起きた戦闘で、ルフィの麦わら帽子はバギーによって過去例をみないほどに傷をつけられてしまった。

ルフィと私にとっては大事なシャンクスとの思い出と約束の帽子だ。

怒るなという方が難しい。

しかも散々シャンクスのことを侮辱されたのだ。

空の彼方まで消えてもなお怒りが収まらない。

「あの赤っ鼻、次あったらギタンギタンにしてやるんだから!」

「まぁあいつにそんなキレてもしょうがないからよ、メシ食って歌って気持ちよくなろう!な!」

そうルフィが告げる。

確かにいつまでも怒っていてもしょうがない。

分かっていても中々収まらない。

「いっそのことそのブチギレでも歌に残せばいいじゃねぇか面倒くせェ」

「あんたねェゾロ…」


「………ありかも」

「え?」

ナミはため息をついたが確かにありだ。

私といえば歌じゃないか。

なにも歌は喜びだけじゃない。

怒りも悲しみも乗せていいものだ。

「ちょっと待って!…えーと紙ないから船でいいや」

手元からペンを出し、船の木目を五線譜に曲を描き始める。

「ちょ、私の船にまで落書きしないでよ!」

「ウタが曲作り出したらもう止まんねェよ!またすげぇの作るぞ!」

ナミには申し訳ないが、今は止まれない。

せっかくのこの激情を、しっかりと記しておきたかった。


「よォし…これでどうよ!」

「わ、ほんとに早い」

あっという間に曲自体は完成した。

なんだか少しスッキリできたかもしれない。

怒りの中に少しの満足感が芽生えている。

「じゃあさっそく歌ってくれよウタ!」

「オーケー!それじゃ一曲行くよ!」

せっかくのハイテンションの曲だ。すぐに歌って発散しよう。

そう思い、息を吸い込んだ。


『そう怒りよ今 赤鼻蹴り飛ばして

そりゃあ愛への罰だ

もう眠くはないなないなないな

もう寂しくないさないさ

アホよ』


「どうよ!」

自信満々に胸を張ってみた…が、

「…………なんか」

「…………えぇ」

ゾロとナミからの反応が薄い…というか、引かれてる。

(後の二人に聞いたところ、「ガチの怒り恨みを感じる…」とのことだった。)


「アヒャヒャヒャヒャ!赤鼻って!」

どうやらこれでウケてくれるのはルフィだけらしい。

流石に頭が冷静になってくる。

「うーん…流石に私怨過ぎて没かしらね…」

ひとまず消そう。そう思ったが、

「あー待ってウタ!それ一応とっておいて!」

「え?なんで?」

ここに来てナミが止めてきた。

「もう少し落ち着いてから歌詞だけ考え直しましょ!ね?」

どうやら曲自体は気に入ってくれてるようだ。

確かに、少し冷静になってから改めて歌詞を考えればマシになるかもしれない。

「うーん……まァそうしてみるか。」


このとき、ナミがこの曲を新しい金のなる木にしようとしていたこと。

それに感づいたゾロが苦い顔をしていたというのは、後の二人に聞いた話である。


〜〜〜

〜アラバスタ アルバーナ〜


「…そんなこともあったかな。」

なんだか懐かしい光景が目に浮かぶ。

あのときは聞かせる相手はたったの3人だった。


だが、今目の前にいるのはそれどころではない。

圧倒的な数の人々が、眼下で殺し合いをしている。

自然のものと思えない塵旋風の中、誰も彼もが目の前の敵を殺すことしか考えてない。

だからこそ建物の上に見知らぬ者が登っていても。

誰も気づくことはなかった。


上を見上げる。

あまり時間はない。

あと数分で爆弾がこの都を破壊すると、そういう話だ。

「…ビビ。」

ビビと皆は、今頃爆弾を探しているはずだ。

一人の卑劣な男に仕組まれたこの戦いを終わらせようとしている。

なら、私が動かないでどうする。

(…ルフィ。)

今、どこかで戦い続けてるであろう友を思う。

きっとルフィがクロコダイルを倒す。

ビビが爆弾を止めてくれる。

ならばこちらにできることは一つ。

少しでも犠牲を抑えることだ。

ウタウタの能力は体力的にもう無理だろう。

だがそれがどうした。

かつてシャンクスに言われたじゃないか。

平和や平等のない世界でも、自分の歌なら人を幸せにできる。

今がその時だ。


手拍子を鳴らす。

砂の舞う砂漠の国に響くように手を叩く。

その戦禍に負けまいと、口を開けた。


『散々な思い出は悲しみを穿つほど

やるせない恨みはアイツのために置いてきたのさ』


『あんたらわかっちゃないだろ本当に傷む孤独を

今だけ箍外してきて』


あの日のことを思い出す。

あのときはただ己の怒りのままに歌った。

今は違う。

悲しむ友がいる。激昂する仲間がいる。

彼らの激情をともに歌に乗せ、友を悲しませる悪党への怒りのまま喉を震わせた。

〜〜


「ケホ…ゲホッ!」

口に鉄臭い味が広がる。

とっくに限界を迎えた喉が悲鳴を上げている。

分かっていたことだ。

こんな砂嵐の中歌えばすぐに喉が駄目になる。

なるべくウタウタの力は使うなと前もって言われていた。

「ハァ……ハァ……」


『もう、怒り願った言葉は

崩れ、へたってしまったが

今でも未練たらしくしている』


それがなんだ。なんだというんだ。

爆弾は止まった。

国を護る翼が爆風からアルバーナを守護した。

そして今でも、ビビは塔の上で戦っている。

仲間たちも各地で自分たちにできる戦いをしている。

そんな中自分だけ倒れるわけにはいかなかった。


『あぁ、何度も放った言葉が

届き、解っているのなら

なんて、夢見が苦しいから』


必ずクロコダイルはルフィが倒す。

それまでこの歌を歌い続ける。

例え誰に届かずとも、二度と歌えなくとも、仲間のために今このとき歌い続ける。

それが今の私の戦いだ。



『もう怒りよまた悪党ぶっ飛ばして

そりゃあ愛ある罰だ

もう眠くはないやないやないやもう

悲しくないさないさ』



『そう怒りよさぁ悪党ふっ飛ばして

そりゃあ愛への罰だ

もう眠くはないなないなないな

もう寂しくないさないさ』



『逆光よ』


最後を歌い、いよいよ限界を察したとき。

地の底からの暴風雨 が、

この国を蝕み続けた悪党を吹き飛ばすのを垣間見た。

「…勝ったんだね、ルフィ…。」

戦いの終わりを確信したまま、私の意識は沈んでいった。



「やばい落ちてくるぞ!チョッパー受け止めろ!」

「ええと待って…ランブル!毛皮強化!」

「よくやった!そのままウタちゃん診てくれ!」

その後、チョッパーの即座の対応のおかげで喉は無事だったが、それはまた別の話。



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