逃亡
ここは路地裏、そこに一組の男女が走っていた。ロビンとキャベンディッシュである。
少し前のこと、キャベンディッシュが戦艦フランジィに監禁されているロビンを逃がすためにルフィを裏切る形になったとしてもサニー号のところまで連れていくと言ったのだ。そして、今は人目につかないよう複雑に入り組んだ路地裏を使った逃亡の最中であった。
「本当に辿り着けるの?」
「ああ、これでも26年間ここに住み着いていたんだ。君をルフィ達の元まで届けて見せるよ!」
大小の乱雑な配管が入り乱れる道を進んでいく。
「あともう少しだ…!」
キャベンディッシュが僅かな笑みを浮かんだ瞬間だった。
「ギア0」
ゴオオオオオオ
突然、冷たい風が2人を取り巻いた。
「この気配は…!」
キャベンディッシュの顔色が変わる。ただの風では無い。凄まじいゴムの「冷気」だ。目の前にはどす黒いオーラを纏ったルフィが立っていた。
「キャベンディッシュ…テメェ、何をしてる」
抑揚のない冷たい口調でルフィが口を開く。
「ルフィ…!」
ロビンが目を見開いた。
「何故ロビンといるんだ!!?」
剣幕と共に覇王色の覇気が放たれる。余りの威力に2人はよろめいた。
「俺を裏切ったのか!?」
「…君は何も分かっていない。例え彼女を連れていったとしても君の心は晴れることはない!」
「質問に答えろ、何故ロビンといる」
「…彼女を一味の元へ返す為だ!」
「そうか、残念だ」
ロビンがはっとする。この言葉は確か…
「ロビン!逃げろ!」
思考を遮ってキャベンディッシュが叫んだ。
「でも…!」
「いいから!」
よく見るとルフィは腕を武装色の覇気で固めており、今にもこちらに攻撃しそうであった。仕方なくロビンは後ろを向いて逃げる。
「護無・銃(ゴム・ガン)!!!」
「キャベツ君!」
振り向くと
そこには無数の白い腕が壁から生えていた。
驚愕した。あれは間違いなくハナハナの実の能力。しかし、彼女は海楼石によって能力を封印されている。ということは―
「まさか…」
「ああ、ぼくは君の能力を受け継いでいる!!''百花繚乱 蜘蛛の華(シエンフルール スパイダーネット)''!」
壁から生えた腕がネット状に広がり、ルフィの進路を妨害する。
「急いで!」
後ろでキャベンディッシュが必死に時間稼ぎをしていた。
「ルフィ…落ち着くんだ!ここでロビンを捕らえても何も進まない!」
彼はルフィの身体から腕を「咲か」せ、拘束する。しかし、黒く冷えたゴムの腕がキャベンディッシュの無数の腕を次々と跳ね除けた。
「くっ!百花繚乱 金光殿(シエンフルール マリー・ヴァン・ウット)!」
再びルフィの身体から腕を咲かせ、その腕で彼の名刀「デュランダル」の剣先をルフィの喉元に向けた。
「こうしたくはない。だが、逃がすと約束した以上、やらなければいけないんだ!」
ハナハナの実の能力者の前では速度は無力化される。
「…フン、守るだの約束だの寝言は寝てから言うんだな」
「!?」
ルフィが刀ごと目の前から消えた。キャベンディッシュが辺りを見渡すがどこにもいない。遠くでロビンが走っていたが、そこに彼の気配は感じなかった。
「どこへ…」
直後、カシャンと乾いた音が後ろで響いた。振り返るとデュランダルが落ちている。
「!まさか…」
上を見上げるとそこには「月歩」で空を蹴っていたルフィがいた。
(ダメだ、ぼくのハナハナではとても勝てない!)
能力での攻撃を諦め、急いでデュランダルを手を伸ばす。
―だが、彼は圧倒的な速度でハナハナの能力を圧倒し瞬間移動、もとい「剃」で彼の目の前に迫っていたのだ。
「護無…」
「まずい!」
かわそうとしたが既に遅かった。
「散弾(ショット)」
刹那、キャベンディッシュが苦痛に顔を滲ませながら吹っ飛ばされる。ルフィの拳が顔に叩き込まれたからだ。さらに彼は宙を舞っているキャベンディッシュの頭部を掴み、そのまま地面に叩きつけた。
ガンと鈍い音が響き渡る。同時に周りに赤い薔薇の花びらのような血飛沫が飛び散った。
「キャベツ君!」
その音は距離の離れていたロビンにも聞こえていたようである。
「…剃」
ルフィがロビンの前に立ちはだかった。もう、逃げられない。
「お前らが俺に勝てるわけないだろうが」
ロビンはキャベンディッシュと共に捕まえられていた。
「ぐっ……」
彼が起き上がる、頭からは血が流れていた。
「ったく、『国殺し』は女一人すら守れねェのか」
「何だと?」
キャベンディッシュの顔が険しくなる。
「国殺し?」
ロビンが疑問の声をあげ、ルフィがそれに反応した。
「そうか、知らないのか。おいロビン。この世界のドレスローザがどうなったか知ってるか」
「…いいえ」
「滅びたんだよ、ぼくたちが一生懸命守った国は」
「…!」
キャベンディッシュが会話に挟んで半ば自嘲気味に笑った。
「バギーの野郎が統括していたクロスギルドの下っ端がよ、どういう理由か知らんがドレスローザを転覆しようとしたのさ。そうはさせまいと必死で抗ったのがキャベツだ。だがな、結局滅亡した。世界経済新聞はドレスローザ滅亡の濡れ衣をコイツに着せて『国殺しのキャベンディッシュ』として仕立てやがった…」とルフィは話す。
「なんですって…」
彼の内容はロビンに驚きと困惑を与えるのには十分すぎた。
「俺たちがナワバリにしたところは大体が滅びている、ここはそういう世界なのさ」
「そんな…」
「で、お前はまた逃げるのか?」
「っ…」
ロビンが口をつぐむ。
逃げる。その言葉は故郷を滅ぼされ、常に敵に追われてきた彼女にとって余りにも重かった。
「ルフィ、これは逃げることではない。頼む…ロビンを一味に会わさせてくれ。それが終わったら君の願いを聞くから…」
「………」
代わりにキャベンディッシュが懇願する。しかし、ルフィは無言だ。
「お願い、まずはみんなの所へ戻らないと埒が明かないわ」
「…………………………………」
ロビンが頼んでも彼は何も話さない。
どれくらいの時が経ったのだろうか。3人は時を止めたかのようにその場に立ち尽くしている。ルフィは何を発するのか、不気味なほどに続く静寂は1分にも1時間にも感じた。
「…行ってこい」
ルフィはそう言って何かをキャベンディッシュの手に投げる。見ると金属の小さな鍵であった。
「腕輪の鍵だ。仲間に外してもらうといい」
「ルフィ…!」
2人の顔から安堵の表情がこぼれる。
「だが、一旦お前を解放するだけだ。俺にはワンピースを見つけて海賊王になるという義務がある。そうなればいずれそっちのルフィと戦うだろう。今度は俺だけじゃねェ、しらほしやサイ、バルトロメオ、そして目の前のキャベツとも交戦するだろう。これは一味同士の決闘だ。」
「ニワトリ君にしらほしも…!?」
予想外であった、まさか彼らも生きているとは。それ以上に、このルフィの下にいるという事実がこの世界に来てから唯一の喜びでもあり、悲しみでもあった。
「ああ、そうさ。麦わら大船団の一部の生き残りは俺の部下になっている」
「部下」というルフィなら絶対言わない言葉を使っている目の前の男は本当にルフィなのかとロビンは眉をひそめる。
「それにこの前のように手加減はしねェ、そっちが負けたらお前は俺が貰っていく」
「分かったわ」
ロビンは覚悟を決めた表情で頷く。
「理解したならさっさと行け」
そう言われて彼女はキャベンディッシュに連れられ、麦わらの元へと向かっていった。
再び独りになるルフィはため息をつく。
「ロビンを何だと思っているのよ!?」
少し前にナミに言われた言葉を思い出す。
「…また、アイツに叱られちまうとはな」
誰もいない路地裏でそう呟いた。