武器と肉体

武器と肉体


 ルフィが手袋をつけ始めた。1週間ほど前から、何処からか拾ってきた手袋をつけ始めた。ルフィの手の感触が好きな私は、撫でる時も手袋をしたままのルフィにちょっと不服だった。私は、彼が強がりで有る事を知ってるので出来る限り詮索しない事にした。世界中が敵の現状で理由を言わないと言う事はそれなりの理由があるのだろうと思い深くは聞かなかった。それでも…話してくれないと言うのは不安になる。

「ルフィ。その手袋どうしたの?」

 今日は気分が良いので思い切って聞いてみる事にした。話したくないのならそれで良い。ただ、ルフィの意思を確認したかった。私の声を聞き、ぐるんと振り返った彼の目には、常に紅点が忙しなく動き回っている。今も見聞色の覇気で近付いてくる相手が居ないか見張ってるのだろう。これもここ数週間で見るようになった光景だ。

「別に見せても良いけどよ…後悔すんなよ?」

 近づいて来たルフィは私に釘を差し両手をこちらに差し出した。見るなら自己責任と言うことだろう。口の中に溜まった唾を飲み込み、意を決してその手袋を外す。

 それを見た瞬間、少しだけ理解が遅れた。否、認めたく無かった。本能的に理解を拒んだ脳が思考を一瞬止めたのだ。

 そこにあったのは真っ黒に染まった腕だった。きちんとした肉体に金属のような光沢を纏った腕。触れてみれば確かに武装色の覇気だと実感できた。

「うそ…なんで…」

 武装色の覇気は当たり前だが通常、常に纏っている物ではない。覇気も消耗品だ。使い続ければ消耗もする。戦闘に使う武装色の覇気を日常でも纏っているのは、訓練かそうでも無ければ異常としか言いようがなかった。だが、ウタも海兵として様々な経験を積んでいる。だからこそ、この現象の原因に心当たりがあった。それは、酷く残酷な可能性だ。

「いつの間にかこうなっててよ。力を込めればある程度は戻ったように見せられるんだけどな。原因は…わかるだろ?」

 苦笑いを浮かべながら実際に力を入れ、腕を肌色に戻して見せるルフィ。だが、その後ルフィが力を抜けばまた元の黒色に戻ってしまう。私を撫でる時は、いつもこうして気付かれないようにしていたのだろう。

「もしかして…"黒刀"…?」

「だろうな。それ以外思いつかねェし。」

 "黒刀"と呼ばれる現象がある。凄腕の剣士が自らの剣に武装色を込めた結果、元の剣より強くなる現象。覇気の影響が物体に残り続けるという珍しい現象でもある。その現象が、剣士でもないルフィの剣でも無い腕に起きている。それだけで事の異常さを認識させる。

「おれのパンチはピストルみてェに強ェし、"武器"として使い続けたから腕が武器として扱われたのかもしれねェ。」

 何に。とは聞かない。誰にとも聞かない。ただ、このままだとルフィが自分の体を道具として使い潰すような気がした。

「ねェ。ルフィは人間だよ?」

「わかってるよ。おれはおれだ。」

 わかってない。今もそんな事を言いながらルフィは腕を膨らませたりしている。きっと、あの黒腕の活用法でも考えているんだろう。このまま行けばルフィは自分の体の形をどんどん歪ませていくだろう。そんな確信があった。元々ルフィは、自分の身体の形を変える事に抵抗がない人間だし、それを1番の得意分野にしているレベルだ。"生命帰還"と呼ばれる技術がある。本来なら厳しい修行の末に使えるようになる技術だが、ルフィはこれをいち早くマスターしていた。それは誰も彼もが驚く程の速度であり、彼の適正の高さを窺わせた。

「安心しろよ。おれは何があってもウタを守るからよ。」

 私の感情がわかったのか、安心させるような言葉をかけるルフィ。ゴツゴツした手が頭の上に置かれ、優しく撫でられる。良いように扱われてる感も否めないが、これをされると対抗する気も失せるのだから仕方ない。ただ、黒刀となったルフィの腕はいつものゴムの弾力と筋肉の硬さを併せ持った独特な感覚は無く、絶妙な硬さが頭を覆う。

「大丈夫だよ。どんな姿になっても、私はルフィが大好きだから。だから…私の側から絶対に離れないで…」

 わかってても不安になる。ルフィが私を置いていくなんて事はあり得ないのに。頭を撫でられながら強くルフィを抱きしめる。

「当たり前だろ!例え化け物になったとしても、おれもウタの側に居続けてやる!今更後悔しても遅いからな!後からやっぱり離れてって言われても離れてやんねェ!」

 ルフィの腕の中なら見上げれば昔と変わらない笑顔で笑いかけてくるルフィと目が合う。手をルフィの背中から首へと移し替え、少し背伸びをするように顔を近づけると、示し合わせたように口付けをする。体が溶けるような感覚と、ルフィと混ざり合うかのような錯覚、絶対の安全地帯の中にいる事も相まって不安な気持ちが霧散していく。

 もし本当にルフィが原型を止めないぐらい歪んでも、私はルフィを愛し続ける。ルフィも私を愛してくれる。そんな確信が心を満たす。昔は、幸せに身体は要らないと思った。途中から、心だけだと駄目だと思った。今はどちらでもない。ルフィさえ居てくれれば、私は幸せだ。きっとルフィも同じ事を思ってる。だから、ルフィに満面の笑みで返すのだ。

「ねェルフィ。愛してくれて、ありがとう。私も、ルフィを愛してるよ。」

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