追放もの

追放もの


「クオンお前は今日でパーティから追放する!」

開口一番、我らがパーティのリーダーであるグレンは赤ら顔を更に赤くしてそう言った。

ここは酒場の一角、"女神の塔"の十階到達の記念で集まった。そのはずだった。

メンバーの一人のサリオさんは気まずそうに僕とグレンを見比べている。

隣のミレーヌは葡萄酒の注がれた木製のジョッキを掴んだまま目を見開いている。

僕らは塔の調査を主体として集まった冒険者のパーティだ。

パーティを組んで三ヶ月、ここに至るまで大きな問題もなく皆とは上手くやっているつもりだった。

「いや、待ってくれ。心当たりが全く無いんだ。理由を聞いていいかな?」

「そうか……それもそうだな!」

グレンは一気に坏をあおるとテーブルに叩きつけるように置いた。

大分酔いがまわっているけど大丈夫かな。

「俺は冒険者だ、魔物に殺されるのは覚悟している。だがな、だがな……味方の魔術で死ぬなんてのはまっぴらなんだよ!!」

「……は? 魔術の天才であるこのクオン・イザヴェルが、そんな初歩的なミスしないんだけど!?」

訳が分からない。いや、攻撃術士<ソーサラー>の射線に入って巻き込まれることなのは予想がつく。

パーティを組むにあたって、各自の立ち回りや能力については話し合っている。

「第一そうならないように連携してたじゃないか。最近は僕も前に出てるし注意もしてるよ?」

「俺が注意してんのはお前の動きだ! 一歩間違ったら消し炭なんて、そういうひりつきは求めてねぇよ!」

グレンは一気に二杯目をあおるとテーブルに叩きつけるように置いた。

「大体、何なんだお前の雷魔術は! ほとんど一撃じゃねえか! 天才つーか化け物だろ!」

グレンは一気に三杯目をあおるとテーブルに叩きつけるように置いた。

「段々魔物は強くなってきたのに俺達はどうだ!? お前に攻撃を任せて側を固めるばかり!」

「でもクオンが居てくれたおかげで、私達は十階まで攻略出来たんだよ?」

口を挟んだミレーヌの方をちらりと見ると、グレンの眉間のシワが益々深くなった。

「こんなの冒険なんかじゃねぇ、ただの散歩なんだよ! 最近じゃお前もクオンの側にばっかいるじゃねぇか!」

「そ、それは魔術の補助をしたほうが私も貢献できるから……」

グレンは一気に四杯目をあおるとテーブルに叩きつけるように置いた。

「流石に飲み過ぎじゃない?」

「飲まなきゃやってらんねぇよ、追放だぞ追放!? どうしてこんな事に……」

「それ僕の台詞じゃないかな!?」

いや、泣きたいのはこっちだよ。これじゃお酒の勢いで追放されるみたいじゃないか。

かなり酔ってるせいかグレンは聞く耳を持ってくれない。

こうなったら仕方がない。年長者であるサリオさんに助け舟を出してもらおう。

年の近いグレンとは意見のすれ違いで口論になることもある。

そんな時に第三者の立場から妥協点や誤解している部分を説明して仲裁してくれる頼れる人だ。

「サリオさんも同じ意見なんですか?」

「概ねな。駆け出しのお前達が学ぶべき戦法や撤退の判断などを無視して駆け上がっちまった。上階の攻略をするには……」

そこで一旦言葉を切ると僕らの顔を見回す。

「いやすまん、単刀直入に言おう。追放の本当の理由はミレーヌがクオンに惚れたからだよ。グレンの嫉妬ってやつだ」

「……えぇ?」

「ほ、本当なのグレン?」

「それは……リーダーとして二人だけで戦うわけじゃなく、もっと前衛と連携を──」

「ミレーヌが垢抜けてきたって相談してきたのは誰だ。皆に不誠実だからはっきりしろ」

「……うす」

サリオさんの険しい表情に冗談を言ってる様子はない。

言葉は理解できるけど意味が理解できないという体験は中々無い。

思い返せば最近、ミレーヌの買い出しに付き合うことは多くなった気はした。

魔術の勉強を一緒にしたりグレンの愚痴を聞かされたりして、前より距離が近くなったのは間違いない。

大人しい子なので打ち解けてきたと喜んだけれど、事はそんな単純なものじゃなかった。

女の子の扱いは気をつけろと口を酸っぱくして言われたのを今更ながらに思い出す。

ダメな孫だったよ婆ちゃん。

「あーっと…… その、ミレーヌのって本当なの?」

彼女のほうへ顔を向けると真っ赤になりながらもこくんと頷かれた。

冒険者になる幼馴染が心配で付いてきたとあって彼女は献身的だ。

彼女の優しさもパーティの潤滑油になっていたのは間違いない。

間違いない、間違いないけど気持ちは間違いだらけだった。

「お前の選ぶ道は二つ。追放されてグレンの意を汲んでやるか、ミレーヌとパーティから抜けるかだ」

降って湧いた人生の転機に天才といえども即答は難しいわけで。

なにか言わないといけないのに言葉に詰まる。

「選択肢としては他にもあるだろうが、穏当に済ますならこの二つだろう」

「そう、ですね…… 僕は」

たしかに、ミレーヌの告白を断って二人と居続けるほど面の皮は厚くない。

グレンのこともあって意識の外にしていたけれど、彼女は魅力的かという質問なら迷わず首を縦に振れる。

それは恋愛感情かと問われれば多分違う。

出会ったときから彼女の隣にはグレンが居て、その席を奪おうと考えたことも無かった。

結局のところ彼女達が一緒にいることを応援していたんだ。

自分の気持に整理がついたので大きく息を吐く。

迷ったときは初心に立ち返るのが良いって婆ちゃんも言ってたね。

「きっと付き合いが短いから新鮮に映ったんだと思う。でも二人の関係を壊してまで一緒にいたいとは思わないんだ。ごめん」

新天地に辿り着いた旅人のように、新しいもの対する興奮で無条件に素晴らしいものだと錯覚してしまう。

慣れてしまえば今まで辿ってきた土地とさほど変わりがないと気付く。

また新天地を求めるのか慣れ親しんだ場所に愛着を持つのかはわからないけれど、彼女が抱いた感情も同じようなものだろう。

静まり返っていた酒場に僕の声が響く。

「そう、そうなんだ、私だけだったんだね。ごめんなさい、勝手に舞い上がってしまって」

顔を上げると両手で顔を覆ったミレーヌが見えた。分かってはいたけれどその姿は胸を刺す。

「後はお願い。僕は追放されるよ」

「え、あ……あぁ」

「任せておけクオン。それとも今日は二人で飲み明かすか?」

「ありがとうございます。でも気まずいでしょうから、二人の間に立ってあげてください」

大騒ぎしたせいだろう、酒場にいる人達は皆聞き耳を立てていた。

ここは情報収集の場でもあるし、他人の色恋沙汰なんてお酒のつまみにもってこいだ。

僕が逆の立場だったら、悪びれもなく彼らと同じことをしているだろう。

「あぁ、満足したら宿に帰ってこい。さぁ湿っぽい話は終わりだ! 今日はやけに酒が進むぜ……ったく」

サリオさんが睨みを効かせると、慌てて喧騒が戻ってくる。

せっかくなので手にしていた葡萄酒を一気にあおる。喉を抜ける液体は相変わらず苦い。

やけになったからといって美味しく感じるわけではないみたいだ。

少年も十五で酒の味を覚えとは言うけれど、二年たった今もお酒の味は好きになれない。

大泣きや慰めようとする声を背にして、僕は酒場の扉を閉めた。



月明かりが照らす町をあてもなくさまよい歩いていく。

春先の冷たい風が火照った体と混乱した頭を冷ますのに丁度良かった。

「綺麗な満月だ」

立ち止まったのは町の中央を流れる川のほとり。

ベンチに腰を下ろし、月光を反射する川面を見ながら静かな時間が過ぎていく。

旅から旅の生活で人と深く関われなかったからか、幼馴染みたいな関係に憧れはあった。

グレン達の息のあったやり取りを羨ましく思っていたけれど、今回の件はまさに青天の霹靂だ。

「良いパーティだったなぁ」

冒険者になって初めて組んだパーティだし、出来ることならもう少し一緒に塔の調査を続けたかった。

魔術の天才といえども人との縁は生み出せないからね。

柄にもなく感傷に浸っていると橋の上で何やら口論が聞こえてくる。

「アンタさぁ、手を抜くの止めてくんない? 毎回支援内容が違うわ、効果もショボいわで迷惑なんだけど」

「リーファちゃんもマジメにしてんのは分かってんだよ? ただもう少し俺等にも支援増やしてほしーなってダケ」

「そのくせリーダーには露骨に優遇してるでしょ。ちょっと気に入られてるからって調子乗ってない?」

「言葉を返すようで悪いけれど支援は平等よ。効果もその時の最善手になるよう選んでいるわ」

感情につられて大きくなる声は、聞く気がなくとも耳に入る。

頭上の言い争いに眉間にしわが寄る。多勢に無勢で責められているのを仲裁するかは悩ましい。

最悪乱闘になるから、冒険者には他パーティの方針に口を出さないという暗黙の了解がある。

追放される僕には今更だけど、立つ鳥としては跡を濁さずにいたい。

「顔が良いのは得よね。こんなショボい支援術士<エンハンサー>でもお情けでパーティに入れてもらえるんだから!」

「私の支援は見合った効果をあなたに与える。足りないのではなく適正なだけ」

「ッッ、支援風情が上等じゃない! その憎ったらしい顔綺麗に焼き直してあげよっか!?」

困ったな、暴力沙汰を素知らぬ顔で立ち去れるほど利口じゃない。

見上げた橋の欄干までは大人四人分くらい、折り返して登るので時間がかかる。

一触即発の現状を考えるに手早く上に行くにはあの魔術が最適かな。

建物の外かつ視界に入る場所にしか移動できなくても、橋の上だから問題ない。

血液が体内を巡るように心臓から魔力を循環させる。

「告げる。我が魔力は世界に満ち、世界一つの理となり、理はここに常識となる。転身落雷<ライトニング・ポータル>」

生成した魔力が外に溢れて世界に溶け込み一つになった。

世界に紛れた僕の魔力が常識を書き換える。僕は思い描いた場所に落ちる雷なのだと。

視界が光に染まり、一瞬の浮遊感と高所から飛び降りるような圧迫感がすぐに迫ってくる。

はたして僕は雷となって落ちる。

外に溢れる魔力を閉じると、僕の加えた常識は直ぐに世界に修正されて元の姿に戻った。

欄干を足場にして状況を確認すると目下に一人の少女が居る。

「やぁ、お困りのようだね」

腰まで届く金髪は月の光を受けて燦々と輝き、芯の強そうな紅の瞳は驚きに見開かれていた。

なんだか絵本に出て来るお姫様みたいな子だ。

少し離れて女の人と浅黒い肌の男の人、一人は魔力が体中から溢れて臨戦態勢になっている。

突如として現れた僕、いや落雷に注目が集まっていた。

「な、何なんだお前!」

「何だって……通りがかりの天才攻撃術士だよ。橋の下で休んでいたら口論が聞こえてきたのでちょっと仲裁をね」

「自分で天才って……いえ、ごめんなさい。けれどあなたも冒険者なら分かっているでしょ? 口出しは遠慮して」

「勿論、口出しはしないよ。ただ刃傷沙汰を見過ごすのは寝覚めが悪いんだ」

「だったら何しに来たんだよ!?」

周りの胡乱な者を見る目は気にせずに欄干から飛び降りる。

声と立ち位置から察するにリーファと呼ばれていたのはこの子か。彼女を背にして杖を相手に向ける。

「邪魔しに来たんだ。追放する羽目になる前にお互いに頭を冷やそう?」

支援は仲間との相互理解が一番重要な職だ、悪く言う前に連携など見直すことはできる。

ただ口論で熱くなっている時に相手を慮るのは難しい。

怒りの矛先をこちらに向けて痛い目を見れば、冷静になって仲間と話し合えるはず。

「ハァ!? 舐めたこといってんじゃねぇ、前衛相手に粋がるなよ!」

「攻撃術士だって前に出れるんだ。そう天才ならね」

「ほざけ!」

浅黒い人は剣を抜くと躊躇いなく斬りかかる。

焦ることなかれ。状況把握は冷静に行動は熱くと婆ちゃんも言っていた。

まともに打ち合えば本職である相手に分がある。加えて荒事に慣れているのか迷いがない。

まだこちらを見くびっている間に決着を付けるのが一番か。

迫りくる剣を大袈裟に避け、時に杖で側面を弾いて逸らす。

対応出来るギリギリの範囲で"動きがぎこちない"ことを演出する。

こちらの攻撃は剣で防がれ押し返される。相手の目は勝利への確信に満ちていた。

何度かの攻防を経て、焦れてきた相手の斬り上げに合わせて仰け反り、体勢を崩したように見せかける。

「ちょこまかと逃げてんじゃねえよ!」

大ぶりの一撃を誘い、半身をずらし斬撃を躱すと手にした杖を翻し顎を狙う。

金属製の杖は人間相手なら十分な威力になる。油断していた彼はまともに反撃を受けて膝から崩れ落ちた。

「──理はここに常識となる!」

詠唱が聞こえた方に目を向けると、攻撃術士の子が今まさに魔術を行使するところだった。

まずい、背後にあの子が居るから避ける選択肢は取れない。

完全な詠唱は間に合わないけど、魔力による抵抗ならギリギリか──

「私に任せて」

背後から有無を言わせない強い声が通る。

詠唱無しでどう対抗するつもりなのか、実力も分からない相手を信用するべきか。

一つ判断を間違えると全滅があり得るから、相手を簡単に信用しないのは旅の基本だ。

ただ彼女を信じないなら目の前にいる相手と同じに違いない。

「任せるよ」

魔術に対抗するべく構えていた杖を下ろした。

何の確証もないのに自分の命運を委ねるなんて。あぁ、僕も酔ってるのかもしれない。

少なくとも一流の判断とは言えない、土壇場の奇跡を信じる三流の発想だ。

「まとめて燃え尽きろっ! 火炎球<ファイア・ボール>!」

大人の頭ほどの火球が相手の指先から勢いよく打ち出される。あれは火属性の初級魔術だ。

魔力を糧に燃焼するので消火が難しく被弾したら一大事になる。

一瞬が永遠に思える感覚の中で徐々に迫ってくる炎の塊、だけど不思議と後悔はなかった。

眼の前が金色に染まる。彼女が立ち塞がっているんだ。

「停滞<イス>!」

見えない壁に隔てられたように火球が静止する。

目を凝らすと石らしきものが光の軌跡を残しながら火球の周りを飛んでいる。

これは神秘文字<ルーン>かな。揺らめくこともなく静止する炎は空中に描いた絵画のようだ。

「リーファ! 仲間を傷つけたクズに肩入れすんの!? おかしいだろ、頭!」

「あなたは仲間を傷つけないの?」

「ッたり前だ!」

「なら、天秤にかける必要もないでしょ。私は敵なのだから」

攻撃術士の子の言い分なら、魔法を向けられた彼女は仲間でないことになる。

あの威力は直撃したら火傷どころでは済まない。苦虫を噛み潰したような表情が炎に照らされていた。

「追放よ追放ッ!! ほっんとアッタマくる!! ルール破りのクズ共に居場所なんて無い!」

「私を守ってくれた人を屑と言うのならこちらから願い下げよ。今まで組んでくれてありがとう。ご多幸、お祈りしてるわ」

「出ていけ! この冷血クソ女!」

攻撃術士の子はまだ騒いでいるけれど魔力の発露は見えない。

金髪の子が手を挙げると停止していた火球はかき消える。

お互いにこれ以上争う気はないのは良かった。ただ想定とはだいぶ違う結末に頭を抱えたくなる。

ちょっと喧嘩に割り込んでお互いの妥協点を探り、雨降って地固まって貰おうと思ったのに。

謝って許してもらえる状況じゃないのは僕でも理解できる。

亡者を倒そうとしたら自分が亡者にされた気分だ。いや状況的には僕が亡者にさせた側か、追放者を一人増やしてしまったのだから。

「……行きましょう」

手を引かれるがままに橋を歩いていく。

気絶させた男を攻撃術士の子が心配そうに見ている。

「暫くしたら起きてくると思うよ。加減はしたけど心配だったら診療所で診てもらってね」

背中にかけた声に反応はない。もうこちらのことは眼中に無いようだ。

その横を彼女は無言のまま通り過ぎる。繋いだ手はかすかに震えていた。

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