追憶/[ヴィヴィア=トワイライト]の場合

追憶/[ヴィヴィア=トワイライト]の場合


「ハララ、おはよー……ってなにオレの椅子に我が物顔で座って挙句机に足置いてんのぉ⁉︎」

「部長、遅いぞ。遅刻ではないが出勤時間ギリギリに来るのはどうなんだ?」

「あ、あぁうんごめん……じゃなくて足! 机に足置くなって!」

「机の上を片付けておいたから問題はないぞ」

「そういうことじゃなくってさ!」

 朝から大声出させないでくれよ! とアマテラス社保安部部長ヤコウ=フーリオは頭を抱えた。部下であるはずのハララ=ナイトメアはその様子を眺めながら平然と足を組みかえる。

「ところでだ、部長。保安部に新たな人員が追加されることは聞いているな?」

 ……ペラリ。

「ああ、聞いたよ。ヴィヴィア=トワイライト、だっけ? 今日から来るはずだったよな?」

 ……ペラリ。

「初日から大胆に遅刻とは、随分な人材だな?」

 ……ペラリ。

「初日からドアを大破したハララに言われたくないと思うけど」

 ……ペラリ。

 先程から、明らかに本のページを捲るような音が連続している。しかし、ヤコウもハララも、当然本など手に持っていない。

 音源を探しキョロキョロと周囲を見回したヤコウが、暖炉の方に視線をやりギョッと目を見開いた。

「えっ! 何!? なんでそんな所に居るの!?」

 暖炉の中には長身痩躯の青年が文字通り詰まっていた。

 手元にはハードカバーの書籍。ヤコウの叫び声を意に介さず一定のリズムでページを捲り続けている。

「あぁ……ヤコウ=フリーオ部長、そして……ハララ=ナイトメアくん、だっけ? ……よろしく……」

 青年は本を捲る手を止め、静かな声で平然と挨拶をしてくる。

「……なぜ、そんなところに詰まっている? そも、いつからそこにいた? ヴィヴィア=トワイライト」

 ようやく部長の椅子から立ち上がり暖炉を覗き込んだハララが呆れた声で言う。どうやらこの青年がヴィヴィア=トワイライトらしい。

「落ち着くんだ……狭いところ……」

「まぁ……落ち着くならいいけど、そこ汚れてるだろ?」

 ヤコウが膝を着いてヴィヴィアに手を差し出す。

「一旦そこ掃除するよ。ほら、立てるか?」

「……」

 ヴィヴィアが手を握ったことを確認し、引っ張り出す。特に抵抗せずにぬるりと出てくるその様子に猫を思い出したが、そんなことを口に出そうものなら猫大好きなハララに「は? 猫と人間を一緒にするな」と本気で怒られそうので、黙っておいた。

 暖炉から出てきたヴィヴィアはぼんやりとヤコウを見上げる。背筋を伸ばして立てばヤコウよりも背が高いはずだが、暖炉の中に詰まっていたせいか極度の猫背になっている。

「さーて……とりあえずここ掃除するか……ハララ、掃除道具取ってきてくれ」

「一万シエンで承ろう」

「有料なの!?」

「冗談だ」

 不敵に笑うハララに本気で肝を冷やしながら、渡された掃除道具一式を手に(この展開を見越して事前に準備してくれていたようだ)、ヤコウは掃除に取りかかろうとする。

「じゃあオレ掃除しとくから……ハララ、ヴィヴィアに色々教えてやってくれ」

「了解した。今日は外に出る必要があったな。出てくる」

 頷いたハララがヴィヴィアを従え颯爽と退出する。ヴィヴィアはヤコウにぺこりと一礼すると影のようにハララに付き従った。

 一人残されたヤコウは腕を捲り、暖炉の中にしゃがみこむ。

「ついでに部屋全体も掃除しとくか!」


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「ヤコウ部長って……変わってるね……」

「あぁ」

 飴を咥えたハララが応える。

 ヴィヴィア=トワイライトが保安部へ異動になったのは彼が持つとされている特殊能力が理由だった。

 幽体離脱。霊体となり自由に行動できる能力だ。

 情報収集に適した幽体離脱は、使い方によってはアマテラス社を傾かせることも支配することだって可能だろう。

 紆余曲折を経てアマテラス社に入社したヴィヴィアはその能力を見込まれ、上司に機密事項入手を依頼されたのだ。手に入れた情報を他社へ売るために。

 観察眼がずば抜けているヴィヴィアは上司の目論見にすぐ気がついた。従えばいずれしっぽ切りに使われるだろうと察して、のらりくらりと依頼を断り躱し続け、最終的に今に至る。

 幽体離脱の能力を得てから——つまりは、物心ついた時からということだけれど——ヴィヴィアは様々な人間の姿を見てきた。善人の裏の顔。悪人の裏の顔。たくさんを見てきて、色々なものを諦めることができた。

 脳裏に、蹲っていた自分に手を差し伸べたヤコウの姿を思い起こす。わざわざ闇の中でじっとしている自分を引っ張りだそうなんて。それでいて、「落ち着くならいい」なんて。

 本当に変わった人だ。

「保安部の基本業務は、ほとんど何でも屋のようなものだ。警察が煙たがる仕事を代わりにやって、アマテラス社の不利益になるような人間の身を洗う。……キミの元上司も現在進行形で調査している」

 前を行くハララがこちらを振り返った。

「この調子でことが進めば一ヶ月程度で元の部署に戻れるが。どうだ?」

「いや……いいかな」

 ヴィヴィアは静かに微笑んだ。

「別に、元の部署に愛着が湧いてる訳でもないし……異動に次ぐ異動は、面倒だしね……」

 その言葉に何故かハララが得意げに笑みを浮かべ、再び前を向く。

「とりあえず今日は僕がやっていることを見て覚えろ」

 そう言って、路地裏で屯っている不良の群れへ突っ込んでいく。ヴィヴィアはハララに言われた命令を遵守し、遠くから様子を見守る。

 確か彼らは警察が手を焼いている不良グループだと聞いた。彼らを解散させ、家に戻すのが今日の仕事らしい。治安維持協力依頼という名の厄介事の押しつけである。

 不良達のリーダーとハララが何かを話し、ハララが肩を竦めたように見えた——次の瞬間、彼/彼女の長い足が不良を蹴り飛ばした。

 そこからはハララの独壇場である。不良達が隠し持っていたのであろう小型のナイフをひらりと交し足を引っかけ転ばせ、鳩尾に蹴りを入れる。まるでフィクション作品の誇張表現のように不良達が宙を舞う。

 ハララの判断は「話し合いでは解決できない」ということらしい。

「あれ、私もやらないといけないのかな……。はぁ……いつか死にたい……」

 殴打音と悲鳴をBGMにヴィヴィアは天を仰いだ。


「戻ったぞ」

「戻りました……」

「おかえりハララ、ヴィヴィア。お疲れ様。何もトラブルを起こしてないよな?」

「むしろ僕らの仕事はトラブルを片付ける側だろう」

 心底不思議そうにハララが首を傾げる。ヤコウは「そうだな……。ハハハ……」と苦笑いを返す。

「……まぁ、とにかくだ。見てくれよ二人とも! オレ結構頑張ったんじゃないか!?」

 ヤコウが両手を広げて二人に部屋の様子を見せつける。

 床にはチリひとつ落ちていない。窓もピカピカと輝いている。

 そして件の暖炉にはクッションと数冊の本が置かれていた。

「これ……」

「お前の好みは分からないからオレが見繕ったけど……読んだことあるやつだったら悪いな」

 頬をかきながらヴィヴィアの反応を待つヤコウ。そんな部長の様子に、ふ、と笑みが漏れる。

「職場に、本の持ち込みを許可するなんて……随分変わってますね……」

 ようやく本人に言えた。

 ほっと胸を撫で下ろすヴィヴィアに対して「そうかな……」と今度はヤコウが不思議そうな顔をしてみせる。

「どうせ職場に居なきゃいけないならくつろげる方がいいだろ?」

 豪奢な椅子に腰掛け報告書を作成しているハララを横目にヤコウが言う。

「あー……それとも、やっぱりヴィヴィアも元の部署に戻りたいか? なら……」

「……人が海を渡り、空を行き、果てに宇宙までたどり着いたのは……あるべき場所へ辿り着くためと言えるでしょう」

「?」

 なんだか急に壮大な話になった気がする。

 ハララと目を合わせる。彼/彼女は肩を竦めて報告書の執筆に戻ってしまった。

「あるべき場所へとたどり着く……そのために多くの血と労力を積み重ねてきた、そんな生き物が……生きるべき場所を目の前にして踵を返してしまうことは、無いと思いませんか……?」

「…………えーと。つまり。ヴィヴィアは元の部署に戻るつもりは無いって事か?」

「……そういえばそんなことも言っていたな、彼は」

 思い出したようにつぶやくハララに「その情報早く言ってよ」と嘆く。

「まさか、そんなに気に入って貰えるとは思ってなかったよ。これからよろしくな、ヴィヴィア」

「はい……よろしくお願いします」


 かくして、ヴィヴィアが保安部に所属して三ヶ月が経った。懐かしい異動初日を思い出しながら現在ヴィヴィアは横たわっている。けれどそこは安らかな寝床——という名の暖炉——では無い。硬い床である。

 硬い床に転がされるようにしてヴィヴィアは倒れ伏していた——というのが正しいだろう。

「おい、答えろヴィヴィア=トワイライト。俺達を嵌めたのはテメェだろうが!」

「なんの話だろう……?」

「惚けやがって……!」

 ヴィヴィアを蹴り飛ばした相手は激昂しているが、本当に心当たりが無い。

 おおかた、ヤコウとハララに不正の証拠でも掴まれ転落し、逆恨みをしているのだろう。ヴィヴィアは結論づけた。

 彼らは帰宅していたヴィヴィアをあっという間に攫い暴言を吐きながら集団で殴る蹴る等の暴行を加えてきた。

 閉じ込められている部屋が暗くわかりにくいが、どうやらカマサキ区にある建物のようだ。遠くで肉まんを売る屋台の呼び込みが聞こえる。

(どうやら相手は私の特殊能力を知っているようだし……情報を集めて告発したのが私だと考えても、不思議ではないか……)

 意識が朦朧としてくる。もとより生に執着がないヴィヴィアはここが死に場所か、仕方がない、と特に抵抗することなく意識を落とそうとした。

 暗い場所で目を閉じようとすると、懐かしい時間を思い出す。両親に折檻された幼い日のことを。

 きょうだいが多いヴィヴィアは、親の愛に飢えていた。だから、どんな理由であれ自分に声をかけて存在を認めてくれることが何よりも嬉しかった。

 そんな気質を持ったまま成長したのだから、当たり前のように手を差し伸べてくれるヤコウのことが、呆れた顔をしつつも一緒に働いてくれるハララのことが、保安部という平穏が、どれだけ自分にとって救いになったか言うまでもない。

 たった三ヶ月の短い間しか一緒にいなかったとしても。まるで闇を切り裂く灯台の光のように暖かくて優しい宝物。それが保安部だった。

(部長達に会えてよかった……)

 もう殆ど視界が黒く塗りつぶされている。

 耳鳴り以外の音が引いていき、完全なる静寂の世界に取り残されたような気分になる。

 ——しかし、安寧たる死はヴィヴィアに微笑むことは無かった。

「ヴィヴィア!」

 叫び声。これは、部長の?

 瞼を開ける前に、ガシャン! と、けたたましい音が響いた。

「なっ……! ヤコウ=フーリオにハララ=ナイトメア……! どうしてここに!」

「ちょうどいい、テメェらもここで……グワッ!」

 動揺した男の声が途切れる。潰されたカエルのような悲鳴と共に、頬を風が撫でた。ハララが暴れているらしい。

 おもむろに瞼を開くことが出来た。こちらに向かって真っ青な顔で走り寄ってくるヤコウと、ヤコウを守るように立ち敵を文字通り蹴散らすハララの背中が見えた。

「ヴィヴィア、大丈夫か!?」

 倒れているヴィヴィアを助け起こそうと、ヤコウが膝を着く。

「あぁ、部長……どうやら私は死に損なったようですね……」

「……畜生、アイツら……!」

 らしくもなく声を荒らげたヤコウがテキパキと応急処置を施し、ヴィヴィアを背負った。

 そのまま、出口に駆けだす。ハララが相手取っているため、彼らを妨害するものは誰一人としていない。

「ハララ!」

「あぁ」

 ハララは最後の一人を蹴り飛ばし、ヤコウの後に続く。

 外に飛び出すと、外は夕焼けに染まっている。太陽が最期の悲鳴のように光を迸らせ、空を覆っているようだった。

「はー……はー……ヴィヴィア、揺らしてごめん。大丈夫か……?」

「息はしているな。……意識もしっかりあるようだ。病院に行けば問題は無いだろう」

「よ、良かったぁ……心臓が止まるかと……」

 ほっと胸をなでおろした様子のヤコウに、ヴィヴィアは小さく問いかける。

「よく私が捕まっていると、分かりましたね……」

「偶然だよ。ほら、お前よくホテルのピアノの下で寝てるだろ? 家に帰る体力が無いとか言って……」

 そういえばそんなことも言った気がする。ゆっくりと歩き始めたヤコウに有難く背負われたままヴィヴィアは頷いた。

 アマテラス社の人間が、ボロボロになった人間を背負い歩いているという状況に、周囲の人々は興味を持ちつつも首を突っ込む気は無いようで、遠巻きに見守っている。

「でもさすがにホテルの人に迷惑かかるだろうし、オレの家とかハララのセーフハウスを教えておこうと思ってな。電話しても出なかったから変に思ってたんだが、オレの知り合いの探偵が、連れ去られるところを見たって報告してくれてな」

 後にヤコウの言う「知り合いの探偵」と保安部で連続殺人犯を追い、数奇な運命の果てに友情が芽生える瞬間に立ち会うことになるのだが……それはまた別の物語である。

「ヴィヴィアを連れ去ったヤツらは警察とつるんでるらしいから、その探偵が第一発見者でよかったよ。おかげでオレたちがすぐに動けた」

「今回の件は高くつくぞ、ヴィヴィア」

 ハララが口を挟む。

「部長からヴィヴィアが攫われたと連絡が来て、それなりに大変だったんだ。……本当は戦えるくせに、どうして抵抗しなかった? おかげで、余計な手間が増えた」

「なっ」

 ヤコウが息を飲む気配が伝わる。

「……やっぱりハララくんにはバレていたんだね……」

「懐にカッターナイフと注射器もあった。あの程度の相手、キミなら難無く払い除けることが出来たはずだ」

「ま、マジか。……ヴィヴィア、じゃあなんで……」

 ヤコウが狼狽えている。日常の中でもハララやヴィヴィアのマイペースな行動に振り回されることはあったが、それとは明らかに質が異なっている。

「……私はね……いつか死にたいと思ってるんです……」

 ぽつり、と言葉が漏れる。

「幸福も、安らぎも、平穏も、流れる水のように去っていき……永劫に保つことは出来ない……生きとし生けるものが感じる全ては、虚構に過ぎない……幽体離脱を繰り返す中で、私は……そう思うようになっていったんです……。けれど、死だけは確実なものだった……。死の後にしか、確かなものは存在しない……」

 一旦言葉を切る。自らの歪んだ思想を誰かにこぼすのは初めてだ。

「だから……あそこで私が死んだら。私は幸福な三ヶ月を確実なものにして終わらせることが出来る……そう思ったんです……」

 沈黙が流れる。

 受け入れられなくても、仕方がない。死が救済など、眉をしかめられて当然な考え方だろう。

 ……じゃあ、なぜ私は口に出してしまったんだろう。

 逃げるように思考を回転させるヴィヴィアへ、ヤコウがおもむろに口を開く。

「……オレにはヴィヴィアやハララが持ってるような特別な能力が無い。だから、二人と同じものは見えないし、理解することも出来ない」

 背負われているヴィヴィアにはヤコウの表情が見えない。にも関わらず、ヴィヴィアはグッと目をつぶった。

 ハララも沈黙を保ち続けている。

「でも……だからこそオレはお前たちと一緒に仕事して、お互いを分かり合いたいと思ってる。……いや、そんな立派なもんじゃない。オレはお前たちと仕事をするのが好きなんだ。だから……ヴィヴィアが今まで幽体離脱の能力と向き合って出しただろう考え方を聞いた上で……オレはお前に生きてて欲しいよ。ヴィヴィア」

 名前を呼ばれ、ヴィヴィアが目を見開く。

 肩越しにヤコウが振り返って笑う。

 夕焼けの橙色が空気を暖かく染め、ヤコウの瞳を少年のように輝かせている。

「もちろん、ハララもだぞ。頼むからオレより先に死ぬなよー、もしそんなことになったらオレ、どうなるか分からないからさ!」

「当然だ。僕には目的がある……少なくとも、部長より先に死ぬ気は無い」

 空気を変えようとしたのか、おちゃらけた様子で笑うヤコウにハララは力強く答えた。

「私の考えは……きっと変わりません。……だけど、部長がそう言うのならば……」

 ヤコウも、ハララも、ヴィヴィアの言葉を待ってくれている。ヴィヴィアが何かを言うことを咎めない。理解はできないけれど、受け入れてくれる。認めてくれる。

 だから、ヴィヴィアは沈黙せずに口を開いた。

「あなたが生きてる内は、死ねない……。生きてて欲しいと、そう言われてしまったら……」

「……あぁ、そうしてくれよ」

 ヴィヴィアの体を案じ、ゆっくりと歩いてくれるヤコウが頷く。付き添ってくれるハララも、ふっと微笑みを浮かべる。

 ヴィヴィアが微かに視線を上げると、空が藍色に染まり始めていた。

 ネオンが輝くカマサキ地区の夜に、埋もれること無く瞬く一番星に見守られながら、三人は歩いていった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 やはり、あの時死んでおけばよかったのかもしれない。

 いや、デスヒコやフブキと会う前に死ぬのは嫌だ。

 幽体離脱で霊体となった状態でヤコウを見下ろしながら思考する。

 空白の一週間事件から数日が過ぎた。ただでさえ全区民から一週間の記憶が抜けているという異常事態の中、アマテラス社CEOの交代に突然の鎖国——トドメは気を滅入らせるように降り続ける止まない雨。

 マコト=カグツチが事態収拾のために奔走しており、保安部もヨミー探偵やボランティアの人々と共にあちこちを駆け回っていた。

 ——実際は、一人の探偵として使命感を胸にカナイ区を奔走するヨミーと違い、保安部メンバーはある種の現実逃避のためであったが。

 保安部部長ヤコウの豹変。仲間想いで、特異な力を持つメンバーを暖かく受け入れて認めてくれた彼は、一転、まるで自分たちを化け物であるかのように——仇であるかのように——昏い瞳で見つめるようになった。

 理由は分からない。空白の中に消えた一週間に答えがあるのかと話したが、誰も記憶を持ち合わせていない。デスヒコがそれとなくヤコウに尋ねてみたが、冷たい笑みで「さぁ? オレも記憶がなくて困ってるんだ」と嘯かれただけだった。

 ヤコウを慕っていたメンバーは、当然彼の仕打ちに傷ついていた。特にヴィヴィアはヤコウが妻を殺す場面を幽体離脱で見てしまったこと、それを誰にも言えないと口を閉ざしてしまったことで余計心傷が大きかった。

(……はぁ。いつか死にたい……)

 目の前のヤコウは無表情で保安部部長席に着いている。ただ何もせず俯いている姿からは、何も読み取れない。

 不意にヤコウが懐から一枚の写真を取りだした。……それは、フブキが提案し、保安部のメンバーで撮った集合写真だ。

 ヤコウは丁寧に写真を開き、頬を緩める。もう随分と懐かしい、彼の優しい微笑みだった。

(……部長……)

 細められた青色の瞳は、ヴィヴィアが知っているヤコウ=フーリオの物で間違いなかった。

 ヤコウの唇が小さく動く。

「……許してくれ、なんて言わない。ハララ、ヴィヴィア、デスヒコ、フブキちゃん……オレを恨んでいい。オレを憎んでいい……。だから……頼む……力を貸してくれ……」

 聞こえてきた祈り。どこまでも切実に震えるその声は、言葉は、ヴィヴィアに確信をもたらした。

(……部長は、何も変わっていない——私たちを大切に想ってくれている部長のままだ……)

 ……何故、最愛の妻を殺したのか分からない。

 ……何故、保安部のメンバーに冷たい仕打ちを与えるのか分からない。

 だけど、確かに彼はまだ想ってくれている。『ハララ=ナイトメア』を、『デスヒコ=サンダーボルト』を、『フブキ=クロックフォード』を——『ヴィヴィア=トワイライト』を。

 それなら、彼に報いるために私は力を使おう。口を噤み一人の女性の死の共犯者となろう。理解出来ずとも、受け入れよう。あの時のヤコウのように。

 傷ついているみんなにも部長の言葉を伝えよう。そうすれば、きっと安心できるはずだから。

 そしていつかまた……あの優しい平穏が帰ってくるはずだから。

 雨雲の向こうに輝く一番星も、またいつか——見られるようになるはずだから。


◆終◆

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