追想

追想

現パロ岩直+ちょっとだけ尊直 R15

※現パロ岩直+ちょっとだけ尊直

※登場人物が全員ちょっとずつアレ

※直義受けはまず尊直ありきという思想のもと書いた結果、兄上が滅茶苦茶損な役回りになってしまって申し訳ない……




男は探しもののため、あまり土地勘のない浜辺を歩いていた。

貴重な休日を潰して一日中歩き回ったものの、日が暮れても目当てのものは見つからない。


――仕方がない。この辺りで酒でも飲もう。もしかしたら何か情報が手に入るかもしれない。


そう考え、適当なバーを決めて中に入った。


半世紀以上前に流行った洋楽が流れている。カウンター内には、酒のボトルと主人の趣味らしい古いバンドの写真が所狭しと並んでいた。昭和の香り漂う手狭なバーだが、こういったところの方が情報収集にはふさわしいように思えた。5~60代の人のよさそうなバーテンダーがにこやかに「いらっしゃいませ」と声をかけてきた。男も「こんばんは。入れますか」と人好きのする笑みを返す。


「ええ、もちろん。こちらの席へどうぞ。なんになさいます」


そう言ってメニューを差し出される。こういった場所に一人で来たことはない。バーテンダーの人柄―お節介で口が軽いとありがたい―の確認のためにも、教えを乞うておこう。


「あまりこういった場所に慣れてなくて。良ければおすすめを教えてもらえませんか。出来れば度数が低くて少し甘めのものがいいのですが」

「なるほど。でしたら、――」


そこから先はバーテンダーの独擅場だった。酒の勧めや蘊蓄を語るのはともかく、BGMとしてかかっている曲の解説を始めたり、男の趣味や人となりを知りたがったり、随分とおしゃべりだ。男の顔をまじまじと見つめて「どこかで見たような」などというのも随分不躾に感じた。普段であれば些か辟易するところだが、今回の目的を思えばむしろありがたい。人に合わせて盛り上がったふりをするのは割と得意だったので、楽し気な会話を演じつつ、いつ探しものの件を切り出すかとタイミングを計っていると、いかにも遊び人然とした20半ばの男が、腫れた頬を摩りながら入店した。


「いやあ、参ったぜマスター。今日のはどうも気が強い女でなあ」

「岩ちゃんよ、いい加減に女遊びはほどほどにしなよ。そろそろいい年だろう」

「俺まだぴちぴちの27歳だもん。強いのちょうだい、強いの」


そういいながら、“岩ちゃん”は、席の案内を待たずに男の隣に座った。


「お兄さん初めての人?こんなぼろいバーにゃ珍しいな」

「ちょっと岩ちゃん、よしてくれよ。ほかのお客さんに変な絡み方するの」

「変じゃないでしょー!お兄さん俺と話すの嫌?」

「いえいえ。かまいませんよ。よければお話ししましょう」


男がそうにこやかに笑うと、“岩ちゃん”は目を瞬かせた。予想外の反応に面食らったようだったが、すぐにニヤリと笑ってなれなれしく男の肩を抱く。

正直なところ、男はやや不快だったが、かまわなかった。目当ての魚がかかったのだ。


「ノリがいいなお兄さん!じゃあ、かわいそうな俺の失恋話でも聞いてよ」

「見たところ振られたてほやほやって感じですもんね」

「ああ、その女はいいの。ちーっとばかしよそ見しただけでこれじゃ俺の方からやってらんねえぜ」

「岩ちゃんは気が多いもんねー。女の子も怒るよそれじゃ。……ほいスティンガー(毒針)」

「刺されろってコト!!?」


バーテンダーが提供した酒を見て“岩ちゃん”は渋い顔をしたので、バーテンダーも男も笑った。“岩ちゃん”も笑いながら頭を掻いたが、ふと真面目な表情を浮かべた。


「そうじゃなくてさ、昔話よ。俺の初めての失恋の話」

「なんだ岩ちゃん、お前さんそういうの覚えてるクチだったのか。そりゃ興味深い」

「ねえ。見た感じ新しい女ができたら前の女は忘れそうに見えるのに」

「るせえ!わかった風なこと言うなよ、お兄さん」


そう言って男の背をたたくと、“岩ちゃん”は話を始めた。



* * *



俺が高1んときの話よ。

あの頃から女は切らしたことなくてさあ。何分俺モテてモテてしょうがなかったのよ。なにせこのハンサム顔だもの。反抗期であんま家にもいたくなかったし、女の家から通うのがしょっちゅうだったわけ。そうすっと当然制服なんかも着回しでグダグダになるし、女抱いた翌日ってかったりーから自然と遅刻も増えるわな。でさ、そうすると目を付けられるわけよ。先生とか風紀委員とか、そういう連中に。

うちの高校の風紀委員はさ、漫画みたいないかにもお堅い連中で、特にある2年の先輩はマジで校則全部覚えてんじゃねえかってくらいガチガチの堅物だった。成績もトップで全国模試で1位とったりもしてたし、学校じゃ名物的なひとでね。そんなひとにまあ俺のようなもんが見つかってごらんなさいよ。何べん違反した校則を読み上げられたかわかんねえよ。目ざとく全部見つけやがんだからもう。「なぜ何度言ってもシャツを着崩すんだ」とか「学校にピアスをしてくるな」とかめちゃくちゃしかめっ面で言われたもんよ。俺ぁ叱られるたんびにへらへら頭下げたりしてたんだけどさ。でも、やっぱりそういう真面目で厳しいやつって嫌うやつもいるんだよな。夏休み前、「式の後みんなであいつイジメて学校来れなくさせてやろうぜ」みたいな声掛けされた。

でもさ、俺はあのひとのこと嫌いじゃなかったんだよね。「違反してる」から「直せ」ってごくまっとうなこと言ってくるだけだったし、本人もキッチリ校則守ってたしな。それに、その校則だって狂信したりはせずに、時代に合わないんじゃないかってものについては先生に掛け合ってなくしたこともあったらしいし。喧嘩があったら仲裁に入ったり、いじめられっ子がいたらかばってやったりしてて、実際先生より頼りにしてる奴らも結構いたくらい。要は、先輩は真面目で厳しいだけじゃなくて、優しいいい子ちゃんだった。俺はそんないい子ちゃんにはなれないけど、そういういい子ちゃんを目茶目茶にしてやろうって思想はなかった。

「興味ねえわ」って断って、それで帰るつもりだったんだけど、なんか気になっちゃって。声かけてきた連中が校舎裏で、って言ってたからさ、校舎裏に向かったら、すっごいよく通る罵声が聞こえてきてよ。覗いてみたら案の定、羽交い絞めにされた先輩と、しょうもねえアホが4~5人。先輩はすでに何発か殴られてて、あんま顔色がよくなかったけど、それでも目ェギンギンにとがらせて、「一時の鬱憤のためにこんなことをしてなんになる」「これで停学や最悪退学などになれば将来がどれだけ狭まるかわからんのか」とかそんなこと言ってた。俺このひともバカだなと思った。でも、アホ共がゲラゲラ笑って、あのひと押さえつけながら「お前が誰にも言わなきゃ済むだろ」「誰にもしゃべれないようにしてやるよ」つって服をひっつかんだ時、なんだろう。カーッと頭にきちまって。気が付いたら俺もアホ共もぼこぼこになってて、先輩はすごく困った顔してた。「先生を呼んできてくれるだけでよかったのに、なんでこんなことしたんだ」ってさ。「なんかムカつくと後先考えずに飛び出しちゃうことない?」って聞いたら「ない」って返された。まあ確かに先輩はなさそうだよな。「腹を立てると後先考えられないことも、私が殴られることでお前が腹を立てるのもよくわからない」だって。先輩は今にも泣きそうな顔で、保健室で俺の腫れた頬を冷やしながらそう言ったので、俺もなんか悪い気はしなかった。消え入るような声で「ありがとう。助かった」って言われたし。

あとで先生からは叱られたけど、先輩がすごくかばってくれて、喧嘩両成敗みたいなことにはならなかった。むしろちょっと褒められちゃった。「暴力はダメだけど先生はその気概を買う」とさ。先生に褒められたのなんて高校入って初めてで面食らったけど、まあ叱られるよりは気分良かった。ただ、先生は俺のことより先輩の方見て異常なほど心配した。それこそ、この世の終わりみたいに。先輩は真面目ないい子ちゃんだけど、立派な男子高校生なんだから……何よマスター、驚いた顔して。え?女子だと思ってたの?いや、先輩男よ。なんでガッカリしてんの。なに、深窓のご令嬢って感じの古風な美少女を期待してた?残念でした。……でも割とそんな感じだったぜ。男だけど。……話し戻すが、まあとにかく俺はちょっとしたケガで大げさだって思ったわけ。でも、先輩も青い顔してた。殴られた時よりずっと。「家には連絡しないでください」って先生に言ってて。おかしいよな、ただの被害者だってのに。俺が「なんかやばいんすか」って先輩に聞いたら、先輩は黙って俯いて、先生が横から「最悪死人が出るかも」ってポツリとこぼした。俺は大笑いして「冗談きついぜ」って先生の背中たたいたけど、先輩も先生も一つも笑ってなかった。

聞けば、先輩には大層変わったお兄さんがいるんだって。強くて、基本親切だけど気紛れで、弟が大好き。人好きのする笑みを浮かべてるけど、どこか得体が知れなくて、何をするかわからないところがある。去年までこの高校にいたそうだけど、先輩に変な絡み方したバカをとっ捕まえて二度と学校に来れないようにしたらしい。絡んだだけでそんなだから、もし先輩がこのボロボロの格好のまま家に帰ったら、或いは学校がなくなるかも―そんな先生の言いっぷりに先輩は不満がありそうだったが、異論はなさそうだった。「兄は私に本当に優しいが……あまり話は聞いて頂けない。私に何があったか知られれば、あの連中は絶対にただでは済まないだろうし、お前にも……何か火の粉が飛ぶかもわからない」不良数人に囲まれてボコられても毅然としてたひとの少し弱った様子に、俺は不思議と「守ってやりてえ」って気がわいていた。ギャップ萌えってやつかもしれない。先輩は美形だけど、別に女みたいななりは全然してなくて、でもあの手当中の泣きそうな顔と、その時の弱った顔が、俺の変なツボに突き刺さったみたいだった。

「じゃあ暫く俺んちきます?」なんて言葉が、気が付いたら俺の口から出てた。多分「腫れた顔を見られるのがまずいなら腫れが治まるまで匿ってやりゃいい」とか、そーゆー安易な考えだったと思う。先輩はぽかんとした後「急に外泊なんて反対されるにきまってる」つっていつものしかめっ面をしたんで、俺は「しかめっ面が一番可愛いな」って思った。俺が先輩に見とれてる間、先生は何か考えてたらしく、「ありかもしれない」って言った。先輩んちはお兄さんはちょっとそんな感じだけど、親御さんは普通の人っていうか、むしろその兄弟関係を心配してるらしい。「仲の良い友人同士で合宿することになったといえば親御さんはむしろ喜ぶかも」そういうことだから、勉強合宿ってことで1週間くらい岩松に勉強教えてやってくれ。「えっ」そう肩をたたかれて、先輩は茫然としてた。先輩の了承を待たず、先生はちゃっちゃと俺んちと先輩んちに電話してOKもらってたんで、俺はうちにあと何枚ゴムあったかなって考えてた。……そんな顔しなさんな。結局使ってないんだし。違うよマスター、生でやったって意味じゃないって。ほら、隣の兄さんが凄い顔してるから。

……でさ、あれよあれよって間に先輩が俺んちに来ることになったの。「急にお邪魔するなんて不躾な真似をして大丈夫だろうか」なんて心配そうに言うから、「うち基本家に親いないし、まあいたところで俺なんべんもその日釣った女連れ込んでっから大丈夫よ。なんなら俺の部屋庭から入れるしね」って言ったら「ふしだらな」ってしかめっ面で吐き捨てられた。さっきも言ったけど俺そのひとのしかめっ面好きでね、割とハッピーな気持ちになったけど、道すがらちょっとした菓子折り買ってて「マジか」って思った。根本的にお育ちが違うのよね。お袋もさ、学校からの電話受けて一応帰って準備してくれてたみたいなんだけど、俺と同レベルのバカが来ると思ってたら先輩みてえな滅茶苦茶しっかりしたひとが来たから面食らってたぜ。面食らってたのをどう思ったのか、先輩はお袋に挨拶して、「経家君は私が不良に絡まれているところを助けてくれました。私のせいで大事な息子さんに怪我を負わせてしまい大変申し訳ない」ってすごい綺麗な角度で頭下げてた。お袋はどっからそんな高い声が出るのって声で「あ、あら~、いいのよ、うちのバカなんてしょっちゅうケガ作って帰ってくるんだから!」なんつって、こぶができてる俺の頭をはたいた。なぜ。でも、俺は頭の痛みのことより、先輩が俺のことを「経家君」って言ったことに何だかドキドキしてた。普段は「おい」とか「お前」とかよくて「岩松」だったからな。「なんか結婚の挨拶に来たみてえ」って思わず呟いたら先輩はすごい渋い顔して黙った。多分罵倒しようと思ったけどお袋の手前やめたんだと思う。けど、お袋は呆れた顔して「こんなキッチリした子が結婚してくれるわけないだろ。あんたにゃ先週来てた人様のプリン勝手に食うバカ女がお似合い」なんて抜かすもんで、俺は「うっせーババア」つってそのあとお袋を無視した。先輩はやっぱり、「お邪魔します」って礼儀正しくお辞儀して、お袋に菓子折り渡した後、俺の後に続いた。

俺は、自分の部屋に女連れ込んだことなんて手と足の指の数じゃ足りないほどあったってのに、ガラにもなく浮ついちまって。先輩の方見ると、あっちもちょっとそわそわしてた。これは押したら行けるかもって思って先輩にどうしたのか聞いたら「他所のうちに泊まるなんて初めてだ。兄にも言わずに。ちょっといけないことをしてる気がする」いけないことですって。もう俺はもっといけないことする気満々で「俺のベッドちょっと二人で寝るには狭いけど」って言ったら「もちろん私が床で寝る」って返された。「一緒に寝ようよ」って肩抱こうとしたら手を叩き落として「馬鹿な」だって。バカでーす。隙見て喰ったる、と思ったけど、先輩は言いつけ通り勉強を教えてくれたので、脳が疲労してその日は早々に寝た。

俺は先輩とエッチなことすることばっか考えたってのに、結局六日間は手すら握らせてもらえず、俺がバイトで3時間ほど家を空ける他は、ずっと勉強漬けの日々だった。ひどい生殺しだったよ。何せ、向こうは目の前のバカの後輩が自分に性欲感じてるなんて思いもしないから、平気で寝間着代わりに貸した俺のちょっと裾長のパーカーから惜しげもなくなまっちろい手足をさらしたりするし、そんなカッコで風呂上がりに俺の隣に座って勉強見たりするし。俺のシャンプーの匂いが先輩から漂ってきたの意識したときなんか急いで便所に駆け込んだわ。そう考えたら結構チャンスあったな。結局その時手え出さなかったのは、今にして思うと潔癖でクソ真面目な先輩から決定的に嫌われるのが怖かったのかもしれない。なんだかんだ先輩の個人的な話とかも聞かせてもらえるくらいには親しくなってきてたから。

先輩の話にはいっつもすぐ「兄」って言葉が出てきて、最初は「ブラコンかよ」ってからかい半分の気持ちで聞いてたけど、段々そういうんじゃないことに気付き始めた。先輩の人生にはお兄さん抜きの時間が殆どないんだ。お兄さんと同じ部屋で朝起きて、お兄さんに挨拶して、お兄さんと朝ご飯食べて、お兄さんとお家を出て、学校が終わったら寄り道せずまっすぐ家に帰って、宿題して、お兄さんが帰ってきたらお迎えして、お兄さんと晩ご飯食べて、お兄さんとお風呂に入って、お兄さんに挨拶して、お兄さんと一緒に寝る。俺はいろんな話をつなぎ合わせてそれに気づいたとき、正直寒気がした。この「合宿」中だって、何回も先輩のスマホは俺たちの会話に割って入った。鳴らした相手は言わずもがなだ。先輩は「兄にはいつまでも私が子供に見えてるみたいで」なんて言ってたがそんなんじゃない。先輩はまさしく、籠の鳥だ。俺は、ただ頬の腫れが治まるまで匿ってるだけじゃ根本的な解決にならないと思った。お兄さんから引き離さないと、このひとは人になれない。六日目にはそんな危機感が俺の心を支配していた。

「高校生の弟にそんなんするのおかしいっしょ。あんたんとこのお兄さん相当変っすよ」六日目の昼頃だったか、ついに俺はそう口に出した。確か休日の先輩の服をお兄さんが選んでる、とかそんな話してた時だったと思う。先輩は一瞬人形みたいに動きを止めて、それから目を吊り上げて激高した。「兄上を愚弄するな!!」このひとには何べんも叱られてたし、罵倒もされたけど、こんな感情任せに怒鳴られたのは初めてで、俺は「お兄さんが絡むと先輩も変だよ」と言った。先輩は先輩で、自分が感情任せに他人を怒鳴ったことに愕然としたみたいだった。「……不愉快だ」何とかその言葉をひねり出して、先輩は俺の部屋から出てった。俺はちょっとショックだったけど、でも、絶対間違ったことは言ってないから謝んないでおこうと思った。今思うと人様の家庭に首突っ込んで悪く言うって相当行儀悪いけどな。まあ俺その時相当先輩にイカレてて、俺がどうにかしなきゃって思いこんでたから。ガキだったしね。

先輩はそれから1時間くらいして帰ってきた。「すまん、頭が冷えた」って俺に頭下げてさ。「そもそも、私の事情でお前には貴重な夏休みを1週間も使わせてしまったのに、不快な思いをさせて悪かった」俯いたまんま先輩が続ける。こんなこと言わせたいわけじゃ全然ねえのに。「もう頬の腫れもほとんど目立たないし、今日帰ろうと思う。今日まで世話になった。ありがとう。母君にもよろしく伝えておいてくれ」そういって立ち上がろうとした先輩の手を俺は掴んだ。「悪いと思うんなら埋め合わせの一つもしてくださいよ」「……そうだよな」先輩は、なんかの覚悟をして真っ直ぐに俺を見たけど、正直無用な覚悟というかなんというか、ちょっと笑っちゃいながら俺は言った。「じゃ、明日はちょうどバイトも休みだし、勉強休みにして一緒に出掛けましょ。近くで夏祭りがあるんだ。あ、明日は『兄』禁止ね」「……え?」「そのいっつも震えてるスマホも、明日は無視してくださいよ。俺の前だけでも」「しかし」「いいから」「…………わかった」先輩は、道に迷った子供みたいな表情を浮かべた。それはそれで可愛かったんだけど、俺は「ちゃんとしろ」ってしかめっ面しながら言う先輩が結局一番好きで、それが俺にとっての先輩っぽさだったから、人様の兄貴だったけど、先輩にこんな表情をさせることに腹を立てていた。

最後の日は、朝から先輩を連れ出して、まずショップに向かった。俺が普段いかないような地味目の系列。制服デートでもよかったんだけど、内心先輩の話聞いて「このひと自分で選んだ私服持ってねえんじゃねえの」って思ったから、俺も服買うからついでにって選ばせた。先輩は先輩らしくカチッとした淡い色合いのシャツに濃いグレーのスラックスを選んで、らしさに笑った。俺のなけなしのバイト代で買ってあげるつもりだったけど、先輩はそれを固辞して自分の財布から出したので、俺は自分の服に紛れさせ、浮いた金で別のものを買った。空色のグラデーションがかかった、シンプルな浴衣。プレゼントするって言ったら断られるのは服の件で分かってたので、これは俺のもので、「夏祭りってのは浴衣を着ていくもんだから俺のものを貸してやる」という体で着せることに決めた。そのあとは、適当にショッピングモールぶらついて、欲しいピアス見て値段で唸ったり、やっすいファストフード店に入ってハンバーガーやらポテトやら食べながらくっちゃべったりした。先輩は「油が酸化してて正直口に合わない」なんて可愛くないこと言ってて最高に可愛かったっけ。先輩は前日の約束通り、本当にお兄さんのことは一切話題に出さなかったし、その日は一切スマホが鳴らなかった。前日のうちにお兄さんに断っといてくれたんだ、って俺は嬉しかった。それに、断れるんだったら、俺が思ってたほど先輩とお兄さんの仲は深刻な状態じゃないのかも、とも思って安心したんだ。

夕方ごろ、いったん家に戻って、予定通り浴衣に着替えた。空色の浴衣を出したときは相当に訝しまれて、「なんでこんなサイズ違いの浴衣を持ってるんだ」とか「こうシンプルなものはお前の趣味じゃないだろう」とか散々詰められたけど、「俺の勝手でしょ」で全部通した。ま、おっしゃる通り俺の趣味じゃねえけど、先輩にはそういうシンプルでお上品なのが似合うと思ったし。まあ、見立て通りだったよね。先輩の清らかな風情と、抜けるような空色がぴったりマッチして、自慢して回りたくなるほど綺麗だった。俺もまあ「夏祭りは浴衣を着ていくもの」って言った手前、もともとほんとに持ってた派手な花柄の浴衣をテキトーに着た。どうせ俺は何着たってイケてるし。締め付けんのが嫌いだから緩めに着付けたらまあ案の定嫌な顔して「ちゃんと着ろ」って言われたよね。しかめっ面で。俺は上機嫌で先輩を夏祭りやってる会場に案内した。地元の祭りとしちゃ結構でかい祭りで、屋台の種類は豊富だし、6時からは花火だって上がる。人が多いのが難点だけど、手を握る口実になるのも悪くないと思った。先輩は会場を見渡して、「ドレスコードが浴衣というわけでもなさそうだが。……特に男は」と俺をジト目で睨んできたけど、今更そんなことに気付いても後の祭りだし、先輩はいい加減俺が睨まれたりしかめっ面されてもノーダメージどころか喜んでることに気付くべきなんだよな。ちょっと鈍感で、そーゆーとこもかわいい。「人が多いからはぐれないように手ェつなぎましょ」つったらムスッとしながら手ェ差し出すし。素直すぎて心配になるよね。先輩の手は筋張ってて、女みてぇに柔らかくはちっともないんだけど、キメ細やかな肌はすべすべで、触り心地がよかった。手をつないで屋台を回りながら、先輩が物珍しそうに見たものは全部一緒に買ったし、やった。焼きトウモロコシを食べたときはよっぽど歯に詰まったのか、「美味い」とは言いつつもしかめっ面でしばらく口をもごもごさせてたし、型抜きなんか早々に飽きた隣の俺を放置して1時間近くちまちま熱中してやってた。俺が「そろそろ花火が上がるから」って強引に連れ出さなきゃもっとほっとかれたと思う。

俺は、会場から少し離れた、さびれた公園に先輩を案内した。はぐれないように、なんて言い訳はもう通らない人通りだったけど、手をつないだまま。きょとんとしてる先輩に、「あれの上から見ましょう」って老朽化したジャングルジムのてっぺんを指さした。先輩はちょっと心配そうにしてたけど、俺が「大丈夫」って言ったら素直に身を任せてくれて、そのまま、打ち上げ花火が少し遠くの空に上がるのを二人きりで眺めた。「綺麗だな」なんて、空に夢中になってるそのひとの後ろ衿からすらりと伸びるうなじのほうが綺麗に見えたから、俺はその隙だらけの汗ばんだ白いうなじを軽く吸った。先輩は動揺してジャングルジムから落ちかけたので、しっかりと腕の中に抱き留めてやった。

「ななな何をする貴様」「いやーなんかおいしそうに見えたもんで」「なんと図体も態度もデカい蚊だ。叩き潰すぞ」「あんま暴れないでくださいよ。ボロのジャングルジムが壊れますぜ」そんな会話の後、おとなしくなった先輩を改めて抱きしめた。顔が真っ赤に見えたのは、花火の反射だけじゃないはずだ。「この女狂いめ。一週間で我慢が利かなくなったと見える。手近にあるものなら何でもいいのか」そんな憎まれ口だけはしっかり達者で、俺はニヤケ面が治まらなかった。

打ち上げ花火は一時間ほどで終わり、併せてこの至福のひと時は終わった。先輩はジャングルジムから降りたとたんに俺から距離を取り、プリプリしながら先を歩いた。俺は「先輩ごめんって~そんな怒んないでくださいよ」と媚びるように声をかけたが、威嚇する猫みたいな顔で睨まれて終わった。明日先輩はおうちに帰る。俺は先輩の怒った顔が好きだけど、怒らせたままにして、先輩とそれきりになるのは怖かった。先輩は、帰りの道中ちっとも口をきいてくれなかったが、俺より3メートルくらい先を歩くだけで、俺の家にちゃんと一緒に帰ってくれた。そのあともしばらくはムスッとした顔してたんだけど、電気消してベッドの中から俺が「ごめんなさい」って声かけたら、一つため息ついた後、床の方から「もういい」って返ってきた。「今日、楽しかった?先輩」「お前が余計なことをしなければ。……初めてのことが多くて、楽しかった」「また俺とどっか出掛けてくれる?」「お前が余計なことをしないならな」俺は嬉しくってケラケラ笑って、先輩に「うるさい」って言われながら寝た。幸せな一日だった。

翌朝、俺とお袋と朝ご飯を一緒に食べて、洗い物を手伝った後、お袋と俺に丁重な礼を述べて、先輩は帰った。お袋は先輩のことが大層気に入ったらしく、「直ちゃんなら何日いてくれてもいいのに。あんたととっかえたい」なんて妄言を吐いた。普段だったら「てめーが育てたとおりに育ったんだよ」って返すんだけど、そんなことより、先輩が帰り際に「また今度どこかに連れて行ってくれるか」ってはにかみながら言ったことに気を取られていたので、無駄な親子喧嘩をやらずに済んだ。「いや、やっぱり忘れろ」なんて言ってたけど、忘れられるわけがない。先輩が喜びそうな場所をピックアップしておかないと。先輩が見てくれたので、夏休みの課題はもうそれなりに体裁が整っていて、先輩も、俺のバイト中自分の課題を片付けてたみたいだったから、残りの夏休みを全部遊んで過ごしても問題なさそうだった。その日のバイト中は、先輩と何して遊ぶかで頭がいっぱいで、態度が悪いと客から怒鳴られたりしたが、何せ頭がいっぱいだったもんで全然応えなかった。その帰り、セフレから連絡があって、親と喧嘩してダリいから泊まらせろときた。体の相性が凄くいい女だったけど、別にお互い恋愛感情みたいなものはないので、俺にとってとても都合のいい女だった。俺はちょっと考えて、先輩との次のデートプラン考えるのに女からの意見も参考になるかもしれねーな、と思って女の泊りを了承した。おっ、渋い顔するね、マスター。そうだよ。最悪の選択だった。

10時ごろ、お袋のクッソ苦い顔を無視して、女を部屋に上げた。「もし気になってる男と行くならどんなとこがいいか」って聞いたら「あんたのことなんか別に気になってねーし」とか抜かすから「お前を誘う気じゃねえよ」って言ったらなぜか切れやがる。「女と会ってるときにほかの女の話し出すなんてサイテー」らしい。もう会話がめんどくさくなって、先輩といて溜まった色々をその女に出しちまおう、と思ってそいつとおっぱじめたら、女は「脳みそ下半身かよ」とかなんとか言いながら大喜びで抱き着いてきた。ちょうど盛り上がってきたころ、部屋の外でガタ、と物音がした。女はなんか言ってたが、俺は、俺はなんか嫌な予感がして、急いで音のした、庭につながるドアのカーテンを開けた。思った通りのひとがいたよ。もうすでに俺んちの敷地からは出てて、後姿が今にも夜の闇に溶けそうだった。「先輩!!待ってくれよ!!!先輩!!!」俺は時間帯も考えずに大声を上げたが、絶対に聞こえてないはずないのに先輩は待ってくれなかった。最低限上に一枚だけはおって、すぐに先輩の後を追いかけたけど、もうどこにもいなかった。後姿しか見えなかったけど、夏にしても夜出歩くには、まして先輩の性格を考えるとあまりに不釣り合いなほど薄着で、うなじには俺のつけた吸い痕の上から、遠目にもわかるほどはっきりと青黒い痕がつけられていた。

俺は先輩が心配で心配で、すぐに先輩に電話をかけた。何度も何度も電話して、ようやく電話が通じたと思ったら、車のエンジン音と肌のぶつかり合う音、それと妙に湿った音に交じって途切れ途切れに先輩の震える吐息と謝る声が聞こえた。『申し訳ありません』『お許しください』『ごめんなさい』……とても聞くに堪えなかったが、俺は電話を切ることができなかった。『どうして我から離れるなどという残酷なことができるのだ』『まして、よその男をくわえこむなんて』そんな被害者ぶった若い男の声が電話口に響いた。俺は精一杯「やめろ」って叫んだり、先輩にどこにいるのか問いかけてみたけど、多分ハナから俺の方の音声は切られてて、一方的に音が送られてくるだけだったのだろう。こちらの言葉に対する反応は一切なかった。『岩松、という男がお前をたぶらかしたのだな』『ちがい、ま、す、あ、ぁ、わた、私が、無理を言って、あ、兄上の、気を、引きたくて、ん、遊びなれた、学友に、わたしから、誘いを』『我の気を引きたくて?本当にいけない子だな』『お゛ゆるじを゛っ』会話が進むほど、聞こえる雑音もどんどん近く、激しくなっていった。俺の心臓の音も。……しばらくして、ズルリ、と何かが抜ける音と、若い男が息をついたのが聞こえた。『なんだ、寝てしまったのか?起きろ、なあ、その不埒者と我とどっちがよかった』『し、してないです、本当に、少し、戯れただけで』『我はどっちがよかったと聞いてるんだぞ』『あ、あにうえです』『そうか~』本当に何の邪気もなく若い男は嬉しげに笑った。『甘やかしてはいけません。これではただのご褒美ではありませんか』そこに別の低い声が割って入った。『そうか?』『そうです。あなた様のご寵愛をその一身に浴びながら他の男をたぶらかすなど許しがたい。お仕置きが必要では』先輩が息をのんだのが分かった。『な、なんだ、なんだそれは』『まああなたはAVなどご覧にならないから、知らんでしょうな。でもこの形状で大体想像がつくでしょう。そのご自慢の頭で考えてごらんなさい』『いや、いやだ』『他の男のものを欲しがった浅ましいあなたにはピッタリでしょう。それとも、今更そうではなかったというつもりですか?その、岩松という男に無理やりされたと。ならば、あなたへの仕置きは不要ということになりますな。あなたへは』……俺は本当にその時、先輩が俺のせいにしてくれることを祈ったが、そういう人じゃないことも知っていた。『私が、……私から誘った』『ご自分が浅ましい、ふしだらな女狐と認めるわけですな。その男は狐に化かされた哀れな被害者だと』『そうだ。私はお前の言う通り、浅ましくてふしだらな狐だ』男のせせら笑う声が低く響いた。『なんということだ』若い男は大げさに落ち込んだ声を出した。俺は、再度「やめろ」と叫んだ。無駄だとわかっていても、そうせずにはいられなかった。『だがまあ、我の気を引きたい、という理由であれば、その愛らしさに免じて、今回だけは大目に見よう』『兄上』『お仕置きはちょっとだけにしてやろうな』グチュリ、と水気の多い音がして、そのあと、ドリルみたいなけたたましい機械音と、先輩の断末魔みたいな悲鳴が長く響き渡った。俺はそれを聞いて震えながら、ようやく、「警察に連絡しないと」、って考えに至ったけど、それを見透かしたように低い声で『余計なことをすれば、もっと酷いことになるぞ。次はない。貴様も、この方も』って冷たく言い放たれて、電話が切れた。そのあとには、もう着信拒否されていた。

夏休みが早く終わるように祈ったのはあの夏だけだ。俺は早く先輩に会って安心したかったが、先輩は夏休みのうちに学校をやめていた。普通の人のはずのご両親も、「兄」には強く逆らえなかったのだろうか。それはよくわからない。わかっていることは、「俺たちがイジメてやめさせてやった」なんて嬉しそうに吹聴するアホ共全員の歯を折ってやったせいで、俺が高校中退になったことくらいだ。なにせ、今度はかばってくれる先輩はいなかったからな。それからずるずる、フリーターで糊口をしのぐ羽目になってるってわけだ。それ以来、先輩には一度だって会えていない。俺のクソ苦い青春の思い出だぜ。ご清聴どうもありがとうよ。



* * *



「【先輩】とはそれっきり、ですか」


男は眉を八の字に下げた。本当に心から残念そうな表情だった。


「岩ちゃんのそんな話始めて聞いたよ。【兄】って言ってたけどほんとはヤバいヤクザの愛人だったとか?」

「さあ。もう干支一周するくらい前のことだし、わかんねえよ。俺もいつまでもあのひとのこと気にしてるわけにゃいかなかったしな、……でも、車乗ってるとさあ、たまに思い出すんだよ。あのひとの狂ったような悲鳴を。俺があの日、女なんか連れ込まなきゃ、いや、浮かれてキスマークなんかつけなきゃ、そもそもうちに来いなんて誘わなきゃ。あのひと、家庭はちょっと不健全だけど、頭よかったからどっかの分野で活躍してたと思うんだよね。俺、俺があのひとの人生潰しちまった」


“岩ちゃん”が暗い顔をすると、男は柔らかく微笑んで、優しく“岩ちゃん”の背を撫でた。


「そんなことないですよ。気に病む必要はない」

「優しいね、お客さ「【先輩】の人生は潰れてなんかいませんよ。最愛の人から愛し愛されて、それ以上の幸福はないでしょう」

「ほんじゃ、あんた何しにこんなとこに来たんだい【お兄さん】。小鳥に飛び去られたから、手がかりを追ってこんな辺鄙な場所の、場末のバーに転がり込んだんと違うか」


バーテンダーは驚いた顔で男と“岩ちゃん”を交互に見た。二人とも、先ほどまでのにこやかな表情が嘘のように、互いに嫌悪感を露わにした。


「手がかりとして俺を選ぶとは。干支一周する間、あのひとに他の交友関係なかったのかよ。吐き気するわ」

「貴様があの子にいらぬことを吹き込むから。やはり貴様がたぶらかしていたのではないか。許されるなら八つ裂きにしてやりたい」

「ほーーん、思ったより穏健なんですなあ。問答無用で八つ裂きにするような男だと思ってたわ。あんたみてえな人が誰の許しで行動するの」


その言葉を受けて、男はぴたりと動きをとめた。長いまつげいっぱいにたまっている涙は嘘には見えない。“岩ちゃん”は面食らった顔で「ど、どうしたの」と幾分柔らかく尋ねた。


「あの子は、直義は、変わってしまった。貴様とのことがあったから、学校にも行かせずに我の手伝いだけに専念させていたのに。我だけの直義でいるって言ったのに。あの日、本当に突然、雲隠れしたうえで『兄上の会社の株の半数以上を得ました』って。我の右腕らを出し抜いて何をどうやってそんなことができたんだかさっぱりだった」

「あ!」


バーテンダーは、合点がいったように男の顔を見た。そうだ、目の前の男は一時期話題になった若手起業家だ。知らぬ間に、そんなことになってたのか。


「『私を今後自由にさせてくださるなら、株はお売りしますよ』だと。我が右腕は我に尋ねもせず、勝手にその条件を受け入れた。我が知ったのは、すべて終わった後だったのだ。もしも、もしも貴様を頼っていれば、というのが最後の糸口だった。もう行動の制限はせぬから、我のそばから離れるようなことはしないでくれ、と許しを請いたかった。会社のことなんかより、そんな強硬手段に出るほど嫌われたのが、ショックでショックで、もうどうしたらいいのか」


ボロボロと涙を零す男は、被害者ぶるところは変わっていないものの、かつて電話越しに感じた恐怖は失われたように思われ、“岩ちゃん”は少し同情的な顔をした。


「先輩さあ。あんたの話するとき、すげー誇らしげな顔してたよ。悪くいわれりゃブチ切れてたし。変なお仕置きなんかしなかったらずっとあんたのこと慕ってたんじゃねーの」

「うううーーー貴様が我の人生を潰したーーッ!!」

「知らんわ」


マスター、俺の分のお勘定。そう言って金を払うと“岩ちゃん”はさっさと店を出た。人の好いバーテンダーも、泣き崩れる男を見てさすがに途方に暮れたが、とりあえずフローズンマルガリータをサービスとして出した。



* * *



『……岩松経家さんの電話番号ですか』

「そうですよ。こちらは足利直義さんの電話番号ですかねえ」

『フフッ……そうか。番号変えてなかったのか』

「……あんたがひょっとしたらかけてくるかもと思って、変えるに変えられなかったんすよ。でも、よく俺の番号残ってましたね。てっきり消されたかと」

『……お前の番号は、決して忘れないようにしていた。いつかもしチャンスがあれば、またお前に連絡できるように、と』

「すっげえ熱烈なこと言うじゃん。ドキドキしてきた」

『それは重畳。時にお前、今何の仕事をしてる?割のいい仕事があるんだが』

「めっちゃ裏バイトの誘い文句じゃん。こわぁ。なんすか」

『運転手をしないか。雇い主は投資でそれなりに儲けてるから、金に不自由はさせないはずだ』

「職場恋愛はありすか」

『いいだろう』

「よそ見したら叱られます?」

『当たり前だ。運転手によそ見されてたまるか。そんなことがあれば飛び切り渋い顔で詰ってやる』

「なるほど。いい職場っすね。応募しますぜ。どこ行ったらいいですか」

『とりあえずまずはあのジャングルジムに迎えに来い。そのあとはどこにでも連れて行ってくれ』

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