轍の影(1-1)
UA2※注意事項※
「よすが と えにし」系列と同軸です。時間軸は「ともなき」の後、旗揚げ組がifローさんと会う話。
(1)はペンギン視点。(2)はifローさん視点。(3)は正史ローさん視点を予定。
ペンギン達が船長を出し抜いてifローさんと会ったりしてますが、彼らは考えなしじゃないし、正史ローさんにも非があります。双方へのヘイト的な意味合いはない。
誤字脱字はお友達。
長くなったのでキリがいいところで区切るよ。
1とか2とか振り分けた意味よ……。
*
穏やかな波間。
寄り添う二艘の船にかけられた簡素な通路を通って、俺達三人はサニー号へと足を踏み入れる。
「よう」
「おう」
足音に片目を開いた剣士に軽く手を挙げて挨拶し、階段を降りる。
特別な木を使って作られているらしい船は、幾度かの戦いを経た今も傷らしい傷や継ぎ目のようなものは見当たらない。船大工の腕にもよるのだろうと、うちの技師が興味深げに話していた。
目的の人物は俺達の視界の先、芝生の上に置かれたウッドチェアに座って海を眺めていた。話に聞いていたより元気そうだが、自分達の知る姿との違いに驚きを隠せない。
皺の寄せられていない眉間。儚い光を灯した金色の瞳。脱力した四肢。ちょっと眠そうな、普段なかな見ることのできない薄らと微笑んだその表情。
3人で抱き合って肩を震わせる。
なんて、なんて……、
「カワイイんだけど向こうのキャプテン♡」
「見境ねーなァ」
飲み物と軽食の乗ったトレーを片手に呆れ笑いを溢した黒足に向かって胸を張る。
「当然!あの人もキャプテンだからな」
「そーそー!俺達、トラファルガー・ローって人間を愛してるんだ。世界が違うなんて全然問題にならない!」
「キャプテンが女の子になっても、よぼよぼの爺さんになっても、変わらず愛しちゃうね!」
「うへー、熱烈なこって」
気持ち悪いと吐き捨てた彼から遠慮なく軽食を貰い、ここに至るまでの苦労を思い出した。
長い、長い道のりだった。
以前、キャプテンに話を通したら「お前ら邪魔」とにべもなく却下されてしまった。悲しいかな。キャプテンは一人で考えて、一人で結論を出して、俺達に説明してくれない人なのである。
それでも諦めきれなかったクルー一同、策を考えた。
気付かれないように、慎重かつ内密に極秘ルートを通してドクターチョッパーに話をつけてもらうことに成功。俺達だけではあるが、こうして面会の機会を作り出したのである。
だいぶ懐は寒くなったが、キャプテンに止められることなく話が進んだのは間違いなく極秘ルートのおかげだ。
圧倒的感謝。
ありがとう、橙色の髪が素敵な人。
誰とは言わないけど。
「あー!はやく会いてェなぁ」
「シャチ、ちょっと落ち着けよ」
「ペンギンは落ち着きすぎ〜!」
「焦ったってはやく会えるわけじゃないし」
「いつものペースだと……あとちょっとかかるんじゃねーか?」
「えー!」
年甲斐もなく駄々をこね始めたシャチを、ベポと二人で軽く蹴りながらその時を待つ。
ドクターチョッパーは、心優しくちょっとばかし騙されやすいが真っ当な医者だ。当然、面会前には患者の体調確認などしっかり行う。本日の体調、精神面を把握したドクターのお眼鏡に叶って初めて、彼と会えるのだ。
そして当たり前のことだが、診察には時間がかかる。相手が自分の意思で体を動かしたり、症状の説明をするわけではないから尚のこと。
「ガキでももちっとマシだぞ」
「うっせーなァ、黒足。だって向こうのキャプテンと会うの楽しみすぎてソワソワすんだもん。みろよ、この日のために数日云々悩んで見舞いの品を用意したペンギンの顔を」
「ウゲー、キッモ。鳥肌立った」
「シンプルに悪口」
「シャチは忙しなさすぎだけど、俺もワクワクソワソワしてる。黒足も、違う世界の麦わらと会えるってなったらめちゃくちゃ嬉しいし、楽しみでしょ?」
いっしょいっしょと笑ったベポの言葉に黒足は目を丸くした直後、そのことに気付いてなんとも言えない表情をする。
「おー、マジに一緒なのか」
「……うるせぇ馬鹿ども。そら、呼ばれてるぞ」
「照れてやんのー!」
「さっさと行けよ!蹴り飛ばすぞッ!!」
シャチの茶化しにキレた黒足が脚を振り上げながら怒鳴った。いくらなんでも照れ隠しで蹴り殺されてはたまらない。俺達はどたどたと足音を立てながら、せっせとカルテに記録をつける小さな医者の元へと向かう。
顔を上げた彼は、背後の黒足を見て首を傾げた。
「……なんでサンジ、キレてんだ?」
「なんでだろうねー?」
「不思議だねー?」
とぼける二人を押し退けて前に出る。
「黒足の方は……まぁ、あとで本人に聞いてみろよ。それより、ドクターチョッパー。面会の件はどうなった?」
「あ、うん!今日はいつもより体調良さそうだし精神的にも安定してるから、短い時間だったら大丈夫だよ。おれが同席するのが前提だけどいいよな?」
「もちろん」
「あんまり大声出したり、興奮させるようなことはしちゃダメだぞ!」
「わかってるって!」
小さなドクターの鋭い眼光(かわいい)に頷いて、俺達はようやく別世界のキャプテンと対面した。
「こんにちは、ローさん」
「向こうのキャプテン〜!前より元気になったって聞いたよ!よかったぁ」
「ローさん!俺わかります?シャチですよ!!」
「あ、おい!お前ら、グイグイいっちゃだめだってば!!」
ワイワイガヤガヤと騒ぐ俺達に気付いたのだろうか。水面を見つめていた顔がゆっくりとした動作でこちらを向く。
表情に変化はない。視線も合わない。
でも、反応してくれた。声に、匂いに、何かに気付いて行動を起こしてくれた。
「ローさん。手を握っても?」
返事がないと分かっていても、声を掛けずにはいられなかった。もう一度断りを入れてからそっと、痩せ細った手を両手で包む。血の巡りが悪いのだろう。冷たくなったそれを温めるように摩った。
「アンタを見つけたのが、麦わら達でよかった」
この世界は、いつだって弱者に優しくない。
弱った彼を見つけたのが他の船だったら。きっと、いいように使われて今よりもっと傷付いているか、海軍に引き渡されていた事だろう。
元同盟相手でお人好しな麦わらが見つけてくれたのは、本当に幸運な事だった。
「アンタが生きていてくれてよかった。本当に……ほんとうに良かった」
「……うん、生きててよかった」
「会えて嬉しいよ。生きててくれてありがとう、キャプテン」
目頭に熱いものが込み上げるのを必死に耐えて、代わりに笑顔を浮かべる。背後から鼻を啜る音がする。きっと同じような顔なのだろう。
(頑張ったんだな、キャプテン)
こんなになってまで頑張って生きた貴方を、俺達は守りたい。助けたい。
心のままに、想いを言葉にする。
「ローさん。ずっと一緒にいるからな。アンタが元気になるまで。ううん、元気になっても」
「あいしてるよ、ローさん」
何気ない言葉のつもりだった。形は違えど、いつも伝えているものを伝えただけだったのに。
それまで像を結ぶことのなかった瞳が、俺達を見た。
緩慢な動きで、俺と目が合う。
見開かれる目。
(あ、)
根拠のない、直感とも言うべき気付き。
俺は今、彼の最も柔いところを傷付けてしまった。
突然、弱っているとは思えないほど強い力で手を振り払われ、思わず数歩たたらを踏む。振り払った本人も当然無事では済まない。目前で大きくよろめく体へ、俺達は手を伸ばした。
椅子がガタンと大きな音を立てて横に倒れる。間一髪、シャチが間に合ったおかげで彼に怪我はない。
「あっぶねー」
「怪我がなくてよかったよ、ローさ、」
安堵も束の間、息を呑む。
抱きとめられた彼の大きく見開かれた目は、恐怖に塗れていた。
「ローさん、だいじ」
「だいじょうぶ、……だいじょ、ぶだから、はなして……!」
無理矢理シャチの腕を振り解いた向こうのキャプテンはよろよろとよろめきながら後退し、自らを抱きしめるように小さく身を丸める。
大慌てで駆け寄ったチョッパーの背後、心配そうなベポが伸ばした手を、俺は咄嗟に押し止めた。
「トラ男大丈夫か!お前ら、なにしたんだ!」
「何にもやってねぇよ!なんも……!」
「……ごめん、ローさん。俺達、なんか嫌なことしました?」
「だい……じょうぶ、だいじょ、ぶ……だいっ……」
彼は血の気が引いて真っ青な顔で、ガタガタと震えていた。腕を掴む片手は赤くなるほど力が込められ、ヒュウヒュウと肩で息をしているのに穏やかな微笑みを浮かべていて。
あまりの異常さに、チョッパーが鬼のような形相で、近くで作業していたウソップの道具袋に飛びつく。
「ウソップ!これ借りるぞ!!」
「あっ、おい!」
「おまえら退いてくれ!」
釘や金槌、中に入っていたもの全てを辺りに投げ捨てた彼は、俺達を押し退けて袋を片手に彼に寄り添った。
「トラ男!」
高い声が叫んだ瞬間、青い膜が広がる。
俺達の前にはキャプテンが立っていた。いつも見ている背中が、今日はなんだか違って見える。
「状況は?」
「過呼吸だ!突然そうなって原因がわからない!!とりあえず落ち着かせるからクルーを帰らせてくれ!!」
「……わかった」
あの、と言いかけた俺を、振り返ったキャプテンの冬の水より冷たい視線が制した。
「___声を出すな。そのまま音を立てずに船に戻れ」
「トラ男、おれを見て!わかる?大丈夫だからな。口元、袋を当てるぞー!ゆっくり息を吐いてみようか。十数えるぞ。いーち、……」
「お前達が言いたい事は後で聞く。だから、一刻も早く船へ戻れ。……お前達は邪魔だと、言っただろうが」
船長命令だ、と小声で念押した彼はそのままチョッパーの元へと行ってしまった。
顔を見合わせた俺達は、小さく頷いてその場を離れる。
足取りは行きよりずっと重かった。