軽口が結ぶ絆

軽口が結ぶ絆

 

呼吸が落ち着き穏やかな寝息に変わったことに檜佐木はホッと息を吐く。

掛布を整えてやって、手を握る。  


「入ってええかー?」 

「どうぞ」

 応えをしっかり待ってから入室してきたのは平子と久南だった。

「お疲れ様です。平子隊長、久南。」

「拳西眠とるんか」

「ええ、ちょうど今、落ち着いたところです。しばらく目は覚まさないと思いますが、時間があるなら居てあげてください」

大戦後、苦しみ続けている六車の容態も、当初よりは落ち着きを見せ、未だに自我が危うくなって苦しむ様子を見せることはあるものの、檜佐木や、六車と同じく虚の要素を持っている平子たちが傍にいても暴れてしまうことはなくなり、十二番隊から四番隊へと移され、念のため万が一を考え入室制限のための結界は張ってあるが、六車の身体にかけられた縛道は解かれた。

 六車よりも元々症状の軽かった鳳橋は一足先に退院し現在は自宅療養中、順当に行けば来月あたりから職場復帰をするようだ。

よかった、と檜佐木は素直に思う。

「俺らはまあ時間あるけど、その間に少し休んできたらどうや、修兵。」

「……いいえ、大丈夫です。拳西さんの傍にいます」

「そうはいうてもお前のほうが倒れかねんで。」

「俺は大丈夫ですよ。瀞霊廷通信は休刊ですし、九番隊の仕事は、予想以上に久南が頑張ってくれてるからな。…やっぱりできるんじゃないか、久南」

「えー、仕方なくだよぉ。しゅーへーと同じ仕事量は全然してないしねー。」

「でもありがとう。本当は久南だって拳西さんに会いに来たかっただろうに、虚の因子のせいで会えないからって俺ばっかり拳西さんの傍に居て…」

「やだ、変なの。なんでしゅーへーがお礼言ってんの?白は拳西に貸し作ってるだけだよぉ。拳西が戻ってきたらこれで堂々とサボれるもんねーだ。それにべつに、拳西に会いたいなんて思ってなかったよ?」


ケロッとした様子で久南は事もなげに告げる。けれど、ふと、拳西の寝顔に目をやって、微笑う。


大切だと、その瞳だけで語る。

「だって拳西だよ。虚やゾンビに負けてやるほど繊細じゃないもん。帰ってこないわけないんだから、今のうちに貸しはたっっっくさん作っとかないとねー。特別会いになんて来なくたって、復帰したらまたどうせ毎日怒鳴るんだから、今のうち今のうち。」

「白ぉ、お前、復帰したての拳西に貸しを請求するつもりなんか。鬼やのぉ」

「何言ってんのー。真子だって今日ここに白を誘ってきたの、しゅーへーに甘やかされてる拳西の様子、後から誂うつもりのくせに」

「そらそうやけどな。そんでも俺はお前ほど鬼畜やないわ。誂うんはちゃーんと拳西が復帰してしばらく経ってからにしといたるわ。弱ってる拳西誂うほど鬼やない」

「でも誂うんじゃん」

「それは当然や」


 打てば響くというのはこのことか、ポンポンと交わされる会話を横で聞かされて、

「いいな…」


 ポツリと檜佐木の口からそんな言葉が漏れる。

「「修兵?」」


「あ、すいません。ただ…、やっぱり俺はまだまだなんだなって。」

「何がや」


「俺も、拳西さんが必死に戦っているのを知っています。鳳橋隊長も復帰の目処が立ちそうですし、拳西さんだって、大丈夫だと思っています。……思いたいです。でも、」


喉ではなく胸に、苦味を感じながら、檜佐木は自嘲気味に言った。

「俺はそれを、お二人みたいに当たり前のことだとは、思えていなくて。信じたいし信じているけれど、……俺、言ってしまったことがあるんです。」

「『もしも元に戻れなくても、貴方は生きていいんです』って。…拳西さんは元に戻るためにこんなに頑張ってるのに。拳西さんが強い人だって知っているのに…」


「阿呆やなぁ修兵」

 ポン、と檜佐木の頭の上に、平子の手が乗った。

「俺らは拳西のいちばん苦しんどるとこなんか見てへんのやで?それを見て向き合ってきたお前より能天気な言葉言えるんは当たり前やろ。ちゅうか、」

やれやれというように平子で軽い口調で言う

「まあひとりくらい真面目に拳西のこと心配したる奴がおらんと流石の拳西もキレるやろ。実際拳西にしろローズにしろ完全に元に戻るかはわからへんのやし。せやから修兵はそのまんまでええねん」

「平子隊長…」


「けどまあ、安心しとき。拳西はこんなことでは駄目にはならん。」

「……言い切りなんですね」

「当然や。これで負けるんなら、100年前に負けとるわ。今は何よりあいつの大好きな修兵が至れり尽くせり甘やかしてくれとるんやで?ここぞとばかりに甘え終わったら、いつも通りの拳西に戻るわ」

「あまえ…」

「まあそんなわけやから愛想つかさんと甘やかしたってな」

「100年間離れてたからって甘え期間ちょっと長すぎだよって拳西復帰したらからかってやろうね、修ちゃん!」


 もちろん本当は、甘えなどではないと解っている。

 解っていると判る人たちが口にした言葉だからこそ、修兵は素直に楽しくなって、久しぶりに少し声をたてて笑った――。


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