軍隊長キュロス
「…先ほどは失礼した。改めて自己紹介をさせてほしい。私はキュロス。このドレスローザで、国王軍の軍隊長を任されている。こちらは妻のスカーレット。それと今は街へ買い出しに行っているが、レベッカという名の娘と三人でここに暮らしている」
「…私はロビン。こちらの二人はゾロとフランキーよ」
涙を拭い丁寧な自己紹介を披露したキュロスに、私も本名を名乗り返す。
こんなに素敵なご家族のいる家に上げてもらったのだから、私たちもせめて誠実でありたいわね。
「君たちはトンタッタ族の居場所を探しているんだったな」
「おうよ。おれたちだけじゃねえ。街の連中もあれこれ持ってかれて迷惑してるみたいだぜ?」
「…そうだな。我々のもとにも同様の苦情が多く寄せられているよ」
「居場所の見当は付いてねえのか?」
「彼ら本来の住処は知っているが、盗みを続けている者たちの拠点はそこにはないようなんだ。調査は進んできているものの…いや、まずは状況を話すべきだな」
そう言って、キュロスはドレスローザの現状を説明してくれた。
ローの言っていた通り、この国では少し前から奇妙な病が流行りだしていること。
"伝染の危険がある"という理由で世界政府が渡航許可を取り下げ、観光業や飲食業、輸出入を支える海運業などドレスローザの基幹産業に大きな影響が出ていること。
「それと…実は彼らが"妖精"と呼ばれていた頃から、王家だけはトンタッタ族と交流を続けていたんだ。リク王は食糧難に陥った国を救うため、野菜を卸してくれるよう協力を依頼した」
「けれど元々彼らだけの為に育てられていた野菜は、国中の人間に行きわたるほどの収穫量にはならなかった」
「その通りだ。今は彼らに物を持っていかれるのを見過ごす余裕がない国民も多い。リク王はそれを鑑み、全て無償で提供すると申し出た彼らに対して盗みを禁じる代わりに、相応の金銭を支払うと約束したんだ。トンタッタの作物は品質も素晴らしく、希少性もあって街ではかなりの高値で取引されている」
「トンタッタの連中は、その約束を破って盗みを働いてんのか」
約束という言葉に、じっと話を聞いていたゾロが口を挟んだ。
このまま追いかけたら、トンタッタの子たちを斬ってしまいそうな勢いね。
「それがおかしな話なんだ!彼らは皆とても心優しく、正直で誠実だ。王との約束を自分たちの意志で破るなど考えられない!」
「それなら、何者かに唆されているとか?」
「私はそう考えている。彼らはお互いに嘘を吐かない分、他の人間たちもそうであると信じているのだ。それを利用されたに違いない!」
キュロスの言葉に、お茶のおかわりを淹れたスカーレットも深く頷いた。
彼女にもトンタッタとの個人的な交流があるのか、それとも、元々"交流を続けていた"のか。どちらにしても、それなり以上に確度の高い情報のようね。
「今では盗みを続ける者たちとそうでない者たち、そして国民の間で不和が生まれてしまっている。皆が団結して困難に立ち向かわなければならない状況であるのに…」
閉ざされ物資の不足した国で、病のもたらす公平は人々に不公平の感情を振りまく。にわかに富める者が現れる一方で、貧しい人々の上には更に貧しさが圧し掛かり、心までも病ませていく。
そんな、哀しいほどありふれたお話。
この国にはもう、"悪者"まで揃ってしまっているようだけれど。
「このドレスローザに住まう全ての人々の為に、私は一刻も早く、彼らの善意を利用している者たちを捕えたい」
そう締めくくったキュロスは、私たちを真っすぐに見据えて言った。
「トゥールが動いているということは、今回の問題は非常に根深いものなのだろう。それこそ、我々だけの被害では済まないほどに。それを知っても"大切なもの"を取り返したいと望むなら、どうか調査に協力してほしい」
誠実さの滲む表情に、ゾロの口角が少し上がる。
スーパーな自分には見合わないからと椅子を奥様に譲ったフランキーが、敷物の上で笑った。
「オイオイ、おれたちゃお尋ね者だぜ?ンなモンわざわざ頼まれねえでも、勝手にでも調べるに決まってんだろ?」
「要はその首謀者をとっ捕まえて、秋水のありかを聞き出しゃいいってわけだな」
「私の能力は探索にも役立つと思うわ。探し物が見つかるまでの間、よろしくね?」
私たちの返事が予想外だったのか目を丸くしたキュロスに、トゥールは長い指先でつまんでいたカップを置いて、満足げな表情を浮かべた。
「決まりかね?」
椅子の背にかけていた狩人帽を被りなおしたその影に、笑みを形作る口元がのぞく。
「ああ、私も同行させてもらうよ。君達も、トンタッタがこの国の地下に逃げたのを見ただろう?」
「?それとてめェの仕事に何の関係がある」
単純に分からないと顔に書いてあるゾロがそう訊ねると、狩人は明日の天気でも話すようにこう返した。
「なに、深く暗い場所には、獣がつきものだからね」