身体が不自由な不良に虐待の片棒を担がせました。
音のない空間に、向かい合う2人。1人は私、街中でドンパチ勃発した銃撃戦に巻き込まれた一般人。
そしてもう1人は、このキヴォトスが誇る"連邦生徒会"の防衛室長こと、カヤさん。彼女は自身の唇を指差し、ゆっくりと口を開く。
『お』 『う』 『い』 『ん』 『あ』 『あ』 『お』 『お』 『う』 『い』 『ん』 『う』 『う』 『お』 『う』 『い』 『う』
「……『超人カヤの読唇術教室』、ですね?」
『え』 『い』 『あ』 『い』 『え』 『う』
「……『正解です』、ありがとうございます」
……読唇術。唇の動きから、相手の発話内容を読み取る技術。耳が聞こえなくなった私をはじめ、カヤさんは皆にこうしてレッスンを開いてくれていた。
キヴォトスでは時々、耳が聞こえなくなった生徒が現れるというのは、カヤさんから聞いた話。なにせ銃弾は飛び交い、爆弾が炸裂し、戦車が砲弾をぶっ放すのが常の日常だ。
完全な失聴とは行かずとも、突発的な難聴に襲われる生徒の1人や2人、何ら不思議なことでもない。そしてあの日は、私がその1人だったという話で。
『手話も考えたのですが、私たちは基本的に片手ないし両手が塞がっているものです。その時にハンドサインより複雑な動作は難しいでしょう』
『その点、読唇術はいいですよ。気心知れた相手のみならず、敵対している相手の会話内容すら読み取れるのですから』
レッスンの初日、筆談で伝えられた内容を思い出す。確かに、どうせ相手の方を向くのであれば両手はフリーな方が有利。
それに読唇術であれば、耳が聞こえるようになった後でも役立つかもしれない。そう思って、彼女からの指導を一生懸命受けていた。
その甲斐あって、普通の会話速度であれば十分読み取れるようになった。『今後は貴方が指導役でもどうです?』と言われたのは、冗談だったのか、それとも。
『……今日はこれでおしまいです。当番、忘れずにお願いしますね?』
「はい、ありがとうございました」
そう言って、教室を後にするカヤさん。そんな彼女とは反対方向に歩き、到着したのはキッチンルーム。冷蔵庫から野菜を取り出し、ざくざくと刻み始める。
視力を失った者、聴力を失った者。何らかのハンデを持つ人間が戦場に出ることは、ともすれば味方への不利益となりかねない。
いつか読んだ小説で、『敵兵は殺すより負傷に留めろ。その方が負担を増やせる』なんて書いていたことを思い出した。
そんな私たちにカヤさんが提案したのが、炊き出し……日頃の食事作りの当番。『前線には立てなくとも、兵站であれば役立てるでしょう?』とは、カヤさんの言葉だっけ。
噂だけど、どこかの学校には千人単位の食事を振る舞う部活もあるらしい。そこまでは行かずとも、カヤさんに拾ってもらった私たちの分くらいは、無理せず作れるようになりたい。
当初はカヤさんが直々に料理していたと聞いて、特にそう思った。あれだけ忙しい人にそこまでさせていたんだ、少しくらいは肩代わりしたい。
音は聞こえなくとも、包丁越しに伝わる感触は心地よく。今日もみんなの『美味しい』のために、私は腕を振るう。あとは、少しの恩返しのために。
……ところで、『あなたにも虐待の片棒を担いでもらいます』とは、どういう意味だったのだろう?