身の程知らずの思い込み
※変なのに好かれたメルニキの話
※変なの視点
※性別はどっちでもいい
この度、好きな人ができました。背が高くて、顔には傷があってちょっぴり怖そうですが、柔らかな口調で話してくれる素敵な人です。会いに行くと、いつも席を立って出迎えてくれます。
服を仕立てている最中のその人は時折、笑顔を見せることがあります。私はそれを静かに見つめているのが好きです。
今日はこの前仕立ててもらったテーラードジャケットを身につけて会いに行きます。出迎えてくれたその人は、すぐ服に気づいてくれました。
「あぁ、この間の。気に入ってもらえたようで良かったよ」
その表情はいつもの通り崩れませんが、構いません。きっといつかは、この人が大好きな服に向けていた微笑みをもらえるようにしてみせますから。
「ごゆっくりどうぞ」
静かな空間にその人の低い声が反射するのが分かりました。ずっと話していたいくらいですが、その人は作業に戻ってしまいました。きっと、忙しいんでしょう。
作業している様子を見ていてもいいかと訊ねると、「好きなだけどうぞ」と返ってきました。それからしばらく、人の出入りで作業が中断されたりもしながら、二人でゆっくりとした時を過ごしました。
「ずっとそうしてるけど、楽しい? まだ帰らなくていいの?」
日が西に傾くような時間になった頃、その人は私に言いました。私は頷いて肯定します。するとその人はこう続けました。
「今日はちょっと予定があるから早めに店を閉めようと思ってるんだ。そんなに気に入ったならまた今度おいで。今日はおしまい」
そう言ったその人は何だか少し嬉しそうで、私も嬉しくなりました。
◇◆
あくる日も私はあの人の元に行きました。その足取りは軽く跳ねるようでした。
しかし、そんな爽やかな気分は長続きしませんでした。店の前まで来て、明かりがついていないことに気づいたからです。扉には鍵がかかっていて、押しても引いても開きませんでした。それで私は、あの人は留守にしているのだと分かりました。
居ないのなら仕方ありません。また次の機会に伺うことにしましょう。とはいえ、すぐには頭を切り替えられず、すっかり沈んでしまった気分で町を歩いていました。
そして私は信じられないものを見てしまったのです。
数十メートル先。あの人がいました。しかし、隣にもう一人。
どうして。あの男、知っている。王下七武海のクロコダイルだ。どうして、あの人と一緒にいるのか。どうして、あの人のあの笑顔がその男に向けられているのか。どうして。どうして、どうして。どうしてどうしてどうしてどうしてどうして。
途端にくらりと立ちくらみがして私は俯き気味に頭を手で抑えました。
きっと何かの間違いだ。
ようやっと落ち着いてきたところで顔を上げると、もう二人はいなくなっていました。辺りを見渡しても二人の姿は見えません。
私がとぼとぼと帰路に着こうと歩きだしたところで、頭上に影が差しました。それは人の形をしていたので、私は振り返って確かめました。するとどうでしょう。目の前にはさっきまであの人の隣にいたはずのクロコダイルが居たのです。
そして次の瞬間、私の視界は暗くなりました。頭を掴まれているのだと気づいたのは体が浮き上がってからでした。男は難なく私を持ち上げますが、私の方は全体重分の負荷が首へかかってしまいます。
言葉にならない声と動かせる手足で必死に抵抗を試みますが、どうすることも出来ませんでした。
出来ない私に男は言います。
「何のつもりだテメェ……」
何のつもりだなんて、そんなのはこっちの台詞でしょう。
苦しくてもがいていると段々と体が軽くなっていくような感覚がありました。しかしそれに比例するように息は浅く、苦しくなっていきます。力も入らなくなっていき、最後には手も足もぶらんとさせたままでただ苦しみを味わいました。
男は、抗うことさえできなくなった私を地面に放りました。
最後に私の耳には、何かがバキリと崩れ潰れたような音が聞こえました。
簡単には結ばれぬ恋も良いものです。人の恋路を邪魔する人間はどこにだって現れます。それを乗り越えた先にある幸せのためなら、何度だってあなたに会いに行きます。
『随分と趣味の悪いモンを連れてやがるな』
『? 何のこと?』
『……いや、気のせいだった。忘れろ』