距離(後編)
センタースクエアバトルコート
ハルトから連絡を受けてからセンタースクエアのバトルコートで待つゼイユ。それを見守る形でコート外で待機するネモとボタン。
時間にしてみればまだ数分しか経っていないが、ゼイユには途方もないくらい長く感じていた。ハルトがこちらに来るとは言っていたが、それはゼイユを許すためか、それとも決別を告げるためなのか、彼女にはどちらかわからないため、自身の左右に降りた髪をただ握りしめていた。
しばらくすると、人が走っている足音が聞こえてきた。その足音の主はバトルコートに繋がる坂を駆け上がっているようだった。坂を登り切った人物はハルトだった。そして、彼はそのままゼイユの元へ走ってきた。
「はぁ・・・はぁ・・・やあ・・・ゼイユ」
「ハルト・・・・」
ハルトが来ることを覚悟していたつもりのゼイユであったが、いざ本人を目の前にすると今まで会う度に抱いた喜び、先日自分がしたことに対する罪悪感、つい最近自覚した彼への気持ちがごちゃ混ぜになり、どうしていいかわからなくなっていた。
「あの、その・・・ハルト・・・・」
まず謝るべきか、前みたいに普通に話した方がいいか、それとも彼からの言葉を待つか、悩んでいるゼイユに対してハルトはモンスターボールを突き出した。
「・・・ゼイユ。僕、話したいことはいっぱいある。でも、その前に今はバトルして欲しい」
そう言うハルトは覚悟を決めた瞳をしていた。そして、彼の瞳を見たゼイユも覚悟を決めた。
「そうね・・・・。あたしもあんたに言わないといけないことがある。でも、今は位置につくよ!」
ハルトは大きく頷き、2人はバトルコートの中央からお互いに離れた。そして、その光景をネモ、ボタン、今しがた遅れてやってきたペパーとスグリが見守っていた。
ゼイユとハルトがフィールドを挟んで向き合ったことを合図に、2人はポケモンを繰り出した。ゼイユからはマスカーニャとグラエナ、対するハルトはオーガポンとカバルドンが放たれた。
「ぽに!ぽにお!」
ゼイユを見たオーガポンは嬉しそうな素振りを見せた。
「あら、オーガポン。あんたと会えてあたしも嬉しいわ。けど手加減はしないからね!」
「ぽに!」
そう言うゼイユに対し当然と言わんばかりに、オーガポンの表情はにこにこした顔から真剣なものに切り替わった。
「ゼイユ、そのマスカーニャって・・・」
「そう、あんたからもらったニャオハよ。あたしにこの子を渡したこと後悔させるくらい今から追い込んじゃうから!」
「ふふ、望むところだよ!」
こうして戦いの火ぶたは切って落とされた。ゼイユはまず、かわいらしい見た目とは裏腹に強力なオーガポンを落とすことにした。
「マスカーニャ!グラエナ!オーガポンに集中攻撃!!」
ゼイユの指示を受けた2体はオーガポンに激しい攻撃を浴びせた。オーガポンは反撃を試みたが、集中攻撃を受けたこともあって、決定打は出せなかった。
しかし、ハルトもこのまま手をこまねいているわけではなかった。彼はフィールドに砂嵐とステルスロックをもたらしたカバルドンを後退させた。
「行け!ヤバソチャ!!」
そう言って、ハルトはゼイユから受け取ったチャデスを進化させたヤバソチャを繰り出した。ヤバソチャが場に出たことで、オーガポンのダメージは回復した。
「僕だって、ゼイユがこの子を譲ってくれたこと後悔するくらいのバトルにしていくよ!」
「もうとっくに後悔してるわよ!!せっかくオーガポン追い込んだのにー!!」
もちろん、本当に後悔しているわけではないが、ゼイユは当初の計画を狂わされたことで、両手を握ってわなわなと震わせた。
その後も2人の激しい攻防は続いた。そして、気付けばゼイユの手持ちは、彼女のヤバソチャ1体となったのに対し、ハルトは手持ちを4体残していた。彼が優勢なのは明らかであったが、ゼイユは彼の手持ちを2体倒せたことはこれまでになく、彼女が強くなっているのも確かだった。
「(相変わらず容赦のない奴!あたしだって強くなってんのに、また強くなっててむかつくー!)」
心の中で悪態をつくゼイユであったが、その心は勝負を諦めることは決してなく、勝負の前に抱えていた不安はいつの間にか消え失せていた。そして、今はこうしてハルトと勝負ができていることを何よりも楽しんでいた。
「(残ってるのはヤバソチャ1体だし、このままだと、厳しいのはわかってる。でも、あきらめない。もし勝てなくたって、あたしのこの気持ちは絶対ハルトにぶつけてやるんだから!)」
ゼイユは自分を奮起させた後、ヤバソチャをテラスタルさせた。
「ヤバソチャ!かき混ぜてやんな!!」
指示を受けたゼイユのヤバソチャは渾身のシャカシャカほうをカバルドンとオーガポンに向けて放った。シャカシャカほうの威力は高く、まともに喰らってしまったカバルドンは戦闘不能に陥った。
「そのままオーガポンも倒すよ!」
このまま勢いに乗りたいゼイユは檄を飛ばした。ハルトのオーガポンもテラスタルしており、今回はいしずえのめんをつけているため、喰らわせれば倒し切れるはずだった。
「オーガポン!ツタこんぼうで打ち返して!!」
「ぽに!」
ハルトの期待に応えようとオーガポンは向かってきたシャカシャカほうをツタこんぼうで見事捉えてみせた。しかし、シャカシャカほうの威力はすさまじく、オーガポンはじりじりと押されていた。
「ヤバソチャ!押し込むのよ!!」
それを聞いたヤバソチャは更に出力を上げ、オーガポンにかかる負荷も大きくなった。
「オーガポン!!」
「ぽにっ!」
ほとんど押し切られそうになっていたオーガポンだが、ハルトを悲しませまいと、そこから何とか踏ん張り、ツタこんぼうを力強くフルスイングさせた。
「ぽにがお!!」
オーガポンは気合でシャカシャカほうを打ち返し、打ち返したそれはヤバソチャ目掛けて一直線に向かって行った。
「嘘でしょ!?」
ゼイユは回避の指示を出そうにも、打ち返されたシャカシャカほうがあまりにも速かったため、ヤバソチャに直撃し、轟音と共にあたりには爆発したことによる煙が漂った。
そして、視界がある程度鮮明になると、煙の中からは目を回したヤバソチャの姿が確認できた。
「・・・・ヤバソチャ、がんばったね」
ゼイユは労いの言葉をかけてヤバソチャをモンスターボールに戻した
「やったー!!」
「ぽにおーん!」
「あんたって本当強すぎ」
ゼイユはオーガポンと喜びを分かち合っているハルトに微笑みながら拍手を送った。周りにはいつの間にかスグリとパルデア組以外のギャラリーも集まっていたようで、2人には大きな拍手が送られていた。
ギャラリーも解散し、ひと段落ついたところで2人はバトルコトートの中心へ駆け寄ってお互いに言葉をかけた。
「ありがとうゼイユ!ゼイユとのバトルはいつも楽しいけど、さっきのバトルは今まで一番楽しかったよ!」
「そう、よかったわね。でもあたしはそう言うあんたより楽しめたから!」
勝負する前にあったぎこちなさは既になく、以前のような雰囲気に戻っていた。そして、2人はそのことに安堵し、お互い笑顔で見つめ合っていた。
「2人とも前より実ってたね!本当にいい勝負だった!」
「ハルト、オマエ相変わらずの強さちゃんだな」
「てか、打ち返すとかありなん?」
「ねーちゃんも、前より強くなってたべ」
ゼイユとハルトを心配していた4人だが、もうその必要はなさそうと考え、激闘をくり広げた2人にただ純粋な労いの声をかけた。
「あんたたち・・・」
「みんな、ありがとう!」
ゼイユとハルトは、声をかけてくれた4人の方を向いた。
「いいなあー。わたしも勝負したいなー」
「そう言うと思った・・・。でももう戻らんと飛行機の時間が・・・・」
「え?3人とももう行っちゃうべか?」
「ハルトとゼイユはもう大丈夫そうだしな!もっといたいのはやまやまちゃんだけど、オレは単位のこととかあるし、ネモもボタンも向こうでやることあるからそろそろ行くよ」
「みんな、忙しいのに来てくれたんだ・・・本当にありがとう・・・。もう行くんだったらエントランスまで送るよ!」
「いいって、そんなの!それより2人でまだ話すことあるんだろ?」
「うちらのことは気にせんでええよ。でも、また話聞かせてね!」
「うん!だからまた今度ね!あと、次はわたしとも勝負してね!!」
一連のやり取りの後、ゼイユとハルトは今回のことで改めて4人にお礼を言った。その後、パルデアから来た親友3人は帰路に着くため、スグリは3人の見送りをするために笑顔でその場を後にした。そして、バトルコートには2人だけが残っていた。
「マスカーニャ、よく育ってたね。」
「うふふ、しかもあんたと違って従順よ。ちょっとやきもち焼きだけど、そんなのあたしにかかれば何の問題もないし」
「あはは、そこが可愛かったりするしね」
「ええ、そうね。あんたもヤバソチャなかなかだったわね」
「うん!すごい頼りになるし!でも、ゼイユのヤバソチャの戦わせ方を見ると、僕はまだまだヤバソチャを活かし切れてないと思ったよ」
「それは確かにそうね。ということでさっきのバトルは実質あたしの勝ちということで」
「ええっ!?そりゃゼイユも強かったけど、勝ったのは僕だよ!?」
「うふふ、わかってるわよ。あんた表情がコロコロ変わるし、からかい甲斐があっておもしろいわ」
「もう・・・」
ハルトとこうして話すのは数日ぶりだが、実際の時間以上に久しぶりに感じるゼイユ。それだけ彼と話すことを望んでいたということだろう。
「(よかった、前みたいに話せるようになって。でも、やっぱり前のことは謝んないとね・・・・。)」
ハルトに対して謝らなくとも、彼は既にゼイユのことを受け入れており、それは彼女にもわかるところであった。しかし、それでは彼の優しさに甘えているように思え、また、彼とは対等でいたいという気持ちから、何も言わずにこのままというのは彼女自身が許せなかった。
「ハルト」
「なに?」
ゼイユは意を決して彼の名前を呼ぶ。
「あんたと最後に部室で会った時のことなんだけど・・・・本当にごめん!」
そう言ってゼイユは顔を伏せ、胸の前で手を握った。
「ゼイユ・・・・そんな、いいんだよ」
「よくない。だって、あんたはなんにも悪くないから・・・・」
ゼイユはハルトの方へ近づき、左手を彼の右肩に置いた。以前と触れた場所は同じだがその手つきは以前とは違い、ゆっくりと、労わるようなものだった。そして、彼女はそのまま自分が何故あのような行為に及んだのかを伝えることにした。
「ハルト、あんたはわかってないかもしれないけど、ブルベリにはあんたのこと好きな人が今はいっぱいるの。あんたが留学に来てからちょっとしか経ってない時は、あんたはあたしやブルベリーグの四天王にスグぐらいしか絡んでなかったけど、それからあんたはブルベリにどんどん馴染んでいって、色んな人から好かれて、あんたの人柄とか強さが認められていって・・・・・あたしはそれを喜ばないといけないのに、できなかった・・・・。何だかハルトが遠くに行っちゃうみたいで・・・・・」
「ゼイユ・・・・・」
「それであの日、あんたは話しかけてくれたけど、その後他の友だちのとこに行きそうになってたわよね。それで、なんだか本当にあたしから離れていくような気がして・・・・寂しくて・・・・・。その、ハルトのここを押して・・・・あんなこと言って・・・・本当にごめん」
ゼイユは彼に手を触れながら顔を伏せ、ハルトに謝った。彼からどんな返事が来るかわからなくて、彼女はまたしても不安に駆られた。
そんな不安を包み込むかのように、彼女の左手の上にハルトの左手が重ねられた。予想外の出来事に彼女は顔上げた。彼女の目線よりいくつか下がるとこにあるその顔は微笑んでいるようにも寂しそうにも見える表情をしていた。
「そうだったんだ・・・・僕の方こそ、ごめんね。でも、そういうことだったら安心して欲しい。僕はゼイユから離れたりしないから」
「え?」
ゼイユはハルトの言葉を聞いて、目を見開き、ハルトを見つめた。
「ゼイユ、僕からも聞いて欲しいことがあるんだ。」
そう言うハルトにゼイユは頷き、続きの言葉を促した。
「さっきゼイユが言った部室でのことの後なんだけど、僕、落ち込んだんだ。それも、生まれて初めて。」
笑いながら話すハルトだが、ゼイユにはどこか寂しそうに見え、彼が本当に落ち込んでいたことがわかった。
「今まで大変なことはいっぱいあったけど、そういう時って僕にはポケモンや、大事な人がいてくれたから、辛いとか、苦しいとか、そういうのはなくて、一緒に乗り越えられてよかったって、そう思ってた。でも・・・・・」
ゼイユはハルトの目を見て、彼の言葉を待った。
「オーガポンのお面を取り戻す時、ブルベリーグに挑んだ時、テラパゴスを抑えた時にいてくれたゼイユが、僕から離れていったんじゃないかって、そう考えるだけですごく悲しかった」
「ハルト・・・・・」
「だからね、ゼイユ。みっともないんだけど、僕ってゼイユがいないとそんな風になっちゃうくらいだから、絶対に離れたりしないよ!」
「(そっか・・・・ハルトはずっとあたしの近くにいてくれたんだ・・・・・・)」
ゼイユはそう思うと、一度は色あせてしまったように見えた思い出は光を取り戻し、遠くにいるように感じていたハルトのことを、とても近くに感じられた。それと共に色んな思いがあふれそうになって、鼻の奥がツンとした。それに抗うように彼女は目を閉じた。
「いや、その、パルデアにいる時とか一緒にいない時は、物理的に離れることはどうしてもあるけど、そういう時も元気かなって考えるし、僕の心というか気持ちは絶対に離れないよ!!それに、一緒にいない時も、ゼイユが呼んだらいつでも行くから!!」
「うふふ、そこまで言わなくてもわかるわよ」
何も言えなかったゼイユに対して何やら一生懸命あたふたして話すハルトを見て、何だかおかしくなって微笑んで答えるゼイユ。
「あはは・・・・その、わかってくれてありがとう」
お互いの気持ちを確認できた後、重ねられていた2人の手はどちらからともなく離した。それで不安に思うことはなかったが、どこか名残惜しいと2人は感じていた。
その後、しばしの沈黙が流れるが、それはどこか心地のいいものだった。
このまま時間の流れに身を任せるのもいいかもとは思いつつ、ゼイユは話したいことがたくさんあったことを思い出し、ハルトとの会話に興じることにした。
「そういえばあんた、ブルベリの魅力的な人物が誰かって質問にあたしって答えてたみたいね。オモダカさんから聞いたわよ」
「ええっ!!??」
ハルトが面食らったのも無理はなかった。以前にも彼はオモダカから好きなジムリーダーは誰かという問いに答えたところ、後に本人に伝えられたということがあったのだ。彼からしてみれば、またかよ、という気持ちと、今回はジムリーダーより近しい人物だったので、気恥ずかしい思いでいっぱいだった。
「うふふ、何驚いてんのよ。別に怒らないし、あんたには見る目があるってことだから誉めてんのよ。卒業したら向こうのポケモンリーグに来ないかって誘われたしね。まだ決めてないけど」
「そうなんだ。でも、ゼイユがパルデアに来たら嬉しいな。みんなも喜ぶだろうし」
「そ、そりゃそうでしょうね!あたしみたいな美女が来るんだから!もしあたしがパルデアに行ったら、あんた毎日挨拶しなさい」
面と向かって嬉しいと言われて、思わず照れてしまうゼイユ。そして、最後は照れ隠しから、いつも通りのようなことを言ってしまう。
「もう、またそうやって無茶言うんだから・・・」
ハルトは呆れながら言いつつも、その様子はどこか楽しそうだった。その後も2人は今まで話せなかった分を埋め合わせるかのように、たわいもない話や、少しまじめな話だったりをして時間を過ごした。
2人の話は途切れることもなく続き、気付けば寮に戻る時間が迫っていた。
「あら、もうこんな時間なのね。じゃあ、戻るとしますかー」
「うん、そうだね」
そう言って2人は寮に向かい、それぞれの部屋へ分かれ道までたどり着いた。
「あの、ゼイユ!」
「なに?」
「明日もバトルしてもらっていいかな?」
どこか緊張した様子のハルトだったので、何を言うかと思えば勝負の申し出であったため、少し拍子抜けするゼイユ。しかし、思い返せば連日で勝負したことは今までなかったことに気付いた。
一度離れてしまったように見えた2人の関係だが、さっきの勝負やハルトとのやり取りを経て、今ではこうして元に戻ったことを実感するゼイユ。しかし、前とは変わったことがある。それは、彼女が彼への気持ちを自覚し、もっと近付きたいと思うようになったこと。
こうした、連日の誘いは今までになかったから、ゼイユは今が彼に近づく機会なのではないかと考え、勇気を出すことにした。
「いいわよ。あと、もしあたしに勝てたら、デートに誘ってもいいよ」
彼女は彼女なりにせいいっぱいの勇気を振り絞り、結果的に非常に彼女らしい誘い文句となった。その誘いを受けた当の本人はというと。
「デッデート!?」
あからさまに動揺を見せていた。
「うふふ。何よ。前はいっちょ前にデートとはーとか言ってたくせに」
「いや、あれはそのー、単語の意味を説明しただけで・・・・」
最初はハルトの表情がコロコロ変わるのをおもしろがっていたゼイユだが、要領を得ない回答が続いたので、気分が沈んでしまった。
「それとも、あたしと行くのは嫌だった・・・?」
ゼイユはつい弱気になって、眉を下げながらハルトにそう聞いていた。その時、彼の顔は、最後に部室で見たような茫然とした表情をしていた。その表情を見たゼイユは、彼女の経験則に照らし今から良くないことが起きるのだろうと判断した。気分がさらに沈む彼女だったが、どんなことも受け入れようと覚悟を決めた。
「い、嫌じゃない!行こうデートに!それで、美味しいもの食べたり、ライモンシティの観覧車に乗ったりしよう!!」
「え?」
予想していた答えと違ったため、すぐにはハルトの発した言葉の意味が分からなかったゼイユ。改めて彼の顔を見ると、いつの間にかバトルの時に見せるような真剣な表情に変わっていた。
「あんた、意外とデートプラン決めるタイプなのね」
「え?いや、勝手に決めてごめん!ゼイユもどこか行きたいとこあった?」
「うふふ、別にいいわよそれで。それに行くのはあんたが勝てたらよ!」
「あはは、そうだね」
ゼイユは自分の不安が杞憂なものだったことがわかり、一気に肩の荷の力が抜けた。
「(はぁ、心配して損した。それに、さっきのハルトの表情。どんな時にするか、わかった気がする・・・・)」
ゼイユは自分の予想が当たっていることを祈りつつ、名残惜しいがこの場を後にした。
「じゃあ、また明日ね」
「う、うん、また明日!」
そして迎えた約束の勝負!!
「いや、あんた何負けてんのよ!!」
「ハルトォ!!
なにやってるんだああ!!」
怒鳴るゼイユ、断末魔のような叫びとともに膝から崩れ落ちるハルト、困惑するセンタースクエアの多くのギャラリー。一体何が起きたのか、結論から言えば、ゼイユが6-0のストレート勝ちを収め、ハルトのこれまで誇っていた無敗の記録に初の黒星をつけることになったのだ。
結果だけ見れば観衆は大いに沸き、ゼイユは喜びを噛みしめているところだろう。しかし、そうならなかったのは、ハルトのバトル中の様子にあった。このバトルでの彼はいつになく精彩を欠いており、ゼイユのポケモンの一挙手一投足に動揺し、その上彼の出す指示はチグハグで、彼の手持ちに困惑や心配をされていた。他にも交代先のポケモンを誤ったり、今さらテラスタル時の衝撃に「うわぁ」と情けない声をあげるなど、目も当てられない様相を呈していた。
前日のようなバトルを期待していたギャラリーは、思いもよらないものを見せられたため、困惑しつつ解散し、バトルコートには2人だけが取り残されていた。
ゼイユはうなだれたままのハルトに歩み寄り、目線を合わせた。
「あんた、どうしたの・・・・って、その目の隈なに?」
昨日までは健康優良児のような肌つやの良さを誇っていたハルトだが、今の彼は、やつれ、目の隈も一時期のスグリより酷いものになっていた。
そして、ゼイユから目の隈のことを聞かれたハルトはぽつりぽつりと話し始めた。
「昨日、ゼイユに誘っていいって言われてから・・・・何か足元がふわふわして・・・・・ベッドでも何回も寝返り打って・・・・それでも、全然落ち着かなくて・・・・・諦めずに寝返り打ってたらいつの間にか朝になってて・・・・・授業中に眠くなってきたけど・・・・・・寝ちゃいけないし、ましてや僕留学生だし・・・・・・それで何とか起きてたけど・・・・・・さっき負けちゃった・・・・・デート、行きたかった・・・・・」
がっくりうなだれるハルトを見て、かわいそうとは思いつつ、普段は動じない彼が自分とのデートをそれ程楽しみにしていたとわかると、ゼイユは嬉しく思っていた。
「本当に何やってんのよあんた。ま、デートはあたしに勝つまでお預けだから、せいぜい頑張んなさい」
「え?勝つまでって?」
ハルトはそう言って顔を上げてゼイユを見つめた。
「あたし、優しいからね」
「ゼイユ・・・・。ありがとう!」
「うふふ。とりあえず今日はもう寝なさい」
「うん!急いで寝てくる!ゼイユ、明日こそ勝つから!」
「言っとくけど、手は抜かないから」
「もちろんだよ!じゃあ、また明日!」
「うん、またね」
ハルトはゼイユに手を振り、その場を後にした。ゼイユもそんな彼を両手を振って見送った。
ハルトの立ち直りを見て、明日は元のコンディションでくることを予想したゼイユ。もちろん彼女としても勝つためにバトルには全力で臨むつもりである。しかし、それとは別に、明日には訪れるだろう、ハルトがゼイユをデートに誘う日が、彼女は待ち遠しくて仕方がなかった。