距離(前編)

距離(前編)


ある日のブルーベリー学園リーグ部部室にて

「ハルトー、おみやげ買ってきてあげたわよ」

そう言ってゼイユは、ブライア先生の遠征に同行した際に買ったミアレガレットをハルトに差し出した。

「え、いいのこれ?ありがとう!」

「ハルト、それやめといたほうが・・・」

「スグは黙って」

ゼイユからのおみやげを食べ始めようとするハルトを止めようとしたスグリであったが、彼の姉に止めることを止められてしまった。

ゼイユは期待する眼差しで、ミアレガレットを食すハルトを見つめる。2,3度咀嚼したところ、彼の顔色は真っ青になった。

「にっがああああ!!!一体なんなのこれ!?うえぇ~っ」

「うふふ、ふふ、あーははははは!!!」

「うう、ごめんな、ハルト…」

あまりの苦さに苦悶の表情を浮かべるハルト。それを見てこれでもかと笑うゼイユと、姉とは対照的に申し訳なさそうにするスグリ。

「あーおもしろ。それ、ミアレガレットの激苦味、スグにも食べさせたんだけどね。あんたのその反応、最高よ!」

「うう、ひどいよゼイユ…。しれっと言ったけどスグリもやられてるみたいだし…。」

「ふふ、ちゃんと美味しいのもあるから、ほら、機嫌直しな」

「それ、本当に美味しいの?」

「なに、疑ってるの?だったら・・・」

ゼイユは包装紙からミアレガレットを取出し、それを半分に分けて一方をハルトに差し出した。

「ほら、半分個にしてあたしも食べるから。」

「それなら、うん・・・」

差し出されたミアレガレットを手に取り食べ始めたハルト。その顔は先ほどとは打って変わって、目を大きくし、口角もすっかり上がっていた。

「うん!これ美味しいよ!」

「でしょ?あと何個かあるから残りもあんたにあげるわ。激苦味はもう無いから安心しなさい」

「ありがとうゼイユ!」

「ハルト…ついさっき姉ちゃんに激苦のやつさ食べさせられたの、もう忘れてねえか?」

「信じられないくらい苦かったけど、これ美味しいから、まあいいかな!」

「ハルトは優しすぎんべ」

一時は雰囲気も悪く、人が寄り付かなくなっていたリーグ部部室。しかし、ここ最近はゼイユとハルトの小競り合いが先ほどのように繰り広げられる程に雰囲気も良くなり、部員も戻りつつあった。

「じゃあ、そろそろ5眼が始まるから僕らは教室に戻るよ。またね!」

そう言って、ハルトとスグリは彼らの教室に戻って行った。

「(あたしも教室に戻るか。それにしてもさっきのハルトの、あ・の・顔!思い出すだけで笑いそうになるわ!ああ、こんなんでいつも通り授業受けられるかしら)」

 

午後からの授業でゼイユは、危惧した通りハルトの顔を思い出し、授業中の笑ってはいけない空気感も相まって、何度も噴き出しては教師に注意されてしまうのであった。その結果、放課後には機嫌を損ねたゼイユがいた。

「(もう!ハルトのせいで優秀なあたしが怒られちゃったじゃない!)」

笑っていたかと思えばすぐさま怒りで顔を歪めたりする感情表現豊かな少女ゼイユ。彼女はこの責任をハルトに取らせようと、もといやつあたりをしようと彼の教室に向かった。


「(あっ、いたいた!さあてどう落とし前をつけてもらおうかしら・・・)」

ゼイユが着くと、ちょうどハルトが教室から出てくるところだった。ハルトの方へ歩みを進めるゼイユであったが、彼の後に続いて1人の女子生徒が教室から出てきた。2人はそのまま廊下で話し込んでいる様子であったため、ゼイユは立ち止った。

 

「今日返ってきた数学のテスト、前より点が上がってたの!この前ハルト君に教えてもらったおかげね、ありがとう!」

「いやいや、こちらこそありがとう!教えることで僕の勉強にもなったし」

「ハルト君ってバトル学以外の教科もすっごいできるよね。バトルマシーンみたいなスグリ君と仲がいいから、てっきりハルト君もバトルマシーン2号なんじゃないかって誤解してたの。」

「バトルマシーンって・・・。それにスグリはもう、そのバトルマシーンなんかじゃないよ。前の優しいスグリに戻ってるんだから。今度話してみるといいよ」

「そうなの?ハルト君がそう言うならスグリ君と話してみようかな」

その後も、ハルトと女子生徒は何やら楽しげに話している様子であった。

 

「何あれ」

「彼の名前はハルト。交換留学制度により、本校へ学びに来ているパルデア地方のアカデミーの学生。学業は非常に優秀。バトルの腕もさることながら、決してその実力を鼻にかけることはなく、気さくで人懐っこい性格。困っている人がいると迷わず助けに出る」

ゼイユの発した声に、彼女の親友で彼女曰く”おもしろい女”のネリネが答えた。いつからいたのだろうか。

「いや、そんなのあたしが一番わかってるから!今日もあいつと喋ったし!そもそもハルトを留学に推薦したのあたし!!」

「そうだった。これは失礼」

「あたしが言いたいのは、ハルトのブルベリへの馴染みっぷりよ。今にも漫画みたいな青春くり広げ出しそうでビビる。」

「漫画みたいな青春はわからない。けど人気なのは確か」

「まあ、あたしの舎弟・・・友達だし?そうなるのも当然っちゃ当然よね」

「そう。ところでゼイユは何をしにここへ?」

「あいつのせいで先生に怒られたから責任取ってもらおうと思ったけど、女の子の前で恥かかすのかわいそうだし、あたし優しいから今日は部屋に戻るね」

「何度も噴き出したのはハルトのせいだったの。ハルトは時おり予測不可能なことをするから納得」

「そ、あいつのせいだったの。あたしが訳もなく噴出すわけないじゃん。じゃ、またね」

「さようなら」

 

ネリネとの会話を終え自室へ向かうゼイユ。その道中、気になる会話が彼女の耳に入ってきた。

「はあぁー、こないだ彼女に振られちまったよ」

「えー、仲良さそうだったのに。なんで?」

「あいついるじゃん、アカデミーから来てる留学生のハルトって奴。あいつのこと好きだから別れて、とか言ってきてよー」

「うわ、きっつ・・・。そんで、彼女はもう留学生と付き合ったりしてんの?」

「いや、そういうわけではないみたい」

「そうなんだ、乗り換えというわけではないんだね。そこは律儀で良かったね」

「まあ、それはそうなんだけど・・・」

この手の話に興味のあるゼイユ。しかものその話に知り合いが少なからず絡んでいるので、思わず足を止めて聞き入っていた。それと共に彼女より年下の下級生が交際をしていた事実については生意気とも思っていた。

「でもよー、留学生のせいで振られたのはやっぱ気に入らねえよ。おれ、今からあいつと勝負してくるわ」

「えー!?やめときなよ!留学生めっちゃ強いんだよ!うちのバトルマシーンと呼ばれていたスグリ君も負けたんだから」

「なーに、ポケモンにも相性があるようにトレーナーにも相性があるんだよ。ひょっとしたら俺は留学生に対してこうかはばつぐんかもしれねえんだよ。それに、勝てたら彼女だって俺に惚れ直すだろ」

「そうかなー」

そこで会話は終わったようで、ひがんでいる生徒とその友人は歩き出した。その足でハルトに勝負を挑みに行くようだ。

「(正直ハルトがあいつを叩きのめすとこは見たいけど、レポートやらないとだからなー。ま、ハルトにとってあんなの問題にはならないわね。もし、問題になるようならあたしが出るとこ出てやるし)」

 そう思って、彼女は歩き出した。

 

自室に向かう最中、今日のことを振り返るゼイユ。そこで彼女が考えるのは、ハルトは本当に人気があるらしいということだ。その証拠に、教室前で親し気に話していた女子生徒、人気の裏返しであるかの如く彼のことをひがんでいる男子生徒がいたのだ。

また、彼女は今日のネリネとの会話で自分の言った言葉や、先ほどのひがんでいる生徒とその友の会話から、ハルトが今日見た女子生徒や、ひがんでいる生徒の元カノと青春を展開して交際関係になったところを想像してみる。すると、胸に何か刺したような痛みが走った気がした。

「(なーんか、おもしろくないわね。なんでかしら・・・・・・。やっぱり、ハルトに落とし前つけてもらってないからなー。今回はあたしの優しさに免じて見逃してあげたけど、次会った時は責任とってもらうわ!)」

優しさとは何か、それは人に手をあげないことでも、いわれのない責任を一度は見逃すが結局それを取らせることではないのは確かだろう。

 

またある日のブルーベリー学園リーグ部部室にて

「ゼイユー!空港でおみやげ買ってきたよ!!」

「あら、ハルトにしては珍しく気が利くじゃん。何買ってきたの?」

「向こうの空港で買ったんだけど、”いかりまんじゅう”って言うんだ。ジョウト地方の名物なんだって。」

そう言ってハルトはゼイユにお土産を差し出した。

「なかなか、美味しそうね。じゃ、いただきまーす」

受け取ってまんじゅうを食べ始めるゼイユ。それを見つめるハルト。すると、突如ゼイユの顔が赤く染まりだした。

「うっ!何これめちゃくちゃ辛い!!ハルト何なのこれ!?」

そう言った後、あまりの辛さにせき込むゼイユ。その様子を見て笑い出すハルト。周りの目はどうかと言うと、そんなことして無事で済むのかと、ハルトを心配している。なぜなら、ゼイユは激しい性格と認識されており、先ほどのようなことは普通の人であれば彼女の容赦ない反撃を恐れてしないからだ。

「あははははは!それ、”いかりまんじゅう”じゃなくて、激辛味の”マジギレまんじゅう”って言うんだ。この前のお返しだよー!」

「ほんと、あんた生意気ー!!」

高笑いをしているハルトに今すぐ反撃したいゼイユであったが、今は口に広がる辛み、というより痛みを何とかしたかった。

「(水!水を飲まないといけないわこれ!)」

ゼイユは部室に置いてある自身のコップを手に取り、水を入れて飲もうとしたところ、ネリネにそれを制止された。

「辛いものに水は逆効果。こういう時は乳製品」

そう言ってネリネは、モーモーミルクを差し出す。

「それちょうだいネリネ!」

ゼイユは差し出されたモーモーミルクを爆速で受取り、一気に飲み干した。

「はあ、まだ痛いけどだいぶ落ち着いたわ。ありがと」

「やわらいでよかった。ちなみにお返しはけっこう」

「なんだ、もう終わりかー」

最後のハルトの一言を聞いてむっとするゼイユ。このまま引き下がる彼女ではないだろう。そして、既に何か一手を思いついている様子の彼女は彼に話しかけた。

「かなり辛かったけどけっこうイケるわね、マジギレまんじゅう。まだ残ってないの?」

「え?また食べるの?あんなに辛そうだったのに・・・・。まあ食べたいなら止めないけど・・・・」

そう言われながらゼイユはハルトから受け取り、マジギレまんじゅうの入った包装紙を開けた。

「そういえば、あんたが前教えてくれたポケモンの名前なんだった?黒いはがねタイプの鳥ポケモン」

「ん?あー!アーマーガッ!!!」

“アーマーガア”、その名称を言い切ることをハルトはできなかった。”あ”の口で開いているところをゼイユによってマジギレまんじゅうをぶち込まれたのだから。

「んぐっ!?」

「食べな」

そう言い放たれたハルトはしぶしぶ食し始めると、先ほどの彼女のように顔がみるみる赤く染まり出す。

「うっ、ゲホッ!これこんなに辛かったのか!!からー!!!」

「ふふふ、ふふっ、あはははは!!何て顔してんのよあんた!!ぷふふふっ!」

「う~痛いよー!!ネリネ!僕にもモーモーミルクを!!」

「さっきのが最後」

「ええっ!?」

「あーはははは!!」

深刻なダメージを負うハルト、無情にも乳製品はないこと宣告するネリネ、ひたすら笑うゼイユ、ここに救いの手はないのか。

「辛い!痛い!」

「あーおもしろ。モーモーミルクなら部室前の自販機にあるわよ」

「買ってくる!!」

「ハルト。室内では走らないで。」

ネリネに注意されながらモーモーミルクを求めてハルトは部室を飛び出した。

「見た今の!?さっきの顔!最高だったわね!」

「ネリネは心配。ゼイユがまた授業中に噴出さないか。」

「本当そうよ。あんな顔、思い出すだけでも笑っちゃうわ。ぷふふっ」

 

ハルトが飛び出した後も談笑を続ける彼女たちであったが、自販機はすぐそこなのに未だ戻ってこない彼を不審にゼイユは思った。

「ハルト全然もどってこないわね。案外、自販機の使い方わからなかったりして」

「先日自販機でミックスオレを購入したところを目撃。だからそれはないと予想」

「使い方わからなかったら面白かったのに。ちょっと見てくる」

「ネリネも自販機まで同行する。」

2人はリーグ部の自動ドアをくぐって部室を出たところ、自販機の前で四つん這いになって顔を下に向け、うなだれているハルトを見つけた。

「辛い・・・・・痛い・・・・・・」

その彼の口からは弱々しい声が聞こえてきた。

「何やってんの」

「なんだか弱っている。ネリネは生徒会がある。ゼイユ、後は頼んだ」

「うん、またね」

ゼイユは友人に挨拶をした後、ハルトに向き直った。

「ゼイユ・・・・モーモーミルクって600円するんだね・・・・ちょっと高いね・・・・僕、今持ち合せがなくて・・・・ああ、痛い・・・・」

「あんた、バトルで勝ちまくってるくせにお金ないの?」

「うん・・・その、今朝マックスアップとかに使い込んじゃって・・・・今はないんだ・・・・痛い・・・・・」

「はあー・・・あんたって後先考えてない時、けっこうあるわよね」

呆れながらゼイユは財布から取出した600円を自販機に入れ、モーモミルクを購入した。そして、そのまま彼に手渡した。弱り切り、唇も真っ赤なハルトを見ていられなかった彼女は自然とそのような行動を取った。

「ほら、あげるから飲みな」

「ゼイユ・・・!ありがとう!」

受け取ったモーモミルクをハルトは一気に飲み干した。

「ぷはー!まだ痛いけどだいぶマシになったよ!」

「ふふ、よかったわね。これに懲りたらあたしに逆らおうとは思わないことね!わかった?」

 

わかった!

▶わからない!

ピッ

 

「わからない!」

「はあー!?そこはわかっときなさいよ!!あんたぐらいよ!あたしに上等こいてる奴!!」

「僕だって、いたずらしてくるのはゼイユくらいだよー!」

「あんた生意気すぎて気絶しそうよー!!!」

「あははは!そうだ、普通のいかりまんじゅうもあるから食べてよ!本当はそっちを食べてほしかったし」

「だったら、最初からそれ出しなさいよ!!」 

ハルトと軽口を叩き合うゼイユ。確かに少しむかつくときはあるが、彼女は彼とのやり取りを心の底では楽しんでいた。

 

部室に戻った2人。先ほど話していたようにゼイユはいかりまんじゅうを食した。

「うん、美味しいわねこれ!」

「でしょ!?前ミアレガレット結構もらったし残りもあげるよ。」

「じゃあ、遠慮なくいただいとくわ。ネリネとスグにもあげていいわよね?」

「もちろん!あ、マジギレまんじゅうも残ってるけどそれはアカマツに渡しておくよ」

「それがいいわ」

お互い辛さも引いて、先ほどと比較して和やかな雰囲気で会話する2人。そこに、1人の男子生徒がハルトに近づいてきた。

「あの~、ハルト君」

「ん?」

ゼイユが声のした方に目を見やると、それはつい先日目撃した、ハルトをひがんでいた男子生徒だった。

「(こいつ、リーグ部だったのね。そういえばこの顔、部室でも見たような見なかったような気がするわ。)」

例の男子生徒に対する記憶が定かではない様子のゼイユ。いずれにせよ彼女は、この男子生徒がハルトに何か問題を起こそうというのであれば出るとこでてやろうと考えた。ひとまず彼女は、ハルトと男子生徒のやり取りを観察することにした。

「あ!この前はありがとう!対戦楽しかったよ!」

「いやいやいや!こちらこそありがとう!ハルト君本当に強いんだね!気持ちいいくらいのボロ負けだったけど楽しかったよ!」

「(は?)」

ゼイユの思いとは裏腹に友好的な雰囲気の会話が繰り広げられ困惑する彼女。

「あはは。そうかな?しかし君のシビルドンかなりタフでびっくりしたよ。よく育ててるんだね」

「いやーそう言ってくれると嬉しいな。確かにシビルドンの調整はがんばったし。よかったらまたバトルお願いしてもいいかな?」

「もちろん!」

「ありがとう!じゃあ僕はこれで!」

一連のやり取りをぽかんとした様子で見ていたゼイユ。彼女は一体何を思ったのか。

「(何これ!ハルト問題にしてなさすぎ!!何か仲良くなってるし!!あたしの出る幕ないじゃん!!)」

例の男子生徒は最早、ひがんでいる男子生徒ではなく、ハルトの友人の1人、ひがんでいた男子生徒となっていた。

「ゼイユどうしたの?」

「え?あー、さっきのは?」

「えーっと、この前バトルして仲良くなった人」

「ふーん。あんたブルベリにどんどん馴染んでいくわね」

「みんな優しいからね!」

「あんた、そういうとこよね・・・」

「ん?」

自身が人を惹きつけることについて無自覚なハルトをあきれた様子で見やるゼイユ。一方で彼らしいとも納得する彼女であった。

また、ゼイユは先ほどのハルトと男子生徒のやり取りを見て、あることに気付いた。さっきの男子生徒は最初はハルトに対する印象は良くないようだったが、どうやらバトルをしてから仲が良くなっていた。そして、彼女も初めて林間学校でハルトと対面した時は、よそから来たというだけで彼のことをよく思っていなかったが、彼女もひがんでいた男子生徒と同じように最初のバトルや、その後の交流を経てすっかり仲良くなったということに。

まだまだ若い彼女ではあるが、今までハルトのように対立してきた人物と-ハルトとの場合はほとんど一方的なものだったが-その後に仲良くなるということはなく、また、彼との交流ほど楽しく感じたものはなかった。彼女にとってハルトは今までにない、特別な存在だったのだ。しかし、彼にとっては最初に対立していた人物と仲良くなるというようなことは日常茶飯事なのだろう。彼の『みんな優しいからね!』という発言もそのことを裏付けているように思えてきて、ゼイユはおもしろくないと感じていた。そして、彼にとっては、ゼイユは特別な存在ではなく、彼の大勢いる友人の一人、よくあることの一つなのではないかとも。そう思うとゼイユは、オーガポンのためにともっこからお面を一緒に取戻したことを始めとする彼女にとってかがやかしい思い出たちが急激に色あせて見えてきてしまった。

そして、今ゼイユの目の前にハルトはいるのに、彼との距離をとても遠くに彼女は感じてしまうのだった。

 

またまたある日のブルーベリー学園リーグ部部室にて

ゼイユは先日から、元気がなく、食欲も著しく低下していた。体調不良以外でこのような状態になることは彼女にとっては初めてであり、彼女は自身の状態に対して困惑していた。

先ほどまで会話していたタロもゼイユを心配していた。ゼイユは大丈夫とは答えたが、タロからはひどくなったら医務室に行くように言われ、部活関連の書類を提出するため、部室から出て行った。

「(傍から見ても元気ないんだ、あたし・・・・。)」

自分に元気がないことを自覚するゼイユ。しかしこのまま突っ立てるわけにもいかず、誰か話し相手がいないか部室を見渡してみる。すると、あるグループが目に入った。

「スグリ君って話してみると楽しいし、全然バトルマシーンって感じじゃないね!」

「バ、バトルマシーンってなんだべ・・・・。もしかして前の俺のこと言ってるんなら、だいぶ恥ずかしいべ・・・・」

ゼイユの弟スグリと、先日ハルトと談笑していた女子生徒、また、そこには前までハルトをひがんでいた男子生徒もいた。

「(あの娘、いつの間にかリーグ部に入部してたんだ。)」

以前ゼイユがアカマツから聞いたところによると、スグリは怖がられていたようだったが、今の様子を見るに、前よりも他の生徒との関係が改善されているようだ。そんな弟を見て、ゼイユの手から離れていくようでほんの少し寂しいとも思うが、それ以上に彼の成長や自立を感じられ、嬉しく思えた。

「こんにちはゼイユ!!」

「!」

物思いに耽っていたところ、いきなりハルトに挨拶され驚いてしまうゼイユ。

「あんた、いきなりすぎんのよ!!」

「見かけたら2秒以内に挨拶しろってゼイユが言ったじゃん」

「2秒以内にあたしを驚かせないように挨拶しなさい!」

「そんなぁ」

もやもやしているゼイユだが、ハルトとのこうした他愛のないやり取りはやはり楽しく思えた。

「そういえば元気ないように見えたけど・・・・大丈夫?」

「え?」

タロに続いてハルトにも気付かれたゼイユ。しかし、ハルトにだけは悟られてはいけない気がしたので、ひとまず取り繕うことにした。

「別に?あたしはなんともないけど。あんたの気のせいよ」

「そう?だったらいいんだけど・・・・」

まだ何か言いたげのハルトだが、それ以上追及する気はなさそうなので、彼女はホッとした。

「あっ、ハルトくーん!前言ってたみがわりの使い方教えてー」

「え?ああ、うん、わかったよ」

気付いたらスグリと話していた女子生徒がハルトに声をかけ、返事したハルトの手を引いてそのままスグリ達の方へ歩こうとしていた。

それを見たゼイユの心はざわついていた。理由は彼女でもわからない。

「(なんだろう、これ。なんでこんなに落ち着かないの?スグリがあの娘と喋っててもそんなことはなかったし、むしろ喜べたのに・・・。ハルトが他の人と仲良くしてるなら、あいつがみんなに認められてるなら、友だちとして、あたしは喜ばないといけないのに・・・・)」

そう考えてはみても、苛立ちとともに”おもしろくない”、”つまんない”、”寂しい”、気付けばそんな言葉ばかりがゼイユの頭を埋め尽くしていた。そして、頭を埋め尽くすそんな言葉たちは、彼女が意図するところではない、思いがけない行動を取らせた。

「なに?あんた話しかけといてすぐそっち行くの?」

「え?」

いかにも不機嫌といった声色と、いつもと違う様子のゼイユに動揺するハルト。そして、これだけで終わりではなかった。

「どうせあんたには・・・あたしの・・・・あたしの気持ちなんかわかんないんでしょ!!」

そう言ったゼイユは無意識でハルトの右肩あたりを押していた。そこまで勢いは強くなかったが、急だったため、彼は一歩後ろによろめいた。そこで彼女は我に返った。

 

「(え?あたし・・・・何やってんの・・・・)」

そう思って、先ほどハルトを押した左手を見つめ、そのまま彼の顔に目線を移す。そこには茫然とした表情があった。今まで彼のそんな顔をゼイユは見たことがなかった。左手に残る感触が、彼の表情が、自分のした過ちは現実であることを思い知らせた。

彼の顔をそれ以上見ることができなかったゼイユは顔を伏せ、早歩きで逃げるように部室のドア目掛けて進んだ。

「ゼイユ!ごめん!!」

彼女がドアをくぐるというところでハルトの声が聞こえた。

「(何であんたが謝ってんのよ・・・・)」

彼の声を聞いて一瞬立ち止るが、より彼女はいたたまれなくなり、気付けば駆け出しそのまま部室を出て行った。

「ゼイユ・・・」

ぽつりと名前をつぶやくハルト。そんな彼に心配そうな視線が向けられる。

「あの・・・・ハルト・・・・」

「ハルト君だいじょうぶ?」

「さっき押されたように見えたけど・・・・」

「え?ああ!大丈夫だよ!心配かけたみたいでごめん。」

声をかけられたことに気付いて慌てて答えるハルト。

「ゼイユとはいっつもあんな感じだから心配しないで!あと、ゼイユの言い方ってきつく聞こえるかもしれないけど本当は優しいんだ・・・。だから、ゼイユのこと誤解しないでね!」

スグリ以外の者に向けての説明なのだろう。そのままそれなら良かったと話は流れたが、スグリは二人の様子がいつもと明らかに違うことがわかったため、心配せずにはいられなかった。

 

ゼイユの自室にて

ゼイユは部屋に戻ってからというものの、ベッドでぬいぐるみを抱え、ずっと横になっていた。

「(あたし、何でハルトにあんなこと言ったんだろう・・・・。それに、手まであげて・・・・)」

そう思って、自分の左の手のひらを見つめる。ハルトを押したときの感触がまだ残っている。その感触が彼女に後悔の念を抱かせると共に、自分自身に戸惑っていた。

元々ゼイユは思ったことはすぐ口に出る質だ。それについては彼女も自覚している。今、彼女が困っているのは何でそんなことを思ってしまったのかがわからないからだ。

「(ハルトだって、あんなこと言われても困るだけなのに・・・・それに、あたしの気持ちってなんなのよ・・・・・)」

しかし、いつまでもそうしているわけにはいかなかった。そう思って彼女は、もやもやしたまま学校の課題やポケモンの世話をすることにした。

課題を終え、手持ちのポケモンウォッシュやブラッシングをし始め、残すは彼女のグラエナのみだった。そして、その途中のこと。

「ニャー!ニャー!」

先日ハルトとポケモン交換した時に受け取ったニャオハだ。ゼイユのところに来て間もないが既に彼女に懐いており、構ってと言わんばかりに彼女のまわりをウロウロしたり、肩に乗ってきたりしていた。

「はいはい、後で遊んであげるからちょっと待ってて」

「ニャー!」

ゼイユはたしなめる様に言った後、不満そうにしているニャオハを自身の肩から降ろした。

「ゥウー!ニャ!」

「いたっ!」

ニャオハを肩から降ろしたところ、ニャオハは怒ってゼイユの手をはたいたのだ。その後は飛ぶように部屋の隅へ走って行った。そして、ゼイユとは反対方向の壁側に顔を向けて寝転んでしまった。

「ちょっと、ニャオハッ・・・」

ニャオハを呼び戻そうとしたゼイユだったが、ニャオハがこちらに背を向ける姿は、今日の部室での彼女自身の行動と重なって見えた。

『ニャオハは、やきもち焼きなんだ。だから、好かれる前より、好かれた後の方がちょっと大変かな。だから、他のポケモンより手がかかる時はあるけど、ゼイユなら大丈夫だよ!』

そうやってハルトからニャオハを託された時のことを思い出すゼイユ。

「(ああ、そっか・・・・あたし、好きなんだ・・・・ハルトのこと・・・・)」

ハルトのことが好きだからハルトと過ごすのが楽しい、会えた時に嬉しく思える、他の人と楽しそうにしているのを見るとつまらない、離れていくと寂しく思ってしまう、そしてハルトのことを特別と思う。パズルの最後のピースがハマったかのように、その答えは彼女の胸に落ちた。

「(なんか・・・・最悪のタイミングで気付いちゃったな・・・・)」

自嘲気味にゼイユはそう考えた。しかし、今はハルトから託されたニャオハをどうにかしなければいけないと彼女は思った。

「(あの時、あたしはハルトにどうして欲しかったのかな・・・・)」

それを考えた後、彼女はニャオハにも同じことをしようとした。

「ごめんね、グラエナ。ブラッシング後でするから、ちょっと待ってて」

「ガウ!」

気にするなと言っているように聞こえる返事をもらった後、ゼイユはニャオハに近づいた。ニャオハは未だに背を向けて横になっている。

「ニャオハ」

優しく声をかけた後、彼女はニャオハを後ろからかかえ、胸に抱いた。ニャオハは一瞬ピクリと動いたが顔はこちらを向けようとしない。

「さっきはごめんね。あんたはあたしにとって特別な人からもらった、特別で、とっても大事なポケモンなの。だから、これからもっともっと今よりもあたしはあんたと仲良くなりたい。もし許してくれるなら、こっちを向いて。許せないんだったら、許してくれるまでずっとこうしてるわ。あたしはニャオハのこと大好きだから」

ゼイユの言葉を聞いてからしばらくしてニャオハは、ゆっくりと彼女の方を振り返った。

「ニャオ?」

「ええ、本当よ」

本当に?と聞かれている気がしてゼイユはそう言った。

「ニャオ!ニャオ!」

ニャオハは嬉しそうにゼイユに顔を何度も摺り寄せた。

「ありがとうニャオハ。じゃあ、仲直りのしるしにこれであそぼっか!」

ゼイユは猫じゃらしを取出して、それをニャオハの目の前で振ってみた。

「ニャ!」

ニャオハのお気に召したようで、目の色を変えてゼイユの振る猫じゃらしを捕えようと飛び回った。

「ふふふ。よかった、機嫌直してくれて」

その後しばらくニャオハと遊び続けた。ひと段落着いたところで、途中だったグラエナのブラッシングを最後までやり終え-その間ニャオハが不満そうにすることもなかった-ゼイユはニャオハと向き合った。

「ねえニャオハ」

「ニャ?」

ニャオハと遊んだ後、ゼイユの沈んだ気持ちも大きく回復した。そして、いくらか元気になって考えたことは、ハルトと肩を並べられるようにしよう、ということであった。

「(スグじゃないけど、あたしも頑張らなきゃ。勉強もバトルも、ハルトと肩を並べられるように。だから、まずは頑張ろう。正直逃げているのかもしれないけど、ハルトにはその後に謝ろう。じゃないと、多分あたしはハルトにとっての特別になれない)」

彼女がこう考えたのは、ハルトの親友のいわゆるパルデア組の存在だ。パルデア組の3人はいずれも一芸に秀でている者ばかりなので、ゼイユも何か優れたものを持つことを目指したのだ。

「あたしたち、もっと仲良くなって、もっと強くなろうね。だから一緒に頑張ってくれる?」

「ニャオ!」

「うふふ!ありがと」

肯定の返事が返ってきたことでゼイユは決意を固めた。この時彼女はハルトから託されたポケモンのおかげで自分の気持ちも回復して整理をつけられたため、また彼に救われてしまったとも思った。

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