距離と過去
シートの上に広げられた色とりどりの食事にウタが目をパチパチさせていると、ナミとロビン、チョッパーなどからオススメと言われつつ自分の皿に乗せられたフルーツやらサンドイッチ、一口サイズのデザートなどを彼女は素直に口に運んだ。
「美味しい」
「そりゃ何より!でもそのミカンに関しちゃナミさんの愛情たっぷりな育て方がいいのさ!!」
「へ、これ、ナミが…?」
「ええ。サニー号に故郷のミカンの木を移してあるの。美味しいでしょ」
「うん、甘くて美味しい」
船に樹木を植えるとは中々に珍しいなとも思う。更には彼方此方と旅をしているならば酷い天候や、敵襲だってザラだろう。
それでいて尚、こうして美味しいミカンを栽培出来ているのだから驚くし、感心する他ない。
「ホントにうめェよな!あーむっ」
「あっ」
そうしてミカンを味わっていたら隣のルフィが皮は剥いたが丸ごと食べるものだから思わず声が出る。
「こらルフィ、こういうのはちゃんと一つずつ食べなさいって教えたでしょ」
「えー、でも一個一個とか面倒だしよ」
「ルフィは能力で沢山口に入れられるかもだけど、折角こんなに美味しいんだから一つずつ食べないと勿体ないって…ほら、私の分けるから」
元々まだそこまで量は食べられない。なら半分くらいルフィにあげても大丈夫だと判断して、自分のミカンを一房ずつ分けてルフィにあげだすウタ。
ふと、視線を感じてウタがそちらに顔を向けると微笑ましそうに見ているロビンとその膝の上に座っているチョッパー、ちょっとだけ驚いた様な顔をするサンジやナミ。つまるところ全員に見られていたので思わず首を傾げる。
「えと…ごめんなさい、なにか、変な事、しちゃった?」
「あーいや!違うのよウタ。というか、今更だけどそういえば幼馴染だったわねって思ったのよ」
仲が良いのは分かっていた。なんならナミは二人が一緒のベッドで眠っていたのだって見たのだから。しかしこうして二人が共通の思い出を語りながら仲良くしているのを見ると改めて実感するのだ。
「二人が仲良しなのは嬉しいぞ!!」
「ええ、ルフィもウタも楽しそうだし…改めて散歩を提案してよかったわね。チョッパー?」
「うん!!」
「んー、まあレディとの縁があるのは死ぬほど羨ましいがな」
「仲良し……」
おうむ返ししながら、ルフィの方に目を向け直す。ウタにもらったミカンが無くなり仕方なく自分で剥き、言われた通り素直に一つずつ食べている。ルフィとたくさん冒険した仲間からも、自分と彼はちゃんとそう見えているのかと少し嬉しくなる。安堵したとも言えた。
「そっ、か……ありがとう」
12年間。決して短くはない…もう自分は子供であるとは言えない年齢になるくらいには。それ程の時間会わなくなっても、未だに自分はルフィと仲の良い友達でいられているんだと…少し気が抜けて、ウタはふにゃりと笑った。
「んー?なんの礼だ、ウタ?」
「なんでもないよ、ミカン剥いてあげる」
「おれもう子供じゃねェよ〜」
「私もだよ」
それでも、少し、もう少し、この懐かしさに浸りたい。そう思いながら、ルフィの分を剥いていると
「アンタの分もちゃんと食べなさい。ほら口開ける!」
「え、ふもっ……んく…ありがとう?」
「ふふ、じゃあ私も食べさせてあげようかしら」
「ん〜!!可愛らしいレディ達の戯れ…癒されるなァ〜!!」
サンジの言うことはよく理解出来なかったが、なんとなく断るのもとウタはルフィを甲斐甲斐しく世話しては、二人にオススメのものを口の中に入れられたりと世話をされるちょっとおかしな感じだったが、そのお陰か普段よりは前に近い量を食べられた気がする。
「それじゃ、ウタの体力もあるしゆっくり戻ろう」
チョッパーの提案により、本日の散歩は終わりだ。休んだから帰りは抱えなくて良いとルフィにキチンと断って、昼食の片付けを始めていた。
そんな時だった。
「…!」
「?サンジさん……ぁ」
ふとサンジが何かに気付いた様な仕草をして丘から海の方を見る。それにつられてウタもそちらを見ると、少し遠く…だがこちらに向かってくる船影がある。
補給船がくる日にはまだ遠い。そして普通の船ではない。
黒い生地に、白く描かれた髑髏。
「かいぞく…」
間違いなく、海賊船だ。最近は来てなかったというのに…と小さく歯噛みする。どうするか、今の自分はキチンと歌えるか分からない。歌えない自分は今は体力的にも弱っている……流石に複数の海賊を相手取る事は出来る気がしない。
「…よし、おれ行ってくる!!」
「え、あ!!ルフィ!!!」
一瞬とも言えた。なんの躊躇いもなくルフィは港の方へとゴムの身体で飛んで行ってしまう。あっという間に姿が見えなくなった彼に心配していると、ロビンがウタの肩に手を置いた。
「大丈夫よ、うちの船長は強いもの…サンジくん」
「ああ、おれも行こう。ロビンちゃんはウタちゃんについててあげてくれ…チョッパーはナミさんと一緒に念の為城に戻ってアイツらやゴードンさんに」
「分かったわ。チョッパー!!」
「よし、脚力強化!!乗ってくれ!!」
あれよあれよという間に、行動が決まってリアルなトナカイの形になったチョッパーに乗ってナミは城へ。サンジはルフィを追う様に素早く駆けて行った。
「……」
「驚いた?」
「う、ん……慣れてる?というか、ちゃんと海賊なんだなァって」
「うふふ、そうね。大海賊よ…海賊王になる男と、それの仲間だもの」
まるでルフィが成し遂げる事を疑わないその目に、ウタは瞠目する。
12年間、変わらず友達だった。
でも、ルフィがその間に変わっていったのは…事実だ。じゃあ自分は?
歌は上手くなったけど、配信もせず、何も出来ない時に逆戻りした自分は今……赤髪海賊団の音楽家でさえ無い今の、自分は…
「ウタ」
「っ、な、なに?」
「…何もないなんて思っちゃダメよ」
「え…」
「人は過去には戻れないわ。積み重ねていくだけ…悲しい事も、辛い事も、貴方の中にあるなら、それは貴方の財産よ」
そう微笑むロビンに、ぼんやりと「そういえば、彼女は考古学者なんだったか」と考えて納得した。歴史はなかったことにはならない。ただ、知られないだけだ。
知っている人間が、黙っているだけだ。
「……でも、今は」
「不満なら、動いちゃうのもありじゃないかしら」
「動く…」
「ええ、さっきも言ったけど、過去は変えられなくても、未だ不確定の未来は好きに出来るもの」
「……わ、たしに」
「出来るわ」
質問も終わらないのに、あまりの即答に少し俯いていた顔をあげる。先と同じ、疑いなんて一欠片もない目だった。
「だってルフィが信じてるわ。ルフィが信じている事を、私達も疑わないもの」
く…と喉が小さく鳴った気がした。目の奥が熱い。胸の奥が熱い。
「ロ、ビンさ……私…」
そう、口を開いて何かを…ロビンに言いかけた時だった。
目の前に、ほんの少しの赤が舞った。