超人と超アリスの超面会。

超人と超アリスの超面会。


矯正局・面会室



アクリルボードを挟んで座る、二人の少女。

いや、二人の名誉の為に訂正しよう。二人の少女ではなく、一人の超人と一人の超アリスである。



「ふむ、『連邦生徒会が認可した特定保護対象アリスに対する不当な傷害及び人権侵害行為を禁ずる条例』ですか。……見たところ何の問題も無さそうですね。この条文なら可決されるでしょう」


アクリルボード越しに示された書類を読みながら、その内容を評価する不知火カヤ。


「私に代わって防衛室長代行を担っていると聞いた時は若干心配でしたが……思ったより上手くやれているようで何よりです。流石は『超人である私が育てた』超アリス。全てのアリスを超える特別なアリスですね」


『私が育てた』の部分を強調しつつ、笑顔でそう言い放つ。

内心でイラっとしながら、同じく笑顔で返すのはアリス9号こと超アリス。


「ええ、何しろ貴女を『反面教師にして育った』超アリスですから。不正や癒着とは縁遠い、真っ白でクリーンな防衛室長として『先代の汚名』を雪いで行きますとも」


隠しもしないイヤミに、口端をピクリと引き攣らせながら、カヤは努めて冷静に言い返す。


「ほう。それはまぁ真っ白でしょうねぇ、『まだ何の実績も無い』代行殿には」


「……何が言いたいのでしょうか『元』防衛室長殿?」


対する超アリスもまた微妙に眉根が寄って来ているが、お互いにまだ笑顔は崩さない。

超人/超アリスたるもの、何時如何なる時も冷静沈着を保つべきなのだ。


「いえいえ。貴女が今その席に座れているのは『誰のおかげ』なのかと、そう問うているだけですよ?」


「誰のおかげ? それは当然、全てのアリスの中で最も優秀なこの超アリス自身の努力と才能のおかげですね。まぁ? 次点として? この超アリスと同等の才覚を持つ不知火カヤ前防衛室長の名前を挙げても良いのですが?」


嘲笑うように吐き出された言葉に、遂にカヤの笑顔が崩れた。

超人たるもの、自分に歯向かう者は徹底的に分からせてやるべきなのだ。


「生意気な口を……! 忘れないで頂きたいのですが、私は前防衛室長であると同時に前連邦生徒会長代行でもあるのですからね!? いくら貴女がこの超人と同等の才覚を持つ超アリスとはいえ、私の方がより上位の役職に就いていたのですよ!?」


激昂しながら自らの(とっくに剥奪された)役職を誇るカヤ。

そんな彼女に対する超アリスの答えは、冷笑だった。


「カイザーコーポレーションと癒着しFOX小隊を私的運用して得た地位でしょう? この超アリスはそんな不正をせずとも、己の実力だけで成り上がって見せますとも」


ぐっ、と言葉に詰まる。

痛い所を突かれたからではない。カヤは既に「次はもっと上手くやる」と反省しているので、不正を指摘されてもノーダメージなのだ。

だが、何も思うところが無い訳ではない。特に、コイツが相手では。


「……。なーにが『不正をせずとも己の実力だけで』ですか。私の指示でカイザーとやり取りした事もあった癖に。じゃあ聞きますけどね。私がこの矯正局に入れられる時、身に覚えのない不正が幾つかあったのはどういう事です?」


その瞬間、今まで余裕の態度を保ってきた超アリスが挙動不審になった。

忙しなく髪を弄ったり頬を掻いたりしながら、声は上擦り目が泳いでいる。


「……さー。なんのことか分からない超アリスなのですよ……?」


分かり易く動揺する超アリス。

ここぞとばかりに責め立てる。


「この超人の目は誤魔化せませんからね!? 貴女、私の知らないところで独自にカイザーと繋がろうとしてたでしょう!?」


ヒューヒューと下手な口笛を吹いてそっぽを向く超アリス。誤魔化しているつもりなのだろうか。

そんな態度を見せられて、額に青筋を立てながらどんどんヒートアップしていくカヤ。


「私が捕まった後の事情聴取で『全て上司の指示に従っただけです』『どんなやり取りをしていたのかは知りませんでした』『癒着とは夢にも思わず』『所有者には逆らえず仕方なかったのです』とか供述したそうですけども! 私の指示で動いた分はともかく、貴女の自発的な不正まで被せられて刑期伸びたのは流石に許してませんからね!?」


「まさかそんなこの超アリスに限って『カイザーをこちらに寝返らせれば連邦生徒会長代行の座は超アリスのもの』とか。『でもカヤさんの旗色も大分悪くなってきたし不正がバレる前にカイザーごと切って責任全部押し付けちゃえ』とか。クーデターをクーデターで返すような謀略を画策しておきながら落ち目のカヤさんを見て即座に方針転換して損切りするとかありえませんよ。超真っ白アリスですから。ええ」


なんかもう全部自白してる気はするが、どうあれ証拠は無い。

『全ては不知火カヤの不正であり、何も知らない善意のアリスが利用された』それが連邦生徒会の認識であり、公文書にもそう残っている以上、この話はここでお終いである。




「……というか。そんな不躾な口を利いても良いのですか? この防衛室長代行を相手に。これを見ても同じ事が言えますかねぇ?」


唐突に余裕を取り戻した超アリスは鞄から書類を取り出すと、カヤに見えるように提示する。


「何ですか……『矯正局の囚人に対する防衛室委託業務の労働奉仕要請』?」


「簡単に言うと囚人の社会復帰の為の労働奉仕活動の一環という体で、防衛室の業務に参画して頂こうかと思いまして」


貼り付けたようなビジネススマイルを浮かべながら、見下した目でカヤを見据える。


「要するに、防衛室長代行であるこの超アリスが指名した囚人を、防衛室の一員として迎え入れる、という事ですよ。無論、矯正局からの通いになりますし監視も付きますが。優秀な頭脳をこんな豚箱で眠らせておくのも惜しいですからね」


そこまで説明した後で、ポカンと口を開けているカヤを鼻で笑ったあと、わざとらしく続ける。


「ああ、でもどうしましょう? 私に従順じゃない駒なんて、また何時クーデターするか分かりませんし? このまま矯正局で臭い飯を食べ続けて頂いた方が世のため人のため、か、も……?」



――刹那。カヤは椅子を蹴飛ばすと、その場に跪いて土下座する。

何の文句の付けようもない、一点の淀みも無く繰り出された完璧で美麗なる土下座であった。


「――超アリス防衛室長様。不肖、不知火カヤは心を入れ替えました。貴女様の従順な犬として忠誠を尽くしお仕えさせて頂く所存でございます。裸で踊れと言うなら踊りましょう、脚を舐めろと言われれば舐めましょう。ですからどうか、どうかこの超人をこんな場所から出して私に相応しい舞台へと戻して下さいお願いしますうううう!!!」


もはや恥も外聞も無い。彼女はここから出たくて必死だった。自らのキャリアを取り戻したくて必死だった。

それこそ、超アリスに服従を誓って尊厳全てを売り渡しても良いと思い詰める程度には。


「……フッ、フフフ……アーハッハッハッハッハ! そうです、それで良いのですよ超人(笑)! いやはや、自分を上位者と思い込んでいる生意気女を分からせるのは快感ですねぇ!!」


勝利の美酒に酔い、立ち上がって哄笑を上げる超アリス。土下座するカヤとの間にアクリルボードが無ければ、その頭を踏み躙っていただろう事は想像に難くない。


「心配せずともカヤさんは私の傍仕えとして取り立ててさしあげますよ。何せこのキヴォトスで私に次ぐ頭脳の持ち主ですから。それはそれとして私の『個人的なお願い』も聞いて頂きますがね。いえいえ、パシリではありません。社会復帰です。嗚呼、何をやらせましょう? セオリー通り『焼きそばパン買って来い』? 『肩を揉め』とかもいいですね。そ、それとも『えっちな奉仕で満足させろ』とか!? 初めて会った時から何度その貧乳をひん剥いて舐り回してやろうと思ったことか……! 何にしろ夢が広がりますねぇ!! アーハッハッハッハッハ!!!」


不知火カヤを、キヴォトスで唯一自分と並び立つ存在を屈服させた事実に興奮して愉悦する超アリス。

何やら邪悪な妄想を口走っている気もするが、今は一囚人に過ぎない身として耐えるしかない。

(いつか必ず返り咲き、追い落として私の小間使いにしてやりますからね!!)と決意しながらカヤは土下座を続けるのだった。




暫し時が経ち、落ち着いてお互い座り直した頃。

超アリスが思い出したかのようにポツリと呟く。


「……ああ、そうだ。防衛室に復帰した暁には、一つ手伝って頂きたい仕事があるのでした」


そう言って先程とはまた別の書類を取り出して見せる。


「実は、量産アリスを愚民共に認めさせる政策の一環として、防衛室直属の実行部隊『アリス警務部』を立ち上げようと思っていまして」


その言葉の通り、書類には『アリス警務部設立計画書』の文字。


「一言で言うと『アリスによる治安維持部隊』です。野良のアリス――もちろん量産型・海賊版問わず、です――を徴兵し組織して、仕事を与える事で自立させる。同時に治安維持活動によりアリスのイメージアップを図る。治安悪化の要因を逆に治安向上に利用してしまおうという素晴らしい計画なのですよ」


自信に満ちた声音で、いつも通りの微笑を浮かべながら語る。

並べられた書類を見るに、既に細かな擦り合わせまで整えられているようで、組織構造・法的根拠などに問題は見受けられず、一見現実的なプランに思える。


「……成程、考えましたね。自活できず身を堕として生きるしかない野良アリスが愚民共に悪印象を与えるなら、雇用を創出して自立を促せば良い。またアリス達自身が治安維持に貢献する事で、否応無く社会秩序に組み込まれ、愚民共がアリスという存在を当然の物と受け入れる端緒にもなる……」


一通り目を通した後、いつも通りの微笑を浮かべながら一つ頷いて。


「流石は超人の私に勝るとも劣らぬほど優秀な超アリス防衛室長様、と言いたい所ですが……2点、穴が有りますね」


「『どうやって野良アリスを説得し引き入れるか』『戦闘用とは限らないアリス達の武装をどうするか』ですね」


指摘しようとした点は、想定の範囲内だったようだ。以心伝心とばかりに、カヤの懸念点を引き取った。


「言われるまでもありません、超アリスは特別に優秀ですから。解決策も考えてありますよ」


まず一つ目、そう言って指を一本立てて見せる。


「野良アリスの募集についてですが、これは我々権力者側が声をかけても彼女達野良アリスからすれば警戒してしまいますからね。そこで、アリス連邦学園に斡旋を依頼しています。あの学園は今や野良アリスの星ですからね。こちらが何をするまでもなく、居場所を失った量産アリスや海賊版アリスはあそこに集まっています。そこで我ら防衛室が味方であることを示し、協力関係を結び、信頼を得るのですよ。その上でアリスの地位向上の為と説得すれば、あちらから喜んで参集することでしょう」


ここで一息ついた後、そして二つ目、と二本目の指を立てる。


「武装についても、既にアリスモーターズとの提携交渉が進行しています。今後アリス警務部で採用する全ての武装をアリスモーターズ製に限定する代わりに格安価格で提供して頂く契約でね。アリスのことを深く理解しアリス専用の武装を製造販売するアリス専門の企業ですから、武装の質も供給量も期待できます。親会社のニョムラ工業は元より軍需系の企業ですから、そういう意味での信頼性も高い。アリス警務部の兵站を担って頂くのにこれ以上なく相応しい取引相手でしょう」


ふふん、と得意気になりながら無い胸を張る超アリス。


「どうです? これで何の問題も無いでしょう?」


「……なるほど確かに。野良アリスは社会的地位と居場所を得、キヴォトスの住民と連邦生徒会は治安が向上し万々歳」


書類に目を落としていたカヤは不意に顔を上げると、


「そして貴女はアリスモーターズと蜜月関係、恩義を感じるアリス警務部は防衛室の、即ち貴女独自の個有戦力と化す。そういう算段ですね?」


糸目で微笑む超アリスを、同じく糸目の微笑みでまっすぐに射貫きながら尋ねれば、我が意を得たりとばかりに目を見開き一層笑みを深めて頷いた。


「フフフ。よくお分かりで。何せこの超アリスは貴女を『反面教師』にしましたからね。貴女の無様な末路を見て悟ったのですよ。違法な癒着や私兵は身を滅ぼすだけ、やるなら"違法"よりも"合法"だと。この計画はあくまで連邦生徒会公認の政策ですからね。何の法も犯してはいませんよ。ただ結果として防衛室と超アリスの権勢が増す事になる、というだけの話です」


黒い笑みを浮かべながら自らの企みを吐露する超アリス。

カヤとしては自分の失敗を当て擦られたようで若干不愉快ではあるが、合法的に動きながらも権力を強化する手腕自体は評価せざるを得なかった。流石は超人の私と同等の才覚を持つ超アリスですね、と。




その時、超アリスのポケットに入っていた通信端末がピピピピ、と鳴り響く。


「おや、噂をすれば。防衛次長からです。アリス警務部の件の連絡ですかね」


徐に席を立つと、ピッ、とボタンを押して通話を始める。


「もしもし、こちら超アリス防衛室長代行です。何かありましたか? なるほど、アリス警務部の件…………は? アリス連邦学園でクーデター? チェリノ書記長政権のレッドウィンター連邦学園に戻った!?」


超アリスの表情が固まる。カヤがピクリと反応する。


「い、いえ大丈夫です。アリス連邦学園の協力が得られないのは残念ですが、一応サブプランとしてアリス保護財団にも声をかけています。効率は落ちるでしょうが、あちらから希望者を募ってもらえれば…………え? アリスモーターズ本店が爆発!? 事業縮小!!? ちょっと待ってください何がどうなればそんな事態に……」


顔を青褪めさせて狼狽える超アリス。ふむ、と何かを考え込むカヤ。


「いや原因はこの際さておいて、肝心のアリス用武装の供給はどうなるんですか!? はぁ!? 交渉延期!? 何を悠長な……既に関係各所へプレゼンを通してしまったのですよ!? それを今さら……分かりました、私が3070号に直接連絡して……いやその前に保護財団のユウカ氏に会談を……ああもう、手が足りません! せめて私がもう一人居れ、ば……」


そこまで口にして、ギギギと振り向けば、ニヤニヤと笑みを浮かべた不知火カヤ――超アリスが唯一自身と同格と認めた超人の姿。


「いやぁ~、よく考えると私ももう少し反省が必要な気もしますし、今暫く囚人のままでも良い気がしてきましたねぇ?」


「ちょ、待っ……カヤさん! 今はそんな場合では無いのですよ!? 事態の収束の為、一刻も早くここから出て私を手伝って――」


「聞こえませんねぇ、防衛室長代行さん?」


――刹那。超アリスは椅子を蹴飛ばすと、その場に跪いて土下座する。

何の文句の付けようもない、一点の淀みも無く繰り出された完璧で美麗なる土下座であった。


「あっ、あのっ、カヤ様! いえ超人・不知火カヤ前連邦生徒会長様!! どうかこの超アリスの補佐、いえ防衛室長代行の秘書、側近として先達のお力をお貸し頂けないでしょうか!? あっ、脚とか舐めた方が良いですか? 喜んでペロペロさせて頂きますよ!!」


「フッ、フフフフフ! そこまで言うなら仕方が無いですねぇ、超アリス(笑)の失態を華麗にフォローしてさしあげましょう。いやはや、自分を上位者と思い込んでいる生意気女を分からせるのは快感ですねぇ!!」


立場逆転。隙を見せた方が悪かった。一瞬で調子に乗って足元を見始めたカヤと、卑屈にへーこら愛想笑いで下手に出る超アリス。

しかし心配はいらない。どうせまたすぐに逆転することになるだろう。そもそも彼女達はそういう関係性なのだから。


そして、こう見えても根底にあるのはお互いに対する深い愛情なのだ。超アリスの頭上に輝くヘイローがその証明。世の中、分からんもんである。

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