赤髪海賊団に戻った歌姫は二度と唄を歌わない

赤髪海賊団に戻った歌姫は二度と唄を歌わない

Nera

世界の海を守る治安維持組織の中枢施設である海軍本部。

そこでは、世紀の大犯罪者“麦わらのルフィ”を処刑する事になっていた。

原因は世界の支配者である“天竜人”が徒党を組んで彼の処刑を促したからだ。

かつては海軍の希望の星、ガープ中将の孫である大佐を処刑するなど海軍の上層部も反発が大きかった。

しかし、世界政府直下の組織である以上、指令通りに処刑をこなすしかなかった。



『どひょーしもなーことをしてしもうた…』



サカズキ大将は、たった今やらかした事について後悔した。

そもそも海軍本部は、大佐を処刑するつもりなど毛頭ない。

政府には処刑したフリをしてこっそりと逃がす手筈だった。

ところが、革命軍と事情を知らされてないルフィ派閥の海兵によってマリンフォードが襲撃されてしまい激戦になってしまった。

同じ海兵同士が殺し合うという凄惨な戦場でも海兵達は掲げた正義で交戦し続けた。

そんな中、処刑台に居た“麦わらのルフィ”は、革命軍のサボによって奪取された。



「ルフィ…?」



少し前まで海軍本部に所属していた准将で、“海軍の歌姫”という異名を持つウタは、さきほど起こった出来事が信じられなかった。

結婚を控えていた彼女を天竜人が無理やり娶ろうとしてルフィ大佐が殴り倒したのが全てのきっかけであった。

そんな彼女の眼前で、婚約者の男が直属の上官からの攻撃を庇って背中ごと腹を溶岩で焼き尽くされていた。



「よ、よ…った無事……」

「ルフィいいいいいいいいいい!!」



その瞬間、時間が止まったように戦場は静寂とし、あらゆる人物の動きが止まった。

サカズキ大将もルフィの義兄であるサボも、彼女の悲鳴を聴いても動けなかった。

なにより被害者であるルフィでさえも一瞬だけであるが時間が止まった感じがした。



「今助けるからああああじゅうういいいいいい!!」



必死に両手で傷口を押さようとした彼女は溶岩に焼かれて絶叫をあげて転げ回った。

左腕に付けていた水色のアームカバーは熱で焼かれて黒ずんで灰になった。

幼馴染が書いてくれた“新時代”のマークは消滅して代わりに左腕を大火傷させた。



「あじゅうううういいい!!ああああ衛生兵!!早くきでえええええ!!」



それでも彼女は諦めずに飛び出た内臓を彼の腹部に入れようと奮闘していた。

ゴムの肉体とは違う明らかに拒絶感がある感触に耐えながらも必死に傷を抑えた。

ウタ派の衛生兵が駆けつけるがルフィが達観したような視線を見て手当を諦めた。



「……ごめんなぁ…ウタ、ちゃんとー…助けて…られなくてよ…」

「駄目ぇ!!まだ助かるぅうう!!」

「もう無理だ……お前だって…分かってるだろ。内臓の大半、焼かれて…」



――サカズキ大将は、革命軍のサボに向けて溶岩の拳を放った!

全てを台無しにしたとかそういうのではなく単純に敵を殺す為に放ったものだった。

当然、サボがそれを真面目に受け止めるわけがなく、華麗に回避してみせた。

問題だったのは、その拳が飛んでいった先に足を挫いて動けなくなったウタが居た。



「えっ…?」



解放されたばかりのルフィは、躊躇わずにウタと溶岩の拳の間に飛び込んで行った。

その結果、彼女を庇った彼の背中を溶岩で焼かれて腹まで貫通して内臓まで焼いた。

それだけに留まらずに衝撃のせいで内臓が腹から突き破って飛び出してしまった。

幸いにもウタに怪我はないが、ルフィは致命傷を負ってしまい虫の息となっている。



「や、約束したじゃない!!“新時代”を一緒に作るって!約束したじゃないのよ!!ルフィいいいいい!!」

「そうだ…ウタが……居なかったら海兵、じゃ…なくて海賊になって…たよ、な」

「あんたがこの程度で死ぬわけない!!お肉を食べればまたすぐに元気に…」

「おれは…後悔してねぇ…」



痛覚すら感じなくなったルフィは自分がもうじき死ぬと気付いていた。

むしろ、第三者から見れば更に酷い惨状なのかもしれない。

ただ、ルフィからすれば全て自分が選択したものであり、そこには後悔などない。



「…いや、あったな。ウタが、“新時代”を作る…のを、見れねぇ…って事か」

「いやだ!!いやだああ!置いて行かないで!!」



あの日、初めてルフィは海賊を見た。

音楽家を名乗った年上の少女とは最初は喧嘩をしたが一緒に勝負をする仲となった。

両親がおらず、意地悪をしてくる爺しかいなかった彼に初めてできた友達だった。

その友達が赤髪海賊団に置いて行かれて泣いていたのを良く覚えている。

置いて行かれた彼女に寄り添っていた少年は、皮肉にも現世に彼女を置いて行こうとしている。



「サボ、ウタを……あとは頼んだ…きっとお前なら…弱虫のおれと、違っーて…」

「ルフィ!!…お前!!」

「また…置いていくの!?シャンクスみたいに!!そうだ!あんただってシャンクスに逢いたいんでしょ!?」

「もういいんだ…おれは、おれは嬉しかったんだ」



義兄のサボと義姉のウタは末弟のルフィを看取ろうとしていた。

海兵もクーデター兵も革命軍の兵士達もただそれを見守るしかなかった。

これは、誰もが望んだ結末ではなかった。

ただ、“麦わらのルフィ”を助けたい一心で腹を括って今まで行動してきたのだから。



「ウタ、サボ…マグマのおっさん、それにお前ら…」

「今まで、一緒にいてくれて……ありがとう!!」



最後にニカっと笑ってみせた17歳の男はそれっきり二度と動かなくなった。

衝撃で地面に落ちたビブルカードは、蝋燭の灯が消える様にあっさりと燃え尽きた。

ビブルカードは、生命力を示すものとされ、原材料の1つである髪の提供者に向かって動こうとする不思議な紙である。

かつてウタとルフィが離れ離れになっても居場所が分かるように作った物だった。

それが灰となって風に運ばれて存在した痕跡を掻き消していった。



「ああああああああああああああああああああ!!」



歌姫として海軍の広告塔を兼ねていたウタの歌は世界政府加盟国の市民はおろか海賊すら魅了した。

血の繋がっていない父親から「平和や平等なんて存在しない、だがお前の歌声だけは世界中の人々を幸せにする」と言わしめた歌声。

それが二度と奏でる事ができなくなるほど声帯を酷使し抱え込んだ負の感情を全てを解放するように絶叫した。



「何をする気だガープ!!」

「そうやって…わしを抑えておれセンゴク!…でなければわしゃぁ!サカズキを……殺してしまう」

「……バカめ…」



ルフィが死んだのを誰もが感じ取り時間が再び動き出したと錯覚した頃。

突然動き出したガープを地面に叩きつけたセンゴク元帥は、同期の返答で言い返す事ができなかった。

彼にできるのは、戦友の手を血で汚さないように抑えつける事しかできない。

子を失う気持ちを知っているセンゴクは、孫を失ったガープの行動を叱責する事などできなかったのだ。



「「「よくもルフィ大佐を!!」」」

「ぬしらも…あいつと同じか!!」



“麦わらのルフィ”の処刑は完了した。

それで穏健に終わるわけもなく更に戦場が混乱の一途を辿った。

ルフィの死に感化された中将3名がクーデター軍に寝返って赤犬を襲撃した。

武装色の覇気を纏った武器からして赤犬を殺そうというのは明白だった。

対する赤犬も秩序を守る為に例え貴重な戦力だとしても徹底的に叩き潰すつもりだ!



「スモーカーさん……もう嫌…」

「ルフィ大佐を無駄死にさせた貴様らを許さ…ぶほっ!?」

「たしぎ!!ここは戦場だ!まず目の前の敵を倒せ!後追いは、あいつが許さん!」



ウタと仲が良かったたしぎ少尉は、さきほどの光景を目撃して戦意を失った。

その姿を見て襲撃してくるクーデター兵を十手で殴り倒したスモーカー准将は彼なりに喝を入れた。

同期や先輩、後輩が敵として殺し合いをしなければならない悪夢の中で彼らは必死に抗うしかなかった。

例え目の間に居る少将を殺害してでも倒さなければ生き残る事はできない。



「ヒナ大佐には指一本触れさせん!!こいブラザー!」

「おう任せておけ!!」

「ごめんなさい…ヒナ撃沈」

「「そこで我々の活躍を見守っててください!!」」



フルボディ三等兵とジャンゴ三等兵はショックで動けなくなったヒナ大佐を守るべく立ち上がった。

もはや誰が敵なのか分からない以上、敵意剥き出しで襲撃する奴を潰すしかない。

愛とダンスでコンビネーションが抜群の2人は襲撃してくる敵を薙ぎ払っていった。



「そこまでぁああああ!!」



1人の海兵の叫び声で付近に居た全員がその方向を見る。

サカズキ大将の前に立ち塞がって両手を広げている海兵が居た。



『コビー!!』



彼と同期であるヘルペッポは涙ぐんでその様子を見守るしかなかった。

命を決して赤犬を制止した彼の雄姿は決して忘れる事はないだろう。



「もうやめましょうよ!!もうこれ以上、戦うの!!やめましょうよ!!!」



コビー曹長は、殺される覚悟をしながら赤犬に涙ぐんで大声で提言した。

この場に居る全員がルフィ大佐を助けようとして交戦していた。

ところが、大佐が死んでもなお戦いが収まるどころか過激となってしまった。

味方であるはずの海兵すらお互いを疑って同士討ちをする有様だった。



「命がも゛ったいだいないっ!!!」



この場に居る海兵1人1人に帰りを待つ家族が居るのに殺し合いをする。

既にルフィ大佐はこの世に居ないのに感情を爆発させて犠牲者を増やす惨状がコビーは許せなかった。



「もう全て終わったのに私情で殺し合うなんて……今から倒れていく兵士達は…」「まるで!!バカみたいじゃないですか!」



この場に集った海兵の2割が戦死したのに未だに無駄死する現状を許せなかった

もちろん、誰もがそう思っていたが行動に移す事はしなかった。

何故なら全員、死にたくなかったからだ。

誰もがルフィ大佐を助けようと行動したのに最悪となり誰も止まれなくなった。



「……ああっ!?誰じゃい貴様!…“数秒”無駄にした……邪魔をするなら排除するまでじゃ!!」

「ああああああああああああ!!」



コビーは後悔していない!

言いたい事を全て言い切った以上、苦し紛れの言い訳などしなかった。

海賊の女頭に本音をぶつけた時、ルフィ大佐は自分を助けてくれた。

今はもう居ないが不思議と偉大な先輩である彼が傍に居てくれた気がした。

コビーは溶岩の拳を見て恐怖のせいなのか全身が震えて気を失った。



「……よくやった若い海兵。お前の勇気ある数秒は世界の運命を大きく変えた」



サカズキ大将の焼き尽くす拳を剣で受け止めた衝撃でコビーは倒れ込んだ。

殴り掛かったサカズキも目の前に立ち塞がった人物を見て冷や汗を掻いた。



「「「「“赤髪のシャンクス”だあああああああ!!」」」」


さきほどまで暴れ回っていた海兵が絶叫上げて後退りしたのも無理はなかった。

“海軍の歌姫”であるウタ准将の親父にして大海賊の1人。

“赤髪のシャンクス”が剣を構えて海軍大将の攻撃を受け止めて戦場に出現した。

それどころか赤髪海賊団の幹部たちが武装して海軍本部の敷地内に君臨していた。

内戦状態に陥っていた海兵達も衝撃のあまり交戦するのを忘れてしまうほどだった。



「この戦争を終わらせに来た!!」



落ちていた麦わら帽子を拾ったシャンクスは停戦宣言をする為にここに出現した。

止まらない時代すら捻じ曲げようとする彼の覚悟にこの場に居る全員が圧倒された。



『この帽子をお前に預ける』



かつて涙を流した7歳の少年に託した麦わら帽子は昔と変わらなかった。

だが、帽子を託して娘の婚約者になった17歳の青年は無残な姿で死んでいた。

そして赤髪海賊団の娘であるウタは再起不能なほど絶望して意識を失っていた。



「こんな事で逢うつもりはなかったんだがな2人とも…」



ズボンの股間を液体で湿らせて両腕が炭となって崩れかけており、見るに堪えない顔をして気絶しているウタ。

そんな無防備な彼女を守るように庇うように笑って息絶えているルフィ。

彼らと再会するのを待ち望んでいたシャンクスにとって悪夢のような光景だった。

それでも彼は、感慨深くしている悲しんでいる暇などなくやるべきことを優先した。



「被害は無益に拡大する一方だ…!!まだ暴れたりねぇ奴がいるのなら…」

「来い…!!おれ達が相手になってやる!!」



シャンクスの言葉を聴いて兵士や戦闘員が次々と武器を地面に降ろしていく。

【四皇】を相手にしようとする馬鹿はこの場には居なかった。

ルフィを助けたいと思っている人しかこの場に集っていないのだから。



「全員――――この場はおれの顔を立ててもらおう」



畳みかけるようにシャンクスは打って出た。

それは自身にヘイトを稼いでまでしても殺し合いを牽制する為に行なった。

怒りがあるなら全てのきっかけを作った自分に向かわせるつもりだった。

だが誰もシャンクスの真意には気付かない。

シャンクスでさえ、無意識にやっているのだから救いが無かった。



「おれ達の娘、ウタを返してもらおう。婚約者の弔いも俺たちに任せてもらう」

「構わん!」

「元帥殿…!?」



シャンクスの宣言を肯定したセンゴク元帥に困惑する一同。

しかし、これで血で血を洗う戦場がようやく終わる事となる。



「負傷者の手当てを急げ!!戦争は――終わりだ!!」



――かくして“麦わらのルフィ”大佐の処刑は幕を閉じて歴史に深く刻まれた。

誰もが敗北して勝利者などいなかった…と。



「わしは海軍を辞める」



ガープ中将は海軍を辞めて政府の打診を蹴ってフーシャ村で余生を送った。

ルフィとウタの直属の上官だったサカズキ大将とガープ派のクザン大将も退職した。

時代の変化を感じたセンゴク元帥も辞職してガープと共に辺境村の守護神として人生を終えた。

処刑騒動後、海兵の大量辞職が相次いだ海軍本部に代わって海賊が幅を利かせるようになり大海賊時代は更に悪化を辿って多くの血が流れる事となる。

ただでさえ主力の2割が喪失したのに4割が辞職されれば平和など保てない。

全ての元凶となった騒動を起こしたチャルロス聖に至っては、海兵に殺害されるなど世はまさに世紀末という有様だ。



「なあ、エース!諦めていたルフィの意志を継がねぇか?」

「そうだなやるか!“夢の果て”とやらをな!!」



弱き者が蹂躙される暗黒時代に東の海の辺境で希望が生まれた。

白ひげ海賊団の2番隊隊長ポートガス・D・エース。

革命軍の参謀総長サボ。

2人は既に頭を下げて所属していた組織から抜けて、新たな海賊団を立ち上げた。

全ては幼少期に語ったルフィの“夢の果て”を叶える為である。

険しくて長い道のりであるのは間違いないが彼らに迷いはなかった。

それが散っていた末弟に報いる事だと信じているからだ。



「ウタ、お前はおれたちの娘だ」

「アーーーウ。ウウ?」

「だからこれからは一緒に居よう」

「アアアウウウ!!」



自分のせいでルフィを失ったウタは二度と正気に戻る事は無かった。

自慢の喉は潰れており壊れたオルゴールのように決まった台詞しか吐かなくなった。

彼女は笑わないし歌わないし、なにより海賊の声など届いていない。


「なあ、ベック。おれが悪かったのかな?」

「お頭、お前らしくないぞ」

「そうだな…愛する娘に逢えたんだ。おれは二度と離さねぇ!!」



7年間子供だった彼女を育てて来た赤髪海賊団は、再会した彼女の介護に勤しんだ。

彼らに残されたのは、壊れた愛娘と麦わら帽子、そしてウタグッズと歌が録音されたトーンダイアルだけだった。

それでも生きているだけで良かった。



「これはお前が聴かせてくれた歌だ。良い曲だろ?」

「アーーアアー!!」

「『風のゆくえ』って奴だ。一緒に歌うか?」

「アウ~?」



赤髪海賊団の団員たちは笑い泣きしながらウタに向かって『風のゆくえ』を歌う。

いつか娘が再び立ち直ってくれると信じて…。

しかし、ルフィに置いて行かれた彼女は二度と立ち直る事は無かった。


END

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