赤髪:下

赤髪:下


ことウタの、自分の娘の件に関して、お頭はいっそ狂気的な打ち込み様を見せた。秘匿の街に協力者を得てからは、時が経つほどにいっそうその想いは熱を帯びるようになっていった。必要な装備や情報は遠慮の欠片もなく天夜叉に要求し、他に必要なものがあると知れば世界のどこにでも船を進めた。

知識や"気づき"の範疇のみならず、その身に流れる血すらも同じ性質を持っているらしい天夜叉は、こちらもいっそ正気を疑う程度には寛容だった。加盟国の長かつ七武海を務める相手とその私室を初日に半壊させた時には、始まってもいない関係の破綻を覚悟したもんだが。

おれたち船員の間でも大人げないと度々言われるお頭は、男の前では輪をかけてガキみたいなことしばしばやらかした。男はあの感情の読めない笑みのまま、許容の姿勢を貫いていた。

その理由を知ったのは、本当に偶然だった。

新世界の一海賊だったおれたちが、四皇なんて看板を背負うようになった頃。

赤髪海賊団主導でヤーナムの四皇不可侵協定を提案、成立させた祝いの席で、天夜叉への気安さが話題に上がった時のことだ。

「親戚だからじゃないか?」

少しだけ考える素振りを見せた後、お頭はこともなげにそう言ってのけた。

「おれは知らなかったが…血が繋がってるってのはこういう感じなんだな」

お頭は、それを感じる能力を持たない存在がいるなんて想像もしていないような調子で、機嫌良く盃を傾けていた。その頃には二人の血筋を知らされていた幹部が揃って膝を打っていたことに、この人が気付く日は来ないのだろう。

「逆に言えばおれが絶対に諦められないウタは、間違いなくおれの娘ってことだ!!」

血に因る感覚に対し大雑把で前向きな結論をぶちまけたお頭は、説明をやり切ったつもりで通りがかったグラディウスに絡みに行っていた。


「映像電伝虫をエレジアに?」

「それも新種のな」

出処に関しては言いっこなしだと渡された電伝虫は、不特定多数の映像電伝虫をジャックし、発信側の映像を配信するという特殊な機能を有したものらしい。

そして一度ジャックされた電伝虫は、その後配信専用の受け口を持つようになる。

「エレジアでは今も時折歌声が観測されている。コイツなら、夢に紛れ込んであちらとこちらを繋げるはずだ」

「これで外に"信徒"を増やすのか…危険な賭けだな」

「フッフッ……だが、お前はやるんだろう?シャンクス」

「勿論だ」

エレジアの地下遺跡の探索で、あのバケモノこと"トットムジカ"を倒すには夢と現実の双方から攻撃する必要があること、そして顕現には"呼ぶ者の声"が必要なことは分かっていた。それにかつて間違いなく倒されたはずの魔王は、ウタウタの能力で復活している。悪夢を終わらせるには、夢の中のどこかにいるのだろう赤子とやらを狩る必要があるというのが二人の出した答えだった。

問題はどうやって声を増やし、事情を知り戦う術を持つ者を夢に侵入させ、現実でも十分な戦力をエレジアに送り込んだ上で魔王を顕現させるかということ。

その難問に対して数年がかりで用意された解決策が、ちょっとした機能を足しただけの電伝虫数匹ってのがなんともこの二人らしい。

副船長として会合という名の近況報告に同行することの多いおれは、ここで花を一輪手渡されただけだったとしても流せる程度にはこのノリに慣れてしまっていた。

「なあに、ウタなら2,3年もあれば世界一の歌姫になるさ!おれたちはその様子を見守って、介入する機会を窺えばいいんだ」

いつにも増して明るい笑顔で、お頭はそう断言した。

失敗すれば、この世界は終わる。

そうでなくとも初期段階で夢に誘われた人間は、現実じゃあ救えない。

ウタを救うためにこの世の全てを巻き込む計画をぶち上げた同族二人は、達成までに必要な犠牲者の数を大真面目に検討し尽くした上で、たやすく実行に打って出た。


お頭の見立てを上回る早さで、ウタは世界の歌姫と呼ばれるほどの人気を獲得した。

頂上戦争を終えて海の荒れていた時期だったが、いや、そんな時代だからこそウタの歌声は世界を魅了してやまなかった。

凪に守られたヤーナムの街でおれたちも何度も配信を眺め、現実では目覚めることのないその手を握って励ました。音はしばしば、断絶を越える。目覚めたウタに電伝虫のことでどれほど恨まれようとも、それまでは少しでも支えになってやりたかった。

そうして、知ってか知らずかルフィ率いる麦わらの一味が活動を再開した頃、ついに
"エレジアでの"ライブ開催が告知された。

取り込みが想定される人数は、世界人口のおよそ7割にまで達していた。

「ルフィを巻き込むのか?」

「映像電伝虫をローに持たせてな。構わねェだろう?」

「おれは構わないが…」

「なら決まりだ」

エースの件に責任を感じているお頭に、どこ吹く風といった顔で天夜叉は返した。

百獣との小競り合いがなけりゃ、ただ終わらせるだけが精一杯のタイミングであの戦争に介入するなんてことにはならなかったろう。つまりルフィと天夜叉に因縁が生まれることもなかったろうが、この男の中ではさほど大した問題ではないようだった。

「百獣はねえだろうがビッグ・マムは動く可能性がある。ウチは巻き込まれねえが援軍も期待するな。当日参加するのはおれとローのみ。どちらも夢の中に向かう」

夢と現実のエレジアの、そっくりな地図を広げて天夜叉は続ける。

「使えそうなのは先に現地入りしてるだろうCPとSWORD…ビッグ・マムが来るなら移動に長けた能力者もいるはずだ。麦わらは船医がウチに用があるらしくてな。逆走してきた所をドレスローザ近海で捕まえる」

「当日海軍を呼べそうか?おれたちだけじゃ観客の避難は無理だ」

「ウタウタの能力者に関する情報は政府に"多少漏らして"ある。少なくとも大将クラス一人は来るだろうな。適当な奴に眷属化した電伝虫を持たせて外に叩き出し、おれと繋げるようにはするつもりだが」

「おお!助かる!!」

「あとは夢に入るまで分からねえ。とはいえ…お前とあの"麦わらのルフィ"が揃ってんだ。悲観はしてねェさ…フッフッフッ!!」

なお、作戦後に天夜叉の役回りが最も危険なものだったことを知ったお頭に物凄い剣幕で詰め寄られることを、この時の天夜叉は知らなかった。

当然おれたちも知らなかった。


「お頭」

「ベック…おれはウタの父親だ」

歌の悪魔が無事に狩られた後、ヤーナムに戻り未だ眠るウタを見下ろして、お頭は至極真剣な顔でそう言いだした。

「そうだな」

「そうだ。だからウタが目覚めた時に、安心させてやれるようじゃないとな」

部屋を意味もなく行ったり来たりしながら発せられた言葉に、おれたちはとりあえずで頷いた。今何か言うのは、まあ野暮ってなもんだろう。

その時、ずっと微動だにしなかったウタの睫毛が震えた。

夜明けの空の色を宿した瞳が、おれたちを映す。

夢は終わった。


「ウタ!!!!」

「おはよう!シャンクス!!」

目覚めたウタは、驚くほど芯の通った笑顔をお頭に向けた。

お頭は、用意していたんだろう台詞をなぞろうとして何度もつっかえ、涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、ウタを抱きしめていた。





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