赤髪:上
空が、赤く燃えている。
つい昨日までは音楽の都として栄えていたはずの瓦礫の山が、炎の中で融けて崩れていく。
「落ち着け!!お頭この野郎っ!!」
「海軍がそこまで来てる!!今島に残るのは無理だ!!!」
暴れるお頭を数人がかりでふん縛り、攻撃が全く効いた様子のない不気味なバケモノどもの間を走り抜け、港に泊めた船に向かった。
「ウタ!!ウター!!!!」
「ウタならここに居る!!無事だ!!とにかく一旦退くぞお頭!!!」
ホンゴウに抱えられたウタのことが見えてねえみたいに叫び続けるお頭を船に突っ込んで出航の音頭を取ったのは、副船長のおれだった。
集まった船員の報告で分かったのは、少なくともおれたち全員の知る範囲で島に生存者は一人として居ないこと。ウタを取り込んでいたあのバカでかいバケモノや、そいつが呼び出したらしい不気味な連中に皆叩き潰され殺されて、文字通りエレジアは全滅したということだった。
なんせ、連中にはまともな手ごたえすらなかった。周りがバタバタ死んでいくのが見えちゃいるのに、まるで幻でも相手にしているようだった。
世話になったエレジアの住民たちを守ろうと戦ったおれたちは結局のところ、全くの無力を突き付けられる最悪の形で島を出た。
音楽の島、エレジアの壊滅は後日、赤髪海賊団の所業として新聞の一面を飾った。
おれたちは海賊だ。いずれこんな日が来るだろうことは分かっていた。懸賞金は跳ね上がり航路はしばらく制限されたが、それでへこたれるようなヤワな野郎はウチの船には誰一人乗っちゃいない。
問題は、予期せぬ所に生まれていた。
あの夜巨大な鴉羽のバケモノに一度取り込まれ、その消滅と共に眠りについたウタは、何日経っても目覚めることがなかった。
身体的には何も問題は無いというホンゴウの説明に、お頭は何日もウタの傍で深く考え込んでいた。
「ルフィに嘘を教えた?」
次におれたちを驚かせたのは、お頭がウタとルフィを合わせなかったことだった。眠り続けるウタに、お頭だけじゃなくおれたちも入れ代わり立ち代わりで声をかけ続けていた。歳の近い友達の呼びかけになら、おれたちとはまた違った反応を返すかもしれない。そう進言したおれたちにお頭は一言、駄目だ。と返した。
新聞の一面にも載ったんだ。あいつが村の誰かに訊ねたらすぐバレる嘘だぞと皆して言い募った。お頭はただ、それでもルフィをウタと会わせてやるわけにはいかない。これは船長命令だ。そう答えた。
それが、おれたちの船の決定だった。
「ヤーナムへ向かう」
フーシャ村を離れて偉大なる航路に入ったころ、お頭は突然そう言った。
古都、ヤーナム。
それは、かつて駆け出しだったおれたちを集めて、お頭が告げた街の名だった。
いいか、おれたちは海賊だ。
どこへだって自由に船を進めて、どんな島だって冒険できる。
だがな、おれが知る中でこの島だけは近付かない方がずっとマシって所があるんだ。
ずっとマシ、と言ったからには近付かずともまあ厄介な島なんだろうが、お頭はそれ以降その名を口にすることすら一度もなかった。
それがどういう風の吹き回しだ。
唐突な決定に古株は皆顔を見合わせたが、理由は誰にも分からず、分からないまま船をヤーナムへ向けて進めた。
凪いだ海に囲まれたその島に"安全に"上陸するには、海楼石を船底に敷き詰めた政府の船か、ギガントタートルが牽引するカジノ船を利用する他はない。
眠るウタを船に乗せている以上海王類の住処を強引に突っ切るという手段も取れず、まずはお頭とおれの二人でカジノ船に乗り込み、ヤーナムへと向かうことになった。無法者のための玄関口がわざわざ用意されているあたり、加盟国とはいえ七武海のお膝元らしい街だ。
そうして、ドレスローザの港から出航してほどなく。観光ついでにやたらと黄金に彩られたカジノを見て回っていたおれたちは、なぜかVIPルームに通されていた。
当時のグラン・テゾーロは今と比べちゃ随分と小ぶりだったが、それでも普通の船の範疇を越えた規模を誇り、部屋に備え付けられたバルコニーからは灯りの絶えない様々な施設を見下ろすことができた。
人より夜目の利くお頭は、バルコニーの柵にもたれかかって凪の海の向こうに浮かぶ島影を眺めていた。
本当に珍しく出された酒にも口をつけないまま佇む姿は、何かを待っているようにも見える。
「"赤髪のシャンクス"だな」
床から生えてきたのかってくらいに気配のしなかった男の声に、臨戦態勢を取った。
新世界ではなかなかとんでもねえ奴と当たってきたつもりだったが、まだまだ油断があったらしい。
「そう言うお前は"天夜叉"だな。丁度良かった!お前たちに用があって来たんだ」
銃を構えたおれを残った片腕で制して、お頭は手配書とはまるで違った風体の男へと近付きそう言った。
「………お前……何をしにこの街に来た?」
「娘の悪夢を、終わらせに」
答えを聞いてひどく愉快そうに笑いだした男に、おれは降参とばかりに両手を挙げるしかなかった。これで通じるんだから大したもんだ。
どうやらこの街の長とやらは、ウチのお頭と"同族"らしい。
その後街に着くまでにお頭とそいつはいくらか言葉を交わし、それで大体話がついたようだった。おれには基礎の知識が足りない類の内容をひとまず丸ごと頭に刻みつけながら煙草に火を点けた時、男は思い出したようにこう訊ねた。
「その娘、麦わらのガキには会わせてねえな?」
おれは煙草を落っことしかけ、お頭は音がしそうな勢いで男を見上げた。
「なんだ、ローって"友だち"の話なら、お前ら散々聞かされてるだろう?」
「今いろいろと合点がいった。そういうことなら…」
酒でもどうだ?
イイ笑顔でカジノの酒を持ち出したお頭に、男は肩をすくめて笑うだけだった。
「話は大体分かった。エレジアはそのうち探索する必要があるが…それまでに全員、眷属程度は相手取れるようになってもらう」
ヤーナムに着いてそのまま、お頭とおれは天夜叉の私室に通されていた。
この街で一番静かな場所だという紹介にお頭はただ、そうか、と静かに呟いた。
「おれ以外でも連中を倒せるのか?」
「特殊な武器や悪魔の能力があればな。船員に能力者は?」
「全然いないな」
「ならそっちもだな。効果は限られるが、実を食ってねえ奴でも似たような力を扱うやり方ならある」
「そんなもんまであるのか!?カナヅチにならずに使えるってトコがいいな…!!」
「ちなみに…"そういう”力を帯びた仕掛け武器もある。まァ後で触らせてやるよ」
「へェ…!!そりゃ悪魔の実を食った武器とは別ってことか?それならおれは…」
目を輝かせてあれこれ質問を続けたお頭は、しばらくしておれの存在を思い出したようだった。
あ、という表情をした顔と目が合う。
「そうだベック、もう休んできたらどうだ?ウタのことがあってから、お前にもかなり無理させた」
おれ以上に無理を重ねたお頭は、疲れを見せない顔で笑った。
昔からこの人は本当に、信じられねえくらい体力がある。
「おれたちがやるべきことは概ね聞けた。残りで知っておくべきことがあれば、後でそれだけでも伝えてくれ」
「ああ!」
こりゃ一晩付き合わされるかもな。
頭に浮かんだ考えを部屋の主に告げることなく、何食わぬ顔で 一人掛けのソファから立ち上がる。はしゃいでいるという言葉がぴったりな様子のお頭にひらりと手を振って、おれは宛がわれた客室にそそくさと退散した。
ドン!!だかバン!!だか砲撃に近い音が、石造りの壁越しに響いた。
振動で灰皿がテーブルから落ち、グラスが倒れて中身が流れる。
音と揺れの中心地は、お頭の居る方向だ。
「うわーっ!!!!すまん!!!!待てこれどうやって止めりゃいいんだ!!?」
「手を放せ」
「あっ!!!そうか!!!」
戦闘かと部屋に飛び込んだおれを迎えたのは、青い光を纏う大剣を構えたまま慌てふためくお頭と、壁際に血をぶちまけながらも冷静な言葉を返した天夜叉の姿だった。
お頭の手を離れた大剣はすぐに光を失い、重い音を立てて床に転がる。
「おい、ベックマン。こいつにだけは何があっても悪魔の実を食わせるなよ」
「………そうしよう」
おれは船でウタを診てるホンゴウの名を呼び出したお頭を捕まえて、能力オンチってのは実在するもんなのかと軽く現実逃避に勤しんだ。
半壊した天夜叉の私室に存在しただろう資料やら何やらに、どのくらいの値がつくのかをヤケクソ気味に概算しながら。