赤月
空が、きれいだ。
赤い月を湛える"青ざめた"空を仰いで、おれが血の奥に覚えたのは歓喜だった。
本来禍々しいとか、恐ろしいとか形容されるだろう煮え立つような夜空の下で、沸騰しそうな感覚を抑えつける。
血に酔った狩人は、元に戻ることはない。
ガスコインの、そしてその妻と娘の末路を思考に刻み付けて、深く息を吐いた。まだおれは、戦わなければならないから。
青ざめた血がローを癒すことなどないとしても、狩りを全うするその時まで。
そうではくては、この夜が明けることはないのだから。
湖の底で出会った真っ白な花嫁は、ビルゲンワースの門番三人組よりも更におれ達に近い、というより、その質を煮詰めたような血を腹から流していた。
もはや生きてはいないのだろう彼女が、おれを秘匿の先へ導いたのだろう。
降ってくる赤い月と、失われた赤子の泣き声を最後に、湖での記憶は途切れていた。
"儀式の秘匿は破れた。悪夢の赤子を探せ"
大聖堂にも並んでいた異様な像にそっくりなイキモノに見下ろされながら、鐘の音に呼ばれる群衆の幻影を蹴散らす。
正確な意味はまださっぱりだが、やるべきことは分かった。今度は頭の中から響く赤子の泣き声を頼りに、狩りを進めるだけだ。
「"サイレント"」
遺跡にもいた鐘女をすっかり上達した見聞色で捕捉して、音を絶つ壁を展開する。
なんの抵抗の手段も持たなくなった彼女たちを屠るのに、もはや躊躇はなかった。
この様子じゃ、オドン教会の方もまともな状況じゃないだろう。もしかすると、狩人の夢ですら何か影響を受けているかもしれない。
急がなければこれまでの、全ての人の想いも祈りも無駄になる。
返り血もそのままに狂った街を駆けるおれを、この身に流れる血のように赤い月が見下ろしていた。