赤い花束を君に

赤い花束を君に


「お店に飾るお花と、あとはトマトの苗も買おうかな」

スレッタはメモを片手にベネリット商店街のお花屋さんへ歩を進めている。

居酒屋ぷろすぺらに飾る花の仕入れを頼まれたついでに、ミオリネさんが育てているのを見てやってみたくなったのでトマトの苗も買おうと思っている。

でも、実のところスレッタはあのお花屋さんは苦手だった。店主のおじさんの雰囲気がいつも怖いし高圧的だし声も大きいし、実際に怖いので出来るならあまり寄りたくない場所だ。お店で扱っている物はいいだけに残念だと思う。

あれこれ考えているうちにお花屋さんについてしまった。中を覗いてみると誰もいない。怖いおじさんももちろんいなかった。いなかったらそれはそれで怖いけど、恐る恐る店内に入ってみた。

お店の中は土の湿った匂いや植物の青い匂い、花の甘い香りが漂っている。トマトの苗を探しつつ店員さんを探していると、何やら作業をしている後ろ姿を見つけた。

女子の中では背が高い方のスレッタでも見上げなければ顔が見えないだろう長身に、肩あたりまで伸びた濃いこげ茶色のくせのあるモフモフとした長い髪。たてがみが黒いライオンのような印象を受ける後ろ姿にそっと声をかける。

「あ、あの。居酒屋ぷろすぺらのお花の注文に来たんですけど……」

「あ……?いらっしゃいませ!」

ばっと振り返ったその人は前髪の一部分がピンク色で更に印象的だ。

作業に集中していてスレッタには気づいていなかったようで、蒼穹を切り取った青い瞳が驚きで開かれている。

「えっと、居酒屋ぷろすぺらの注文ですね。それなら——」

ライオンみたいな印象の店員さんが説明をしてくれる。いつも飾っている花の組み合わせから、こういう組み合わせはどうだろうか?この花を使ってみたら?と色々と提案してもらえた。

別にお母さんからこれにして欲しいと言われてないし、自分の好みのものを選んでもいいよね……?ということでピンク色の花をメインに使ったものを注文した。

「お花についてとても詳しくて、ここのこと好きなんですね」

「いや……それは……」

店員さんはばつが悪そうに口ごもってしまった。ただこのお店や仕事のことが好きなのかなと思って言ってみただけなのにどうしたのだろうか?

「俺はここの店主、父の仕事を継ぐ気はないんです。なのにここのことが好きとか、そんなことを言われる資格はないと思うんです」

「あ……」

この人は自分がやりたいことが定まっているんだ。それは、未だに迷いを抱えている私には羨ましいと思った。

でも、継ぐ気がないからって好きでいる資格もないとは思わない。

「別にお父さんの仕事を受け継がなくても、このお店のこと好きでいていいと思います」

「それはどうだろう……父の態度が原因で客足が遠のいていることはお客さんも知っているかもしれないけど、俺が引き継げばなんとかできるかもしれない。でもそれをしないのは見捨ててるように思えて……」

逆立ったたてがみのような髪が心なしかしゅんと萎れて見える。

ここの店主のおじさんの態度は確かによくないと思う。私のように行きにくいなと思ってる人が他にいるかもしれない。でも、

「それでも、です。それに、このお店のお花はどれもいいものだと、私思うんです」

これだけは伝えておきたかった。

「え……?」

曇っていた店員さんの目に光が差し込む。まるで雲一つない夏の空のように、キラリと鮮やかに輝いた。

突然、店員さんの大きな両手に私の右手が取られた。大きくてゴツゴツとした手に包まれて温かな体温が伝わってくる。

「うえ!え、えっと……」

どうすることも出来ず、ただ目の前の季節外れな鮮やかな青を見つめる。しばらく見つめ合っていると、我に返った店員さんが慌てて手を放した。

「わ、悪い!いや!すいません!!」

褐色の肌で分かりづらいけれど、耳まで赤くして焦っている。

「ここで待っていて欲しいんです。頼むから、どうかこのまま」

「は、はい……」

この後なにか用事があるわけでもないし、彼に言われた通りに待つことにした。


しばらく待っていると店員さんがバックヤードから何かを抱えて戻ってきた。

「これを、受け取って欲しいんです」

差し出されたものは、5本の真っ赤なバラで出来た小さな花束だった。突然のことで私は驚いてしまう。

「そんな受け取れないです!せめて代金を!」

「代金なら大丈夫です。この品種のバラはまだ売り出してませんから」

そう言った店員さんは私に花束を握らせた。受け取るかたちになってしまって返すわけにもいかないので、とりあえず匂いを嗅いでみる。甘い香りの中にどことなくスパイシーな匂いを感じる気がした。

「このバラに名前はあるんですか?」

「ダリルバルデといいます」

ダリルバルデ、馴染みのない名前のバラにどんな意味が込められているのか気になった。

「花言葉は決まってますか?」

「花言葉は……すいません、まだ決まってないんです」

店員さんは何故か目を泳がせながら答えた。


店員さんの様子は少し気になったけれど、お礼を言って帰ることにした。帰り道を歩きながら花束を眺めていると、やり取りがリフレインして頬が熱くなる。

冷静になって考えてみるとお互い相当恥ずかしいことをしたんじゃないだろうか……まるで少女マンガみたいだ。

「ただいま」

「おかえり、スレッタ」「おかえり」

悶々とした気持ちのまま家に帰ると、お母さんとお姉ちゃんが出迎えてくれた。

「あら、花も買ったの?」

「真っ赤なバラの花束だ。誰かに渡すの?」

「ううん、違う。店員さんに貰った」

そういえば名前も知らないのを思い出した。店主の怖いおじさんの息子らしいけど……

「あそこ、バイトとかは雇ってなかったはずだけど」

「たまにジェターク兄弟が手伝ってるみたいだけどね」

「ジェターク……店主の息子らしいから、兄弟の誰かだったのかな。前髪がピンクで髪が長くてとても背が高かったよ」

自分より詳しいらしい二人に特徴的な容姿を伝えてみる。

「じゃあ、グエル君ね」

「バラの花束貰うなんて、もしかして告白?」

「え゙……その、グエルさん?とは初対面なんだけど……」

またあのやり取りがリフレインして、顔から火が出そうなほど熱い。鏡で顔を見なくても真っ赤になっているのが分かる。

「でも花束の数が5本だから、エリィの言う告白とは違う意味合いじゃないかしら」

お母さんが助け舟?を出してくれた。花束の本数で意味合いが違うんだ……初めて知った。

「告白じゃなくても初手でバラの花束渡してくるなんて面白すぎ。例の三兄弟より応援したくなっちゃうな」

お姉ちゃんは明らかに面白がっている。応援するのだって、そっちの方が面白いものを見れるからに違いない。

「お、応援とか別にしなくていいから!」

この後、やっぱりお姉ちゃんは応援してくるし、トマトの苗を買い忘れたのに気付いてお花屋さんに行ったら、またグエルさんがいて気まずい雰囲気になってめちゃくちゃからかわれたのだった。

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