贅沢な夢

贅沢な夢


偉大なる航路は、数秒前までの快晴があっという間に暴風雨の彼方へ消える海。


いくらスゴ腕の航海士がいて、どんな荒波も超えられる夢の船に乗っていたとしても。

それを動かすのは結局人の手なわけだし、乗組員が少ないなら全員で力を合わせないといけない。


普段は本より重い物を持たないような美女だって、

ゴツゴツのタープを張らなきゃいけないこともある。

死んで骨しか残ってないおじいちゃんだって、

重くなった舵を必死に回さなきゃいけない時もある。



例外と言えば、ロクな力も出ない布製の手足を持った、ちっぽけなガラクタくらいのものだ。

ひとたび大シケがやってくれば、船員のみんなは必死になって風や波と戦うけれど、私にできることは何もない。

せめてみんなの邪魔にならないように、私は船室で静かにしている。



こういう事態を乗り超えた夜は、一味はささやかな祝宴を挙げるのが定番だった。


食べては騒ぎ、飲んでは笑い、困難を乗り越えた喜びを分かち合う。


これはこの船に限らず、海賊に限らず、きっと全ての船乗りたちがやっていることだ。


その輪を、私はいつも少し離れたところから見ていた。



やがて、疲労と満腹、人によってはアルコールが眠気を呼び、一人二人と思い思いに横になる。

手早く後片付けをしたコックが、ソファで横になっている女性陣と可愛らしい船医に毛布を掛けてやり、明日の仕込みの為に厨房へ引っ込んでいく。

側で床に大の字になって寝ていた船大工と狙撃手にはなんにもしてあげないのは不平等だと思うけれど、なんだかおかしくて笑ってしまう。


笑い声は出さない。今の私のそれはただの騒音でしかないのだから。


よく寝ずの番を引き受けている剣士が見張り台に上がっていくと、いよいよ食堂の中で動く物は何もなくなった。




波のさざめきと、厨房から微かに聞こえる物音と、みんなの寝息。

その他には何も聞こえない。


静かな食堂の中で、私だけが眠っていない。




私は忍び足で食堂を横切り、我らが船長の元へと向かった。


彼は両手に骨付き肉を握ったまま、テーブルにつっぷして寝ていた。


食い意地の張った彼は眠りながら食事する術を身に着けているが、今はそれを発揮しない程度には満腹になっているらしい。

幸せそうな寝顔が、テーブルに押し付けられておかしな形に変形していた。



「キィ……」



フッと、軽い笑いが漏れ出してしまう。

それでも実際に鳴ったのは、錆びついた金属が軋むような音。


慌てて口をつぐんで、私は静かにテーブルの上によじ登った。

船長……私の大切な幼馴染の寝顔を間近で見つめる。



昔から変わらない、純粋無垢なガキんちょフェイス。

でもいつのころからか、彼の肩に乗っていると精悍な横顔を見ることが多くなった。



彼の頭を持ち上げて、綿の詰まった短い足を滑り込ませる。

目についた髪を布の手で梳いてみると、癖のある彼の髪がふんわりと元の形に戻っていく。




波のさざめきと、厨房から微かに聞こえる物音と、みんなの寝息。

その他には何も聞こえない。


静かな食堂の中で、私だけが眠っていない。




彼の髪を梳きながら、食堂の中を何度も見渡す。

協力して働き、お腹いっぱい食べて、疲れて眠る。


そんな当たり前のことを謳歌しているみんなが、羨ましかった。

そんな当たり前の事が、羨ましかった。


だから、この思いは決して贅沢な物なんかじゃないと思う。


いつか、私もみんなと一緒に眠れる日がくればいいと。

眠れない私は、一人で起きたまま"夢"を見ていた。





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2年後




ウタ「ああ夜ふかし!! たのし夜ふかし!!」


ウタ「う~~~ん♡ ねむ気もたのし、夜ふかし」


ウタ「ダラダラしながらも夜ふかし!! 物臭・怠惰、そして―――夜ふかし!!」


ウタ「贅沢とはこの一時の事、たのし夜ふかし!!」


ルフィ「カタクリみたいなこと言ってんなぁ」

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