貴方は自由
オレも貴様も自由の元、二人で居るという不自由を選んだ。違うか?静と動で言えば静の人である。そんなことは前から知っている。だからと言って巖の如くごつごつとしてその場を動かぬ硬い人でもない。吹く風のように、流れる水のように動き続ける人。捉えどころがないのに、逃げるわけでもない不思議な人。その人が自分の側に居るのだ。少しではあるがそのことに優越感くらい抱く。
「……オレの顔に何か付いているのか?」
「ついてないから見ています」
「今の世の中あの化粧をして歩いたら不審者だ」
「してほしいってわけじゃないですよ」
笑うオレに、ほんの少し顔を緩めて扉間が本に視線を戻した。様になる。だが、世の女性が分かりやすく好む美形ではない。系統としては月夜や雪の降る日に出会ったら人間かどうか訝しむ顔立ち。扉間と言えば白なので上手く想像できないが、仮に黒髪だったとしても人間味は薄いような気がする。単に余分なものが極端に少ないというべきかもしれない。
「先生。扉間さん。扉間。うーん」
「なんだ急に」
「どう呼ばれたいですか?」
「貴様の好きにすればいい。サ……ヒルゼン」
「早く慣れてくださいね」
「そんなにオレに名前で呼ばれたいのか」
呆れた声を出し、またページを捲った。扉間が読んでいるのは、オレにはさっぱり分からない難解な本だ。細かい文字列と数式に脳が拒否を起こすが、必要になったら読めるはずである。いや、前世のオレも大体の指南書はいきなり読まずに最初は扉間が噛み砕いてくれた説明を聞いていたのでちょっと怪しいかもしれない。昔も今も身体を動かす方が好きだ。少なくとも、数独やパズルと向き合う趣味はない。
「……貴様さっきから視線が煩いぞ。用があるならはっきり言え」
「じゃあ、失礼します」
扉間から本を取り上げ、膝に頭を乗せ横になる。女らしい柔らかさなどない膝。前世からこの膝が好きだった。限りなく恋愛に近い、敬愛。“眩しい”という意味では一緒だからおかしな話でもない、と思う。サルとオレを呼ぶ声が好きだった。嘘だ。今も好きだ。けれども、“先生”の可愛いサルでは居られないから、オレの中の男が名を呼んで欲しいと叫ぶから、今はただのヒルゼンだ。
「昼寝なら一人でしろ」
「寝ませんよ。勿体ない」
「別に今日限りというわけでもあるまい」
くすくすと笑う扉間の腹に抱きつく。そうであれば良いと切実に思う。扉間があの選択を後悔していないのなら、オレが言うべきことはない。火影になって、弟子を持ったからこそ、扉間の選択を否定なんて出来ない。あの日のことを改めて議論しようという気もない。その代わりなのか、不意に扉間が自分の手からすり抜けてしまわないか未だに不安になってしまう。
「先生」
「ん、どうした」
「扉間さん」
「本当にどうした」
「扉間」
「……どれでも返事をしてやるから一つに統一しろ」
「愛してる」
返事の代わりにオレの頭が撫ぜられた。いつもはそうやって誤魔化して終わり。なのに、今日はオレの髪にキスをした。思わず扉間の方を見る。悪戯が成功したような茶目っ気のある、けれども、母親のように優しい顔をしていた。本当にこの人には敵わないな、と笑みが零れた。
「ヒルゼン、オレは運命など信じん。貴様とオレが再び相見えたのは単なる偶然だ」
「……はい」
「だが、だからこそ、オレが貴様と居るのはオレ自身が選んだことだ。……不安にならずとも、貴様を愛している、という話だ」
分かったなら膝から退けと言う扉間に、身体を起こしキスをする。扉間相手だと、かつての火影の威厳も、長く生きた経験も何も無くなってしまう。単なる恋する男になって、扉間の言動に振り回されている。それが一つも嫌ではないことも、振り回されていると言いながら年下の我が儘の振りをして振り回していることも、紛れもない事実だ。扉間もそうであればいい。オレの前では、単なる扉間で。
「扉間。オレの名前、呼んでくれ」
「?ヒルゼン」
「もう一回」
「ヒルゼン」
堪らなくなってオレの名を呼んだ唇を塞ぐ。嫌がるかと思っていたのに、逃げない舌に嬉しくなる。調子に乗って貪り過ぎたのか、扉間がオレの頭を叩く。ここで引かないと寝室がそっと別になるので大人しく唇を離す。諦めはしないが。
「駄目?」
「昼間から盛るな」
「扉間、繋がりたい。お願い」
「…………夜なら」
扉間としては最大限の譲歩だと解っているのでオレも素直に引き下がる。それはそれとして、お預けを喰らってしまった。燻ぶる気持ちに任せて、カーペットに不貞寝する。そんなオレに寄り添うように何故か扉間も寝転がった。オレは昼寝するから邪魔するな、と宣言して扉間が目を閉じる。本当に寝てしまった扉間に、複雑な気分になりつつオレも目を閉じた。良い夢が見れそうな気がする。