貴方の隣に立ちたくて!
「よお、嬢ちゃん。見ない顔だな。まあ、座れよ」
「………貴方は誰かしら?」
何もない、真っ白な空間で小さく炎だけが揺らめていた。近づいて気付く。その火を絶やさないようにする人物を。
「嬢ちゃんにはどんな風に見える?」
「………裕福そうな小さな子供」
「ははっ! 随分と恵まれた生き方してたんだな、嬢ちゃんは!」
どうして自分がここにいるかは分からない。最後の記憶はそう、アレクサンドリアの襲撃後に彼の腕に抱えられて、
「もしかして、死後の世界?」
「惜しいな嬢ちゃん。って言っても俺にも正解は分からないがね。強いて言えば、無空の彼方。至高の領域、何とでも呼べるさ」
「私は………死んだの?」
「いいや。ただ招かれたみてえだな。嬢ちゃんでここに来たのは3人目だ。いっぱしの剣士、それも『天才の剣』じゃない凡人の剣士だけしか資格はねえ」
瞬きをした。焚き火の煙が目に染みたから。たったそれだけで目の前の子供は消えていて、自分の隣に気配なく座っていたのだ。
「1人目は剣士としての才覚があったから叩き込んだ。2人目はそいつの妹だったが才覚はねえから、戦い方を教えた。そんで嬢ちゃんは………そうだなぁ」
真っ直ぐな目だが、どこか歪さを感じ取れる。けれど、自分はこの目を見た事があるような、
「嬢ちゃんは何の為に剣を振うんだい?」
「教団を倒すためよ」
「あっせえな。そんな綺麗事が聞きたいんじゃねえよ」
ふと、飛んできた質問に反射的に答えれば子供に鼻で笑われ、むっとする。
「………また、みんなで仲良く過ごしたいのよ」
「まだ半分だな。俺しかいねえんだ。もっと素直になったらどうだ?」
「うるさいわね。この質問に何か意味でもあるのかしら?」
「あるさ。馬鹿正直に剣を振う奴は誰よりも強いが、信念がぶれれば鈍以下だ。聞いてんのは剣士としての心構えだ。嬢ちゃんはどうなんだい?」
「私は………」
口にするのがあまりにも恥ずかしい。だけど、口にしなければきっと自分はこのまま進めない気がしたから、
「か、彼の隣に立ちたいの。彼の荷物を少しでも軽くしてあげたくて………」
「まどろっこしいな、はっきりしろや」
「〜〜っ! 彼の事が好きだから! 隣に立って戦いたいの! それ以外に理由がいる!?」
言ってしまった、言えてしまった。シャドウガーデンを率いるようになってからずっと隠していた小さなユメを。
「いいじゃねえか」
だけど、子供は笑わなかった。焚き火の火が燃え盛る。火花が飛び交う中で、子供の横顔は大人びて見えて。
「惚れた奴のために剣を振う。馬鹿みたいにかっこよくて、青臭いじゃねえか。ええ? だけど、まだ足りねえな」
「足り、ない? 何が?」
「隣に立ちたい、じゃねえんだ。自分の夢ならもっとはっきり、口にしろ──私が彼の隣に立つんだ!ってな」
炎が渦巻き、子供を包む。燃える中で鉄が鍛えられるように姿が移り変わっていく。
「自分の願い以外、気を配るんじゃねえ。相手の迷惑なんて気にすんな。そうすりゃ、お前の剣はもっと熱く、鍛えられるだろうからよ」
「待って。貴方は!?」
「はっ! ただの棒振りだ。名前なんざねえよ」
それだけ言って男は陽炎のように消えていった。焚き火は消えて、目指すべき目標もなくなって、どうしたらいいかと考えて、
「彼に、会いたい」
素直にそれを口にした。たったそれだけ、そうそれだけでまるで体が軽くなったような気がして。
ああ、そうか。
「私はいつの間にか、縛られていたんだ」
何にとは言わない。誰とは言わない。あの月下の出会いが間違いだとは誰にも言わせない。
また、歩き出そう。全てを失ってからの再スタートは慣れている。
何度でも始めればいい。そう彼が教えてくれたから。
「シャドウ………好きよ。だから、待っていて」
貴方という夜を追いかけて、私は黄昏の道を進んでいくと決めたのだから。
「私が貴方の隣に立つまでね!」
さあ、ここから始めよう。〇〇〇〇の物語ではなく、アルファとしての物語を!