貴方の行く道を
弟という名の奥方様に励まされる旦那様(柱扉)キノコの一つや二つくらい生えてくるんじゃなかろうか。扉間は部屋の隅で体格の良さでイマイチ縮こまれていない柱間を見ながらそう思った。落ち込みやすい兄を毎回毎回励ましていたら扉間の身が持たない。なので、ある程度は放置して勝手に復活するのを待つのだが今回ばかりはそうもいかなそうである。
「兄者」
「……」
「横に座る。良いな?」
柱間が答えるより先に隣に座り、扉間は手に持っていた巻物を広げた。新術開発の参考になるかと取り寄せたものだが、単純に読み物としても中々に優れている。そう思いながら扉間は巻物を広げていく。
「扉間、オレに巻物が……」
「巻物載せが喋っておるな」
「ひ、酷いんぞ」
「部屋の隅で湿気を放つ木偶の坊からは昇格しただろ」
「うっ」
酷い言いぐさではあるが、事実ではあるので柱間は言い返せずしょぼくれた。そんな兄を一瞥もせずに、扉間は巻物を広げながら言葉を紡いだ。
「逃げるか。兄者」
「はっ?」
「千手から、うちはから、夢からも逃げて、二人で暮らすか」
弟の言葉に柱間は顔をあげ隣を見た。横に座る扉間は巻物を興味深そうに読んでいる。感情が読めない。本気にしては軽く、冗談にしては重い言い方。
「誰が追ってこようがオレは兄者を逃がしてやれるぞ。どうだ?」
「オレがお前に逃がされて喜ぶと思うのか?」
「喜ばんだろうな。でも、それとこれは別だ。兄者が逃げたいか、逃げたくないか。それをオレは聞いている」
ここにきて初めて、扉間が柱間の顔を見た。じっと、問いかけてくるような視線。いや、問いかけられている。逃げるのか、戦うのか。柱間の答えは一つだ。
「逃げん」
「そうか」
先ほどまでのやり取りが無かったように扉間は巻物に視線を戻した。自分なりの決意表明だったのに酷くないか、と柱間が若干拗ねつつ扉間に話しかける。
「のう、扉間」
「なんだ」
「もし、オレが逃げると言ってたら……」
「言わん」
「いや、もしの話ぞ?」
あからさまに馬鹿にした視線が柱間に刺さる。怒っているというより呆れている雰囲気の扉間が、面倒くさいという顔をしながら口を開いた。
「知恵が足りんと思うなら、オレが貸す。進む道を間違っているならオレが正す。一人で立つのが不安ならオレが背を支えてやろう。それでも兄者は逃げるか?」
「……これはオレが悪かったの」
「分かったなら、つまらん迷いは捨てることだな」
「オレと一緒に迷ってはくれんのか?」
柱間の言葉に扉間が明らかに馬鹿した溜息を吐く。ちょっとした我が儘なのにそんな馬鹿にしなくても、と若干柱間が凹んだ顔をした。
「オレまで迷ったら兄者を連れ戻せんだろうが」
「連れ戻してはくれるのか?どこに行っても?」
「何を今更」
「そうか。そうだの。扉間。今更であったの」
先ほどまで凹んでいたのが嘘のように上機嫌な柱間を横目に、扉間が先ほど読み終えた巻物を懐に仕舞い、立ち上がった。
「扉間」
「まだ何か用か」
「まぁ、座れ」
訝しげな顔をしながらも扉間が座る。座った扉間の額に柱間が自らの額を重ねた。少しの間祈るように瞼を伏せてから額を離す。
「……何の意味があるんだ。兄者」
「願掛けだ」
何の願掛けかを答えずに、柱間が扉間の膝に頭を乗せる。自由気ままな兄の行動に苦笑しながらも、扉間は膝を許した。