謝肉祭

謝肉祭


スレ40のラスト2レス(109と110)ネタ



「向こうのロー」が吐いた。

 珍しくはない。悲しいことに。

 それでも、しばらく前からようやく固形物を食器で食べられるようになり、だから催された麦わらの一味との食事会の最中にサニー号のダイニングで、と予想できた者はいななった。

「ロー」は、まるで赤ん坊がミルクを吐き戻すように、素振りすら見せず、なんならフォークを持って皿を見つめた姿勢のまま、明らかにたった今含んだ一口以上の量を「たらり」と吐いた。

「ローさん!!」

「トラ男!!」

 瞬時に動けたのはやはりローの仲間とチョッパーだった。給仕を手伝って直前まで立っていたペンギンが即座に立ち上がって肩を貸し、人型になったチョッパーが反対の肩を支え、「最近頭打ったか? そうか、無いならいいんだ。一旦医療室に行こう」と先導して姿を消した。

 そして予想外は続く。

 船員の不始末だからと、「いやおれらが!」と恐縮するシャチ達を押しのけながらテーブルを拭いていたローまでもが、同様に前動作無く嘔吐した。

「キャプテン!?」

 そのまま倒れかけたローをとっさにシャチが支えて「寝かせれる場所教えてくれ!!」と叫んだ。

 慄然とした空気の中、食事会は強制終了となった。


 誰もいなくなったダイニング。

 一流コックによって最高のタイミングで出された食事達からは、まだ湯気が立ち上っている。


▼▼▼


「大人数なのがよくなかったのかな」

「麦わらの一味に緊張したのかも。そもそも記憶の欠落もまだあるし」

「『知らない人』が同席した緊張か。ありえるな」

「ポーラータングではもうみんなで食ってたからなァ……おれ達が楽観視しすぎたな」

「…………いや」

 こそこそ話し合う声が聞こえて、ローは目を開けて体を起こした。額に乗っていた濡れタオルがべちゃりと落ちて、話し合っていたクルー達がいっせいに駆け寄ってきた。

 サニー号の男部屋、その下段のボンクに寝かされていた。

 スペースの問題で、ハートの海賊団の全員が麦わらの飯にありつけた訳ではなかった。たった数人、ペンギン他数名を除いたおよそ半数がわらわらとローを診察する中、ローは目当ての人物を探した。

「黒足屋」

 ドアのところで立ち尽くしていたサンジがわずかに肩を揺らした。顔色はよくない。謀殺に意味がある間柄ではないが、客観的な状況はコックが下手人だと言っている。

「全員をどこかの部屋に集めてくれ。説明するから。……黒足屋はいい。医療室でトニー屋を手伝ってやってくれ」

 サンジの顔がいよいよ白くなり、ローは苛立たしげに頭を搔いた。

「……違う。そういうことを言いたいんじゃない。言い方が悪かった……お前や一味を疑ってる訳じゃない」

 ローが一際強く頭を掻きむしり、しかしすぐに顔を上げてまっすぐサンジを見た。

「おれ達のこの症状は心因性……トラウマによるものだ。原因は今日の献立。向こうのドフラミンゴが出してた食事にそっくりだったんだ。だからあいつはああなった。おれは引きずられた形になる。気付けなかったのは、記憶が流れ込んできたのがあいつが吐いた瞬間だったからだ」

 全員の肩の力がわずかに抜けた。特にハートのクルーからは、泣く直前みたいなため息まで漏れた。

 他船の食卓で船長が倒れた。当然、船員は向こうのコックを疑う。いや、疑わなければならない。

 だから見知ったサンジの心根と板挟みになって苦しんでいた。

 ローは続けた。

「……向こうのドフラミンゴは、おれに出す食事に、……極めて冒涜的な処置を施していた。グリーンビットでドフラミンゴを足止めできたお前が、もしかしたら料理人を続けられなくなるかもしれないほどの。それを説明したいから、お前には席を外してほしいんだ」

 一度だけ息を吸い、唇を舐めてローは続ける。

「お前は包丁を置くな。お前の料理の腕はいい。麦わら屋は飯のこととなるとお前の自慢ばかりだし、うちのコックはお前にどれだけ熱心にレシピを聞いていた?」

 元々多弁ではない。その上サンジの力量を知っているローが、なのにここまでの弁舌を振るう意味。

 誰もがドフラミンゴの冒涜を想像し、しかし具体的なイメージは何一つ湧かないまま眉を寄せた。

「……分かった。みんなを呼んでくるから、お前らはそのままここにいろ。……すまん」

 サンジがきびすを返したのを見届けて、ローは再びぐったりと横になった。慌てたクルーが輪になってローの顔を覗き込む。

「……ちゃんと話すが、お前らも覚悟しとけよ」

 両目の上に片腕を置き、ローはクルーの顔から逃げた。

 心配する顔ぶれは、つまり「向こうのサンジ」の俎上に乗ったクルー達と重なった。

 ローは目を閉じた。

「……この船には黒足屋の料理が必要だ。……もし、向こうのあいつがそれをできなくなったとしても……せめて、せめて……ここのあいつは料理人であり続けるべきだ……」

 ため息には、流れ込んできた記憶と同じソースが香っていた。


終わり





2023年9月27日

転載防止のため追記

同小説を2023-06-02 22:46:20付けでぷらいべったーに投稿しています。非公開です。

上記以外のものは無断転載となります。

スレ内でこの追記についての話題を出すことはお控えいただきますようお願いいたします。



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