謎の島にて
・退行ネタ(記憶ごと)
・退行具合は🎲だったのでバラバラ
…………
ここは〝偉大なる航路〟後半、通称〝新世界〟。
何処で何が起きても不思議ではなく、命の危機という意味でも常識の崩壊という意味でも警戒すべきものは多々ある世界。
そこへ彼等が踏み込んでより既に数ヶ月。
その世界の不条理を良く理解し、しかし同時に己や共に在る相手の力を知り信じているからこそ、不必要な警戒で神経や体力を磨り減らすという事も無かった。――ただその日彼らを襲ったトラブルは並のものでは無かった。
天気は快晴。風は微風。
〝新世界〟としてはいっそ珍しい程に穏やかな陽気の中、一隻の海賊船がとある島へと接舷した。
「ついたぞー!!」
「おい待て!!」
溌剌とした声と共に、止まりきっていないその甲板からびょんと飛び出した影が陸地へと着地する。
咎める様な制止の声も何のその。頭に麦わら帽子を乗せた青年……ルフィは、満面の笑みを浮かべて今しがた飛び出した船に向かってぶんぶんと大きく手を振ってみせた。
「無理もない。……予想以上に手間取ったからな」
「無人島か?」
「物資を調達したかったが……」
ざっと見渡した範囲には人影も建物も見えず、自然そのままに切り出された崖近くに錨を下ろしながら進む会話には幾らかの疲労と安堵が滲む。
他の海賊船や海軍支部が見えるよりは余程良いが、それでも叶うならば小さな町の1つでもあって欲しかったのが彼らの本音だった。
海を愛し海に生きる海賊といえど、あるいはだからこそ。安定した陸地と暖かな人の営みに一時触れて加わる事は、先の知れぬ旅を続ける最中の休息でもあった。……ましてや今は、いつもよりも疲弊の度合いが強かったから尚更だった。
「変な嵐だったな」
「ああ。新世界らしいといえば、らしいのかもしれないが……」
この島へ到達する前に巻き込まれた大嵐。
突然のそれに襲われる事そのものは珍しくも無かったが、その嵐そのものは些か珍しいものだった。
「下手すりゃ、あのまま閉じ込められてたかもしれねェな」
内側に内側に巻き込み停滞させる様なそれを、船の装備と兄弟それぞれの能力をフル活用して強引に突き抜けたのがつい先日の事。……空を割る事さえある覇王色の覇気をぶつけてさえ、揺らぎはすれど止まらぬそれを振り切る為、彼らも船も相当な無理をした。
だからこそ、漸く見えた島に休息と補給の望みを託したのたが……無い物ねだりをしても仕方が無い。
少なくとも敵は居ないのだ。
自然から必要な物資を切り出し加工する事も、時間をかければやれなくもない。
ならばしばらく、この島で羽を休めるのも良いだろう。
誰とも無しに総意は定まり、先に降り立った1人が呼ぶままに、その島は一時の拠点として定められた。
「ルフィ!! 一旦戻って来い!!!」
「えー!? おれ冒険に行きてェ!!」
「明日にしろ!! メシいらねェのか!!?」
「食う!!!!」
ひとまず身体を休めようと意見がまとまり、飛び出しかけていた末弟を呼び戻して残っていた食材を適当に組み合わせて簡単な食事を拵える。
その間に最低限船の補修を終わらせて、さぁそろそろだと場に付けばそこから先は一種の戦場だ。
「あ、テメェバカザル!!それはおれの肉だろうが!!」
「まだあるんだから落ち着けって」
「…肉ならおれのをやろう」
「おい、甘やかすな」
「ん、これ美味い!」
「溢してるぞ……全く」
「Zzz……」
「寝るな―飯無くなっちまうぞー?」
「食べ終わったら島の探索か」
わいわいがやがやと騒がしく、時には怒声も飛び出すそれはもう何年も繰り返したいつもの光景で。時に拳が出たとしても自分に被害が出なければ気にしないのが常だった。
そしてそれは、あまりにも唐突に訪れた。
「ん? なんだコレ」
ぽん、と食卓(と呼べる程上等な物ではないが)の中心に現れたのは小さな玉。せいぜいボニーの掌程のサイズしかないそれはごく当たり前の様にそこにあり、ただつるりと丸いだけのそれは初手の警戒を削ぐのには十分な平凡さを醸し出していた。
「どうし……おい! 変なモノに触るな!!」
それでも異質な物には変わりがなく、各々差はあれど警戒態勢へと移行する。
大切な食事の一幕を邪魔しようと言うのなら容赦はしないと決意を固めたその前で、それは出現と同じ唐突さでパンと爆ぜた。
「「「「!!!??」」」」
ぼふりと広がった煙の中で、どさりどさりと複数の何かが床に落ちる音がした。……その音しか、聞こえなかった。
…………
「……ん、朝、か?……、??」
閉じている筈の瞼越しに感じる光に意識が浮上する。慣れたそれよりも幾らか強い気がするそれを不思議と思うよりも先に、身体の下に感じる違和感。
そこにあったのはあまりにも硬い、具体的に言えば木の板そのものの感触。
些か不本意な事にそういった場所でも眠れるという自覚はあるが、わざわざ好き好んでやりたいものでもない。……そして、違和感はもう一つ。
――あまりにも、静か過ぎる。
元々、あまり朝は強い方では無い。
大抵は日の出と共に起き出す他の賑やかさに叩き起こされ、鈍い頭に突き刺さる音に眉を顰めるのが日常だ。なのに今は、眩しいと感じる程の光を感じる時間帯だというのにあまりにも音が無かった。
「!!」
そこまで気付けば、大人しく寝ていられる筈などなかった。
がばりと身を起こした反動でくらりと回った視界を、1つ首を振る事で振り払う。寝起きの鈍さと周りの眩さに目を細めたまま周りを見渡せば、ごろごろと転がる無数の人影とその中で同じ様に頭を振る幾つかの影。感じる気配は馴染んだもので。ひとまず安心しかけたその直後、ホーキンスはぎくりと自分の身体が強張ったのを自覚した。
「………は?」
眼の前にあったのは、何かしらの料理があったのだろうとわかる大皿。僅かに揺れて感じた足元はしっかりとした作りをした船の甲板。バサリと頭上に翻っているのは……特徴が無いからこそ不気味にも感じる髑髏の意匠。
まわりに倒れている、あるいは何とか起き上がろうとしているのは、どこか既視感のある……しかし明らかに普段とは違う年齢となっている兄弟達だった。
「……ボニー?」
姿が変わる事そのものは、それほど珍しい事では無い。ボニーやローの能力練習に付き合って、何度となく本来のそれとは異なる姿になったもある。
だが今回のそれは違うと、名を呼びながらもどこか遠くで理解していた。
まず、あまりにも姿の統一性が無い。
誰が誰であるのかは、それぞれ比較的特徴があるお陰で見ればわかる。……が、分かるからこそ状況の理解が進まない。
自分よりも先に起き上がっていた大柄な相手はウルージだが、その姿は初めて会った時のそれに近いだろう。呻きながら起き上がろうとしている2人はキッドとエースで、こちらは特に変わっている様には見えない。その横に転がっている緑頭はゾロで、多少縮んでいる様だがまだ見慣れた姿だった。
……問題はそれ以外の面々だ。
キッドの近く、麦わら帽子を頭に乗せている黒髪はルフィ。その反対側あたりに転がっている癖毛の金髪は恐らくキラーで、更にその横に居る白いふかふかの帽子に埋もれているのはローだろう。
その更に横の横。エースの隣に転がっている子供は特徴から見てアプーでしかなく、その横に転がっているシルクハットが若干傾いているのはその下にサボを敷いているからだ。
ウルージの近く、高級そうなワインの瓶の横に寝ているのはベッジ。その近くに丸くなっているボニーと合わせ、瓶や大皿が似合っていない。
ついでにサボから見てホーキンスを挟んだ反対側に蹲っているこの小さいのは、髪色からしてまさかドレークか。
(……何が、起きている……?)
何故こんな認識になっているかと言えば答えは簡単で、ホーキンス自身が混乱していた事は勿論だが……その姿が見慣れたそれよりも遥かに小さく幼くなっているのが原因だった。
なにせ、ウルージ、キッド、エース以外はほぼ確実に10歳以下だと言い切れる姿なのだ。……エースを、幼児から今に至るまでを見ていたからこそ予測がつく。
ベッジ、アプー、キラー、ゾロは一桁後半、ドレーク、ロー、ボニー、ルフィはそれよりも下だろう。帽子に完全に埋まってしまっているサボなどは、下手をすれば2〜3歳児程度では無いだろうか。
能力の暴発と言うにも統一性の無い変化。
何より、ボニーの能力はまとめて全員を変化させられる類のものではなく、ましてや意識を奪うようなものでもない。
何より、場所がおかしかった。
「どこだここ……ホーキンス!!」
「なあ、ここどこだ…?」
「………」
起き上がり、駆け寄ってきたキッドとエースの言葉に、答えてやる事は出来なかった。
どう見ても見知らぬ海賊船の上から見えたそこを。暮らし慣れ見慣れたコルボ山の風景とは、似ても似つかないその島を。……それを呼ぶ名をホーキンス自身持ち合わせてはいなかったたのだ。