調和の日々を

調和の日々を


 1995年 東京都立呪術高等専門学校内、午後二時。

 運動場にある日陰のベンチで寝転ぶ灰色がかった金髪の青年が一人、つまらなそうに目を瞑っていた。

 遡ること数時間前の午前八時――


「今日も行くか!」


「いや、俺は一人で行くけど」


「え、なんでだよ」


「隼人と居るとなんか負けるし……勝ったらラーメン奢ってやるからさ、じゃ! また夜に!」


「ふざけんなてめぇ!! 俺だって勝てるわ!」


 ギャンギャンと騒いでいてもギャンブルに足を運ぶ親友は止められず、遥か遠く米粒になるまで親友の桑田を見守っていた。


「ちえっ、隻栄のヤツ。別に俺がいたっていいだろ。ただ賭けに負けるだけで」


「それが致命的なんですよ。朔日先輩」


「幸那……そこまで賭けに弱いとは思わないんだけど」


「桑田先輩がああまで言うのは珍しいですし、弱いんですよ。認めましょう」


「仲がよろしいことで……」


「朔日先輩には負けますから、御二方は親友でしょう? それに私がなりたいのは恋人ですからね。前にも相談したとは思いますけど……」


「そーそー、超がつくほどの親友さ。扱いの雑さが玉に瑕だけどね〜」

「恋人ね〜……アドバイス通りにしてるとは思うけど、別に俺は恋愛強者じゃないからさ。答えなんて持ってないし、言うなれば『非リア』ってやつだよ? 君たちは俺の敵だよ?」


「変なこと言ってないで、朔日先輩にも良い人が出来ますよ。桑田先輩につく私みたいな」


 えへえへと人差し指を頬に当て、アピールポーズをする。


「来週には幸那も準二級か……追いつかれてるな。隻栄はフィジカルも強いし差があるのはわかるけど、かわいい後輩ちゃんに抜かれそうになるのは先輩としてイケナイところ……」


「なら早く桑田先輩と同じ様に一級になることですね。それで相談になるんですけど、私の式神について――」


 彼女の術式は俺と似たような式神術を用いた力。サポート型になる幸那は身体を鍛えて等級を上げてきた、悩みとしては術式の火力の無さが足を引っ張っている所。

 俺も火力の無さに悩んでいた時期がある。親友から出力を上げにあげて貰い、紙きれを思い切って自爆させてから汎用を思いついたりした。

 あのときは暫く脳が焼き切れて術式が使用不可になったから、結局祓ったのは親友だったが。


 その事を簡潔に、そして幸那の術式で出来る事を二人で考えていたらいつの間にか太陽は暮れる。





 1995年 夏


 夏は呪霊が蛆のようにウジャウジャと湧く、呪霊を見ると思い出すのは優恵さんのことだ。俺はあの人のような目に遭う人を減らす、守る。だから呪霊を祓う、呪術師になった。

 気持ちに代わりはない。



「久しぶりだな。二人で任務も」


「そーだね。一年以来か? 隻栄が一級になってからは別々に任務を遂行させてたしね」


「今回は一級の任務。気張っていくぞ、隼人」


「了解」


 夜になって時間が経っても呪霊は現れなかった。隻栄もおかしいと思って術式で辺りを照らしながら捜索を始める。俺も紙を森に放す、壊されたらカウンターを発動するものだ。


「居ないな」


「ん? ……おい、あれ人だ。町の人が言ってた女性じゃ」


「すぐに向かうぞ」


 地面に倒れ込んでる女性に隻栄は足早に駆け寄り、起き上がる事を補助させるために手で支える。


「大丈夫ですか?」


 ありがとう、と女性の唇から言葉を乗せられると同時に隻栄の腕が飛ぶ。


「!『海裂』」


「っち……! 人型とかあり、かよ」


 呪霊は女性に化けるのをやめ、本来の姿へと戻る。無数に付いてる目に隻栄は術式で生んだ石を飛ばし、目を潰す。

 俺は鳥成で斬られた腕の回収、片腕しかない親友のサポートに入る。切られただけなら高専に帰った時、反転でくっつける事ができる。だから、ここからは無事に補助監督の車に戻るのを目的として動く!




 行ける。勝てる。

 そう思っていたのは俺だけだった、親友は呪霊が俺達で遊んでいることに気付いていた。……俺だけ逃がして何になるんだよ。馬鹿なやつ……




「桑田先輩が……死んだ……え……?」

「あの人が……?」


 幸那は信じられない表情と歪んだ表情では示せない心の内をただ、手を強く握り抑えている。


「相手は特級に近い呪霊だった。俺を逃がして……アイツは目の前で……食われたんだ」


 嘘をついた。

 隻栄はあのあと回収されている。片足は無かったけど、指はちゃんとある。

 彼女のふやけた瞳から流れる透明な宝石を砕く行為を、ただ黙って見ている。


「遺体も……残らなかったんですね」


「うん、……隻栄は一般的に良い奴とは言いにくいけど。俺の親友だったし、一緒にいて、馬鹿やって。楽しかったな」

「アイツを地獄に送る神様がいたら俺がぶん殴って天国行きのカードに変えるからさ。……責めるのは俺にして欲しいんだ」


「私は別に貴方を責める訳でも、自分を責めたい訳でもないんです」


「だって、私達は呪術師ですから。

 覚悟だって。

 してた……筈なのに……」


「涙が止まらなくて、ごめんなさい」


 顔をグシャグシャにしながら、受け答えをする後輩は目を拭い笑いかける。


「私も、神様ぶん殴りますよ」








 後輩が死んだ。



 隻栄の殉職から二週間後だ。

 ただの三級任務だったのに、その呪霊には知能があった。人質を使う賢さがあった、幸那は優しいから自分と人質を測りに賭け、選んだ結果なんだろう。


「クソ……」




 刀の件については受け取ってから彼女に説明して謝るつもりだった。

 何をしているんだ、俺は。





 …… ああ、墓まで持っていくさ。


 俺が死んで。二人に遭ったらきっと、俺はぶん殴られるだろうなあ。



 死ぬつもりはない、最期まで足掻いて。それまでは、あの二人は幸せに天国に行ける事を願って過ごすよ。



「アイツが好きだったラーメンでも食べに行こうかな」

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