調和の定離

調和の定離


 高専の鳥居の近くにとある男性の二人が、桜の木の下で春風に吹かれながら、二人は何かを話しながら誰かを待っている。

数分もすると歩いてくる人影が写り、花弁に揺られながら呪術高専の制服を身に纏った少女を、二人は出迎えた。ブレザーに改造されている制服を着た少女は下を向いていたが、人がいることに気がつくとパッと顔を見上げた。


「初めまして先輩方、私は三級の櫟幸那(いちいゆきな)と申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 一通り挨拶を済ませると、一礼をして相手の反応を待つ。

 新学期になり、一年の新しい呪術師が入学する頃、俺達はついに先輩へと変わった。今日入ってきた後輩は桔梗紫色の髪が特徴的だ。丸いピンクの瞳と視線が合う。

 後輩は雰囲気が硬いが口調は丁寧、控えめな態度で、隻栄は第一印象のハデだなと思っていた偏見も、話をしてる途中でそれは覆った。


「俺は一級の桑田隻栄(くわだせきえい)、ヨロ〜」

「朔日隼人、準二級」


 初対面なのに重苦しい空気の中、幸那は少しホッとしたように口を和らげる。先輩がどんな人か分からず緊張していたんだろう、人手不足と聞いていたので後輩も出来ずに卒業するものだと思っていた。一年含めて三人しかいない現在の高専、仲違いはせず宜しくやりたいものだ。


「堅苦しいご挨拶は控えめに、な!」


 ピアスや指輪をジャラジャラにつけた、金髪碧眼の少年が一個下の少女の肩を組む。隼人は少年の行動にゲェーッと嫌気を指す、いくら親友であっても初対面の女性にベタベタと引っ付くを目の前で見遣るのは気が引ける。速攻にやめて欲しい。とてもじゃないが不愉快だ!


「あ、あの申し訳ございませんが、あまり近接しないで貰えると……」

「隻栄、やめとけ」

「へーへー」


 親友にも注意された少年はふてくされながら、少女から離れていく、絡まれていた少女の幸那は「あの人は苦手……」と、もう一人の先輩に話していた。


「(資料で見た術式的に俺は相談相手として仲良く慣れるだろうけど、アイツはどうかな……チャラ男と真面目系女子って相性悪くないか……? 悪いやつじゃないけど……)」


 二人の関係性に心配を抱く、同じ術師、先輩後輩としての後悔は残したくはない。喧嘩ばかりして「アイツが死んで良かった」「あの人が居なくなってよかった」とか断固としてごめんだ。


「(……俺が仲を取り持ってやらないとな)」


 彼はそう決断をし、一人で二人が仲良くなれる作戦を憂わしげに考える隼人の傍で、チャラ男と評された隻栄は「まあ、俺は一級だし。そもそも任務で一緒になることもすくねーだろうけど、仲良くやりましょや」と、キツネ目をした表情にイエイイエイとウザい態度で幸那に関わり続ける。


「はい、せめて高専内では取り繕いますね」

「酷くない?」


 彼女はきっぱり、深く関わりを持たないと三十分程度の対話で判断した幸那。仲良し作戦、早くも途方に暮れるか。

 百面相のように感情豊かな彼は、しょぼくれた顔で隼人に「俺……早速嫌われた?」とこぼしていた。愚痴られた人が心の中で当たり前だろ、と吐き捨てるような眼で答えた。


「自己紹介も済んだし、俺は行くわ」

「いってら〜」

「お気をつけて」


 高専入口で集まったのも、一級の隻栄は忙しい為時間を取れることが少ない。だとしても休みはギャンブルか、鍛錬か、そのぐらいしかやる事がない。


 幸那を案内するのは予定のない隼人だ。女子寮や、一年の教室までの徒歩十分で他愛ない呪術の話を沢山した。



◇◆◇


『せめて高専内では取り繕いますね』


 なんてやり取りをした一週間後の初任務、三級の任務に急遽同伴することになった一級が隻栄だった。


「その、なぜ桑田先輩と共に? 私と組むのは朔日先輩の筈では」

「アイツな、昨日脳がばーんッとなって使いもんにならんから俺が代わりって訳だ」

「……他人から説明が下手だ、とよく言われてそうですね」

「困ったことに否定が出来ない」


 幸那と任務に出向くのは本来、準二級の隼人だったが彼は昨日の戦いで式神の鳥を呪霊目掛けて爆死させた。その代償は半日程度の脳の焼き切れ、慣れないことをしたのもあるが。熟練度がまだ足りないせいもある。


「(だから昨日死んだ目で帰ってきたんですね……)」


 自分がそっとして置こうと話しかけなかった日の事を頭の後ろに手をやり、頭皮を掻くようにへへっ、と何故か得意げにしていた。なんだか腹が立つ、チャラいというよりヘラヘラしているような。

 そんな苛立ちを誤魔化す為、幸那は矢継ぎ早に任務での話題を振った。三級とて、多少は事前に鍛錬を積んだ身、動くことに支障はないだろう。


「まあ……いいです。足は引っ張りませんから、安心して貰えると嬉しいです」

「固いこと言ってると足元救われちゃうぞ〜」

「だから! ……、」


 隣りにいる隻栄を睨みつけようとして、勢いよく振り向いた後にハッとなったのか、申し訳無さそうに目尻と眉を下げていた。何も気にしてなさそうな隻栄は「(無表情ぽいけどコロコロ変わるな)」と、全く別のことを考えていた。任務に集中してほしい。


「油断大敵、心に刻んでいます。ですから、あまり誂わないで」

「悪かったよ」

「なら良かった。行きましょう、補助監督を待たせるわけには行きません」

「おうし、行こうか」


 終わったら〜、パチンコで勝って〜、こんな事を考えながら口笛を吹き始める。隻栄には隼人と出会い、三ヶ月が経った頃に隼人を連れ、パチンコに行ったことがある。ラックボーナスで暫く勝っていた隼人だが、上がったあとは転がるばかり。ずっと勝てる幸運な隻栄には理解できない感情を、パチンコをする中で隼人は習得した。あとにカジノでのギャンブルに繋がる出来事となった。

 隻栄の気の抜ける口笛に「(呑気な方)」と思いながら、補助監督から資料をもらう。


 車で移動中は事件の内容や呪霊の情報について、確認をして対応についてシュミレーションを行う。1989年以降の呪霊はレベルが酷く上がっていて、より強くならなければ叶わなくなっていた。やり取りを繰り返しているうちに現場についた二人は、車内から降りて最終確認を始める。


「経験を得るには俺が祓ったら、下の術師にとって無意味になる。だから、俺は君のサポートに回る。いいな?」

「承知しています」

「簡潔には知ってるだろうけど……詳しい術式の共有はしておくべきか。『天地宸断(てんちしんだん)』石を使い、石の効果によって対象を強化する。組み合わせが可能な能力。部分的な壁を造れたりはするから、結構便利」

「……一級だから、攻撃的な術式なのかと……」


 まさか誰かを強化する力で一級になってるとは思っていなかった、幸那は後になってこの発言をしたことに後悔する、よく考えれば”対象“ってことは自分も含まれているのに。


「ボクシング習ってたから身体は昔から鍛えてたし、結局のところ肉体が一番信頼できる」

「ま、腕は俺の資本かな。かなり大事」


 術式が強化型の隻栄にとって身体を鍛えるのは基本中の基本、呪具もある体術では術式を使わずとも二級は勝てるだろう。呪霊との相性はあれど、事前準備ができる場合は無敗だった。感覚的にはギャンブルに似てる、生死を分ける戦いにはどんな賭けも劣る。


「私は『御魂令臨(みたまりょうりん)』祝詞を書いて札に霊の力を降ろす、結界術を応用した降臨術です。その札を式神として戦います。降ろした力を私にも使えるんですが。札を式神にしていない状態で壊された場合、霊の力の大きさに相反する反動が現れます」

「なるほどな、ほぼ式神だよりって感じか」

「直したいと思っているんですが……筋肉がつきにくい体質で難航しているんです」

「そこはしゃーないか、明日稽古つけてやるよ」

「……是非!」


 拙い口約束をしたあとは呪霊を祓いに、廃墟のビルへ。


 三級の任務は滞りなく終わった。一級がいて、苦戦するのは天文学的にあり得なかった。廃墟で戦闘する時は崩落に気を遣わなければならない、曲がったパイプに足を殴打したり、頬を一筋切ってしまったり、反省点は沢山あった。

 少し痛む足を壁を伝い歩く、打ち所は悪くないので安静にしてたらすぐに歩ける。反転も行えば明日も綺麗サッパリ歩けるが、本日は高専に使える術師はいない。使える者は限られているし、いても呪詛師という呆れた状況。


 近くで待機している隻栄まで歩けた幸那だが、補助監督の車には徒歩五分かかる。いつもは楽でありがたい距離、不調な時はそれでも遠いと感じる距離。

 反省点を何度も頭の中で復唱してる幸那の前で、12cm差のある身長が縮まる。突然隻栄が後ろ向きにしゃがみこんだ、幸那は一体なんだ、と少し思考が止まる。


「乗れ」

「悪いですよ、術師は人並み以上に重いですし」

「疲れたろ」

「……はい」


 乗らない選択肢は無いぞ、と有無を言わせない状況に流される。自分のゆったりとした進みに付き添わせる方がよっぽどだな、そう思ったので隻栄の背中におんぶされることになった。高校生にもなって、おんぶされるのはとてもじゃないが他人に見られたくない。人気が無くて助かった。


「お帰りなさい。ご無事で何よりです」

「高専まで行くから、早めに」

「了解です」


 補助監督から救急箱を貰って、幸那の足を冷やしたり、包帯で巻いたあと車に乗せる。後ろの座席に二人で並んで乗って、車は出発する。暫くして左からく〜っと細やかな腹の虫が、隻栄の耳に届いた。


「腹減った?」


 軽く小声で話しかけてみる、返事は「はい」と返ってくる。なら、ついでに俺も食べようと考えて、補助監督に道の変更を伝える。


「近くのラーメン屋寄ってくれ」

「!?」


 右の窓に腕を置いて頬を支えてる隻栄の服を、ちょちょんと引っ張って顔を引き寄せる。


「女子を連れて行くところがラーメン屋なんですか!?」

「俺ラーメン好きだから」

「私も……ではなくて、女性の扱い慣れてるわけではないんです?!」


 任務後に紳士な対応をした人とは思えない選択に目を疑う、好きだから? 一応、私は女性ですよ。彼は見た目通りなら遊んでる人だと思っていた。


「あ……(偏見は失礼ですよね。)すみません、変なことを言いました」

「別にいいけど、違うところがいい?」

「いえ、このままで結構です」

「うぃっす。ラーメン屋で決定」


 補助監督、よそ見は厳禁。



◇◆◇



 三級任務から一日後の四月十五日、最初は男女二人で行っていた体術の稽古だったが、後から隻栄の同期も加わり三人で筋肉を鍛え始める。担当の先生は任務で自主訓練で丁度良かった。

 数時間後の休憩中に、階段で座っていた隻栄がポツリと口を動かし出した。席を外している隼人は知らない話。


「幸那って大胆に行くとは思ってなかったぜ」

「何の話ですか?」

「ラーメン、昨日の飯」

「ああ……」


 立ち寄ったラーメン屋は店主が明るい人だった、制服について物珍しさを示していたから、呪術関係者ではないし。近くにいた蠅頭に気づかない非術師だった。式神を操作して蠅頭を祓う、食べ物の近くにいる呪霊はいつまで経っても慣れない。入っていた時よりマシではあるけど。


「ニンニクヤサイマシマシアブラカラメ、という呪文を知っていたとはな」

「珍しいですか? 昔よりギャップは無くなったと思いますが」

「ギャップ?」


 こてん、と首を傾げると背中まで伸びている金髪が揺れ動く。隻栄が疑問を示すと幸那は桔梗紫色の長い髪を触り、自分から釣るした魚を釣り上げる。


「元は黒髪なんです。この紫の髪は染めただけで」


 ピンクの眼を細める少女は、もう少しだけ自分のことを話す。


「この目もカラコンです」

「マジか、俺もアイツも自前だから全然疑わなかった」


 案外第一印象通りだったんやー、と思う。

 金の眼を持った隼人、外国人の血が流れてる結果、金髪碧眼として生まれた隻栄。


「それって秘密?」

「特には……」

「おっしゃ、二人の秘密にしよう。そうしよう」

「ええ? 構いませんが」


 謎の秘密を共有した二人はふとした瞬間に笑みを浮かべる。じゃんけんで負けた結果、遠い場所にある自販機から飲み物を買ってきた隼人はその様子を訝しげに眺めていた。缶コーヒー二本とペットボトルのお茶を手に持っているのは、階段で座ってる隻栄と道に立っている幸那に渡すため。一年前は飲み物を術式の鳥鳴で運んだ過去もある、だけど非術師がいる場で術式を使うことがないように手だけで運ぶように決めた。


「え、何この空気。俺知らないんだけど」

「なんでもないですよ〜」

「な〜」


 自販機まで遠い距離を歩いた隼人は疲れた様子で「変な奴ら……」なんて、頭に疑問符を表したまま話は閉幕。三人の休憩が終わったら、夕方までの自主訓練が再開する。生が絶えるまでの長い長い戦いが終わるまで。

 

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