誰も知らない前日譚
少年はある時からたまに神社の夢を見るようになった。
空の中央その一番上に鎮座する太陽に、四方を囲む山の緑、何処かから聞こえる水の流れる音、そして
「また来たのアナタ?」
賽銭箱に行儀悪く座る少女の声。
彼女は腰まで届く白い髪に太陽と同じ橙色の瞳、着ている服は左右で異なる奇妙な巫女服だ。
彼女は人の形こそしているが、何処となく人ではない雰囲気を漂わせている。
少年は、彼女が人であるとは到底思えなかった。
「ねえ、今失礼な事考えたでしょう?」
笑顔で睨んでくる少女に少年は身体をビクッと震わせ、ごめん、ごめん、と軽く謝る。
「ふふ、じゃあ何で遊戯をしようか?コマ?将棋?お手玉?蹴鞠?隠れんぼ?おはじき?それとも」
「えっとじゃあ前はかるただったからーコマで!」
「ふふっわかったわコマね、何処に入れたかなぁ」
彼女は袖に手を突っ込み探してるようだったが見つからなかったのか乱雑に振り回し始める。
そして、豪速球となって二つのコマが紐に絡まった状態で袖から飛び出し少年の額に激突する。
「いだっ!ちょっとお姉さん危ないよ!」
「あ、よかった見つかった〜ほらぼさっとしてないで片方ちょうだい」
差し出された手にコマを置く、今度は投げ飛ばさず器用に手の中で転がしていた。
「それじゃあ始めようか」
その後少年の十連勝だった。
最初は自信たっぷりだった少女はだんだんと苦悶の表情を見せ始めた。
「ふ、ふーん別に?所詮遊びだよ?私がそんな事で全力を出すとでも思っていたの?」
「うわぁ負け惜しみだ…」
「それ以上行ったら天岩戸に閉じこもるよ?」
「たまにお姉さんって不思議な事言うよね、でもまあこれで108勝0敗だね、今回も俺の勝ち!」
「ぶぅ、アナタてば意地悪、少しは負けてくれたっていいでしょう?」
ぶーたれる少女、既に聞き慣れた『もう』、と言ったが特に嫌な気はしなかった。
少年と少女は一つの約束の下で遊戯をしている。
それは少年が一度でも負けたらこの神社の神様の神官になる事、少年には何の得はないが少女と遊ぶのが楽しいのでよしとしていたのだ。
「ちゃんと誓約として指切りしたんだから負けたら神官だからねーこき使ってやるんだから」
彼女はすぐに笑顔になり、そして唐突に少年に聞いてきた。
「ねー、アナタはさもし神様になれるなら何になりたい?」
少年は少し考え、そして言う。
「俺……なりたいものなんてないけど、平和の神様がいいなぁ、世界中を幸せなままであってほしいから」
それを聞いた少女は一瞬真顔になるが、またすぐに笑顔になり少年に尋ねる。
「なんで?」
「だってそうすれば誰も死なないし、自分も死ななくていいだろ?」
「そんな世界なんてないよ」
真顔で彼女はそう言った。
「えっ」
少年は困惑し、少女はハッとし、次に笑いながら言う。
「…ごめんごめん、あれよただの暇つぶし、気にしないで」
「え、でも今さっき」
「あーうるさいうるさい〜きーこーえーまーせーんほらこの鏡あげるから今日は帰った、帰った」
無理やり鏡を渡された少年は神社の鳥居前まで見送られ、視界が白に染まっる一瞬少女の表情に陰りが見えた気がした。
☆☆☆
少年は珍しく次の日の夢でも神社にいた。
しかし、彼女の姿はなかった。
何処かにいるかな、と思い探して見るも何処にもいない。
今日は会えないのか、と少し落ち込む。
すると後ろで声がした。
「…来てくれた」
振り向くと彼女はいた、しかし昨日までとは違い目に隈ができ、声もいつもの明るさは消え去っている。
「どうしたの?酷い顔だよ?」
「…ねぇアナタならどうする?大事な仲間が動物に傷つけられてて自分は助けたいでも別の仲間はその動物を大事に思ってる、さあどうする?」
彼女は何かに追われているかのように早口でまくし立てる。
その質問の意図は分からなかったが、少年は答える。
「…わからないよ、けど、何もしないなんて出来ない、大事な仲間も動物も両方救う方法はあるかもしれないだろ?」
それを聞くと彼女は一瞬驚いた表情をしたがすぐに戻り、笑いながら言う。
「そうだったら…よかったのにね」
少女はそう言って俯き、そして突如立ち上がる。
「今日はお別れ、この続きはもっと楽しい時にまた話そうね」
彼女はそして、すぐ目の前から消えた。
少年が慌てて手を伸ばすが、気づくと部屋のベッドの上だった。
その日から正体不明の地震が起き始めた。
☆☆☆
神社の夢から数日が経過し、再び神社の夢を見た。
そこには鳥居の上で手を投げ出し座る彼女がいた。
「そんなとこで何してるの?」
少女は顔だけをこちらに向け言う。
「やっと来てくれたね、私アナタに言わなきゃいけない事があるの」
そしてゆっくりと鳥居の上から飛び降りる。
「私ね、神様なの」
一瞬何を言ってるか分からず呆然としていたが、次の瞬間頭の中であらゆる情報が繋がり始める。
「そしてこれからね大変な事が起こるの、もう止められないアナタも私も、人が間違え、神が裁きを下すそんなありふれた終わりが来る」
「何を言ってるんだ?急にそんな事言われてもわからないよ」
すると少女は笑顔で言った。
「けどねアナタだけなら私たちの所に連れっていってあげられるの!アナタだけは助けられるのだから──」
その言葉を聞いた瞬間、少年は反射的に言った。
「嫌だよ!現実にだって大切な人や助けたい人がいる!それに俺一人だけが逃げたってそんなものに意味なんてないよ!」
彼女は泣きじゃくりながらもはっきりと、真剣な声音で言った。
「私ね、今が1番幸せなの、アナタの声が、アナタの手の温かさが、アナタの笑った顔が、全てが幸せな時間なの、だから……!」
少女は手を伸ばす、その手に捕まれば連れてかれるだが避けれそうもない。
諦め、捕まる瞬間だった、少女の手が炎の塊のようなものに弾かれる。
「っ!落ちた神風情が私の邪魔を……」
鳥居の上に何かがいる、その瞬間周囲が歪み意識が引き戻される。
「…まぁいいわ、明日から鬼ごっこよ、私が鬼でアナタが逃げる役そして期間は無制限、遊戯でアナタが負けたら私の神官になるそういう約束だったもんね?」
そう言った瞬間全てが崩壊し、全てが黒に染まり夢から覚めた。
そしてその日、空から奴らが落ちて来た。