誰もあなたを癒せない
前に書いたループ概念の続き。ド曇らせ回です
前半はifロー視点、後半はペンギン視点です
ノベルローのネタバレとか捏造とか色々注意
ドレーク屋の手によって作動した「ヘルメス」がおれをおろしたのはポーラタング号の中だった。しかも、ここの世界のトラファルガー・ローを含めたクルー達の目の前だった。
ここで死のうとしても止められるだけだ。突如現れたおれに周りが動揺しているうちに逃げてしまおう。
そう思って能力を使って逃げようとしたが、ローに左手を掴まれ、阻まれてしまった。
「おい待て。その見た目に今のは能力を発動させる前動作じゃねェか。お前は一体……いや、それよりも治療が優先だな」
そのまま身体を上から下まで俯瞰したローは眉をひそめ、手を握ったままおれを医務室へと連れて行こうとする。
おれから見れば無駄なことだ。どうせすぐ死ぬ人間に治療を施しても道具の無駄だ。今停泊中なのか海の上なのかはたまた中なのかわからねェが清潔な布や薬品の類はいつでも貴重だ。いつ海戦が始まるかもわからねェのにおれに使わせるわけにはいかない。
とはいえ、正直に『今から死ぬので治療しなくていい』と言って聞いてくれるわけがない。むしろ、拘束や監視がついて死に辛ェだけだ。
だから、言いくるめる必要がある。治療をせず、おれがすぐに居なくなっても納得してくれるようにしねェと。
「おい待て」
手を引いて歩くローを呼び止める。彼は怪訝そうな顔をしながら振り返った。
「事情は話す。治療は無駄だからしなくていい」
「お前、何言って……」
「おれがここにいるのは一日かそこらだ」
そう言うと、そばにいた全員が目を見開いた。
「ほう……」
少しの沈黙のあと、一番最初に口を開いたのはローだった。
「つまり、お前は、そんなくだらねェ理由で、目の前にいる重症患者を、見逃せと言うんだな……」
その表情を見て、言葉選びを間違えたことに気づいた。そんなもの折られて久しいが、医者としてのプライドが高かったはずだ。それなら確かに今の発言は怒りを買うものに違いねェ。
「貴重な道具を無駄にするな。疑うなら一日待ってみろ」
だからといっておれも簡単に諦めるつもりはねェ。こんな人間が迷惑をかけるなんて……嫌だ。
そう思ってまた前を向いて歩いていく彼に引っ張られながら口を開いただが、彼の足は止まることがなかった。むしろ速くなっている気がする。
「断る。治療は早ければ早いほどいい。大体、こんな状態でどこに行くつもりだ」
「……ドフラミンゴのところ」
ポツリとそう呟くと苛立ちを消したローは足を止め、驚愕した表情で再度こちらを振り返った。そばにいた彼のクルー達も、同じような反応をしている。
少し硬直していた彼はもう一度おれを見ると、納得したかのようにため息をついた。
「なるほど。事情はわからねェが、お前はいわゆるパラレルワールドから来たおれというわけだな。悪魔の実の能力か、他の要因かは知らねェが、突然現れたのもそういうことか。不老手術を自分に施せと拷問され続けたか?」
「いや、違ェ」
「……はァ?」
首をかしげられたが本当にそうなのだ。あいつから不老手術をするように言われたことはなかった。それどころか、今まで何度もおれから言い出しても興味を示さなかった。
『おれのために尽くそうとするなんていい子だなァ』
せいぜい、そう言って頭を撫でられたくらいだった。
……そういえば、それを繰り返す内に聞くのを止めていたが、今回は聞けば興味を持ったのだろうか。いつもと違ったからあり得たかもしれねェ。まァ、だからどうしたという話ではあるが。
「じゃあ何だ。三代目コラソンにでもしようとしたのか?」
それもどうだろうか。おれを助けようとしてくれたローがそうなったことは何度かあったが、おれ自身が……となるといまいち思い出せねェ。いや、椅子には無理やり何度も座らせられていたしそうしたかったのか……?
「それも違ェなら、一体何がしたいんだ……?いや、今はいいか。治療が優先だ」
沈黙し続けるおれに業を煮やしたのだろうか。やがて、ローはおれを掴んでねェ方の手を頭にのせてため息をつくと、また歩き出してしまった。
「言っておくが、お前が何を言っても治療はするからな。患者が医者に口を出すな」
歩きながら釘を刺されてしまい言葉につまる。これは……もう無理だろうか。
「……わかった」
下手に抵抗して死ねなくなる方が問題だ。無駄にさせてしまうのは申し訳ないが大人しく従うことにした。
医務室にたどり着くと即座に治療が始まった。抵抗を諦めたおれは大人しく服を脱いだ。
「……おれが何を言っても治療するんだろう?」
上を脱いだ瞬間、動きを止めた彼らに声をかける。怪我を見慣れてねェわけがないが……それでも見るのが嫌だったのか?確かに、色々と違うところはあるが、おれは彼自身や彼らのキャプテンと同じ容姿だ。それがこうもボロボロなのは見ていて気分が良くないだろう。
「確かに、そう言ったな」
治療を再開したローの声は震えていたが、おれなんか見ても治療は素早く正確だった。
やがて治療は終わり、病衣を渡された。
「そこまでしなくていい。すぐにいなくなるんだぞ」
「それでも、だ。あの服はお前が選んだわけじゃねェだろう?」
「確かにそうだが」
そう言うとおれが着ていた服はクルー達の手に渡り、部屋の外に持ち出されてしまった。多分、追いかけてもまた止められる。どうしようもねェから袖を通すことにした。
すぐにいなくなるおれにそこまでする理由は何なのだろうか。この服だってタダじゃねェのに。
いや……何考えてんだ。理由は簡単じゃねェか。おれがトラファルガー・ローだからだ。内側は全く違っても外側はそっくりだからだ。
そうだ。そうだった。何回も死んだせいでバカにでもなったのか?何でそんな大事なことを忘れていたんだ。
みんなトラファルガー・ローが大好きなんだ。おれみたいなやつにも優しくする程度には。だから今までみんな……みんな……。
あまりの愚かさに思わず笑っちまいそうになるが、ぐっと抑える。幸いにも誰にもバレなかったようだ。
「どうやってここまで来たんだ」
服を着終わるとローが問いかけてきた。
「ドレーク屋が助けてくれた。理由は知らねェ」
「おれ達や麦わらじゃなくて?」
そう問いかけたのはペンギンだろうか?いきなり世代が同じ程度の人間の名前が出たんだ。疑問に思うのも当たり前だ。実際おれでさえ理由はわかってねェ。はっきり言えるのはあのとき彼らが助けに来ることは絶対にないということだけだ。……まァ、全部おれのせいだが。
「さすがに見間違えたりしねェよ」
「そりゃそうだけど……」
それをわざわざ伝える意味もないので適当にはぐらかしておく。だが、それで引き下がるつもりはないらしい。眉を寄せてまた口を開いてきた。
いつもと変わらねェ。彼らはおれに興味を持っていた。
「今のあなたを見ておれ達が助けないわけがないんですよ。だから絶対何か理由が」
「おれなんかに興味持つな」
だから、無駄だとわかっていてもそう伝える。これ以上何もしてこないようにと祈りながら。
「おれはお前達の『キャプテン』とは何もかもが違ェんだよ。だからもう関わるな。……お願いだから」
何回繰り返しても同じだとわかっていても、今度こそはとすがってしまう。
彼らがおれを手放すことを。正しい存在が間違った存在を見限ることを。
そうしてくれたらどんなに嬉しいだろう。きっと安心しながら死ねるのに。
……でもやっぱりそれは認められねェらしい。
ふわりと優しく抱き締められる。チラリと見えたのはオレンジ色のつなぎだった。
「どうしてそんなこと言うの?」
その触り心地にも負けねェくらい優しいが、とても悲痛な声で訴えられる。
「言いたくないなら、言わなくてもいいから。……でも、おれ達のキャプテンじゃなくてもローさんだから」
そんなこと出来ない。ポツリと告げられてしまった。
……………………あったけェ。あったけェな。
いつでも彼らはそうだ。あたたかくて、優しい。それに触れるとどんなに心を決めてもすがりつきそうになる。
でも、だから……。
「……やめてくれ」
同時に思い出すのは冷たさと生暖かさ。もとの形が残ってねェ姿。無機質な瞳。
「もう、そういうのは、やめてくれ……」
おれのせいでそうなるのは、もういやだ。
真夜中にそっと身体をおこし、部屋の外へ出る。何故かはわからねェが、あのあと誰かが側にいるということはなかった。
船番をしている彼らに気づかれないように足を進めた。窓を見る限り海の中じゃねェな。中なら"シャンブルズ"して終わりだったが……仕方ねェ。ため息をついて甲板へ出た。そのまま身を投げられたら随分と楽だったが、そうするには手が足りねェ。
「"ROOM"……"タクト"」
だから青い空間を誰にもバレねェ程度に広げ、無理やり身体を持ち上げる。このまま能力を解除してもいいが……せっかくだ。沖の方へと身体を運んでしまおう。その方が気づかれねェだろうし、助かりにくい。
幸い、体力には余裕がある。少なくともあのとき歩ける程度には。今回は扱いが随分とマシで助かった。刺繍があるのも心臓くれェだしな。
そう思いながら何度も"ROOM"を張り直した。だが……少し前から息が切れるようになった。いくら余裕があるとはいえ、このあたりが限界だろうか。
深呼吸をして、船の方を振り返る。頑張ったかいあって距離は随分と離れていた。それを見ると、口角は自然と上がっていった。
よかった。
死ぬのはおれだけで彼らは死なないんだ。
「"シャンブルズ"」
"ROOM"の底の方にあったものと適当に入れ替えた。
*
突然現れた彼が海上に浮かんでいるのを見つけたのはただの偶然だ。たまたま交代の時間でたまたま甲板に出たから。ただそれだけだ。
バカみたいに凪いだ海の上、表情も見えないくらい距離のなか、何の前触れもなく彼の姿は消えた。そのとき何かが跳ねたように見えたのはきっと見間違いじゃねェはずだ。
「あのバカッ……!」
それを見た瞬間、身体が勝手に動いていた。隣にいたシャチが何か言っていたけど、そんなの無視だ。無視。あんなの見て飛び込まないなんて無理だ。
勢いで潜った夜の海は、冷たくて、暗くて……静かだった。この中にいる彼のことを考えて、つい奥歯を噛み締めた。
何で……何であんな嘘までついて、こんな場所で死のうとするんだよ!こんな寂しい場所に一人でいかないでくれよ。……そんなに、おれ達がいるのが嫌だったのか……?
何を考えても憶測の域を出ない。おれ達は、キャプテンと瓜二つなのに何もかもが違う彼のことを一つも知らなかった。
いや……一つも知らないは語弊だ。一つだけ知っていることがある。
『……ドフラミンゴのところ』
あのとき彼は確かにそう言っていた。おれ達のキャプテンがドレスローザで倒したという存在。元七武海、もうキャプテンが関わることのない人の名前を。
たとえその発言が嘘だったとしても、そいつと関わりがあるのは確かだ。じゃなきゃわざわざそんな名前言うわけがねェ。
なお、キャプテンはそのとき何か気づいていたようだ。だがおれ達には何も教えてくれなかった。予想したことはもちろん、ドレスローザで何があったかについても。
……あァ、二人は本当にそっくりだ。おれ達に何も話しちゃくれねェところも。一人で全部解決しようとするところも。
だからこそ、あんな風になった彼を見ていると辛くて、心から笑って欲しいと思った。
少なくとも、ここでお別れするのは絶対に嫌だ。
水をかき分ける腕に力が入る。昼よりも何倍も暗い海の中で目を凝らす。すると、少し先に人影が見えた。探すのに難航すると考えていたのに、思っていたよりもあっさりと見つかって安心した。……頭の片隅で嫌な覚悟をしていたから、本当によかった。
すぐに彼へ近づいて身体を抱える。キャプテンよりも軽いことには目をつむり、海上へ向かう。人一人抱えているから浮上するにはそれなりに苦労すると思ったが、そんなことはなかった。
……彼を探していたときと同じだ。凪いでいるはずなのに、潮の流れに沿って泳いでるみたいに随分と速く泳げている。まるで……まるで何かに導かれてるみてェな……。
……いや何考えてんだおれ。それよりもさっさと海上に行かねェと。
そう思いながら上を見る。海面はすぐそこだった。
彼共々顔を海面からあげる。深呼吸をしてあたりを見回すと一面の闇だった。おれ達の船はもちろん、光すらも見えねェ。
冷や汗が背中をつたう。……まずい。かなりまずい。溺れたやつの治療は迅速が第一だ。今できることはやってるがここは海上だ。できることなんてたかが知れてる。
だから、早く戻らなきゃいけねェのに……。
それなのに、こんなに暗ェとどこへ泳げばいいかさっぱりわからねェ……!
恐怖からなのか、冷たい水の中にいるせいなのか。自分の身体も震えてきた。このままだと既に震えている彼どころか、自分の命でさえも危ない状態だ。今すぐにでも動きたいのに、下手に泳ぐと遠ざかるせいで動けねェのがもどかしい。
彼の身体をもう一度抱える。焦りが頭の中をうずまいていく。
そんな中、海よりも青く、空よりも澄んだ青が広がってくるのが見えた。
……また、迷惑かけちまったな。
――"シャンブルズ"!
最後に何かがポチャンと沈む音だけが聞こえた。
キャプテンは今のおれ達を見ると舌打ちをして、すぐに指示を始めた。おれはすぐに医療班へ引き渡された。
「このバカッ……」
みんながあわただしく動く中、シャチがすれ違いざまにそう言ってひっぱたいてきた。
……わかってる。あのときの正しい選択はキャプテンとベポを呼ぶことだ。断じて飛び込むことじゃねェ。
昼ならともかく、何も見えねェ夜の海に飛び込むのは自殺行為だ。実際おれも遭難しかけた。……そんなことはわかってるのに、飛び込んだ。飛び込んでしまった。
理由なんかない。あったのは衝動だ。
『海の中で誰かを失うのはもう嫌だ』
そんな幼稚で……病根の深いわがままだ。
でも……だからこそ、今わざわざおれのところへ来たシャチの気持ちもわかる。理由は簡単。シャチも同じだからだ。
「……ごめん」
「それ、ある程度落ち着いたら全員に言って回って。特にシャチとベポとキャプテン」
「だよなァ……」
つい口なら出た謝罪はおれの治療をしていたみんなにきっちり聞かれていた。
まだ初期症状しか出てなかったおれはすぐに回復し、自由に動けるようになった。……というより、今はもっと重症の人がいるからおれ一人にかまってられねェのが現状だ。
今、自分だけ何もしてないことに若干の疎外感や罪悪感を抱きながら、彼のいる治療室へ向かった。邪魔にならねェ場所に立ってガラス越しに彼を見る。
装置が付けられているから表情は見えねェが、あのとき確かに……。いやよそう。嫌なことばっかり考えてちゃダメだ。
そう思い、彼の顔へ目線を向ける。その瞬間、幸か不幸か彼と目があってしまった。
意識が回復したことに、周りにいた仲間達も当然気づいた。何ならバイタルとかを見れたからおれよりも早かったかもしれねェ。でも、誰もが安堵の息をついていたが、座り込んじまったのはおれだけだった。
もう止まったはずなのにまた身体が震えてくる。何も出てこねェように手で口を押さえた。
他のみんなは彼の意識が回復することに必死だった。だからきっと、今もあのときも彼の表情を見ていたのはおれだけだ。
意識を失っているときのどこか嬉しそうな表情も、目を開いたときに見えた希望の光も……そしてそれが急速に失われる瞬間も。気づいたのはおれだけだ。
まるでキャプテンが放浪へ行くような、そんな軽やかな楽しさを伴っていたことにゾッとする。たどり着いたらもう戻ってこれねェのに、何でそんなときに感情を見せるんだよ……。
力の抜けた身体に何とか奮い立たせて治療室から離れた。泣くところを、みんなには見せたくなかった。
彼が感情らしい感情を見せたのはこれ以外だと一度だけ。ベポが抱き締めたときだけだ。あのときの彼は本当に辛そうな声をあげていた。悲しさと苦しさを伴う拒絶だった。だから、負担になるならと思って離れていた。……その結果が今ではあるんだけど。
こうなるんだったら、離れるんじゃなかった。そんな後悔が胸をつく。始めて見せた感情らしい感情だったからって汲むべきではなかった。
みんなと離れたと思ったらもう我慢ができなかった。涙も嗚咽もとめどなく溢れてくる。
話せば反応はする。それでいて瞳には何もうつらねェ。まるでロボットのようだと思ったのはきっとおれだけじゃないはずだ。そんな彼が感情を見せたのがおれ達への拒絶と自身の死なのがたまらなく辛い。
ふと彼の身体を思い出す。どこもかしこも傷だらけで、そうした奴の悪意と執拗さが見えるものだった。
……あれは傷つけるための傷だ。少なくともただの折檻だけじゃあんな風にならねェ。おれの経験がそう訴えていた。
彼の身体は完治するのに何ヵ月もかかるような状態だ。だが彼の心はその身体以上に傷ついているように見えた。どうやって癒せばいいかわからねェほどのものを感じた。
癒したいと思う。幸せになって欲しいと思う。……でも、今のおれ達じゃ無理なんだろう。
おれ達の手は傷を抉ってばかりで、一つも彼の傷を癒しちゃいなかった。
ほんの少しだけ補足
この世界に海コラさんはいます(理由は特にない。あと彼はループしてない)。でもifローが海コラさんに気づくことはありません。仮に語りかけられたとしても、万が一誘われたとしても、ifローが影響を受けることはないです。ifローにとって大事なのは今生きている人の生死で、彼はもう死んでいるからです。
……でも、どうせ海の中で死ぬのなら海コラさんの存在を認識して死ぬ方が幸せかもしれませんね。その幸せを許容するかどうかは別ですが。