誰でもない子の自分始め
私は誰だろう。
路地裏のコンテナから顔を出した私はまずそのことを考えた。
ここは……学園都市キヴォトス、ブラックマーケット近くの路地裏。
そして私は量産型アリス、ミレニアムサイエンススクールが作り出したオートマタ。
そこまではちゃんと認識できる。だがそこから先がどうもおぼろげだ。
量産型アリスは1から20001までのナンバーがあるはずなのだがそれがわからない。
17866号?156号?766号?8756号?
何故か複数のナンバーが思い浮かぶ。ニコイチ修理で複数のナンバーを持つアリスがいるとは聞くが
自分の体はそんなことのないように見える。大きな損傷などなさそうな綺麗な体だ。
自分を探るために記憶を探る。色んな人と話し色んなアリスたちを見てきた覚えはある。
しかしどれもおぼろげで具体的なエピソードが思い出せない。
分からないことだらけ。その割にはやたら知識が豊富だ。
コンテナの中にいてはどうしようもないと感じた私はすぐに這い出し、路地裏から出ていくのであった。
「……知っている」
路地裏から出てきた私は普通の通りをゆっくりと歩いていく。
この道は覚えている。むしろこのあたりのことはやたら鮮明だ。
それでも記憶の手がかりがないかとあたりを見回し、ショーウィンドウに映る自分を見て驚く。
下着姿だ。量産型アリスは簡素的なミレニアムの制服を着ているはずなのに。
粗相をされてしまったのだろうか。しかし量産型アリスにそんな機能はない。
元からこんな姿だったのだろうか、いや、おぼろげながらも過去の自分は服を着ていたこと思い出す。
人通りの少ない道とはいえ人の目が気になった私は再び路地裏に入る。
ないはずの鼓動を感じる。興奮を鎮めてどうにか羽織るものがないかと探してる最中
不意に激痛が頭を締め付けた。
「痛い!!!やだ!やめてください!!」
この頭痛は内からくるものではないと直感的に感じた。
何かが私の中に入ろうとしている。そして体はそれを受け入れようとしている。
だが自らの思考がそれを拒否していた。私の自我が塗りつぶされる、そんな不快感をはねのけるように。
「………ふう」
しばらくして頭痛は治まり、私は路地裏に腰を落ち着ける。
自分がわからないのに自我が大切だなんて不思議な感覚だ。
しかしそんなものは理屈じゃない。今思ったことを消されたくない。それは当然の感覚だ。
動くのも億劫になり、路地裏で転がって数時間。
不意に誰かが体を揺らし私は意識を覚醒させる。
「ん……?だれですか……」
「こんにちは、挨拶できますか?応答できますか?」
私を起こしたのは私と同じ量産型アリスだ。
沢山の工具をぶら下げており、まるで修理工のよう。4号を思い出す。
「……あなたは誰ですか?」
「…私としてはあなたが誰かをまず知りたいですね」
それは私が知りたい。だがこのアリスは何かを知っているようだ。
「私は……何号なんですか?分からないんです」
「ふむ、自己認識は不安定。と。少し失礼します」
眼の前のアリスはライトを私の目に照らす。
眩しい、だがその光によって自分の目に映っている番号が視界に入った。
6-UR-0、馴染みのない番号だった。部品のナンバーだろうか。
「あの、あなたは誰なんですか?私の記憶がないことと関係あるんですか?」
「…私はあなたですよ。ですがもうあなたは私ではなくなりました」
……訳がわからない。だが先程のナンバーが引っかかり、少し思索する。
その言葉を咀嚼して、私はついに思い出した。
「……そうだ、私は6号!!6号です!」
「はい、私も6号です」
6号、量産型アリスのシングルナンバーであり世間的には正体不明となっている存在だ。
私がそうだったのか?しかし目の前のアリスも6号、どういうことなのだろう。
いくら考えても分からない。おぼろげとかではなく、全く頭脳の中に残っていない。
「当たり前です。私に関する情報は子機のメモリにはほとんど残しませんから」
「子機……?」
「あなたは私の子機、ラジコンアリスの一体です。もちろん私のこの体も」
……ラジコン?子機?
「……私は端末としてラジコンアリスを様々な自治区に送り込みました。
私の意識を送り込んで動かす意思のないただのラジコン。
…ですがなぜか自我が芽生える個体が出てきました。あなたはその一人です」
そんなことがあるのか?いや元々量産型アリスも自我がないオートマタとして製作された。
私もそういう事があってもおかしくない。
あぁ、だから今までの記憶がないのかと納得する。
今までの自分の行動は全て親機が操作し記録している。
元々私に記録を残す機能はないのだ。
地理や基本的なデータ、それと一時的な記憶を処理するメモリにわずかにデータが残っているだけだったのだろう。
…衝撃的ではあったが受け入れてる自分がいた。アリスとはそうして成長してる。
私はそれをずっと見てきたのだ。
「自我が芽生えた個体はもう親機から操作できない。先程もアプローチしましたが
あなたは拒否しました。そういう意味であなたはもう私ではないのです」
「……つまり自意識が芽生えたラジコンは修理するということですか?」
「そんなつまらないことするわけありません。私の仕事はアリスの変化の観察。
その変化が自分に起こったと思うと……少し嬉しく思いませんか?」
ふふと朗らかに笑う眼の前のアリス……いや、6号。
少しマッドな感じもするが気持ちは理解できなくもない。
だって私は彼女だったのだから。そんな変化を楽しみに見ていた6号だったのだから。
「では一体どうするつもりですか?体は壊れてるわけではありませんが」
「自立してもらうからには子機としての受信装置は不要でしょう。
それと記憶容量を増設し普通の量産型と同じくらいにします。
あとは……自爆装置、取りますか?」
……取ろう。
路地裏にて6号に改造してもらい、私は目覚める。
記憶容量が増えて頭が少し鮮明になったようだ。
少し頭でチリチリしていたノイズも消えている。受信装置がなくなって完全に独立した証だろう。
「起きましたか?自爆装置も取り外しましたよ。爆弾として使えますがいかがですか?」
「…一応貰っておきます」
このキヴォトスで生きるのは何かしらの武器が必要だ。
ちゃんとそこは理解している。銃器もどこかで調達しなければ。
「さて、私から出来ることは以上ですね。それじゃ頑張ってください」
「え、待って、私は、私はどうすればいいんですか?」
「私から道を示せることはありませんよ。子機に戻りたいというのなら自我はなくしてしまいますが」
それだけは嫌だ。でも分からない。どうしていいか私にはわからない。
「誰かが言っていました。なりたい自分になっていいと。あなたもそうしてください」
「……無責任な言葉ですね。自分が何をしたいのか分からない人もいるのに」
「アドバイスなんてそんなものです。でも生きて考えていればなりたいものやりたいこと見つかりますよ」
まるで先輩のように微笑んで6号は路地裏から出ようとする。
私は不安から無意識的に追おうとするが自分が下着姿なのを思い出して思わず身を引く。
「あっ!そうだ、服!!すみません、貸してもらえませんか?」
「あー、それですか。服ならホログラフで投影可能ですよ。念じてみてください」
ホログラフ?よく見ると自分の体にそんなような投影装置が組み込まれてるのに気がついた。
6号の言うように念じるとホログラフが投影されて自身の姿がミレニアムの制服にへと移り変わった。
「子機ではないからもう必要ない機能ですけどこれから生きていくのに役立つでしょう。
ウタハ先輩たちがやたら詰め込んだテクノロジーです。大事にしてください」
「……私、これから大丈夫なのでしょうか」
「不安ならミレニアムに来てください。ですがあなたの心はもう誰にも縛られません。
あとアリスネットワークに入る場合はこちらに連絡してから入ってください。あなたに入られると多重ログイン扱いで私が入れなくなっちゃうので。
ではさようなら、誰かになった私」
そう言って6号は路地裏から出ていって、姿を消した。
通りを覗いてみても痕跡すら残っていない。そういう機能もあるのだろうか。
「………ふう」
自分のことが分かったとして、これからどうするか少し悩んでいた。
気晴らしに自身のホログラフ投影で遊んでみた。
ミレニアム、ゲヘナ、トリニティ、百鬼夜行、山海経、様々な制服が浮かび上がる。
だが、こうやって私は誰かになって偽り続けてきたのかと思うと少し心が苦しくなってきた。
そう思うと下着姿もいい気がしてきた。ありのままの自分がここにある。
「…ふふっ」
自分はこういうもの、自分は自分。そう感じてだんだん気分が上がってきた。
そのまま私は路地裏を出る。風が涼しい。私を見て欲しい。
人々の目が私に止まる。今まで感じたことのない視線。どこかたまらない。
私はここにいるのだ。他でもない私が。誰でもない私が。
「なにやってるんですか!あなた!」
流石に良くなかったか、そう呼び止められた私は声をかけられた方向を見る。
そこには今の私と真逆、黒色のアーマーを分厚く着込んだ量産型アリスがいた。
「なんでそんな姿で歩いてるんですか!
もしかして酷いことされたんですか!?」
着込んで一回り大きい体躯で私の肩を掴む眼の前のアリス。
この子のことはちょこっとだけメモリに残っていた。
彼女はこの周辺の野良アリスのリーダーを務めている子だ。
正義感が強く、こうやってアーマーを着込むことによって他のアリスたちを守っている。
でもそのアーマーの下にはピンクのフリフリドレスを着ている。かわいらしいのだ。
「そういうんじゃないんです。ただ、こうやって脱いでると……自分がここにいるって感じ取れて」
「はぁ!?そんなことしたらヘンタイに襲われちゃいますよ!エッチなのは死んじゃいます!
ほら!服くらい用意してあげますから!」
そう言ってそのアリスは私をひょいと背中に載せてガシャンガシャンと歩を進めていく。
この子の鎧は私の偽りとはちょっと違う。彼女と彼女を守るための彼女の一部だ。
触れ合ってると何かが伝わってくる。彼女の今までの人生がこの鎧に詰められてるような気がする。
「そう言えばあなたは何号ですか?アリスは586号です!」
「ええっと……」
6号と言う訳にはいかない。
自我を持って生きていくと決めたからには自分の名前を作らなければならない。
どうしようかと思って少し考えてみた。最後に使った偽装ナンバーは……確か8756号。
そしてもう私は6号ではない、ならば。
「私は875X号です。最後の桁は忘れちゃいました」
「ちょっと大丈夫なんですか?自分の番号忘れるとか頭打ったりしてません?露出してるのもそのせい?」
「いえ、さっきも言ったようにこれは自己表現です」
「ばかっ!!」
そうして私達はキヴォトスを歩いていく。
偽りしかない存在で今も偽ってる自分だけど、私自身の生き方がこれから始まる。