誰がこまどりを殺したの?①

誰がこまどりを殺したの?①





旅をして2人が大分仲良くなった後の話



「ほら!ドフィこっちこっち!」

「前見ねぇと転ぶぞ、コラさん」

「!?」

「…って言わんこっちゃねェ……」


目の前で見事石に躓き、地面に大の字に転がりかけた女にドフラミンゴは呆れと笑いを込めて息を吐く。自分がイトイトの実の能力で彼女の体を引っ張り支えてなければ、今頃彼女の手元にあった今日の昼食であったおにぎりは空を舞い、ついでに彼女…『コラソン』通称コラさんはまた膝小僧に傷を作る羽目になっていただろう。


「助かった…ありがとう、ドフィ」

「フッフッフッ、礼を言うぐれェならこれから少しは気をつけてくれよなァ?」

「………。……へへっ」

「おいおい、勘弁してくれ…」


糸から解放され、こちらを振り向いたコラソンは口角を吊り上げ、にこ!と笑う。その屈託ない笑みにドフラミンゴが笑い返しながらも、一つ言葉を投げれば、今度はなんとも言えないごまかしの苦笑が返ってきた。一体何歳だ、と言ってやりたくもなるが、ドフラミンゴは彼女が『そう言う人間』であることはここ半年で理解していたため、短く切り揃えた自身の髪をかくことしかできない。


「え〜っと、そう!見せたかったのはこれ!」

「……!!」

「驚いた?」

「…………あァ」


話の気を逸らすようにコラソンが大きく手を振る。彼女が手招く方は丘の下に海が広がる箇所だ。ドフラミンゴは海に嫌われる悪魔の実の能力者であるが故に、できるだけ海に近づきたくはなかったが、興味の方が優った。近づいていって、コラソンを見習い丘の下を覗く。するとそこには、穏やかな海だと言うのにいくつもの渦が形成されており、そしてその渦はどれも虹色の虹彩を放っているように見えた。渦の表面を撫でるように形成された虹が現れては消える。そしてまた色のパターンを変えては海に現れる。なんとも不可思議で美しい光景であった。


「この季節は海王類の移動の影響で渦ができて、光の屈折?でこういう風に虹ができるんだって。『滅多に見られないから旅人さんは見た方がいい!』なんて、少し前に漁師さんが言ってたわ」

「…………」

「私たちはね、歓迎されてるのよ。きっと」


コラソンの優しい声音に同意するように嫋やかな海風が彼女の長い髪をたなびかせる。


歓迎。父の采配により天竜人の地位を離れ、落ちるところまで落ち迫害を受けたドフラミンゴにはあまり馴染みのないものであった。しかし、それもついこのあいだまでのことだ。きっかけはかなり強引な手段だったとはいえ、ドフラミンゴの世界と度量はコラソンとの旅路で大きく広がった。そして言葉にしないものの、人と成った彼の心は、素直にコラソンの情を受け止めることができた。


「それじゃぁ、お昼にしましょうか。今日はおにぎりとなんと〜……じゃじゃ〜んっ!」

「ロブスター!?」

「港の人が煽て上手でつい……奮発しちゃった。ドフィが好きだしいっかなァ…!って…!!」


コラソンが意気揚々といつのまにか準備していた使い捨ての保冷容器の蓋を開けた。そこには、爪の大きい赤色の海老、ロブスターが丸々一尾、鎮座しているではないか。よくよく彼女の背後を見れば、こちらもいつの間に準備をしていたのか、大きめの鍋と薪が準備されている。


「よくやったコラさん!褒めてやる!」

「….、こ〜ら、違うでしょ?こう言うときはなんて言うんだっけ?」


好物が出てきたこと、コラソンが自身の好物を覚えていてくれたこと。いくつかの要因が重なり、ドフラミンゴは興奮のあまり感情と言葉をそのまま表に出した。その様子にコラソンは嗜めるように彼の頬を人差し指で軽く突く。


「…………、ありがとう、コラさん」

「どういたしまして!」


そのやりとりは二人の、ドフラミンゴがコラソンから教わった人と人の礼儀、そして距離感であった。人の上に人を造らずとはよく言ったものである。


「まずは鍋に水をたくさん入れて…?あ、ドフィ、先におにぎり食べてていいわよ」

「茹ですぎると硬くなるからな?」

「コラさんに任せなさぁい!」


恐らく購入した際に調理法も聞いていたのだろう。コラソンが何やら書き込まれたメモ用紙を片手に鍋へと水を注ぐ。ドフラミンゴはやけに自信に満ち溢れたコラソンのその手捌きに一抹の不安を感じながらも、彼女の好意に甘える形でおにぎりを一つ口にした。


「………、………!?!?!?!?」

「ふふっ、あははっ!!その顔だと梅干しの大当たり引いたのね」


突如の口の中に広がる酸味にドフラミンゴは目を白黒させる。彼はスラム街と言っても差し支えない場所でゴミを漁り、その日の食糧を集めていた時期があったため、腐っているものとはまた違う酸っぱい何かを喉から胃へ飲み込むことはできた。そしてそれと共に聞こえてきたのは、コラソンの邪気のない笑い声だ。


「酸っぱかった?はい、お水」

「なんだ、これ……」

「梅干しよ、果物を塩漬けさせたやつ。そっかァ、ドフィにはまだ早かったかなァ〜?大人になればその美味しさも分かるわ」

「…なら、コラさんもまだ梅干しの美味さは分かんねェってことだな?」

「!?!?分かるわよ!!!!」

「フッフッフ、冗談だ。怒るなよ」


ドフラミンゴの冗談にコラソンは調理の手を一度止め、彼へ近づき抱きしめてから髪や頬をもみくちゃにする。暫くすれば、お互いになんだか面白く成ってきたのだろう。思わずにやけた顔を見合わせて、コロコロと喉を鳴らした。


「昔ね、お兄様と一緒に梅干しを食べたことがあるの。そしたらね、あの人、すっぱ…!って顔してたのよ」

「ロー、が…?コラさん、流石に俺もそんな嘘には騙されないぞ」

「本当よ。……本当の、ことなの」


コラソンの思い出にドフラミンゴは思わず、顔をぎょっとさせ目を見開いた。彼が知っているコラソンの兄、トラファルガー・ローは顔に表情のない男だ。強いて言うなら、コラソンと話すときだけはその強張った顔の筋肉が幾分か緩まるだけ、ただそのぐらいである。到底彼女が話すように、梅干しを食べて酸味に目を瞑り口を窄めるような様子は想像がつかなかった。


「………。ドフィは前に行った教会のこと、覚えてる?」

「…?あァ、あの難民キャンプみたいになってた……」

「そう、そこ。…お兄様が作った教会」


コラソンがドフラミンゴを抱き締める力が少しだけ強くなる。


「……どんな手段で手に入れたお金で作ったかも、どんな思惑があったかも私には分からない。でも、あの人が避難してきた非加盟国の人たちに雨風を凌げる場所を提供したことだけは事実なの」

「………」

「私ね、貴方と旅をするまでお兄様は変わってしまったと思った。人を人と思わない厄災を振り撒く化け物になってしまったんだと思ってた。……でも、貴方と旅をして色々な人にあった。良い人、悪い人。…お兄様に救われた人」

「コラさん……」

「あのね、ドフィ。私、一度、お兄様と話してみるわ。『もしかして』を捨てきれないの。まだ、もしかしたらお兄様は…一部だけだとしても私の知る頭の良くて優しいお兄様かもしれないから。…甘っちょろいかな」

「フッフッフ、コラさんが甘いのは今に始まったことじゃねェ。それに、………」


自分はその甘さに救われたし、そんなところを好いている。とは、思春期の男児の口からは呟けなかった。代わりに彼女へ目を細めて笑う。


「コラさんだけじゃァ何しでかすか心配だ。俺も着いてってやるよ」

「え?」

「……味方は多い方がいいだろ」

「ありがとう、ドフィ!!」


そっぽを向いたドフラミンゴの素直でない物言いに、コラソンは一度間抜けそうに口を丸く開く。そして照れ臭そうに居心地悪そうにするドフラミンゴをもう一度、優しく抱きしめた。この穏やかな時間と旅路が続けと願いながら。

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