読書の秋……をテーマにしたかった
日差しとは裏腹に感じる風の涼しさ。徐々に近づいてくる秋への期待に胸を踊らせる。
ウマ娘的にはスポーツの秋……というのだろうか。秋のG1も始まり、より一層トレーニングに力を入れている。
それでも休息は必要だ。今日はトレーニングは休みであり、俺もトレーニングに関する本を探しに本屋へと足を運んでいる。
中に入ると読書の秋ということもあり、様々なコーナーが設けられていた。
話題の新作や秋に関するテーマの小説。正直興味をそそられるものがあるが、それを何とか断ち切り目的地へと進む。……後で一冊だけ買おうかな?
雑念が混じりながら歩いていると、その道の途中で俺は足が止まってしまう。
「あれ、あそこにいるのって?」
あるコーナーにいたひとりのウマ娘。
赤と黄色のラインの入ったジャケットに身を包み、動きやすい格好の姿は間違いない。
俺の担当ウマ娘であるキタサンブラックその子である。
そういえば今日は買い物に行くって言ってたっけ。
トレーニング用品か食べ物かと思っていたが、本だったとは……。
何となくイメージとは違うと思ってしまうが、すぐに思い直す。キタサンが活発な子とはいえ、中等部の学生だ。色んなものに興味があって然るべきだろう。むしろ別の一面が見れたことを喜ぶべきか。
それはともかく、これ以上見てるのは失礼だな。もう行こうか。
視線をキタサンから外し、目的地に向けて足を進めることにした。
「あっ、トレーナーさんだ!」
進めようと思ったんだけどな。
その声を聞いた俺は思わず頬が緩んでしまう。いや、この頬を見られるのは少し恥ずかしいか。
緩んだ頬を元の形に戻し、その声へと体を向ける。
声の主は小さくも確かな足音を響かせながら、こちらに向かってくる。そして俺の前で止まり、左手を後ろに隠しながらも輝かんばかりの笑顔をみせてくれた。
「こんにちはキタサン。こんなところで奇遇だな」
「こんにちはです!あたしもここで会えるとは思ってもいませんでした!トレーナーさんも何か買いに来たんですか?」
「俺はトレーニングに関する本を買いに来たよ」
「なるほど……流石トレーナーさんですね……。あたしそういうところ尊敬してます!」
そう言ってキタサンは右手を顎に当てて、深く感心している。その反応を見て俺は頬を掻くしかなかった。
俺は真っ直ぐな言葉を全力で伝えることが出来る。そんなキタサンの方が尊敬出来るよ。
うん、流石にこれは照れ臭くて言えないな。キタサンみたいに言えたらな……。
恥ずかしさを誤魔化したくて、俺はキタサンに似たような質問を投げかける。
「……それじゃあ、キタサンは何を買おうとしてたんだ?」
「えっ?えっと……その……」
俺の言葉を聞いたキタサンは大きく目を見開き、尻尾が鯉が滝を登るかの如く立ち上がった。
思ってもいない反応だがそれだけではない。
先程までは色白でありながら、健康的な肌が彼女の瞳のように赤く染まり、真っ直ぐな瞳は嘘のように泳いでいた。
大丈夫だろうか?心配になってどのように声を掛けるか少し悩んでいたが、何とか言葉を紡ぎだす。
「ごめんキタサン、変なこと聞いた。忘れてくれ」
「いえ!大丈夫です!変な本じゃないので!」
俺のズレた気遣いはキタサンにも過剰に伝わったようだ。
首と右腕を大きく振って、強めの否定を体全体で表している。
あんなこと言ったら、そういう反応になるよな……。
自分の言い方の悪さに呆れてしまう。
「今のは俺の言い方が悪かった、ごめんな」
「い、いえ……あたしもちょっと大げさすぎました……。その……あたしが買おうとしてたのは……これです」
何となくお互いに気恥ずかしくなり、一緒になって頬をかく。
キタサンは頬の火照りを変えずに、隠されていた左手を俺の前に差し出す。
隠れていたのは一つの本。あれ、これって……。
「最近流行っている少女漫画……だよな?」
「はい……ダイヤちゃんが面白いって言ってて……それでその……」
それは俺もよく耳にすることが増えた本。トレセン学園の生徒の間で話題の代物だ
内容は……あまり興味がなかったため詳しくは知らないが、恋愛ものだったような。
キタサンからはその話を聞くことはなかったから、俺と同じで興味がないものかと思っていた。しかし、彼女の親友であるサトノダイヤモンドの勧めがあったなら話は変わってくる。
様々なことに興味を持つサトノダイヤモンドがそれを手に取って、面白かったとキタサンに勧める。そして、キタサンも嵌ったといったところだろうか。
ふたりの仲の良さは聞いているだけで微笑ましい。
「うう……ガラじゃないのは分かってます……。あたしのイメージとは違うと言いますか……」
「俺はいいと思うけどな」
本心からの言葉を伝える。
そもそもイメージなんて気にすることはない。
勝手なイメージを抱いていた俺が思うのもなんだが、本人が楽しめるのならそれをとやかく言う資格はないのだ。
想いが届いたからだろうか。
キタサンの頬の火照りは消えて、尻尾も左右にゆっくりと動きだしている。
「そうですかね……?」
「うん、それに君を夢中にさせる本だ。きっと本当に面白いんだろうな」
「!」
これも一応本心だ。学園内で流行っていて尚且キタサンも嵌っているもの。面白いのは確実だろう。
まぁ手を伸ばすのは……ちょっと勇気がいるけどな。読むかどうかはさておき……というやつだな。
ただ、発した言葉はあと一歩足りていなかったみたいだ。キタサンの瞳が一段と強く輝きだして。
「トレーナーさん!」
「えっ?」
ヒュッ……!と、そんな音が聞こえる速さで俺の手を掴まれる。
あまりの速度に反応出来ず、瞬く間に両手は繋がれてしまう。
痛くはないが離せないくらいに強い力。それと同時に、笑顔の圧を感じて動くことが出来ない。
やっちゃったかな。そんな言葉が頭を過ぎった。
「興味を持ってもらえて嬉しいです!本当に面白いんですよ!」
「いや」
「えへへ〜!トレーナーさんともお話出来るの楽しみだな〜!」
「待ってくれ」
「あっ!でも買うとなる中々大変ですよね……。そうだ!本を貸せばいいんだ!」
「その」
「一巻は……ダイヤちゃんが持ってるけど、流石にそれを借りるのはダメだよね……」
「話を」
「そうだ!せっかくだから1巻も買っちゃおう♪そうと決まれば早速取りに行かなきゃ!また後で!」
「…………」
握られた手を小さく振られたかと思うと、すぐに手を離されてさっきいた場所へと消えていった。
一応何か話そうとしたけど、俺の話を聞くことはない。だけど、一瞬だけ見えた表情はいつも通りの満開の笑顔だった。
偶にあるよな、キタサンの暴走モード。そう思いながらも、怒りや呆れ等は微塵も感じなかった。
何だかんだで善意からの行動だ。嫌いになれるわけがない。そういうところも含めて、キタサンの人柄を好ましく思っているのである。
さてと、それなら今日の予定をちょっと変更だ。
目的のものを買ったら、キタサンからのオススメの本も読まないとな。
遠目からでも分かる程に喜びに満ちた姿を見て、俺は口角を小さく上げた。