誕生日を過ごす♀ゾロとサンジ

誕生日を過ごす♀ゾロとサンジ


♀ゾロの誕生日の話だけどあんまりその話してないかもしれない、♀ルフィの出番ないですすみません……





ゾロ程好みの分かりやすい奴は恐らくここの船長くらいなものだろう、とサンジは改めて思った。 


お誕生日席に座らされたゾロがテーブルの真ん中に運ばれてきたケーキに眉を上げて見せ、21本も刺さった蝋燭が多すぎると苦笑し、類稀なる肺活量でもって一度にその全ての炎を消して得意げに口角を上げ、取り分けられた最初のひと口をフォークで切り分け口入れる。

何も言わずにサンジにちらりと視線を向けながらも無言で更にもう二口三口と食べ進めるのはどんな料理人にとってでさえ最上級の賛美だろう。ゾロの好みは甘さ控えめでこれでもかというくらいに洋酒を効かせたものだ。サンジはゾロの反応を横目で確認しながら何人かの甘党の彼らの為に付け合せの生クリームをボウルから掬い、配っていく。

 

プレゼントだ、と皆が一様に似たような長方形の箱を取り出した時などゾロの片方しかない瞳は分かりやすく明るく輝いた。少女のように相好を崩しながら、それらを受け取り、一人一人にお礼を言うが早いか栓を開け始めている。


酒のことはよく分からねェけど髪の色に似てた!と渡された深い濃い緑色の小瓶を一息で飲み干し、みかんの果実酒をジュース代わりにする。芋で作られた珍しい酒で云々という蘊蓄を聞き流しながら熱燗で頼むとこちらに渡し、生まれ年に仕込まれた白ワインを、ロマンチストなてめェらしいなと言いながらも完璧な注ぎ方で、しかしやはり水のように開け、バニラが香るリキュールを牛乳でもコーヒーでもなく更に酒で割り、血のように赤くて素敵でしょうと注がれた赤ワインを、酒で鉄分補給出来たらなと軽口で応え、コークハイ用に最高だと手渡されたそれでウィスキーとコーラが9:1のコークハイを作り、コニャックの正しい飲み方を教わりながら1瓶丸々空けて、やっぱり良い米と良い水で作られた酒は美味ェなと口元を拭う。


酒とくれば何でも美味そうに飲み頬を綻ばせる、ゾロの幼げな表情をサンジはツマミを作り続けながら時折見つめていた。


主賓が主賓だから皆やけに酒が進んでいたようだった。まず最初に脱落したのがウソップとチョッパーの年少組だった。サンジはここらでお開きだなと考え、フランキーとジンベエにダウンした2人を任せ、皿を集めたりと細々とした片付けをしてくれていた女性陣にお礼を言い、後は任せてと寝室へ送り込むとブルックを捕まえて皿洗いと本格的な掃除に移った。


全て終わらせてブルックにお礼代わりに明日の晩御飯のリクエストを聞き入れてからようやくキッチンの電気を落として外に出る。もう日付は変わってしまっているようだった。サンジは煙草に火をつけつつ甲板をぐるりと見渡す。紺碧の空と濃紺の海の境目は曖昧で、その真ん中に横たわるサニー号の縁がまるで水平線のようにぼんやりと浮かび上がっている。冬島が近いのか空気は澄んでいて少し肌寒いくらいだった。さて、とサンジは煙を吐き出して空に浮かぶ星々に混ぜ込んでいく。今日のお誕生日様はどこにいるだろうか。


宵っ張りのゾロは普段はトレーニングついでに見張りを申し出るから展望台にいる。そうでなければ酒をねだりにバーダイニングに再度顔を出すだろうがサンジは、そのどちらでもないのだろうなという確信を持って船尾へと足を進める。果たして、サンジの思った通りにゾロはそこにいた。


ゾロは壁に身体を預けながら十何本目か数えるのも馬鹿らしいであろう酒瓶を煽っている。床にさえあちこちに瓶やらが転がっており、そしてそれら全てに一滴も残っていないのだろうなとサンジは予想する。ゾロが手に持っているそれらから何口分かを口の中に落とす瞬間、嬉しそうに喉を鳴らすその様はまるで幼げな少女だったというのに、サンジに気づいたのか濡れた唇を震わせたゾロは大人の女性にしか見えない。ゾロは随分とアンバランスな生き方をしているように見え、少女と女性の間、もしくは生と死の境を揺れ歩く度に色んな表情を見せるのだからサンジはいつも戸惑ってしまう。

サンジがその動揺を煙に丁寧に隠しながらゾロの隣に座ろうとすれば、ゾロの片眉がぴくりと神経質に上がった。


「見えねェだろうが」


何が、と言おうとしてサンジはしかしゾロの視線の先を追い、振り返る。サンジの真後ろにはちょうど大きな月が瞬いていた。成程、ゾロは月見酒でもしていたのだろう、確かにゾロの左側に座れば月は見えなくなってしまう。

サンジは腰を浮かして悪戯心でもってゾロの真正面に腰を下ろしたが、ゾロは何も言わなかった。それどころか、その辺に転がっていたグラスを拾い上げてそれに自分が今まさに口を付け飲んでいた瓶から中身を注ぎサンジに手渡したのだ。ん、とゾロは目線で飲め、と伝えている。

間接キス、なんて単語が一瞬サンジの脳裏に浮かぶが慌てて払い除けてグラスを傾ける。緊張と動揺を大きく揺さぶる位に強いアルコールがカッと胃を焼くようだ。ゾロの色っぽいような視線もそこに向けられている気がして、なるべくゾロの方を見ないようにサンジはグラスに視線を落とす。


ゾロの身体の中でサンジが味を知らない部位はないというのに、未だに間接キスだなんてことで動揺しているだなんて悟られたくはなかった。想像以上に強い度数に文句のひとつでも言って、いつもみたいに喧嘩の流れにしてこの妙に張り詰めた空気を有耶無耶にしてやろうと考えて顔を上げたサンジに、ふわりとゾロは笑いかける。


「……すけべ」


端的に告げられる事実でしかない悪口はしかし正しく売り文句だ。このまま買ってしまおうとサンジは口を開こうとして、ゾロの手がそれを遮った。サンジの唇を、ゾロの親指の腹が拭う。少し濡れたそれを、ゾロの赤い舌がねぶった。


「てめェの好きなところの一つだ」


は、とサンジは思わず口を開けて固まった。夜風が強く吹いたとしてもゾロに触れられた唇の熱は未だに消えてはいない。


「その、腑抜けた面もな」


ゾロがもう一口酒を煽る間に、サンジは何とか一言を絞り出す。


「……っ、随分素直じゃねェか、酔ってんのか?」


ゾロは分かりやすいやつだとサンジは思っている、思っていた。ゾロは無口な方であった。言葉を思いつかない、感情を言語化できないというより、感情や考え全てを口に出すのは愚かで恥ずべきことだと思い込んでいるようだった。

感じたこと、思ったことを曝け出すのは怖いことでもなんでも無いのだとベッドの上でサンジが何度教えてもあまり改善されることは無かったが。しかしそれでもサンジは良かったのだ。ゾロの視線、眉尻、口元を見れば何を思っているのか何を考えているのかを見分けることはもう随分と前から手慣れていたから。


「酔いのせいにしていいのか?」


だから、ここまで素直なゾロをサンジを見たことがなかった。見ようとしてこなかっただけかもしれない。


ゾロはいつの間にかサンジとの距離を詰めていた。

今度は指では無い、ゾロの唇が、サンジの口に触れる。


「……薄い唇、長い舌、ねちっこく追いかけ回してくるわ、くそ長ェが……好きだ」


吐息混じりで告げられるそれに、サンジは息を飲んだ。その拍子に、ゾロの舌が入り込む。ねちっこく追い回す、とゾロは言うがサンジに言わせれば誘うようにサンジの舌を絡め取るのはゾロの方だ、と思う。サンジはゾロのお望みどおりにかなり熱い舌を追い回しては食むように味わう。酒と煙草の味がして苦いはずなのにどうしようもなく甘美な唾液が溢れる。刀を咥えているせいか、ゾロの歯列は真っ直ぐでつるりとしているから咥内が広いように錯覚してしまうからその空間全てを蹂躙するように舌を押し込む。お互いを食い尽くすような口付けはいつだって長い。それを、ゾロは好きだと言った。サンジが初めて聞いた、初めて知ったことだった。


銀糸どころか飲みきれなかった唾液がゾロの口元に垂れたあたりでようやくゾロは口を離した。どこか呼吸は荒いくせに、まだ笑みを崩そうとはしない。サンジの少し火照りはじめた頬にゾロの手が添えられる。同じくらいに熱を持っている、とサンジは気がついた。


「ツラも……悪くはねェ。眉はおもしれぇし、目ん玉は綺麗だ。青っていうのがいい、海の色だ。垂れてんのも優男ぶって見えていい、」


好きだ。


ゾロはサンジの耳元に囁いて、立ち上がった。月がゾロを照らし出す。サンジはようやく気がついた。

ゾロの隣に座ろうとした時。見えねェだろとゾロは言ったが、あれは月が見えないという意味ではなかったんじゃないだろうか。


「ゾロ、」


ゾロはもしかして、隣に座られたらてめェの顔が見えないだろと言いたかったんじゃないか。だからおれが真正面に座った時に何も言わなかったんじゃないか?


ゾロは呆然とゾロを見上げるサンジの頭を軽く撫でてから急に着物から腕を抜き出した。ぎょっとするサンジを前に、そのまま上衣から上半身を完全に露出させる。後ろ手でサラシを解けば拘束からの解放で歓喜に大きく震えた胸が一気にその巨大とも言える質量と存在感でもってサンジの視界を覆い尽くす。月明かりに照らされて、ゾロの日に焼けた肌は青白く輝いているようでさえあった。


「なっ!?お前、急に何やってんだ!?身体冷え、」

「……ガン見してるくせに、興奮してるくせに自分の事よりおれを優先させるその馬鹿みてェに優しいところ」


ゾロはそのままサンジをじっと見下ろしている。隻眼が、影になってサンジを射抜き続けている。


ゾロは言葉で思いを伝えることはほとんど無い。滅多にない。だからサンジが、ゾロの思考やアクションを読んで察して動いてやることが常だった。難しいことでは無いし苦でもなかった。ただ、自然とそうなっていたから。ゾロも別にそれで不自由ではなかっただろう。


「好きって、言ってくれんのか」


ゾロの全てからサンジへの好意は伝わっている。

ゾロの全てにサンジへの愛は詰まっている。

分かっていたことだけれど、それを直接伝えようと思ったのは。思ってくれたのは。


例え月明かりに照らされて居なくたって、数メートル先さえ見えない暗闇の中でさえサンジの赤くなった頬どころか首辺りまで真っ赤に染ったのをゾロは決して見落とさないだろう。だのに、それさえ愛おしいとでもいいたげに笑うのだ。

 

「これから先の一年、どうせまたてめェの好きなところが増える、上書きする前に全部吐いちまってもいいだろう?」

「ばか、お前、それは別に書き留めとけよ!」


一年。365日かけてまたゾロはサンジのことを好きになる。今まで以上に。ずっと。もっと。それは、確実に、サンジも同じだ。


ゾロはとうとう腹巻もブーツも放り投げてズボンを下着ごと脱ぎ出した。海と空と月。それらのちょうど真ん中に君臨する一糸まとわぬゾロの姿は、サンジへの愛も想いも何もかもを曝け出す決意をしたゾロはサンジにとって世界中で一番いとおしくてうつくしい。サンジは、誘われるように立ち上がってゾロの髪先に口付ける。船尾はともかく、甲板に誰かいやしないか。見聞色で探ろうとしたサンジの手をゾロが引く。


「ルフィはさっきまでここにいたが、とっとと寝ろって言ってやった。……今、ここには2人しかいねェけど」


どうする?


その答えを、ゾロはおそらくサンジの微かな吐息から読み取ったのだろう。薄らと笑い、サンジの抱擁を受け入れる。ゼロ距離になる。視線。眉尻。口角。言葉。そして最後に。

好きだ、とゾロの心臓が告げている。サンジは、当然のようにそれを知っている。知っていた。




ルフィ「ゆうべはお楽しみでしたね」

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