誕生日🛷の🏔🛷

ワンクッション

※距離が近づいたり離れたり近づいたりする🏔🛷

※検疫とか出国とか🇸🇦とかあるけどそこまで入れるととても長くなったので気にしない方向でお願いします

※誕生日はハーレム時空より個別CP時空かもしれない

※かわいい=愛おしいってこと

「あ、そういえばもうすぐお前の誕生日だな」

　節分で残った豆をポリポリ食べながら、いかにも今ふと思い出しましたよ、という体で話題に出す。

　ベッドの上で雑誌を読んでいたオーソは「あ～、そうだな」なんて気のない返事をしながら律儀に本を閉じて起き上がった。俺と会話が始まると思ったらちゃんとこっちに集中する体勢を整えてくる。

「やっぱり親からの誕生日プレゼントはバレンタインのチョコと兼用だったりした？」

「じゃあお前の誕生日プレゼントはひなあられだったのかよ」

　俺の誕生日パっと出てくるのかよ。こいつほんと俺のこと好きだな。

　豆を机に置いて椅子ごとオーソの方に少し近づく。

「今年は何欲しい？」

「誕生日に？」

　うーん、とわざとらしく神妙な面持ちで考えるような仕草を見せる。と思ったら一瞬で満面の笑みを浮かべて手でハートマークを作ってきた。

「そりゃもちろん、愛♡」

「そ。じゃあリクエストにお応えして…」

「でああああなんでそこで脱ぎ出すんだよばか！！」

　あからさまに狼狽えるオーソ。面白いくらいベッドの上で壁際まで後ずさりした。

　そんなオーソを見下ろしながら俺はシャツをバサッと床に脱ぎ捨ててベッドに乗りあがる。

「逆に聞きたいんだけなんでお前いつもそういうこと言うの？」

　俺相手だから途中で止めてやってるだけだからな。

「あほ！普通はこういうのは笑って終わりなの！お前だけだよ本気にするのは！」

　はあ？まさかこういう冗談俺以外に言ってんじゃないだろうな……………いや言ってるんだろうなこいつのことだから。なんか腹立ってきたな。

　勝手に壁際に寄ったオーソを更に追い込むように壁にゆっくり手をつく。

　それをしっかり目線で追うオーソ。つばを飲み込んで動く喉元に噛みつきたくなる。いや、しないけど。

「う………ウシュバ…？」

　壁に手をついてオーソの逃げ道をなくしたものの、俺はそこから動かない。じっと目の前の男を見つめる。

「愛、ほしいんだろ」

「だからそれは冗談で…」

　そもそもそれが冗談っていうのがおかしい。だってオーソ、俺のこと好きだろ。

　この眼。俺と俺以外を見るときの眼が、そこに宿る熱が違う。この眼で見つめられたら、同じくらいの熱量を返したくなる。それは今も同じで。今だって平静に保とうとしているものの、その瞳の奥に燃える熱量に、俺が気づかないわけない。逆に言えば根拠はそんなもん。

　本人が鈍感すぎて無自覚なのか、それとも巧みに表に出さないように隠してるのかはわからないけど。

「いい加減素直になれよお前も」

「俺ほど素直で実直な爽やか美青年もいないっつーの…！」

　俺のほうが痺れを切らす。けれどオーソの手をつかもうとして、がっちりと手を組み合う。もちろん全力で反抗された。

「この野郎…！」

「んぐぐ…！」

　力が拮抗してそのうちオーソが下になってベッドに倒れ込んだけど、これどう見ても押し倒してるんじゃなくて取っ組み合いの喧嘩にしか見えない。

　俺だって気のない相手にこんなことしたりしない。でも俺に揶揄われたり触られたりしても（騒ぎはするけど）嫌がらないでまた「ウシュバ〜」なんて近づいてくるんだから、こいつ相当、俺のこと好きだろ。もう、手を出しても、いいだろ…別に…最後までやろうとか、思ってないし…！キスぐらい！なのに！こいつ！いつまでも！抵抗！して！こ、この…！ば　か　ぢ　か　ら　が………！！！

「くっ…！」

　だめだやめよう。一旦仕切り直しだ。いつまでも色気のある空気にならない。俺が組んだ手を解くととオーソもホッとして力を抜く。

　こんな体勢でもすっかり緊張を解くのは警戒心がなさすぎじゃないか。それは流石に俺にだけであってほしい。

「本当にさあ…冗談なわけ？」

「え…」

　オーソの頬に触れる。少し熱があるのは取っ組み合いのせいなのか、それとも俺が触れてるからなのか。額にかかる前髪を梳くように払う。

　警戒されないのは、信用されているのは、それなりに嬉しくもある。俺はオーソに一つも痛いとか苦しいとかそういう思いをさせたくない。

　甘え下手のお前が愛がほしいって言うんならくれてやるし、どろどろに甘やかしてやる。

「冗談なんて言うなよ」

　一つもわかってないような、戸惑いの色が俺を見上げるその目に表れる。

「冗談じゃなく本当にほしいもの言えよ。なんでもくれてやる」

　多分、もう少し。

「俺に」

　甘えたっていい、そう続けようとした瞬間。

　♬ピヨピヨピヨピヨピヨ♬

「あっ！？お、俺のスマホ」

　は？………は？なにその通知音？？？なんでひよこ？？？は？？？空気ぶち壊しなんだが。

　起き上がったオーソは呆ける俺をごろんとどかす。本当に力強いなお前。

　オーソは机の上に出ていたスマホの画面を見るやいなや声を上げる。

「うわっ！父さんからビデオ通話！」

　え？ちょっと待て待て俺やばい服着るからちょっと待っ

「ハイハイ父さんなに？」

　なに？じゃないだろ秒で出やがったこいつ！

『やっほー！パパだよオーソ元気〜？ってウシュバ？なんで裸？』

「気にしなくていいよ」

　気にしろよお前が。

『まあいいや』

　よくないだろ気にしろよ親子揃って！

『オーソもうすぐ誕生日じゃん、今年なにほしい？』

「父さんまで…別になにもいらな」

『ちなみにリクエストなければパパの超でっかいぬいぐるみ贈っちゃうぞ♡』

「……………」

　ピースにウインクまでつける父親に先手を打たれてオーソも調子のいいことが言えない。

　あれだろ超特大ぬいぐるみって。あれがここに置かれたら気まずすぎる。俺はシャツを着直しながら父親のクソ馬鹿でかいぬいぐるみが部屋に鎮座する様子を想像する。ますますオーソに手を出しづらい。回避しろ。なにかほしいものリクエストしろ。念を送る。

　でもなあ。ここでこのド不器用甘え下手のオーソが父親にプレゼントなんてねだれるかというと。

「じゃあ…父さんが今してるそのブローチちょうだい」

「！？」

　思わず二度見した。

　オーソの後ろからそっとスマホの画面を覗き込む。拍子抜けしたような顔の父さんが、左胸のブローチを指した。

『え…これ？お前な、もっと良いものねだってもいいのに』

「いや…俺にはそれがいいよ」

　まるで謙虚な息子かのようなセリフだけどとんでもない。父さんのスーツの襟につけている菊の花の、チェーンが付いた金のピンブローチ。

　父の子供たちならみんな知っている。これは父さんが菊花賞を勝ったときに作った金細工のブローチ。三冠馬が三冠を成したときの、父さんだけの金細工。そんなの俺もラララ姐さんもエポカさんもマルシュ先輩もねだったことはない。ねだれるはずがない。

　オーソのとんでもない特大級のおねだり。それを父さんは事も無げに。

『わかったよ。後で届けるから』

「楽しみにしてる〜」

　なんてことのない親子の会話。

　頭を鈍器で殴られたような衝撃。

　オーソが甘え下手なんて、俺の思い違いだった。下手なんじゃない。この男はしっかり甘えられる相手を選んでるだけなんだと一瞬のうちに理解した。そしてその相手に、俺は入っていない。

　⸺そりゃもちろん、愛♡

　父親からの愛情はほしがるくせに。

　俺のこと好きなくせに。

　俺からの愛は素直に受け取らない。

　オーソのほしいものをあげたいのに、俺じゃあげられない。

　オーソが俺を好きなのに、俺がオーソにふられた気分だ。

　結局、誕生日プレゼントなんてなにも思いつかないままあいつの誕生日になってしまった。

　躍起になってプレゼントを探したし、恥も外聞も捨てて相談もしてみた。でもラララ姐さんもエポカさんもメロの姉御も「なんでも喜ぶと思うよ〜」で一貫している。マルシュ先輩には「それ考えてるときが一番楽しいのよね」なんて物知り顔で言われた。ギルには聞かない。面白がりそう。聞いてないのにララが「愛がいいと思う♡」とか言ってきた。ソヴァは「俺はもう決めたもん♪」って見せびらかしに来た。二人ともデコピンしてやった。どうでもいいけど父さんの子ってみんなキャラ濃すぎる。会うだけで疲れるわ。

　メロの姉御には「オーソくんの同厩の子たちとか、同じ路線の子たちとかに聞いてみたら？」なんて言われたけどぜーーーーーったい嫌だった。俺よりオーソのことよく知ってそうなところが嫌だ。

　でも結局、なにをあげても父さんの贈るものには敵わないんだよな。何度もそこに立ち返っきては、胸の奥にふつふつと火がつく思いがした。

　今日見かけたオーソは周りから祝福されて、「プレゼントは後日でも受け付けてるから♡」なんて調子のいいこと言ってた。それなりに何かもらってるようにも見えた。

　フラフラと歩き回ってしまう。いつまでもそうしているわけにも行かない、いずれは帰らなきゃならない。

　ふと目に飛び込んできたのは、コンビニだった。

　ドアを開けると、犬のようにオーソがばたばたと出迎えてきた。

「ウシュバ！見ろよこれ父さんやりやがった！」

　手には普通サイズの父親のぬいぐるみ。ご丁寧にピンクのリボンが巻かれている。

　超特大のは回避したけど結局これが贈られてきたってことか。

「父親のぬいぐるみ部屋に飾ってる男とかどうよ！！！」

　頭を抱えるオーソの左胸には、あの金のブローチ。

　ぬいぐるみにぶーたれてはいるが、絶対こいつ浮かれてる。

　俺が鞄をおろして上着を脱いで、その間にもオーソはこれどこに置いとけばいいんだ、なんてぶつぶつ言ってる。そうは言っても絶対それを無碍に扱わないのがオーソだ。多分俺が何あげたって同じように無碍にはしない。

　だから俺は。

「ん」

　ガサッと小さいレジ袋をオーソに突き出す。

「なに？……あんまん？」

　ぬいぐるみをベッドに置いて俺が渡したものを受け取る。コンビニで買ってきたばかりのホカホカのあんまん。

「やる」

「え…お前が食べ物をひとに…？あっ、もしかしてこれ誕生日プレゼント！？あっはははは！お前らしい〜」

　笑うなよ…俺はちょっと唇を尖らせるけど、言えなかった。俺が同じことされても多分笑う。

　でも俺はこれでいい。食べちまえ。食べたらそれで終わり、何も残らない。並ばない。

　ベッドに腰掛けたオーソがあんまんをレジ袋から取り出す。

「メロさんから聞いた。お前相当俺のプレゼント悩んだらしいじゃん」

　なんで言うかな！！！！！普通にかっこ悪いだろ俺！！！

「あっちも誕生日だからメッセージ送ったら教えてくれた」

「そ、そういえばそうだっけ…」

　いたたまれなくて目をそらした。

　紙の袋が擦れる音がする。

「そういうところかわいいよな、おまえ」

　これ！これが腹立つ。お前がいかにも兄貴面して、同い年なのに年上ぶるそういうところ。どうせクラブの後輩にも厩舎の後輩にも言ってるんだろ。

「ま、その悩んでるお前を想像すると楽しいからそれもプレゼントってことで受け取っておくわ。はい」

　はい、とは。見るとオーソがあんまんを半分に割ってこっちに寄越している。

「なんで。全部食べたら」

「いいだろ、俺の誕生日なんだから。お前とはんぶんこにしたほうが特別じゃん」

　特別、なんて言って屈託なく笑うから。

　そういうところ、おまえかわいいよ。

　オーソの隣に性急に腰掛ける。

　差し出されたあんまんを受け取る前に、思わずオーソの肩に手をかけて引き寄せた。そのまま顔を近づけて⸺⸺⸺いや、やめた。

　オーソの誕生日なのに俺がしたいことをしたってだめだろ。

　ぐっとこらえて、オーソの差し出すあんまんに一口かじりついた。熱くて甘い。それを飲み込んで。

　なのに。

「あ、してくれないんだ…」

　ぽそりと、声になるかならないかの小さい声。

　気づいているのかいないのか。

　無意識なのか意図的なのか。

　寂しそうな声と顔をするから。

　それはもう言い逃れはできないだろ。冗談なわけないだろ。

　離しそうになったオーソをもう一度捕まえる。もう一度距離を詰める。

　ふとぬいぐるみが目に入ったから、背を向けさせた。オーソの左胸にも手を置いて。

　俺に大義名分を与えたのはお前だからな。

　欲しがったのはお前だからな。

　とびっきりの誕生日プレゼントをくれてやった。