『誓いの紋章』④

『誓いの紋章』④


「……寝てるのかな」

薄暗い部屋のベッドの上で、ルフィが体を横にしているのが見える。

まだ体には包帯が痛々しく巻かれているところを見ると、怪我はあまり回復していないらしい。

きっとほとんど栄養も取れていないのだろう。

机の上には、サボが持っていったと話していた軽食がそのまま置かれている。


「…よいしょ」

ベッドの横に腰を下ろす。

後ろからはルフィの寝息が聞こえてくる。

ルフィは起き上がらず、ウタも何も話さず、

しばらく部屋にはルフィの寝息だけが響き続けた。


しばらくして、ウタが小さいベッドの上に上がる。

ルフィの頭の前に放り出された右手に手が伸ばされる。


あの日の記憶がフラッシュバックする。

頭の中であの船での悪夢が呼び起こされる。

目覚めてすぐもそうだった。

何故かルフィの手が、自分に迫る下劣な手と重なってしまう。

思わず嫌な汗が出てしまう。勝手に腕が震えてしまう。


ルフィが小さく震えたのが分かったが、それでも止まらず


それでも、右手の震えを左手で抑える。

ルフィにすらこうなってしまう自分に今でも吐き気がしそうだが、それでも今更引き返したくはない。

そのまま真っすぐ手を伸ばし、ルフィの右手を取った。


取ってしまえばあっけなかった。

脳裏の悪夢も体の震えも、瞬く間に消えていく。

そこにあるのはあの下劣なものではない、ずっと自分を守ってくれていたあの優しい手だ。

ルフィの右手の甲を自分の手で覆う形で握りながら、そのままベッドに倒れ込む。

少し狭いが、傷に深くさわらぬよう密着してしまえばなんとかベッドに体を収められた。


「ねぇルフィ」

唐突にウタが声を上げる。

「ルフィはさ…何年も、私のそばにいてくれたでしょ?」

振り向き、ベッドの上に手を置かれながら言葉が続けられる。

「…だからさ、分かるよ?狸寝入りしてるときの寝息くらい」


密着しているからか、ルフィの体が小さく震えるのもよく分かる。

本当は最初から気づいていた。

この部屋に入ってからずっと、ルフィの立てる寝息が嘘寝の時のそれだと言うことは。

ガープ中将の誘いを誤魔化すときも、喧嘩したあとも、傷が深く眠れないような時も…

追われるようになって寝息も随分小さくなったが、それでも細かい癖は変わっていなかった。

「…そのままでいいから聞いてくれる?」

いつの間にか寝息の止まったルフィの背中に話しかける。


「……ごめんなさい」

ピクリと体が動くのが分かったが、言葉を続ける。

「私、ルフィに助けられて…戦えないのにずっと守ってもらって…」

これまで、何度も一人で戦って傷だらけのルフィを見てきた。

泣き腫らす自分に大丈夫だと汗だらけの顔で笑ってくれるルフィを見て助けられてきた。


だというのに。

「…なのに…!!私、ルフィのこと……!!」


悔しかった、ルフィ以外の誰かの証を刻まれたことが。

憎かった、ルフィが倒れても戦えずに捕まり、傷だらけのルフィを跳ねのけてしまった己が。


「ごめん…ごめんね……」

目から熱いものが溢れ出てくる。

本来、既に自分にルフィの側にいる資格などないことなど分かっている。

それでも、ウタは諦めきれなかった。

望んでいいと言ってもらえたそれを、捨てることなど出来ない。


「私……それでも、ルフィに側にいてほしっ…」

…そこから先は、続けられなかった。

突如振り向いたルフィに抱きしめられ、口を塞がれた。


「ん…!?」

突然のそれに思わずくぐもった声が出てしまう。

すぐにそれが離れ、ルフィの顔全体がはっきりと見える。


「……おれ」

やっと見れたルフィの顔は泣いていた。

今まで一人、不安と迷いと戦わせてしまっていたのだろう。

「まだ…お前と一緒にいていいのか…」

こんな言葉をルフィに言わせてしまう自分がどうしようもなく情けなかった。

「…私は一生…一緒にいて欲しい……いてくれる?」

ルフィに負けないくらいに力強く抱きながら言葉を投げた。


「……当たり前だろ…!!」

そのまましばらくの間、離れていた数日間を埋めるかのように抱き合って、二人で泣き続けて…いつの間にか、本当に眠ってしまっていた。



ほぼ同時に目が覚めたとき、言葉より先に、ルフィが大きく腹の虫を鳴かせた。

つい吹き出してしまうが、続いて自分からも発せられた音につい顔を赤くしてしまう。

最近の食事を考えれば仕方ないだろう。

ひとまず置かれっぱなしのサボからの食事を、二人で分けていただく。

こちらの胃袋を考えての食べやすい食事が心にしみた。


「…ねぇルフィ…一つお願いがあるの」

食事が終わり、ベッドの上でまた抱き合っていたウタが話を切り出す。

「なんだ、ウタ?」



「…上書き、してほしい」


〜〜


『…変わったぞ』

「こちらコアラ、今大丈夫だった、『スミス』?」

『問題ないが…どうかしたのか?』

「ほら、もうすぐその島に補給に入るって伝えてあるでしょ?船の修繕も兼ねて数日」

『確かに…こちらも修繕の手伝いをするはずだが…他になにか?』

「実は一つお願いがあってね───」

『───…なるほど、事情は分かったが…』

「お願いできる?」

『…あまり好きな仕事じゃないが…理由はよく分かる、引き受けよう』

「ありがとう…それと、サボ君も手伝いたいって言うからつき合ってあげて」

『参謀総長なら断れないだろう…それで、形は?』

「今電伝虫で写真を送ってるわ…出来た?」

『来たが…こりゃなんだ?瓢箪か?』

「私も知らないけど…彼女がその形がいいって言ったの、お願いね」

『分かった…準備しておこう』

「ありがとう、じゃあね」

ガチャッ

「私が提案したといえど…ルフィ君には辛いことさせちゃうかなあ」


続く

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