『誓いの紋章』③

『誓いの紋章』③


「ルフィ、入るぞ」

一応のノックをしてから、サボが部屋に足を踏み入れる。

ウタ同様一筋の光すら防がれ外界と絶たれた部屋で、

ルフィはベッドに腰掛けて項垂れていた。


「……」

「隣、座るぞ」

すぐ隣に腰を掛ける。

相変わらずルフィからの反応はない。

まだ全身に傷の名残が残っている。

ここ数日何も口に出来ていないのだから当然だろう。

辛うじて見える目からは、少しの光も感じられなかった。


「…飯でも食わないか?握り飯持ってきたんだ」

食べやすいようにと、スープの入ったジョッキと共に置く。

まだいい匂いを漂わせるそれは、自分の知る弟なら真っ先に飛びつきそうなものだった。

「………」

だが、今目の前にいるルフィは見向きもしない。

意識すらしていないようだ。


「…ここは暗いな、少し甲板に出て日でも浴びないか?」

「………」

返事はない。

こちらを一瞥もしない。


「……ルフィ!!」

思わず肩を掴む。

かつて海軍の英雄と呼ばれていたとは思えないほど小さく、細く感じてしまうそれに心を炒めながらも言葉を続ける。


「お前がそんなんでどうする!!お前が元気にならなきゃ、誰がウタを守るんだ!?」

ウタ。

その名前が出た途端、ルフィの体が少し震えた。


「…サボ」

「ああ、何だ」

ゆっくりとこちらを向いたルフィの言葉を待つ。


「…頼みがあんだ」

「何だ、言ってくれ」



「ウタのこと、守ってくれねェか…?」

「………は?」

思わず絶句する。

今、ルフィはなんと言った?

「サボなら、任せられるからよ…だから」

「何言ってんのだルフィ!!!」

思わず肩を持つ手に力が入る。


「あいつが、ウタがそんな…お前はどうするつもりだ!!」

「おれまでいたら迷惑だろ…動けるようになったらその内ここ出て」

「馬鹿なこと言うんじゃねェ!!」

語気が強まってしまう。


「弟が兄に迷惑なんて考えるな!!それに、ウタだってお前と離れるのを認めるわけねェだろ!!」

「………」

「お前はそれでいいのか!?答えろルフィ!!」

サボが、目の前のルフィに叫び続けた。



「……ねェ…」

「……っ!!」


「分かんねェよ……!!!」

気づけば、ルフィは泣いていた。

肩を掴む手を掴み返される。


「おれ、ウタのこと守りたくて…でも守れなくて……それでウタに……!!」

「…〜っもういい…!!」

思わず弟を抱きしめる。

震える弟の背中を支える。


長らく記憶を失っていたサボにとって、海兵時代の二人の知識は多くはない。

確かに脈々と名声を上げる若手の英雄達の話は革命軍でも上がっていた。

だがその程度、二人がどのように過ごしていたかまでは把握できない。


世界を敵に回すこととなってしまった二人。

ウタにとって、ルフィは昔から…自分達がいなくなっても、己の夢も立場も捨ててずっと一緒にいてくれた存在だったはずだ。

海軍の記録の盗聴の中にあった、ウタが己の手で戦えなくなったと言うことを考えれば、よりルフィへの依存は強くなっていたと考えていいはずだ。


そしてそれは、ルフィも同じはずだ。

夢も立場も未来も、全てを捨ててルフィはウタを救う道を選んだ。

ウタを守るために、ルフィはこれまで戦っていた。


そんな存在を、ルフィは守りきれなかった。

守りたかったはずの人に、あまつさえ手を振り払われた。

そのことが、今も癒えることのない傷となってルフィを蝕んでしまっているのだろう。


だがこのままではルフィが持たないだろう。

なんとかしなければならないのに、どうすればいいのか…サボも分かりかねていた。


やがて泣きつかれたのか、ルフィが静かに寝息を立て始めた。

目の下の隈を見れば、あの日以来眠れていなかったのが想像がつく。

そっとベッドに横にして寝かし、毛布をかけた。

食事をテーブルの上に起き、一度部屋を出る。

甲板にまで戻り海を見る。今日の海は静かだ。


「サボ」

「…着いていたのか、二人共」

「まあ、さっき来たばっかだけどよい」

サボに声をかけた二人が近寄ってくる。

白ひげ海賊団二番隊隊長ポートガス・D・エース。

並びに一番隊隊長不死鳥マルコ。

元四皇、白ひげ海賊団残党筆頭の二人だった。


「最近はどうだ?例の島の方は。」

「今のところは平穏だ…今日はジョズ達が守ってるよい」


数ヶ月前、新世界での大海賊"白ひげ"の大往生。

それに合わせたかのような黒ひげ海賊団の勢力拡大により、白ひげ海賊団は四皇の座から陥落。

今は以前より協定を結んでいた革命軍の支援の中、白ひげの故郷を始めとした縄張りを守っていた。


「…それで、ルフィは」

エースの問いかけに、首を横に振る。


今でも鮮明に記憶に残るあの日。

不死鳥マルコによって最低限の延命と手当をされたルフィは、

目覚めてすぐウタの元に向かった。

駆け寄り、伸ばされたルフィの手を…他でもない、ウタ自身が弾いた。

何が起こったのか、己が何をしたのか分からないかのように呆然とする二人を周りがなんとか部屋に運んだものの、あれ以来ルフィは塞ぎ込んでしまっていた。

そしていよいよ今日は、ウタの元から完全に離れようとすらしてしまっていた。

きっと癒えぬ疲労とショックからの発言ではあるはずだ。

それでも、あまりに信じがたい発言だった。


「…ルフィ…」

「麦わらのやつ、そこまで追い詰められていたとはな」

二人が顔を険しくして思い悩む。

「ウタを思っての発言なのは分かってる…だがおれは…これを認めるわけにはいかない」

認めてしまえば、いよいよ二人は永遠に引き裂かれるだろう。

それだけは防がないといけない。

「…それで、どうするんだよい?」

マルコの問につい腕を組んで唸っていたときだった。


「…サボ」

後ろから声をかけられ、振り向く。


「…ウタ、コアラ」

甲板に、二人が姿を表していた。


「ウタ、もう動いていいのか!?」

「エース…大丈夫、そんな怪我はないから…それより、ルフィは今どうしてる?」

「……ルフィは」


二人にも、先程のことを説明した。

ここで変にごまかすより、二人にも手を考えてもらうほうがいいだろう。


「……そっか…私のせい、だよね」

「お前もあいつも悪くない、悪いのは…」

「ありがとう…大丈夫、ルフィと話してくる」

そう言うウタの瞳には、昔ほどではないにしろ確かな光があった。


ここは、当事者に任せるべきなのかもしれない。

「…分かった」


部屋に向かうウタの背中を見送る。

今は見えないが、あの服の下に刻まれている今まで幾度となく見たあの「傷」を思うと怒りが沸々と湧いてくるようだ。


「…コアラは、上手く話せたみたいだな…悪い、おれは…」

「ううん…それよりサボ君、一つお話があるの」

コアラがこちらに向き直る。

「おれ達は一度下がったほうがいいかよい?」

マルコが気遣いの言葉を言うが、コアラは首を横に振る。

「いえ、むしろ二人も聞いておいてくれる?…多分、手を借りることになるから」

「おれ達の?」

エースが疑問を浮かび上がらせる。 


「うん…サボ君、次の補給の島、覚えてる?」

「ああ…あの島がどうかしたのか?」

「いい?その……」



『はァ!?』


〜〜


「ルフィ…?起きてる…?」

…返事はない。

まだ寝ているのか、それとも…。

…どちらにしろ、引き下がる選択肢はウタにはなかった。

「…入るね」



続く

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