『誓いの紋章』終

『誓いの紋章』終


『ギャアアアアアア!!!』


『………!?お頭!!?部屋で何を!!?』


『止血を!!』


『手荒だが…"烙印"があっては…忘れられるもんも忘れられねェ』


〜〜


"偉大なる航路"、とある島。

建物に靡く「反逆竜」の旗が、この地がどのようなものか示している。

革命軍の保護下に置かれたその島に、参謀総長の船は着港していた。

既に港に到着してから数日、船体や帆の修復に先日の戦いでの負傷者の手当て、物資の補給など

それぞれの役割が進められていく中、

少し離れた場所に座した、煙の立つ施設でそれは行われていた。


「ギャ…アアア!!…ハァ…ハァ…」

「よく耐えた、これでお前も我らの同士だ…次」

息も絶え絶えになった男が近くの革命軍兵に支えられながら別室に歩いていき、また新しい一名が歩いてくる。

「大丈夫かよい?」

「大丈夫かマルコ?怪我人に続いてこっちまで…」

「乗りかかった船だよいエース、心配すんな」

運ばれた先で、男が不死鳥の炎で手当てされる。

血が止まった背中には、何かを埋めるように大きく反逆竜の頭が刻まれていた。


この"治療"は、かつての"タイヨウの海賊団"の逸話をもとに始められたものだった。

奴隷とそれ以外のものの見分けをつけなくするため、そして体に刻まれた"呪い"をかき消すため、

"天駆ける竜の蹄"…天竜人の紋章の上から太陽のシンボルに書き変えたという逸話。

実際の証人もいる革命軍では、それを参考にした"治療"が行われることがある。

解放された元奴隷に対し、本人の希望の元烙印を上書きし、革命軍のシンボルに変える。

一見痛々しく映るその行為は、

奴隷時代の悪夢に苛まれる者に対してできる数少ない処置でもあった。


「…これで今回助けられた人達は全員だ、ありがとうな」

焼きごてを水につける革命軍兵士にサボが話しかける。

「いえ…しかし、今回は多かったですね…」

「ああ…チャルロス聖の船だからな…」

地方の貴族や奴隷商船、時には天竜人からも奴隷を解放する革命軍であるが、

その中でも特に天竜人の奴隷は惨いことが多い。

特にチャルロス聖は奴隷に対する扱いが酷いというのは、それなりに広まっていた話だった。


「…今回刻んだのは過半数…彼らはこのまま船でバルディゴまで同行してもらう」

「残りの人達はこの島で保護します。」

「頼む…それじゃあ、今日は休んでくれ」

「了解しました」

そう言って焼きごてを置いて施設を去る兵士を見送りながら、サボは考えた。

ここに残る彼らは大丈夫だろうか。

これまで解放され、革命軍に加わらず保護下の島で生きることを選択した奴隷を何度も見たが、

その多く、特に体に紋章を刻まれた者達はかつてのトラウマに苛まれ、上書きをするか発狂死することになった。

果たしてここに残る彼らは大丈夫か…そんな物思いにふけつつ、背の麻袋を背負い直し…マルコとエースのいた治療室と別の部屋の扉を開けた。


「…ルフィ、ウタ、心の準備はいいのか?」


「…ああ、大丈夫だ」

「……うん」


〜〜


サボが別室に入った後、先程まで通過儀礼の行われていたそこに

エースとマルコが現れる。

手当てした奴隷達も既に退出しており、この建物には自分達以外いない。

そんな中、エースが腕を炎に変え、焼きごてを熱するためのそこに伸ばす。

すぐに勢いよく炎が燃え盛っていく。


「…複雑そうな顔してるな」

マルコが横のエースに話しかける。

「…当たり前だ…おれの炎をこんな使い方するとは思わなかったよ」

もう片手を固く握りしめながらエースが答える。

「…それでも、他のやつにやらせるくらいならって決めたんだろ?ならビシッとするよい」

「…ああ、すまんな」


「エース、どうだ?」

やがて先程の部屋からサボと、続く形でルフィとウタ、それにコアラとハックが出てくる。


「こっちは問題ねェ…あとはお前ら次第だ」

「…だそうだ…もう一度聞くが、大丈夫だな?」

サボが最後にと二人に問いかける。

「…分かってる、ありがとなサボ、エース」

「…心の準備は出来てるから」


「分かった…ならあとは任せるぞ」

そう言って、サボが背の麻袋をルフィに渡し、エースとマルコと共に先程の手当ての部屋に入っていく。

「私達は別室で待機する、何かあったらすぐに言え」

「…頑張ってね」

ハックとコアラも扉の向こうに消え、閉じられる。

二人だけの空間で、ルフィが麻袋を開けて中身を取り出していく。

長いその袋から出てきたのは…新しい焼きごてだった。

はじめにウタに提案したのはコアラだった。

天竜人との決別のため、革命軍の"治療"を受けるかどうか。

ウタも初めは迷っていた。

天竜人の印など今すぐ消したい、しかし今となってはちっぽけで滑稽な元海兵としての誇りが革命軍に加わることを邪魔する。

己の心情に葛藤するウタに対し、コアラが切り出したのは妥協案だった。

『革命軍に入ることも革命軍のシンボルを刻まなくてもいい、何か希望があればすぐ手配してもらえるよう頼む』と。

しばしの思案の末、ウタがコアラに渡したのは、ボロボロになった布切れ…天竜人に破られ、なんとかこれだけはと守り抜いたアームカバーの一部だった。

そこに描かれたそのシンボル…それを作って欲しいと、ウタは頭を下げた。



そして今、島の鍛冶職人とサボの手で作られたその焼きごてが火に入れられる。

そこに刻まれたのは、2つの丸が繋がったかのような不思議な形。

…二人だけの、誓いの証だった。

やがてルフィが、赤く染まったそれを持ち上げる。

それに合わせウタが羽織っていた上着を脱ぐ。

長らく隠されていた背中があらわになる。


確かにそれはそこにあった。

大事な人に刻まれた一生消えぬ"人間以下の証"に、ルフィが顔を歪ませる。

本来ならこんなもの人に、特にルフィには見せたくなかったのだろうウタも体を小さく震わさせている。

あまり長々と躊躇うのは互いに苦だった。


「…やるぞ、ウタ」

「………来て」


返事代わりに、焼きごてが降ろされる。

やがて、肉の焼け焦げる嫌な音と匂いが部屋に響く。

「ア…ガ…アアアアアア!!」

ウタが苦痛の声を上げる。

ルフィも顔をより歪めながらもそれでもすぐに離さず、しっかりと跡をつけ…やがて焼きごてが肌から外れた。

ウタが前のめりに倒れるのを、焼きごてを横に投げたルフィが支える。


「あ…ハ…あぐ…」

「ウタ、しっかりしろ!!…エース、サボ!!」

名を呼べば、扉からマルコが飛んでくる。

すぐにウタの背中が青い炎に包まれる。

「すぐ血は止まる…よく耐えたよい、二人共」

顔の覗けないウタ以上に今にも泣きそうな雰囲気を出すルフィの頭にマルコが右手を置く。

最愛の相手に己が苦悶の声を上げさせるのは、覚悟の上でも辛い所業のはずだろうに。



やがて青い炎が消え、ウタが意識を取り戻した。


「ん……あ、ルフィ……」

自分を支えていたルフィを一瞥し、自身の肩に手をやる。

「…背中、どうなってる…?」

不安げに問いかけるウタに対し、ルフィがマルコからあるものを受け取る。

大きめの鏡だった。

上手くウタが自分の背中を見れるよう角度を合わせる。


「………あ」


そこに大きく刻まれていたのは、忌々しい竜蹄ではない。

かつて最愛の人と誓った夢の印…新時代の誓いの紋章だった。

自然とウタの目から熱いものが溢れてくる。


「…消えてる」

「ああ」

「…消えてるよ、ルフィ」

「ああ」

「…消えてくれた…!!消してくれた…!!」

「ああ…!!」

止まることないそれを溢れさせるウタを、鏡を置いたルフィが掻き抱く。

もうウタを心を蝕むそれはない。

ウタが苛まされることもきっとない。

その安堵からか、ルフィの目尻にも光るものがある。


「…良かったよい…さて、それじゃそろそろあいつらも部屋から出していいか?」

それを見守っていたマルコが立ったところを…ルフィが、制止した。

「…あ、ちょっと待ってくれ…もう一つお願いしたいんだ」

「もう一つ?まだなにか…」

そう言って、二人の顔を見て何かを察したのかマルコが苦笑した。

「あ〜…そういうことかよい…分かった」

「ありがとう…じゃあウタ、頼む」

「…ほんとにいいの?」

「ああ、やってくれ!!」

「…うん、分かった」

そう言うと、上を羽織り直したウタが歩んでいく。

ルフィが放り出したそれを手に取り、再び火に晒す。

やがて、再び熱を取り戻した焼きごてが、ルフィの背に向けられ…


─その後、予期していなかった弟の悲鳴を聞いた兄二人が部屋から飛び出し、一騒動起きることとなった。


〜〜


島にある革命軍の宿舎、その一室を二人は借りていた。

ひとまずこの後は、サボ達と共にバルディゴに同行はするつもりだった。

今後どうなるかは分からないが、革命軍から受けた多大な恩だけは返さなければ二人共気が済まない。

いつかはエースやマルコにも礼を返すときも来るだろう。


既に「本物の」寝息を立てるルフィに抱きしめられる形で、ウタもベッドに身を沈めている。

互いに生まれた時の姿のまま、相手の背に手を回している。


先日、自分の"上書き"をお願いしたとき、ルフィが提案したのは互いに刻むことだった。

初めはルフィにもあの苦痛を味合わせるのを躊躇いもしたウタだったが、

「互いの誓いのマークだ」と言いくるめられ、承諾することになった。

「マグマのおっさんと比べれば平気だ」と、強がっていた先程のルフィが思い出される。


ルフィの背中に触れれば、他のところと肌触りの違うことろがあるのがわかる。

ルフィの背にも自分と同じ印が刻まれていると考えると、どうしても嬉しさが湧いてきてしまう。


もう、ウタは自分の背中に恐怖も嫌悪もない。

そこにあるのは下劣な証ではない、最愛の人との誓いの紋章なのだから。


「……ありがとう、ルフィ…また、この印をくれて」

一度目はフーシャ村でのあの日、そして二度目は今日。

このマークに、ウタは何度も助けられてきただろうか。


もう、二度と悪夢は見ないだろう。

あの苦痛も光景も、全てルフィが上書きしてくれたのだから。


「愛してるよ…だから…ずっと傍にいて…」

既に眠るルフィからの返事はない。

それでも構わない。

背中の誓いが、一生二人を繋いでくれるのだから。


Report Page