試衛館よもやま話
師匠と会った時の話ですか?
ちゃんとぼんやりうっすら覚えてますよ。え、矛盾してませんよ?
というのものですね。私が桜餅食べてたらなんか隣に座って大福食べてたんですよ、あの人。
はい、大福。声をかけてくるとかじゃなくて、隣に座ってただ食べてました。
うわ、変な人来たって思いましたね。女の人みたいな顔した男の人って段階で大概変ですけど。
それで食べ終わった頃に近藤さんがやってきて、師匠に「総司の相手をしてやってくれ」って言い出したんですよ。
師匠は首を傾げてましたけど、素直に頷いてました。あの人近藤さんの言う事なら何でも聞いてましたから。
新選組時代とか十日連続で死番とかやってましたよ。頭のネジが外れてますね!
私?私としては別に何も。
あ、でも土方さんみたいにボコボコにされてもずっと向かってきたら面白いなー、とかは考えてました。
それでいざ始まったら、凄く不思議だったのを覚えてます。
私のほうが速く動いてるのに当たらなかったんですよ。一発も。
全部ギリギリですけど、師匠の剣に防がれちゃう。
なんで全部当たらないんだろう。なんで全部防がれるんだろう。
おかしいなー、って思ってたら────
ガツーン、って音が頭に響いて。眼の前が真っ暗になりました。
ええ。師匠の反撃ですね。一発で失神させられました。
気を失ってたのはそんな長い時間じゃなかったんですけど、起きた時にはもう師匠は帰ってましたね。
後から聞いた話だとその時師匠本当に余裕がなくて、疲れ果てて杖借りて帰ったらしいですけど。
その時はそんなこと知らないから、勝ち逃げされたって思いましたよ。ええ。生まれて初めて負けたので。
それがもう凄く悔しくて。次の日からは師匠に勝ちたくて稽古に出てたようなものでしたね。
え?私一回も勝ったことありませんよ?はい、そんなに不思議ですか?
追い込んだことは散々あるんですけど「これで決める」って思った時に限って反撃を受けるんですよね。
私が動くよりほんのちょっとだけ早く、師匠のほうが先に動いてて一本を取られる。あれが先の先ってやつですかね。
それでずっと師匠相手に稽古する内に、だんだん内容も変わってきたんですよ。
私が攻め続けて師匠がギリギリで反撃して一本、っていうのが打ち合うようになっていって。
打ち合いから私が隙を突かれて一本取られるようになって。
ブン投げられたり蹴られたり腕極められたりして。
そういうのが何年も何年も続きましたね。
近藤さんからは「彼を師匠と思え!彼はそれだけの天稟を持った男だ!」って早い段階で言われてました。
私も結構早くにそう思ってましたね。
師匠に勝ちたくて色々工夫するうちに上達してたんで「ああこの人は私の師なんだ」「こうやって教えてくれてるんだ」、って。
それに師匠は本当なんでもやってきたんで、凄く勉強になりました。何やってでも勝つってこういうことだって。
あれです。土方さん(強)バージョンって感じでした。腕前はともかく戦い方はあの二人魂の双子ですよ。
あえて言うなら土方さんの方がいい意味で雑味があって、師匠の方は綺麗すぎましたね。
まあそんな風に過ごして、私が十五になった時師匠がこう言ったんですよ。
『やっと君に師として稽古をつけることが出来ます』って。
はい、あの人馬鹿ですよ。びっくりするぐらい。
実際私言いましたもん。
「今更!?」
「あれだけやってて師匠のつもりじゃなかったんですか!?」
「ひょっとして師匠馬鹿ですか!?」
って。なんか凄いショック受けた顔してましたけどね。
まー、そういう馬鹿というかボケたところがある人でしたね。
あ、腕前の方ですか?言うだけのことはありましたよ。
というか、この頃から本当に私が稽古を「つけてもらう」立場になってました。
相手にならないなんてことはありませんでしたけど、明確に一段高いところに師匠はいる。
そういう確固たる「差」が私と師匠の間に出来たのはこの辺りからでしたね。
まあ、私達が出会って師弟となるまではそんな感じでした。
…あの頃は爽やかで剣に一途で純粋で格好良かったんですけどねー。
今の師匠は見習っちゃいけませんよ。あの人色々最低ですから。
あ、人間として信じるのは構いません。
師匠の根っこは優しさっていうか「人のためになにかする」っていうので出来てるんで。
そこは沖田さんが保証しますよ。