記憶

記憶

D-B

「まさかシュガーのやつも居るんじゃねえだろうな?!」

「……いえ、シュガーはいないわ」

「「えぇ!!?!」」

『鳥籠』の最中、千里眼で戦場を把握していたヴィオラはそう告げた。

実際、その場に着いたレオもそれに気がつく。

「シュガーはどこに行ったれす!」

「さあ、いつもの間にか消えちまったよ」

ジョーラもまた、内心気が気ではなかったがそれを隠しレオに対峙した。


息を切らせながら、緑色の髪をフードで隠して少女は走る。

王の台地の地下、おもちゃ工場にはもはや誰もいない。海兵たちも海賊たちも要人たちも皆直上の決戦に向かい、生きたおもちゃはもはやこのドレスローザに居ない。

騒乱の最中、いくら幹部とは言え年端もいかぬ少女が駆け抜けるのを見咎めるものはなかった。

「ハァ……ハァ……」

おもちゃの家の中の隠し部屋に飛び込み、息を整える。

二度目の気絶の瞬間、懐かしい声が聞こえた気がした。

この短時間で2度も気絶したものだからすぐに目が覚め、そして戻った自分の『記憶』に向き合うことになる。

1度目の目覚めでは薄ぼんやりとした意識の中、ただ一つのことだけが頭の中を回った。

若の役に立たなければ、家族ではいられない。と。

その声に導かれるまま麦わらとローの前に出たが、しかしまたしてもあの憎々しき長鼻に防がれた。

そして2度目、起きた時にはより鮮明に思い出していた。自分がこの道に至った原初の日。初めて能力を使った日のことが。


13年前。

音楽の都、エレジア。

ドンキホーテファミリーの新入り、シュガーは夕焼けを見ながら呆然とベンチに座っていた。

入るに際して食べた悪魔の実は「ホビホビの実」。

若……自分たちの船長であり拾ってくれた恩人であるドンキホーテ・ドフラミンゴもその詳細をつかめていない実だった。

現状わかっているのは、触れた相手をおもちゃにできること、自分は今後歳を取らないこと……くらいだ。

せっかく拾ってもらったのに、こんな能力では役に立たない。だからと言って若の閏の相手もできない。ファミリーのために誰かと結婚してさらに外に関係を広げる道具になることすら……

何の役にも立たない人間になってしまった。

その自責から、まだ精神と肉体が同年齢のシュガーは涙を目に溜めて夕陽を呆然と眺めるしかなかったのだ。


「ねえ、どうしたの?」

そんな折、突然声をかけられた。

驚いて振り返ると、紅白の髪をした自分と同じくらいの少女が心配そうな眼をしてシュガーを見ていた。

「別に……夕陽を見ていただけよ。」

仮にも海賊、弱みを出会ったばかりの少女に見せるほど馬鹿ではない。

「もう、嘘ばっかり!」

そう言って少女はシュガーにズイと何かを差し出す。

それは大きな綿飴だった。

「何?」

「今日、し……父さん達が来てるからお祭りしてるんだって!

そこの売店で売ってた出来立てのわたあめだよ!

あげる!」

そう言いながらもう片方の手にはちゃっかり自分の綿飴を持っているあたり、ただ話しかけに来ただけなのだとよくわかる。

「……もらってあげるわ。」

そう言って受け取ると、彼女は太陽に負けない眩しい笑顔を浮かべながら隣に座った。

「私、ウタ!」

「……シュガーよ。」


陽が沈んでからも、2人は言葉を交わし続ける。

主にウタの話す幸せな話を、シュガーが聞く形だが。

「そうだ!私、歌が大好きなの!何か歌ってあげる!」

そう言ってリクエストに答えて何曲か歌ってくれたり。

シュガーからすればそれは羨ましい以外の何の感情も湧かぬ話ばかりだった。

その中で出てきた悪魔の実の話にふと興味を惹かれる。

「それでね!ルフィったら勝手にゴムゴムの実食べちゃったの!」

「ゴムゴムの実……悪魔の実ね。」

「そうそう、びよびよーって体がゴムみたいに伸びるんだよ!」

「へぇ……」

「ちなみに私のはウタウタの実っていうの!」

「え?」

話の流れでどこかの海賊船の船員なのは分かっていたが、まさか手の内まで晒すとは。

訥々と自分の能力について話すウタを、呆れ半分に見つめる。

察してはいたが、能天気にも程がある娘だ。

「ねえねえ、シュガーちゃんは何か知ってる悪魔の実、ないの?」

「……」

逡巡する。ここで手の内を晒してもいいのか。

「ホビホビって実、くらいかな。」

初めてできた、歳の近い女友達。そんな彼女に隠し事ができるほど、彼女は大人になれていなかった。

「へえ!ねえねえ、どんな能力なの?」

「ええと……」

わかっている限りの能力の内容を話す。

「面白そう!いつか見てみたいなあ」

そう言って笑うウタに、シュガーも笑みが溢れた。

「じゃあ……」

「あ!」

能力を戯れ半分に使ってやろうとした瞬間、弾かれるようにウタが立ち上がる。

「シャンクス達に合流しなきゃ!」

「!!」

……よりによって、赤髪の仲間!

シュガー達ドンキホーテファミリーがこのエレジアに来たのは、何を隠そう赤髪のシャンクス率いる赤髪海賊団との交渉の為だった。

まだ海賊になって日の浅いシュガーでも、交渉相手に手の内をバラすのがいかに愚かな行為かは理解できる。

油断した。なぜ私まで乗せられているのか。

咄嗟に反応できない間に、ウタは駆けていく。

「シュガーちゃん!またね!!!」

そう叫んで、大きく手を振る姿に、手を振りかえすしかできなかった。


その夜、赤髪との交渉が終わったドフラミンゴに今日会ったことを報告する。

「フッフッフ……そうか、赤髪に娘、なるほどなァ。」

口元を歪めながら話を聞いていたドフラミンゴは、逡巡の後シュガーに拳銃を差し出した。

「シュガー、俺のために友達を殺す覚悟はあるか?」


シュガーは夜の街を歩く。

手にはドフラミンゴから受け取った拳銃。

ドフラミンゴが語るには、この街で行われた赤髪との交渉は決裂。戦争とはならなかったが今後のファミリーの障壁になることは間違いがない。しかし正面からぶつかったところで勝ち目はほとんどないのだ。

そんな中で降ってわいた2つの手段。1つはこのエレジアのどこかに眠ると言う「魔王」の存在、そしてウタ。

どうやら魔王を目覚めさせるにはウタウタの実の能力者が目覚めの歌を歌う必要があるらしいと聞いて諦めていた赤髪への対抗が現実味を帯びたのだ。

ドフラミンゴはウタを殺すことで赤髪海賊団の動揺を誘いながらリポッブしたウタウタの実を手に入れることで魔王を目覚めさせ国ごと赤髪を沈めるという作戦をとることにした。

シュガーの任務はウタを殺すこと、あるいはウタをドンキホーテファミリーに引き込むこと。

歩きながら今日のウタとの邂逅を思い出す。

泣いていた私に綿飴を差し出し、元気つけようとした姿。

もはや記憶にも朧げな「友人」と言う存在。シュガーにとって、おそらく今はもはやたった1人の友達。

ドフラミンゴがなぜ友達を殺せと言ったのか、その意味は幼いながらもわかっていた。それは忠誠を見せろと言うこと。

しかしながらドフラミンゴの優しさか、あるいは戯れか、生かす道もある。

まずはウタに全てを話して聞いてみよう。

ダメなら……おもちゃにしてしまえば、攫ってこれるだろう。

そんな安易な想像をしながらウタを探す。

見つけた時、ウタは手に古ぼけた紙を持っていた。

みた瞬間、シュガーに怖気が走る。

あれは魔王を呼ぶ歌だと、ドフラミンゴから聞いたのとよく似た楽譜だとわかってしまった。


「ウタ!!!それはダメっ!!!!!!【歌わないで】!!!!!!」

「え?シュガーちゃ……」



ポン!



シュガーの目の前には、謎のぬいぐるみが1体。

背中についたオルゴールから、キラキラと音が大きく流れていて、驚きを表しているようだ。

ただ、シュガーからすればそれは不愉快な騒音でしかない。

「なに、アンタ。うるさいなあ。黙って。」

その瞬間、美しい音は何かを噛んだようにガチン!と音が鳴って止まり、ギーギーという音が鳴るだけになった。

「……なんで私、こんなところにいるんだろ。

若のところに行かなきゃ。」

そういうと手に持っていたソレを放り出して、シュガーは出て行った。

後に残されたのは、なにやら音のなる箱を背負ったぬいぐるみが1つ。

それがシュガーの持つ記憶の全て。


その後、ドフラミンゴは帰ってきたシュガーにあまりにメチャクチャな指示(赤髪の首を取ってこいと言ったと記憶していた)をしたと謝り、ファミリーは争いの可能性から逃れるため早々にエレジアを出港した。


そして13年。そう、13年も経ってしまった。

おもちゃ、それもぬいぐるみなどという布と綿の塊が13年、しかもみた限りあの無茶苦茶な海賊とずっと一緒にいたというのだ。

取り返しのつかないことになったかもしれない。

ボロボロと声を堪えながら涙を溢す。

どうか無事でいて、私の大切な友達と思う気持ちと共に、自分がそれを祈ってはいけないということもよく理解している。

今の何もできないシュガーにできることは、そんな中でも祈って涙することだけだった。


やがてそとのスピーカーから何かが聞こえてくる。

歌だ。希望の歌。声が変わってもわかる。きっと人々に力を与える、あの子の歌。

ああ、よかった。

そう思いながら、安堵のままシュガーの意識は闇に沈んでいった。


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