記憶戻ってなかったif
――すれ違ったその姿が、あんまりにも記憶を揺さぶるものだから、
わたしは思わずルフィの肩から跳び下りてしまった。
「ウタ⁈」
驚くルフィの声を背にして、人ごみの中を走る、走る、走る。
知らない街角。きっとなにも知らないひとたちと、
きっとわたしと同じ悲劇を背負わされたおもちゃたちの合間を縫って。
『ギィ!』
人気のない路地裏、誰かと話している彼の足に跳びついた。
「んっ、な、なんだァ⁈」
そのままするすると登って、肩にまで辿り着く。
顔の半分に大きな傷跡。だけど、やっぱり知ってる顔。
忘れたことなんて、一度もない!
『ギィ! ギィ!』
べしべしとその顔面をはたく。布と綿の手ではあまり痛くないだろうが。
それでもそうせずには居られなかった。
「わぷっ、ちょ、こら、やめろ、やめろって!」
「あっ、居た! おい、なにやってんだんだよ!」
「「ウタ!!」」
わたしを摘み上げた彼と、追いついたらしいルフィ。二人の声が重なる。
愕然とした目が、わたしをじっと見ている。
「……ウタ?」
見る見るうちに涙があふれていく。力なくくずおれる彼が、わたしを抱きかかえる。
心臓の音がする。夢でも幻でもない。懐かしい音だ。
「ウタ、ウタだ、そうだ、おれ、おまえを……おまえらを、
なんで、今まで……ッ、ちきしょうッ!」
「ん、なんだおまえ、ウタのこと知ってんのか?」
近寄ってきたルフィに声をかけられて、彼がハッと顔を上げる。
二人の視線が交差する。ルフィはぼろぼろと涙を流す彼の顔を怪訝そうに眺めて
――気が付いたみたいだった。
「……ルフィ……?」
すっかり大人になってしまった声に、懐かしいリズムを感じる。
ばかやろう、どこでなにをしてた。わたしたちを、おいて!
はくはくと動くルフィの口が、二つの音を刻んだ。
一瞬にも永遠にも感じられる時間の後で、
どちらからともなく手を伸ばし、抱き合った。
「えっ、どうしたの⁈ もしかして、麦わらのルフィのこと知ってるの⁈」
「じっでる、じっでるなんで、もんじゃ、ねぇ!」
彼と話していた誰かがおろおろと声をかけるのに、そう応えている。
二人の間に挟まれてちょっと息苦しいけど、わたしは嬉しかった。
この国に来るのが嫌だった。みんなが忘れられたらどうしようと思った。
わたしが忘れてしまったらどうしようと思った。
でも、もう怖くはない。だって、ここで、巡り会えた。
天文学的確率の奇跡が起きたんだから、
きっと、何もかも上手くいくような予感がする。
「だっで、こいつ、おれの弟だもん!」
「……サボ、ザボぉぉぉ!」
サボ。エースとルフィと、そしてわたしのもう一人のきょうだい。
ひとりで海に飛び出して、死んでしまったと思っていた。
生きていたのか、何をしていたのか、会えて嬉しい、
エースを助けられなくてごめん。
忘れててごめん、置き去りにしてごめん、会えて嬉しい、
一緒に助けに行けなくてごめん。
共に過ごした日々を思い出して、離れていた時間を思い合って、
二人は泣きじゃくっている。泣けないわたしも、一緒に泣いている。