記憶喪失レオパルド(仮) S4

記憶喪失レオパルド(仮) S4


「あたため……?」

「豹の姿になれるんだろう。さっさとしろ」

 せっかく忘れようとしていた昨夜の出来事がまた頭をよぎる。夢ではなかったようだが、まさかあれも暖を取る道具として扱っていたということなのか? おれはとことん人として見られていない気がする……。

「どうした? 昨日は偶然できただけか? ならそのままでも構わねェぞ」

 クロコダイルはテーブルの引き出しから書面を取り出し、仕事を始めるようだ。……構わねェわけないだろう、おれが構う。そんなところを誰かに見られたらたまらない。もともとおれに備わっていた能力なんだ。取り戻せないことはないだろう。

 昨夜、豹になった時の感覚を思い出してみる。おれの中に豹がいて、そいつが目を覚ますんだ。刹那にざわざわと身体がむずがゆくなってきて、次第に全身が豹の毛皮に覆われていく。視界が下がってきて両手が床に触れる。長い尾がある。鋭い牙がくちびるに当たっている。脱げ落ちた靴を踏みつけて、ソファーに飛び乗った。クロコダイルは隣に座ったおれを見ると書面から手を離し、昨夜のようにおれの耳の後ろに手を伸ばした。おれはここを触られるのが好きだと教えたんだろうか……。

 足を開いて座っているクロコダイルの両足の間に入り込む。以前はどういう体勢をしていたんだろう。もたれかかってしまうと重くないのか気になる。着たままの服がごわごわするが、脱げば裸になってしまうのでそれはできない。身体をくっつけていると、お互いの体温がじんわり混ざり合っていく気配がする。クロコダイルは書面に何か書きつけていて、淡々と仕事を進めているようだった。

 しばらく静かな時間が続いた後、ノックの音と「入ります」という声がして、扉が開いた。朝食の折に見た男が部屋に入ってくる。手には小包などの荷物を持っていて、仕事の手伝いをしているようだ。年はおれと同じくらい、寡黙で礼儀正しく実直そうな男に見える。おれを一瞥したが何も言わない。こういう、義理堅そうで芯のある男が好きなんだろうな……。猫のように気まぐれじゃない、忠犬といったところか。同じ犬でも野良犬とは違う。野良犬? 何で野良犬が出てきたんだ?

「ガラスも午後には届きます」

「そうか、早いな。聞いたか、もうしばらくの辛抱だそうだ」

 ……別に耐えてるわけじゃない。本当はずっとこうしていたいくらいだ。撫でられながら自分の気持ちを反芻する。記憶はまだ戻らないが、この気持ちは知っている。身体が溶けてしまいそうなほど熱く、心臓の音がやかましく響いてくる。

 男が部屋を出ていくと、おれは人の姿に戻った。さすがに膝からは降りて、ソファーに座り直す。

「おい、ガラスが入るのは午後だぞ、それまで……」

「教えてほしい、おれ達は恋人なのか?」

すぐに名前や関係性を言わなかったのは、からかっていただけとは考えにくい。聞くべきではないと思いながら、自分をごまかしきれなくなった。クロコダイルは静かにおれを見ている。

「……そうだと言ったら?」


→ キスをする

  剃で逃げる

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