記憶喪失クロコダイル(仮)弍

記憶喪失クロコダイル(仮)弍


 小屋というので期待してなかったが、しっかりした造りの家だった。三人くらいならそれぞれが自室で生活できるだけの広さがある。最近まで使われていたらしいが、引越してきたばかりのように片付けられていて、家の付近にすら誰もいなかった。到着後、まずはそれぞれシャワーと着替えを済ませた。

「とにかくまずは能力の話だ」

 ルッチによると、おれは砂になれる力があり、水が弱点ということだった。ずっと身体が重く感じていたのはそのせいか。しかし水についてはルッチも似たようなものらしい。ルッチは豹の姿になれると言って、実際になってみせた。やはり猫だったんだな……猫だから水が苦手ということではないようだが。おれの能力はコントロールが難しいので、記憶が戻らないうちは大人しくここに身を潜めていることを提案された。

「ここは正式に借り受けた場所だ。追い出される心配はない」

 おれたちを襲撃した相手は積極的に追いかけてくることはないということだった。そもそも向こうの縄張りに踏み込んだのはおれたちのほうで、縄張りを荒らしたと見なされて追い払われたらしい。

「……話は分かった。それでお前が夫というのはどういうことだ?」

 信憑性のある話の中でそこだけが完全に浮いていた。そもそも当のルッチがおれに対して他人行儀だ。かと言って、そんな嘘をつく理由がわからない。

「話せば長くなるが……おれたちはもうすぐ結婚する約束をしていた。つまり婚約者だな。そして、おれたちが結婚すれば、世界の平和に大きく貢献することになる。これは二人だけの問題ではない」

 ……そんなデケェ話なのかこれは。政略結婚に近そうだな。

「お前はそれでいいのか」

「いいに決まっている。……おれたちを引き裂こうとする者は後を絶たないが、おれは必ず添い遂げてみせる」

 そう話すルッチの目は使命感に燃えているようだった。この男について多少わかってきたような気がする。記憶を失くす前のおれは一体どう思っていたのか。少なくとも手放しで喜んではいなかっただろう。

「疲れているようだな、少し横になるといい。おれたちの寝室はこっちだ」

「おれたちの寝室だと?」

 開かれた扉の向こうには随分大きなサイズのベッドが見える。おれは本当にここでこの男と暮らすのか……?

「いくらなんでも、お前一人の言葉で全てを信じろってのは無理な話だ。誰か他にそれを証明できる奴はいねェのか?」

「……いいだろう、今から連絡を取ってみる。お前を残してここを離れるわけにもいかんからな」

 なんだか頭痛がしてきて、おれは勧められたベッドに入るとすぐに眠ってしまった。


 目が覚めると、外はもう暗くなっていた。すぐ側に生き物の気配を感じて目を見張る。窓からの月明かりでかろうじて見えるのは隣で眠る獣の姿だった。勿論それは豹に姿を変えたルッチで、おとなしく横たわる様子は猫と変わらない。しかも温かい体温が伝わってきて思わず身を寄せてしまう。

「ルッチ……」

 名を呼んで頭を撫でると、びくっと震えて身をひねり、後退りした。本能的に警戒してしまうのか。よく考えたら、おれも随分大胆なことをしてしまった。刺激しないよう背を向けると、背中に鼻がそっと押し当てられる。ルッチだということは百も承知だが、なんとなく無視できない。もう一度身を返して、毛皮の体を抱き寄せる。柔らかな鼓動の音を聞きながら、おれの意識は遠のいていった。


 朝になって再び目を開くと、既にルッチの姿はベッドになかった。起き上がって、昨日話した部屋に行くと、ルッチがやけに憔悴した顔でコーヒーを飲んでいた。

「……よく眠れたか?」

「ああ、お前のおかげだな」

 何故かルッチは視線をそらし、おれの言葉には返事をせず、もうすぐここに自分の同僚が到着すると話し始めた。昨日連絡した相手が早速来るようだ。実は昨夜の件でルッチを疑う気持ちが少し薄れてはいたが、やはり第三者の話は聞いておきたい。おれもコーヒーを飲んで到着を待つことにした。

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