記憶喪失クロコダイル(仮)参
ルッチの同僚だと紹介された相手はキリンだった。そういう団体なのか? 仕事は無法者の取り締まりなどを行っているということで、この男も見た目こそキリンだが腕は立つようだ。
「こんにゃく?? 何の話じゃ……」
しかし、ルッチはおれの婚約者なのかと尋ねると、あからさまに怪訝な顔をした。
「この話は極秘裏に進んでいる。カクもこの件は知らない」
「おいルッチ」
「それじゃ意味ねェだろう……おれは証明しろと言ったんだ」
ルッチの肩にとまっている鳩が「落ち着け」と言うかのように一声鳴いた。名前はハットリというらしい。
「証明はする。カク、こいつはスナスナの実の能力者、クロコダイルで間違いないだろう?」
「それはそうじゃが……」
「おれたちは実は愛し合っている」
「昨日もそんなようなことを言っておったが、一体どういうことなんじゃ……」
どうも雲行きが怪しくなってきた。昨日から薄々勘付いていたが、ルッチは独断専行のきらいがある。おそらくカクは巻き込まれただけで、おれたちの色恋のことなど全く知らないに違いない。このまま問答を続けても話は解決しないだろう。
今のやりとりから察するに、ルッチはおれを貶めたいわけではなさそうだ。周りからは反対されているが、本気でおれと結婚するつもりでいるらしい……。
カクに説明をし続けているルッチの腕を掴む。驚いて見開かれた目が猫のようだ。
「……疑って悪かった。ルッチ、お前の言葉を信じよう」
「クロコダイル……!」
「だが……おれも自分の気持ちを確かめたい。もう少し時間をくれ」
自分の体が砂であるというのをよく分かっていなかったが、なるほど、体も身につけているものも自在に砂にして形を変えることができる。しかし、水に濡れると砂にはなれないし、ルッチは砂化させずに触れる術も知っているというから万能ではないようだ。
ルッチは食事の支度をしている。出会った時からずっと、おれの身の回りのことに気を配ってくれていた。変わった男だとは思うが、特別嫌悪を感じる相手でもない。とはいえ、結婚したいかというのは想像の範疇をこえた話だ。
「トマトで作ったリピエノだ。今、肉も焼いている。先に食べていてくれ」
「好物がトマトとは意外じゃのう」
キッチンから現れたルッチがテーブルに皿を並べる。食材を持ってきたのはカクだ。同僚に振り回されているのかと思いきや、この男もマイペースな性分らしく、ご機嫌で料理をつついている。
食事を済ませたカクは帰ってゆき、ルッチも必要なものを買いに行くと言って、ハットリをおれに預けて出かけてしまった。休んでばかりいても退屈だ。記憶を取り戻す手がかりはないか、家の中を検めてみることにする。しかし、情報と呼べそうなものは紙切れ一枚見つからない。その間、ハットリはずっと行儀よくおれの肩にとまっていた。
家の外に出て周囲を巡ると、裏手のほうに縛ってまとめられた紙束が見えた。新聞や雑誌などが雑多に混じっている。おれたちが来る前に片付けられたものらしかった。紙束に近づこうとすると、ハットリが一声鳴いた。肩の上から飛び立ち、森の中へ入っていく。おれは構わず紙束に向かった。一番上の新聞の記事には写真が幾つか載っており、その内の一つは紛れもなくおれ自身だった。