記憶喪失クロコダイル(仮)伍

記憶喪失クロコダイル(仮)伍


 クロコダイルは民間向けには行方不明と報じられていたが、実際には自ら身を隠していた。秘密裏に行動していたクロコダイルと任務中のルッチは偶然同じ事件に巻き込まれ、それぞれ脱出。不運にもその際、クロコダイルは一時的な記憶喪失に陥っていた。以前からクロコダイルに想いを寄せていたルッチは、この間に二人の関係を進展させようと画策し、その計画は概ね成功したといって良かった。

 しかし、ここでクロコダイルの記憶が戻ろうものなら全て水の泡だ。ここまできたら完全に両想いとなってゴールインするしか道は残されてはいない。一方、そんなルッチの胸中など知る由もないクロコダイルは、あっさり唇を離すと何事もなかったように買い出しの袋の中身を片付け始めた。

「食材は今から使うのか?」

「ああ……そうだな……」


 結局そのまま夕食をとり、順番にバスルームを使ってシャワーを浴びた。ルッチがシャワーから戻ると、クロコダイルは葉巻に火をつけていた。

「お前は酒のほうがいいんだろ、ブランデーを買ってたな。飲まねェのか?」

 半ばヤケ酒気分でルッチはブランデーを開けた。クロコダイルとハットリの分もグラスに注ぎ、持ち上げるだけの乾杯をする。

「そういや、お前は寝る時は豹になるのか?」

「……ならない」

 豹になれば昨日のように抱きしめてくれるのだろうか……? 決して悪い雰囲気ではないが、どうしたら先に進めるかわからなかった。グラスを空けたルッチは豹に姿を変えた。

「なってんじゃねェか……眠いのか?」

 足元に近づいていくと、昨日のように頭を撫でられ、ルッチは思わず目を細める。クロコダイルは立ち上がると寝室の扉を開けた。後について入ったルッチはベッドの上に飛び乗った。クロコダイルもルッチの側に腰掛ける。

「いろいろあって疲れてんだろ。ゆっくり休むといい。酒は残しておいてやる」

「……行かないでくれ」

 ルッチは人の姿に戻るとクロコダイルの腕を掴んだ。

「……たかが一杯で酔っちまうとは情けねェな、いつも酒の勢いで誘うのか?」

 酔ったように赤くなった顔を見られないよう、ルッチはクロコダイルの背に顔を押しつける。シャワーから上がってからは二人とも薄手のシャツ一枚だった。じわりとお互いの体温を感じる。シャツの裾から手を差し入れても抵抗はされなかった。


 翌朝、ルッチはダイニングで目を覚ました。酒を飲んで、そのままテーブルに突っ伏して寝てしまったらしい。全て夢だったのではないかとも思ったが、体には行為の名残があったし、シャツは前も留めずに裏返しに着ていた。ベッドにいると飽きずに続けてしまいそうで、気持ちを落ち着かせようと一時的に部屋を出てきたつもりだった。一昨晩からろくに眠れていなかったことがマズかった。

 着替えて顔を洗い、寝室に向かおうとしたところで、クロコダイルが扉を開けて出てきた。喉元に昨日自分が吸った跡を見つけて思わず凝視してしまう。しかし、クロコダイルは眉を顰めて意外なことを言った。

「……なぜお前がここにいる。ここに連れてきたのはお前なのか? あの時、お前も確かにあの場にいたな……」

 何を言ってるんだ……? その口ぶりから記憶が戻ったのかと思われるが、逆にこの二日のことは何も覚えていないかのような言い草だ。そんなバカな。昨夜あれほど……とルッチが考えている間にクロコダイルはさっさと出て行こうとする。

「おい、覚えてないのか……?」

「ああ……お前もここに連れて来られたのか? 悪ィが先を急ぐ用がある。この家の人間にはお前から宜しく伝えておいてくれ」

 何も言い出せないルッチを残してクロコダイルは外へ出ていった。まさか振り出しに戻るとは……この二日間がなかったことになったのはショックだった。とはいえ、夢だったわけではない。自分の記憶には残っているし、きっとまたチャンスがあるだろう。いつかクロコダイルも昨夜の記憶を思い出すかもしれない。ルッチは気を取り直し、ハットリに朝食を与えようとダイニングへ戻った。


 外へ出たクロコダイルは足をほとんど砂に変えて、あっという間に森を抜けた場所まで移動していた。振り返っても二日を過ごした家は木々に隠れてどこにも見えない。くすぐったそうに首をさすった後、葉巻を口から離してクロコダイルは笑った。

「約束通り、ちゃんと断って出てきたんだ。文句はねェよな……?」 

 再び葉巻をくわえると、クロコダイルはその島を離れるべく港へ向かった。 (了)

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