言わなきゃ分からない
『お互いに好意を伝えることから始めましょう』
兄弟6人に渡された本日の課題がこれだった。さすがに面食らったドゥウムが説明を求めるが、今日の講師役のソフィナは至極真面目な顔でこう言った。
「貴方達がお互いを大切に思っているのは分かります。ですが、それを口にしたことはほとんど無いのではありませんか?」
ただの一言で口を閉じることになった。正直なところ図星だ。命に変えても守りたい大切な兄弟達ではあるものの、それを表に出せばイノセント・ゼロに付け込まれて利用される。だからこそこれまで一定の距離を保って、お互いの負担を減らすように動くしかなかった。
「もう脅威に晒される心配はありません。ですから、まずは「好き」だと口に出してみてください」
「いや·····だが今更·····」
「態度は当然ですが、改めて口にしてこそ伝わるものもあります。
はい、では長男のドゥウムさんから」
突然バトンタッチされたドゥウムが狼狽える。有無を言わさぬ早業だった。しかしそんなに急に言われても·····とドゥウムは他の5人に顔を向ける。そこで、兄弟達が気まずそうな、それでいてどこか期待した雰囲気をさせているのを感じ取る。じゃあ仕方ないな、とドゥウムは羞恥を投げ捨てた。そんなものより弟の期待の方が大事なので。
「お前達、愛しているぞ」
ボワッと数人の体温が急上昇したのが分かった。
「〜〜〜ッ!“好き”で良いって言ってたじゃん!」
ハードル上げんな!と騒ぐのはデリザスタだ。顔どころか耳まで真っ赤になっている。リンゴみたい、と呟いたマッシュはすかさず睨まれたので、自分の両手で口を塞いだ。
「素晴らしいです。では次はファーミンさん」
「·····ん、」
先程のドゥウムの言葉に動揺こそしなかったが、押し黙っていたファーミンが頷く。しばらく無言で迷った末に、彼は一番近くにいたエピデムに抱きついた。
「大好きだよ、皆。……これでいい?」
「·····抱き締めるのはエピデムだけか?」
「兄者もいいよ、というか全員やる」
「も〜〜〜さらに上げるじゃん〜〜〜」
ぎゅうぎゅうとまとめて抱き締めて、ファーミンは満足したようだ。真っ先に次男に構ってもらったエピデムは、気分が乗っているのか自分から前に出る。
「では次は私ですね。愛しの兄弟達!愛してますよ〜!」
デリザスタに狙いを定めたエピデムが大袈裟に腕を広げる。嫌な予感がしたデリザスタが思わず逃げようとするも、あっという間に捕まって腕の中に収まった。
「ちょっ、苦しい!苦しいから!」
「そんなに照れなくてもいいじゃありませんか」
「照れてねーし!」
「いや照れてるよね」
「照れてるな」
「ウルセェ〜〜〜!!」
キャンキャン騒ぐ四男が恥ずかしがっているだけだと知っているので、周りは微笑ましいものを見る気持ちになるだけだ。このままだと脱線しそうなので、ソフィナがコホン、と一つ咳をする。
「ちなみに次はデリザスタさんの番な訳ですが」
「う〜〜〜!」
まだ顔が赤いデリザスタが唸る。特に急かす必要もないため、特に上の兄達は気長に待つ構えでいた。しかし、その予想に反して案外決壊は早かった。
「あーもー!好きだよ!大好き!これでいいんだろ!?」
「あぁ、私達も好きだぞ」
「ンン゙〜〜〜!」
間髪入れずドゥウムにお返しされて、結局デリザスタは悶絶した。さて次は、とソフィナが五男ドミナに目を向けたところで、おや、と動きを止める。これまで一言も発さなかったドミナは完全に固まっていた。デリザスタに引けを取らないほど顔を赤くしてガチガチになっている。これはもしやすると、最初からこうだったのだろうか。
「ドミナくん、大丈夫?」
「·····っ、あ、え?僕?」
マッシュに声をかけられてようやく我に返ったようだが、まだ固い。キャパオーバーだろうか、とソフィナは思ったが、流れに任せることにした。ドゥウムが動いたのが見えたからだ。
「無理はしなくていいぞ。お前はそう思えなくても仕方ないからな」
ポン、とドゥウムがドミナの頭に手を乗せる。大きな手でゆっくりと撫でられるのを感じたドミナの目に、じわりと涙が浮かんだ。それを慌てて拭って、兄の言葉を否定しようと首を振る。
「違っ、違くて、僕も、僕だって皆のことが好きだから·····!」
引き離されて育ったけれど、父親のせいで恨んだこともあったけれど、それでも大切な兄達だった。一度も忘れたことのない弟だった。拭いきれない涙がドミナの袖を濡らす。そんな五男を、ドゥウムはただ撫でてやることにした。
「最後は僕ですか」
気の抜けた顔でマッシュが言う。そんな末弟に、まだドミナをなだめているドゥウムが苦笑した。
「お前こそ、まだそんな感情ないだろう」
「え、心外。ありますよ全然」
え、そうなの?とマッシュ以外の全員が逆に驚いた。この末っ子がかなりドライな性格をしているのは周知の事実だ。その反応にマッシュはム、とやや不満げに唇を尖らせた。
「まぁ何と言うか、僕の家族はじいちゃんだけって言うのは変わらないんですけど。でも、皆のことも好きですよ。これからもっと好きなれたらいいなって思います」
マッシュの言葉は飾り気がないし率直だ。だからこそ、真っ直ぐ届くようで、兄弟達は全員照れくさそうに笑うことになった。
「·····でさぁ、オレ思ったんだけど」
ようやく顔の赤みが引いてきたデリザスタが、今まさに思い出しましたとばかりに切り出した。
「一人、足りない奴いるよね?」
「·····いるな」
「いますね」
「いる」
「確かに」
全員思い出す人物は同じだったようだ。一斉に視線を送られたソフィナは、その連帯感に肩をすくめて苦笑した。
「彼なら今日は“たまたま”魔法局まで牛乳を届けに来てると思いますよ」