・言うことを聞きなさいっ

・言うことを聞きなさいっ


「……君……君、起きなさい」


「はぇ?」


あにまんを遅くまで見て寝不足で意識が飛んでいたところに声が聞こえてきて、気のない返事をする。


「全く……体調管理はしっかりするように」


この人は俺の所属する課の課長だ。自分にも他人にも厳しくお堅い感じの人で、よく小言を言われるので若干苦手意識を持っている。もっとも、俺がちゃんとしていないせいでもあるのだが。


「明日は大器勧業さんとの商談だから、寝不足なら早めに寝ておくこと」


「はぁい…」


「返事はシャキッと」


「はい」





そして週末、案件が一段落したということで飲み会をすることになった。


「課長は飲まないんですか?」


「私は別にいい…」


「そんなこと言わずに、ほら」


いつもソフトドリンクで済ませる課長が酒を飲んだらどうなるか、というのは課の中でも皆興味を引く内容だった。それを今日確かめてみようと同僚の女子が結託した結果。結果……。


「おーお前らあーもう打ち止めかあー」


悪酔いした。


「どうするよこれ」


「……くんに引き取ってもらお、普段絡み多いし」


「えっ」


俺にお鉢が回ってきた。別に好きで絡んでいるわけではないんだが。


「嫌なんだけど」


「引き受けてくれたら…しばらくは課長に叱られるときに肩代わりしてあげる」


「本当に?」


「もちろん」


「じゃ、交渉成立だ」


そうして俺は酔いつぶれた課長を介抱することになったわけだが…。


「えっ、まだ飲むんですか?」


「なんだあ、俺の注ぐ酒が飲めないってえのかあ」


とりあえず俺の家まで来たものの、まだ飲もうとしており、これ以上は危険だと思って止めるが。


「ん?これは…」


その時ふと視界に入ったのが、赤い色のスイッチのようなものだった。こんなものを持っていた記憶はない。その側面には文字が書いてあり、読もうとすると。


「ウマ娘になれる代わりに…あ、ちょっと課長」


「なんだあ、これ?パーティーグッズか?」


課長に取られた。


「よおし、何連打できるか挑戦だあ、まずは俺から!」


そうして課長がボタンを押した瞬間、周囲が光に包まれた。眩しい。


「何が、……?!」


思わず目をつぶって、また開けると目の前には美少女がいた。


「え、なんだこれは…?あ、うわあああ!?」


その子は一瞬困惑の表情を見せたあと、頭を抱えてうずくまる。


「えっと、誰、ですか?」


とは言っても、課長が消えてこの少女がいると言うことは…課長がスイッチを押したせいで女の子に変化したとしか思えないが。


「……だ、君の上司の」


「やっぱりそうですよね…と言うか大丈夫ですか?」


「大丈夫なわけがない、私はとんだ痴態を……だから酒は飲まないようにしていたのに……」


「なんか…すみません」


同僚の女子たちの企みを面白そうだからと見過ごしていた時点で俺もまあ同罪のようなものだし。


「というか、女の子…ウマ娘?になってますけどどうしたんですか?」


そう、この課長だと名乗る少女。長い黒髪をポニーテールにしており、その頭頂部にはウマのような耳が生えている。腰には髪と同じく黒鹿毛の尻尾が揺れている。

まさしくウマ娘の姿であり、身長は俺よりも頭ひとつ分ほど小さく、胸はそこそこ程度だろうか。正直言うと中身が課長じゃなければ結構好みだ。

そうやって観察していると、くすんだ赤色の瞳をこちらに向け怪訝そうな顔をする。


「聞いているのか?」


「いえ、すみません…」


「全く、君はいつもボーッとしているな…まあいい、私がこうなった原因だが、十中八九これだろう」


そう言って、さっき俺から奪ったスイッチボタンを机においた。


「えーっと、『ウマ娘になれる代わりにあにまん民と強制的にエッチさせられるボタン』…?」


「ああ、酔った勢いでそれを押した結果ウマ娘になったわけだ」


「そうなんですか……ん?」


ウマ娘になる、の部分は良いとして後半が引っ掛かる。


「あにまん民と強制的に……うーん、課長はあにまんって知ってます?」


「一応は。通勤時間に少し覗いてるだけだが……君もか?」


「俺はバリバリやってますけど、はい」


「えっ、ということはまさか」


「…………多分」


そう、課長の目の前にいる俺こそが…強制的にエッチの相手のあにまん民ということになる。


「いや、さすがにちょっと、女性の体になったとはいえ男性とは……」


「俺もちょっと……」


結局、その日はそれ以上の進展はなかった。




翌日。休日なのでいつも通りあにまんを見たりウマ娘のデイリーをこなしたりしていると、課長がジト目でこちらを見下ろしていた。


「おい、休みはいつもそんなだらけた生活をしてるのか?」


「そうですけど……いいじゃないですか休みぐらい」


「まだ若いんだから外に出掛けたりしたらどうだ?」


また始まった、課長のおせっかい。彼はよく頼んでもいないアドバイス等を俺をはじめとした部下に言っていたが、ウマ娘の姿になってもそれは変わらないらしい。


「そういう課長はどうなんですか?休み」


「私は…ずっと家でやれる仕事を持ち帰りでやっていた。どうにも仕事をしていないと落ち着かなくて」


「楽しいんですかそれ」


「楽しくは…ないな。私みたいなつまらない休日を過ごしてほしくないから言っているんだぞ。一緒に出かける彼女とかいないのか?」


当然彼女なんているわけない。毎回そう答えているにもかかわらず、課長は度々俺に彼女がいるか聞いてくる。課内の他の独身にも尋ねているらしいが、正直親からすら面倒なのにたかが上司ならなおさらであり。


「毎回言ってるじゃないですか、彼女はいないって。それとも…」


課長を床に押し倒す。ウマ娘ということは本来この程度びくともしないはずだが、突然の出来事だからか抵抗はなかった。


「な、なにを……」


「課長が、彼女になってくれるんですか?」


俺は、目の前の少女で憂さ晴らしをすることにした。




「はあっ……くっ……」


胎内に精を吐き出して、やや縮んだモノを引き抜く。

いつもお節介で小うるさく思っていた相手を組み伏せて、好き放題に扱ってやった。

その優越感の余韻に浸りながら見上げると、ウマ娘の少女は顔を赤くして口を結び、何か言いたげな表情をしていて。


「おい…!君は手加減というものを知らないのか…!?」


「経験がないと言ったはずですが」


「元男の私ならまだしも、普通の女性にやったら泣かれるか幻滅されるぞ…」


「そう言う課長は男だった時に経験あるんですか?」


「……ないよ。仕事しか目に入らなかったからな」


「……へぇ、童貞は卒業できてないのに処女は失っちゃったんですね」


そうやってからかうと、彼女は俺の背をポカポカと殴る。もちろんウマ娘が本気で殴ったら俺は壁にめり込んでるだろうから手加減はしているらしい。


「うるさいっ…!バカ、バカっ…!君なんて嫌いだ…っ」


「嫌いでもなんでもいいですけど、その状態じゃ仕事にも行けないしここにいなきゃいけないですよ」


「………うぅ」


へたる耳と一緒にうなだれる彼女。俺は振り向いてその肩に手を置いた。


「ま、行くあてのない子を放り出すほど薄情じゃないんで、安心していいですよ」


そうして俺は、黒髪ポニテの美少女ウマ娘(元上司)と一緒に暮らすことになった。






課長がウマ娘になってから2か月は経っただろうか。あれから元の姿に戻ったらどうしようかと思っていたけど一向にそんな様子はなく、俺の家には変わらず黒鹿毛のウマ娘が居着いている。

少し前までは「出掛けないのか?」等と休日の度に言っていたが今は夏真っ盛りということもあり、休日にクーラーを効かせた部屋でゴロゴロしていても彼女は特に何も言わない。

ただ、部屋でダラダラネットサーフィンをしているだけでは飽きてきて暇になるので…。


「何回、言えばっ…分かるんだ…!ゴムを着けなさい、とっ…!」


「だって着けない方が気持ちいいんで」


こうなる。他の娯楽が少ない田舎だと“そういうこと”が数少ない娯楽になるとかならないとか言うけど、まさにそんな感じである。

そして顔を紅潮させてプンプン怒る彼女を見て、元は中年の冴えないサラリーマンだったと想起できる人間はそうはいないだろう。


「妊娠、したらどうするつもりだ…!」


「その時はまあ………責任、取りますけど」


「責任取るなら……いやでも、そういう問題では…」


「課長もゴム無いときの方が気持ち良さそうでしたよ」


「う、うるさいな…」


余韻もへったくれもない事後だが、俺たちにはよくあることだ。

……そうして二人で過ごすのも、嫌ではない。責任を取るという言葉からふとそんなことを思いながら、ネットサーフィンに戻った。






暦上は秋になったが、残暑が厳しいどころか真夏のような暑さがまだ続いている。そんな中、いつも通りスマホであにまんを見ていると、駆けてくる足音がしてドアが勢いよく開けられる。


「おい、これ」


「なんですかそれ……妊娠検査薬?」


「ああ…陽性だ」


つまり、彼女は妊娠しているということであり。


「父親は?」


「おい、怒るぞ。君以外にあり得んだろう」


君以外との経験なんてないし、と頬を染めながら小声で付け加える。元男とは思えないほどいじらしく愛らしい。


「どうしましょうかね…」


とは言ったが、腹積もりは決まっている。


「責任、取ってくれるんじゃなかったのか…?」


「冗談ですって、そんな泣きそうな顔しないでくださいよ」


そう言って、彼女のお腹を撫でる。今はまだ膨らんでいない様子だが、数ヵ月後どうなっているか。


「それにしても俺が父親、ね…」


「ああ、不安だな。君には私が付いていないと」


…それにしても不思議なものだ。上司がウマ娘に変化して同棲することになり、子供ができて結婚することになるとは。半年前の俺に言っても信じなかっただろう。


「……聞いているのか?」


「はいはい、聞いてますよ。……うーん、折角だし指輪買いに行きましょうか」


「まさか休日に君がこの暑い中外出するという選択を取るとは思わなかった」


「うるさいですね、行く用意してください」


外に出る準備をしながら、俺はこれからの生活がどうなるかを想像した。






黒鹿毛元上司さん


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