解り合わなくてよかった

解り合わなくてよかった


 まさかこうして二人で飲む日が来るとは…ということだけは二人共通して思っていることだろう。

こうなった経緯としては一応理由はある。

藍染一派謀反の一連の戦いが終わった後、隊長格は至極一部の例外を除けばほぼ全てが心身ともに重症を負った。如何せん総隊長をして片腕を失う戦いだった。

 戦いから半年以上が経過し、空位となった三隊も新隊長が就任、そしてようやく特に心身疲弊していた雛森、檜佐木の2名も先日完全に復隊した。

 もちろんこの2名以外にも皆重傷だったためどの隊も隊長格が正常に機能し始めたのはつい最近といっていい。


 そんな状況の中、瀞霊廷を支えてくれたのは三席以下の席官をはじめとする者たちだ。

十一番隊五席の綾瀬川ですら檜佐木が本気になれば瞬殺が可能…というように、斑目一角を除けば、三席以下と副隊長以上にはかなり大きな壁がある。

それはもちろん戦闘のみならず平常時の執務において与えられる権限でも必然的にそうなっては来るのだが流石に今回のような場合、閲覧権限、決裁の権限等が一時引き下げられるかたちで瀞霊廷の機能の維持に努めた。

と、説明上では簡単ではあるが普段見ない、判断する権限のないことをいきなりやれと言われた上位席官たちの苦労はとんでもなかっただろう。それでも、生きるか死ぬかの戦闘に駆り出されていないのだから、といえばそうなのかもしれないが。

それにどんな業務でも、その隊の現在の席官がその業務に一番適しているとは限らず、これも同じく特例として、例えば本来五番隊で処理すべきものでも他隊の席官がヘルプに来て回すなどのことも多かった。

それほどに瀞霊廷は非常時だったのだ。


そして本日、店を借り切って各隊の副隊長+十席までの面子を集めた飲み会が総隊長、隊長公認で行われている。


雛森、檜佐木の複隊によりこれで各隊通常任務に戻っていくことと副隊長たちの復帰の周知、席官たちの慰労と、こんなことはそう何度もあっては困るが、何かのときのために、折角生まれた隊を超えた連携を失わせないように護廷十三隊としての一体感を生む意図もある。

 ここに隊長達がいないのは、隊長が居ると気を抜けと言っても抜けない面が強くなるのがわかりきっているからだった。

 ある程度飲みを終えて自由解散となった場に、檜佐木が最後まで残るのは珍しい。生来の真面目さから、復帰早々酒に溺れることなどよしとする性格ではない。それでも檜佐木が帰ろうとしない理由を察した乱菊と七緒が周りをうまく誘導しながら心配げな吉良を引きずって、この状況を作ってくれた。乱菊は普段から宴席の中心になるため彼女が場を仕切ることに疑問を持った者は居ないだろう。彼と檜佐木の関係を知らなくても。



「ありがとう…。」

「……何がです?」

「…、いや…。」


 彼が現世に愛され方を知りに行く時、檜佐木はまだ心の悲鳴が身体に訴えかけてくる前だった。直接見送られてもきっと困るだろう、帰ってきた時は正面から出迎えられたらいいなと思いながら少し離れた場所で穿界門の光を見ていた。吉良…イヅルと。

 ところがその少しあとから檜佐木のほうが心身のバランスを崩し寝込んで休隊、それどころか隊長の六車にまでつきっきりで居てもらわなければ泣き出してしまうような状態だった。

 その休隊の間、多くの人が心配し届け物をしてくれたが、その中に匿名のものがあった。それだけの話だ。


「…………、 ずっと、」

と、檜佐木は少しの間をおいて語りだす。


店を借り切っていることと店主がよくわきまえていること、外野者が居なくなった環境から、猪口を置く小さなコトリ、という音すら聞こえた。


「後悔してることがあるんだ。」


 目を、閉じる。


東仙の裏切りを知った時から。


「昔、小さい餓鬼の時、俺は拳西さんに、ずっとずっと、何回も当たり前みたいに、飽きずにけんせーだいすきって、言ってたのに…」

何度伝えても伝えきれないほどだいすきで、心から言い続けた。

「俺、あの人には…そんなに大好きって、言ってないんだ。死神になる以前の餓鬼の頃から。…もちろん何かきっかけがあった時は言ってたんだけどな。」


「……それが?」


「あの人は、さ…、多分、寂しかったんだと思うんだ。いちばん大切な友人を失って。……もちろん俺なんかがその代わりをできたとか、伝えてれば思い留まってくれたかもとかは、思わない。狛村隊長でも無理だったんだから。……そんな簡単に変えられるものじゃないと思う。ただ…、」


酒の旨味を含んだ苦さとは違うものが、意ではなく胸の内からせり上がってくる。

けれど。

「事件の直後、責められて気づいた。俺は結局ずっとどこかで拳西さんを待ってたから。本当に求めてるのはあの人じゃないって、それがあの人をより孤独にしたのかしれないってことに…」

 幼い子供だからこそ躊躇わずに口にして伝えられることもあったはずなのに。


「……んなこと他隊の十席ごときに聞かせてどうすんだよ」


「どうもしない。…どうにかしたいわけじゃない。孤独に気づいたって拳西さんや俺の大切な人達を苦しめたあの人を許せない気持ちは、消えないんだから。でも、」


ここに、戻ってきてくれてよかったなと思って…、と檜佐木が小さく零した。


微笑う檜佐木から、彼は目を逸らす。

任務でもないのに現世行きが決まった時、あからさまな同情だとそれすらも嫌気がさしてこのまま死神なんぞやめてやろうかと思った。元々死神になりたかったというわけではない。檜佐木とは違う。


そう思いながら行った現世の、最後の夜に、同じことを言われた。

『拳西が修兵を特に可愛がるのなんでかわかるか?もちろん自分が保護した責任もあるし、お前たち3人の中でいちばん悲惨な環境で生きてきて楽しいことを知らないっていうのもあるけどな、本当のいちばんの理由はな…』


 眠る直前でいつものサングラスを外していてはっきりとこちらに目が見える表情で、言われた。

『修兵がいちばん素直に、拳西を好きだって言葉にも態度にも出してたからさ。誰だって好かれたいし好かれりゃ嬉しい。当たり前だろ?』


 だからお前も今度は素直に俺に大好きって言っとけよ…と笑った人。

 言うわけない、餓鬼と一緒にすんじゃねぇよと返した自分。

 やっぱ素直じゃねぇなぁ。俺はお前のこと大好きなのによ…とやっぱり笑った人。


そして結局死神をやめずに尸魂界に戻ってきて、今日、ここに居る。


ひとつ、深く息を吐いた。


「てめぇにそんなこと言われたかねぇよ。まぁ、いいぜ。俺はずっとお前が嫌いなんだから。」


お前がどれだけ経っても育ての親を許しきることはないのと同じで。


ただ、それだけじゃないだけで…。


俺が拳西さん(あのひと)に言わなかったこと、お前が東仙に言わなかったこと。


言ったところできっと大きく変わらなかった。いちばん大切なのは誰か、それはもう決まってしまっていたから。


 意味のない後悔だ。そんな意味のない後悔だから、共有するには今この場、この相手しかいない。


「あーー!面倒くせぇなぁ」

言葉にしないと解り合えないなんて。

「ほんとにな…」


檜佐木の、なんとも言えない苦笑を見やる。


残った酒を、どちらからともなく飲み干した。

すべてを解り合えなくてもいい関係は、だからこそ切る必要もない――。



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