解き放たれた狂鳥
編纂者◆UZOzmM.zyYDA
「ゼハハハハハ!」
全ての犯罪者が震え上がる、大監獄インペルダウンの最下層……LEVEL6に高らかな笑い声が響き渡る。
「ごきげんよう!! この閉ざされた檻の中で、一生を終える夢なき囚人ども!!」
その声に、囚人たちが何事かと耳を傾けた。
「ゼハハハ!! どうせ死を待つだけの余生……どうだお前ら! その檻の中で一丁“殺し合い”をしてみねェか!! 生き残った奴らを俺の仲間としてシャバに連れ出してやろうじゃねェか!!」
「……!! ホントかオイ~~!!」
「その約束、忘れんじゃねェぞ!!」
暗い檻の中に繋がれた咎人達にとって、その声はまさに希望の光だった。
程無くしてあちこちの檻の中から怒号や悲鳴が聞こえ始める。
今日まで同じく臭い飯を食ってきた仲だが、『自由』への切符を手にする為ならそんな情などドブへと捨てる。
彼らはそういう人間たちであったし、そういう風に生きてきたからこそ檻の中に居るのだ。
——やがて、それぞれの檻の中から選りすぐりの囚人たちが戒めから解かれ始めた。
“悪政王”アバロ・ピサロ
“大酒”バスコ・ショット
“若月狩り”カタリーナ・デボン
“巨大戦艦”サンファン・ウルフ
いずれもその名を知る者が聞けば、震えが止まらなくなるほどの錚々たる顔ぶれである。
これらの名だたる面々を仲間に引き入れ、声の主……マーシャル・D・ティーチは満足そうにニヤリと笑った。
「ゼハハハハハ! 上々だな! 改めて歓迎するぜ、お前らァ!!」
後は来た道を戻り、『計画』の最終段階へ……という所で、彼の仲間の一人である船医・ドクQが何かに気付く。
「……ゲフッ……あぁ、船長。まだ檻の中に誰かが……」
「何ィ? まだ誰か残ってんのか?」
見れば他の檻から離れた所にある一つの扉。他の監房は檻であるのに対し、そこだけはブ厚い鉄の扉だ。
その扉を見た途端、元看守長だったシリュウが露骨に眉を顰めた。彼はその扉の向こうに収監されている人物を、嫌という程に知っている。
「……おい、悪い事は言わねェ。あの独房の中にいる女だけはやめとけ」
「女ァ?」
興味本位でティーチが、その扉の鉄格子から中を覗き込む。両手両足を鎖で壁に繋がれた一人の女が、仏頂面を浮かべながら座り込んでいた。
紫色のメッシュが入った白と黒で分かれた髪に、囚人服から覗く手足は生傷だらけ。年齢こそまだ若かったが、その顔を見た瞬間にティーチが息を呑む。
「……ゼハハ……こいつァ驚いた! まさか“狂鳥”ルー・ガルーか!?」
その名を聞いて、ティーチの部下達にも衝撃が走った。
「……ホホホホホ、あの『天竜人殺し』の? まさかLEVEL6に収監されていたとは」
「しかも独房とはな、こいつだけ特別扱いか?」
そのティーチの質問に、シリュウが苦虫を噛み潰したような顔で答える。
「飢えた狼とウサギを同じ檻で飼うバカがいるか? この女だけ独房に入れてるのは『そういうこと』だ」
「なるほどなァ」
扉越しにジロジロとルー・ガルーを眺めるティーチ、そんな彼女は眠そうな目を不躾な侵入者たちに向けた。
「……よォ、久しぶりだなシリュウ看守長。ようやく謹慎が解けたのかい?」
いかにも寝起きといった掠れたハスキーボイスで気軽に話しかけるが、シリュウの顔は晴れない。
「……ああ、おかげさんでな」
「おいティーチとやら! 早くズラかろうニャー!」
痺れを切らしたかのようにピサロが叫ぶ。しかしティーチは意にも介さない。
「ゼハハハハハ! まァいいじゃねェか、ついでにこの女も連れてこう!」
「おい、さっき俺が言った事聞いてなかったのか?」
シリュウが呆れたように呟き、他の囚人たちも口を揃えて反論する。
「おい、そこのヒゲのオッさんよ。オレをここから出してくれるのか?」
「あァ勿論さ。今出してやるぜ」
「……俺は警告したからな」
そう言うとシリュウは、少し扉から距離を取った。そうしなければ『何が起こるか分からない』と理解していたからだ。
一方のティーチは扉の鍵を開けると、そのまま鍵束を中へと放り込む。
やがて中からガチャ……ガチャ……と枷を外す音が聞こえ……
次の瞬間、扉が蹴り破られると同時に、黒い影がティーチに向かって襲い掛かってきた。
「うおぉぉぉッ!?」
長年の戦闘経験と勘で思わず回避行動に出る。身体を捻りながらかわすと、今まで頭部があった位置に物騒なトゲを生やした翼があった。
もしティーチの反応があとほんの数秒遅れていたら、彼の頭はその甲殻に覆われた硬い翼で叩き割られていただろう。
我に返った全員が扉の前に視線を移せば、そこには大きな影。
黒みがかった紫色の甲殻に白い羽毛、杭のように尖った嘴に大きな耳、毒々しい薄紫色の翼と鉤爪を有した脚、そんな怪鳥が三叉槍のように鋭い尻尾をゆらゆらと揺らしながら佇んでいた。
動物系幻獣種・モデル“黒狼鳥(イャンガルルガ)”
黒く禍々しい怪鳥がゆっくりと振り向くと、その顔が見る見るうちに人間の女のそれへと変わっていく。
「あはァー……」
さっきまでの眠そうな目と気怠そうな表情が嘘のように、爛々と光る目に三日月形に吊り上がった口、狂喜に満ちた笑顔。
ティーチを始めとした百戦錬磨の猛者たちですら、その背筋が凍り付くような獰猛な笑みだった。
「て、てめェ! 話が違うじゃねェか!!」
「あ? オレは『ここから出してくれるのか?』って聞いただけだ。『出してくれたら仲間になってやる』なんて一言も言ってねェよ」
そう言い捨てるや否や、赤黒い液体を滴らせる尻尾をビュッ!と突き出す。
「ウィッハァッ!」
しかし今度は流石にマズいと思ったか、一際巨漢なバージェスが一瞬遅れてガルーにタックルをかました。
そのおかげで尻尾の狙いは僅かに逸れ、その隙を突いて黒ひげは伸ばされた尻尾を掴むとそのまま彼女を振り回し、手近な檻に叩きつける。
檻の鉄格子がひしゃげてガラガラと崩れ落ちると、彼女はその瓦礫にすっかり埋もれてしまった。
「気を付けろ。あの女の尻尾のトゲは毒針だ」
「そうかい、そいつァ危ねェな……」
そう言いかけた時、瓦礫の山の中から折れた鉄格子が矢のようにティーチに飛ぶ。
「ぬぉッ!?」
咄嗟に鉄格子を受け止めるが、その隙を見逃すガルーではない。瓦礫の山を吹き飛ばしながら再びティーチに突進する。
すかさず狙撃手のヴァン・オーガーが愛銃『千陸』を放った。だが無情にも全ての銃弾は彼女の急所を正確に捉えたものの、甲殻に弾かれていた。
(硬い!)
オーガーが内心で舌打ちする……その刹那、ガルーの嘴が開いたかと思うと、赤々と燃える火球が飛び出した。
「ぬぅッ!」
床に着弾し、火柱を上げる火球。死に物狂いでその場を転がって回避したはいいものの、彼のマントの端は焼け焦げていた。
もっとも、回避しなければ彼自身が大火傷、下手すれば焼死していた火力である。マントだけで済んで良かったと見るべきであろう。
一方この短い攻防で、ティーチはこのルー・ガルーという女の厄介さに舌を巻いていた。
もしも、最初の奇襲に気付けなければ、彼女の翼爪はティーチの脳天を貫いていた筈だった。
もしも、尻尾の一突きをかわせなかったら、その尻尾はティーチの心臓を突き刺していた筈だった。
もしも、今の鉄格子を受け止めていなかったら、鉄格子はティーチの両目を貫通していた筈だった。
(全ての攻撃が的確に急所を狙ってきやがる……! この女、『戦い慣れて』いるというよりは『殺し慣れて』いやがる!)
同時にティーチは、目の前の女が自由気ままに殺戮を楽しむタイプだということに安堵もしていた。
仮にこの女が命令に従順なタイプで、一国の兵士であったならば、あるいはサイファー・ポールのような殺し屋だったならば、世界中に屍の山が積み上がっていたことは間違い無い。
「舐めやがって! “闇水”!!」
ティーチが左腕を突き出すと黒い靄が腕に纏わりつき、グン!とガルーの体が見えない何かに引っ張られる。
「お?」
そして彼女の脚を掴んだ瞬間、彼女の体が怪鳥から人間へと戻った……否、『戻された』。
「ゼェア!!」
その隙を見逃さず、ティーチが右腕でガラ空きになった彼女の胴を、渾身の勢いで殴りつける。
衝撃で吹き飛び、彼女はついさっきまで入っていた独房に再びブチ込まれた。
土煙がもうもうと立ち昇る中、ティーチが息を整える。
「ハァ……ハァ……、ったく! おっかねェ女だな」
「人の忠告を聞かねェからだろ」
呆れたシリュウが葉巻に火を点ける。
しかしまたしても独房の瓦礫の山が崩れ、アザや擦り傷だらけになったガルーがフラリと立ち上がった。
既に囚人服も血が滲んでボロボロだ。しかし、その顔の笑みはより一層強くなっている。
「あはァー、あッはははッ!あはッはははッ! やるねーオッさん。その黒い煙、悪魔の実の能力を無効化できンのか」
「……いい加減寝てろってんだ、このアマ!」
「あはははッ!あッはははははッ! いいねェ、楽しくなってきた!」
ガルーは再び人獣型に変身すると、ティーチに向かって突進する。
それに対しティーチはもう一度左手を構える。
「“闇水”!!」
そして引き寄せたガルーの脚を掴んだ。
――が、ここでティーチは判断ミスを犯した。
――引き寄せた彼女を懐に入れるべきではなく、そのまま殴り倒せばまだ勝機はあったかもしれない。
――ルー・ガルーの口に浮かぶ三日月形の笑みが更に強くなった。それはまるで悪戯が上手くいった子供のような、無邪気で残忍な笑み。
ガチャリ……!
ティーチの左腕に、何かが嵌まる。
それは彼女の独房の中にあった『モノ』。
いつの間にか彼女が囚人服の端で包んで、隠し持っていた『モノ』。
ティーチがその正体に気付いた時、彼の顔からサッと血の気が引く。
(……海楼石ッ!?)
その毛深い左腕には、真っ白い海楼石の枷がしっかりと嵌められていた。
(まずい! “ヤミヤミ”の能力が解除される……ッ!)とティーチが思った時には、時既に遅し。
「あッはッはァッ!」
『能力の解除』の『解除』、すなわち『能力は使える』。
怪鳥の姿となったルー・ガルーは一歩後ろに跳ぶと同時に宙返りし、下から尻尾をティーチに叩き付けた。
そして吹き飛ぶティーチに更に追い打ち、口から火球を吐く。
「ぐあああああッ!?」
苦悶の声を上げ、炎に包まれながら床をのたうち回るティーチ。
慌てて仲間達が彼に駆け寄るが、もう既に彼女の興味は『外』へと向いていた。
このままここで遊んでいてもいいが、体の方は早く外に出たくてウズウズしている。
外に出てしまえば、また好きな事が好きなだけ出来る。ここに残って遊ぶより、ずっといい。
そう判断した彼女は怪鳥の姿のまま、天井の穴から飛び去って行った。
「チックショウ……。あのアマ、派手にやってくれやがって……!」
「……あの女の毒、収監前より強くなってるな」
マゼラン署長対策として大量に用意していた解毒剤の大半を使い切ったシリュウが苦々しく呟いた。
ドクQの迅速な手当てもあり、ティーチに深刻なダメージは見られない。
「ウィーッハッハッハ! おい船長! もう少し本気を出せば勝てたんじゃねェのか!?」
「かもな……だがこれから一仕事あるんだ。これ以上無駄に体力使うわけにゃいかねェだろう?」
そう嘯くと、ティーチがゆっくりと立ち上がる。
「ゼハハハハハ……さて、ちょいと予定が狂っちまったが、ここからが『本番』だぜ!」
その言葉に全員が頷いた。
「いよいよ脱獄してマリンフォードね、ムルンフッフッフ」
「トプトプトプ……ウィ~、本当に白ひげの“グラグラの実”の力を奪えるのんか?」
「さァな。だがやってみる価値は十分さ」
不気味な笑みを浮かべ、ティーチが出口を見つめてニヤリと笑った。
一方、上層階では悲鳴と呻き声、そして何かを引き千切るような音が絶え間無く響き渡る。
ベットリと血で濡れた……まだ暖かい人間の腕が床に転がった。
その床には死体の山……恐らく三、四人分はあるだろう。『だろう』という自信の無い言い方にも理由はある。
死体はどれも損傷が激しく、肉片やら内臓やら骨やらが飛び散って、もはやどのパーツが元は誰のものだったのか判別が付かないのだ。
そして、看守室の中央には一際大きな影。
紫色をした狂気の怪鳥が、壁に一人の看守を三叉槍のように鋭い尻尾で磔にしていた。
「だ……だズげデ……」
口からゴボゴボと血の泡を吐きながら、囚人がガルーに助けを求める。
しかし、その胸から引き抜かれた尻尾が鞭のようにしなり、その命乞いをする男の頭部を薙ぎ払う。
ドグシャッ!というスイカを破裂させたような異音が響き、床に血飛沫と頭蓋骨と脳の欠片が降り注いだ。
「あはァー……」
怪鳥がゆっくりと振り向くと、その顔が元の人間に戻る。
もう一人の看守はズボンに生暖かい染みが広がっていくのを自覚し、歯をガチガチと鳴らした。
「オレの持ってた剣はどこだ? アレ気に入ってたんだよ。出口と一緒に教えてくれよな」
三日月形の笑みを張り付けながら、ガルーが看守に近付く。
もはや職務など二の次である。看守は涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、廊下の隅を指差した。
『囚人用倉庫』と書かれた扉を見て、ガルーがパッと顔を輝かせる。
「あそこか! ありがとうよ」
その言葉が終わらぬ内に、尻尾がビュッ!と一閃。
哀れな看守の首が床に転がり落ちるのと同時に、彼女は倉庫の扉を乱暴に蹴破る。お目当ての剣はすぐに見つかった。
「これこれ♡」
禍々しい装飾が施された、紫色の不気味な青龍刀。
銘は『兇(きょう)』。
位列は良業物で、比類無き切れ味を誇るが所謂『妖刀(あるいは魔剣)』と呼ばれる代物である。
ひとたび振るわれれば周りの者を全て斬り、所有者一人になるまで収まらず、『孤高の刃は近寄る者全てを両断する』と評された呪われし刀剣。
もっとも、このルー・ガルーという女にとっては関係無い話である。
いちいちそんな剣に惑わされなくとも、元から闘争と殺戮に明け暮れる戦闘狂なのだ。
自慢の愛剣を取り戻した彼女は、インペルダウンの出口へ向かって歩き出した。
「……ようやく出所かァ……」
小耳に挟んだ話によれば、これから海軍本部マリンフォードでは白ひげと海軍+七武海が派手に戦争をおっ始めるらしい。
そこに向かうのも悪くない。
いや、一足先に脱獄したダグラス・バレットも、まだ近くに居る筈だ。
先にアイツと遊ぼうか
何ならとっとと新世界に戻るのもいい。
あぁ、楽しみだ。
退屈だった長い監獄生活もこれで終わり。
今日からまた自由なのだ。
「あはァー……」
これからの楽しみに思いを馳せて、怪鳥は笑いながら大監獄インペルダウンを飛び立った……。